14話
綾芽はフェリーに乗り込んだ後自分の座るべき場所を探す。
といっても、二等客室なので基本的には自由席だからどこに座っても良いのだが、なるべく窓側の海の見える所に場所を確保しようと船内を探し回る。
フェリーには初めて乗る綾芽だったので、その船室の中は綾芽の眼には新鮮な物に映った。
客室にはそれぞれの椅子がある訳ではなく、背の低いブースで仕切られたカーペットが貼られた床になっており、客室と廊下の仕切りは一段高くなっている、乗客達は皆は靴を脱いで客室に入るようになっているようだ。
客室では皆自分のスペースを確保するように荷物を広げたり、備え付けの枕や毛布を利用したりして思い思いの時間を過ごしていた。
船内にはそれほど乗客がいる訳ではなかったが、窓側の海が見える所にはほとんど先客がおり、綾芽は自分が座れそうなところを少し探し回らなければならなかった。
そして船内を探しまわっている時にふとどこかで見覚えのある人物を見つける。
向こうはまだこちらに気づいてはいない様だった。
綾芽は靴を脱いで客室に上がりその人物に声を掛ける。
「あれ……博康君だよね?」
そう声を掛けられた博康は振り向き、その声を掛けてきた人物を見返す。
「あぁ、確か綾芽さんだったよね?」
「そうだよ!覚えててくれたんだね!」
そう言って笑顔を博康に向ける、その笑顔を見た博康も少し嬉しそうに微笑み返す。
「ところで、何処に行くの?」
そう質問する綾芽。
「えっと……ちょっと旅で知り合った人に来てほしいって言われてそこに行く所」
少し言葉を詰まらせながら返事をする博康。
そんな博康の話し方に少し変な所を感じながらも話を続ける綾芽。
「そうなんだ、私も島にすごく綺麗な所があるのを教えてもらったから行こうと思ってるの」
「そうなんだ」
気のない返事をする博康。
それを感じ取ったのか綾芽はあまり話しかけないでおこうと思い少し黙っていた。
少しの間船のエンジン音と周りの乗客の声だけが博康と綾芽の周りを包む。
「海ってこんなに綺麗な物だったんだね」
綾芽は話しかけられると思っていなかったので、聞き逃してしまいそうになったがその言葉に答えを返した。
「そうだよね、昨日の海も本当に綺麗な所だったけど、こうやって海の上を進む船から見る海も本当に綺麗だよね」
その言葉に静かにうなずく博康。
「ねぇ、外に出てみない?潮風が気持ちよさそうだよ!」
そう博康に同意を求める。
「そうだね、少し出てみようか」
そう言って立ち上がる博康、それに続く綾芽。
二人は靴を履き廊下を歩き船室の外に出る。
そこには太陽の光で照らされた眩しく光る海と、海の向こうをゆっくりと後方に進んで行く島、鳥は潮風に舞い少し高い音でその声を響かせる。
「綺麗だよね、本当に」
二人は手摺にもたれ掛り海を眺める、そして海を眺めながら話しかける綾芽。
「綺麗だね……本当に……」
そう話し掛けられて綾芽の方を横目に見て返事をする博康。
「そうだね、本当に綺麗だ」
少し強い潮風になびく綾芽の黒い髪から微かに漂う香り。
その香りに誘われるように綾芽の方に顔を向ける博康。
光る海を背景にした綾芽の姿は凄く綺麗に見え、思わず見とれてしまう博康。
それに気付いたのか綾芽は博康の方を向き微笑み話かける。
「どうしたの?」
突然そう言われ眼をそらす博康、そして誤魔化すようにもう一度呟く。
「本当に綺麗だな」
そう呟いた博康の事がなんだか可笑しくなった綾芽はクスクスと声を出して笑った。
「何が可笑しいのさ?」
「別になんでもないけど、なんだか可笑しくなっちゃって」
そういう綾芽は本当に楽しそうな笑顔を見せて笑っている。
その笑顔を見た博康からも笑顔がこぼれる。
それから二人は船の中を歩きながら話をした。
綾芽は本当に楽しそうに旅で知り合った瑞恵の事や、瑞恵に連れて行ってもらった場所の事を話、そして博康も民雄の事を話した。
特に綾芽は民雄の事が気に入ったらしく、民雄についての質問が多かった。
「なんか私もその人に会ってみたいな、すごく楽しそうに旅をしてるよね」
博康もそう思っていた、もし自分が綾芽のような目的で旅をしていたら民雄とは本当に話が合い、すごくいい経験になっていただろうと。
「でもいきなり釣竿を渡されたり、飯盒でご飯を炊けだなんてすごく旅慣れてる人だよね。
