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毒の王  作者: zan
23/26

23・邪魔

 だが、怒りに任せた突撃を仕掛けたところで毒の王が倒れるなどということは考えられなかった。ネムの意見は苦し紛れの言い訳にしか聞こえない。

 そんな幼稚な理論まで吐かせるほど、毒の王に対する恨みは根深いようだ。レドが毒の王であるということを明かしたとしても、これはどうも止まりそうにない。

 なるほど、弓使いのアイが両手を上げるはずだ。メーガンはあらためて深いため息を吐いた。

 剣士のネムが毒の王に対して抱く怨嗟は尋常ではない。第三者であるメーガンがどのように話をもっていったとしても、効果が薄く感じられる。となれば、ここはもう毒の王本人がなんとかしてもらうしかない。

 早くも説得をあきらめる。どうせ、弁論は得意でないのだ。だらだらと話を続けても無駄だろうと考えたのである。メーガンは、自分の背後で平然とした顔をしているレドを睨む。自分で何とかしてくれないかという、そういう視線を送ってみる。

 その願いが通じたか、レドが進み出てきた。メーガンの横を通り過ぎて、目標へ近づいていく。

 果たして彼はどのようにして彼女を説得するのだろうか。

 メーガンはレドならどうにかしてしまうのではないかと考えている。それは期待ともいえたが、身勝手な信頼ともいえた。この時点で、レドが説得を失敗するという想定などメーガンは全くしていないのだ。

「ネム」

 レドはネムの前に進み出て、その名を呼ぶ。

「あんたか、何しにきた。毒の王暗殺を止めようって言うんなら無駄だから」

「無駄かどうかはやってみないとわからないが。その前に、少し話でもしてみないか。ぼくは毒の王についてある程度の知識を持っている。君にとって有用な情報もあるかもしれない」

「知識だって。そんなのはアイに言ってやってくれよ。私はそういう頭を使うのは好きじゃない」

 はあ、と息を吐く。そのままネムは地面に腰を下ろしてしまう。どうやらかなり疲労しているようだ。

 メーガンとしては、説得が失敗に終わった場合はいずれネムを始末しなければならない立場にある。したがってここでレドの説得が成功した場合のほうが負担が少ない。

 おそらく、ネムは毒の沼の影響地帯を突破できるだけの脚力をもっている。自分が相手をすることになるのは煩わしいし、面倒だった。したがってメーガンはこのレドの説得を注視している。

 しかしレドからは覇気がまるで感じられない。どうでもいいと言わんばかりに、何か荷物をまさぐっている。

 命を狙ってきている人間を相手にどういうつもりなのか。ここはなんとしても必死に説得をしてあきらめさせなければならない場面のはずだというのに、何を考えている。

 メーガンは自分の仕事が増えるのを危惧しているにしては、大げさすぎる焦りを覚えた。

 毒の王め、自分の命なんてどうでもいいなんてことを思っているのではないだろうか。いやそれならまだいいが、どうせ私が全部片付けるから自分は何もしないでいいなんてことを考えているとしたら、それはあまりにもひどすぎる。自分のことだろうが、しっかりやらないか。

 メーガンの思いが伝わったかどうかはわからないが、苛立つ彼女の前でレドはようやく荷物の中から目当てのものを探し出したらしい。

 彼は訓練用の短剣を取り出し、それをネムに見せる。

「なんだい、それは」

 訊ねるネムに、切っ先を向けながらレドは低い声で告げた。

「いざともなれば、ぼくは君を強引な手段でこの場に釘付けにすることが可能だ」

「何を言ってるんだ、レド。あんたは薬師で、私は傭兵だ。わざわざそんなものまで用意して、どうしようっていうのさ」

「ぼくとしては君がどうなろうと構わないのだが、護衛がうるさくてかなわない。君が毒の王の手にかかって死ぬことは寝覚めが悪いのだそうだ。だから、君が毒の王の暗殺に関わることができないようにしなくちゃいけなくなった」

「それはご苦労さま。それであんたはどうやって私を止めようっていうのさ」

 話し合いに応じるつもりはない、とばかりにネムは両手を開いた。

「いいか、ネム。これはぼくにとって仕事なんだ。それも、絶対に達成しなければならないことだ。そういう仕事に対して、手段を選んでいる余裕があると思っているのか」

「私がそう簡単に、毒の王の命をあきらめるって思ってるわけ?」

「ぼくは君の足を砕くことができる。両腕をへし折ることもできる。二度と寝台から起き上がれないような身体にするような、そういう薬ももっている」

 穏やかな口調であったが、レドが発した言葉はまぎれもなく脅しだった。暴力的な手段を用いるぞ、という威圧だ。

 だが、ネムもそれで退いてしまうような気性ではない。

「何を言ってる。私はたとえ足を砕かれたって、腕を切られたってあきらめるもんか。やってみなよ、レド。私は腕一本くらい犠牲にしたってあんたを排除して、それから毒の王の城へ行く。あんたが手段を選ばないって言うなら、私だってそうなんだからな」

「なるほど。それは何故だ。ちらりと聞いた話では、弟が関わっているということだったが。弟が毒の王に殺されたというのが君の言い分だったか」

「知ってるならわかるだろう、私の最愛の家族を殺したんだ。一撃でも食らわせてやらないと気がすまないんだよ」

「それでそんなふうに、我武者羅に剣を振り回しているのか」

「そうだ」

「無駄だ」

 冷淡に吐かれたその言葉に、ネムは