私でもそんな事出来ないな」
そう言ってまた笑う綾芽。
「僕もそう思うよ、でも昨日なんかはいきなり野宿させられかけたからね、何とかユースに泊まることができたけど、もしあそこにユースが無かったら間違いなく野宿させられてただろうな……」
そこでまた綾芽が笑う、本当に幸せそうな笑顔で笑う綾芽を見て博康は悲しい気持ちになる。
もしかしたら自分もこんな風になんでも笑って、旅を楽しむ事が出来たかもしれない、そうなれなかった自分を博康は本当に悲しく思った。
その気持ちが表情に出ていたのか綾芽は不思議そうに話しかける。
「どうかした?」
慌てて表情を変え笑って答える博康。
「な、なんでもないよ。ただ本当に幸せそうに笑うなって見てただけだよ」
「そう?なんかそれ瑞恵さんにも言われたな、ただ普通に笑ってるだけなんだけどね、なんでだろう?」
そう言われた博康はその答えを返す。
「たぶん……すべての事を純粋に受け止めて、それに気持ちがちゃんと反応してるからじゃないかな?」
なぜそんな事を言ったのか博康にもわからなかった、しかしそれは本当に心から思った事だったからだろう。
そう言われた綾芽は少し難しそうな表情をして考えた。
「それって何も疑わずに何も考えてないバカってこと?」
少し捻くれた考えをした綾芽。
「そうじゃないよ、ただ純粋なだけだと思うよ。何も考えないなんて事は絶対ないよ」
慌てて訂正する博康。
それを聞いた綾芽も安心したように微笑みながら話す綾芽。
「そうか~、よかった!ありがと博康君」
「でも本当にその人に会ってみたいな~」
そう言う綾芽、それに答える博康。
「もしかしたら会えるかもね、島には先に行ってるはずだから、どこかの海岸でキャンプしてる人がいたらたぶんその人だよ、悪い人じゃないから一度話しかけてみたら?」
「そうだね、もしキャンプしてる人がいたら話しかけてみるね」
そんな話をしているうち船内アナウンスが島に近づいている事を知らせた。
そのアナウンスを聞いて博康は綾芽に声を掛ける。
「もうすぐ着くみたいだね、客室に戻ろう」
「そうだね」
そう言って二人は客室に戻り船を降りる準備を始める。
それから少ししてフェリーが島に到着したことを知らせるように少し揺れる。
船着き場に接岸したようだ。
それからアナウンスは到着を知らせ、乗客は下船を始める。
ほかの乗客と同じように荷物を抱え船を降りる人の列にならぶ。
二人はお互いの顔を見ないように桟橋を渡り、下船する。
そして到着ロビーで話しかける綾芽。
「今日はどうするの?」
「そうだな……取りあえずまだ日のあるうちに目的地に向かっていこうかな……」
そう答える博康。
「そうなんだ……私もそうしようかな……」
悲しそうな顔で答える綾芽。
「なんでそんなに悲しそうな顔してるの?」
不思議に思った博康は綾芽に話しかける。
「だって……仲良くなれたのになんかお別れするのって少しさみしいじゃない……」
凄く寂しそうに言う綾芽。
しかし自分の中でも何か変な気持だと綾芽は思っていた。
瑞恵の時も別れは寂しかったが、それでもまた会えるという気持ちがあったから別れもそんなには辛くなかった。
しかしなぜかこの博康との別れは違った、ここで別れたらもう二度と会えないような、そんな気持ちになってしまっていたからだ。
そう、あの時海岸で別れた時とは何かが違うそう綾芽は感じていた。
「なんでだろう……なんかもう二度と博康君に会えないような気がするの……」
そう言われた博康は悲しそうに綾芽に微笑み返した。
「じゃあ、僕もう行くね、これからも楽しい旅を続けてね。じゃあ、さよなら」
そう言って博康は綾芽に手を差し出す、それに答える綾芽、それから綾芽は声を掛ける。
「また必ずどこかで会おうね」
そう言う綾芽に博康は悲しそうな笑顔で答えるだけで、言葉を掛けずに振り返り綾芽の元から歩いていく。
その姿を綾芽は見送った。
そして綾芽も自分の目的地に行くための歩みを進めた。
しかし綾芽の足取りは重かった、それは最後に見せた博康の悲しそうな笑顔と最後のさよならという言葉が頭から離れなかったからだ。
そして綾芽は博康の去って行った方を振り向き一人呟く。
「さよならなんて言わないでよ……また必ず会おうね」
そして二人はまた別々の道を歩き始める。




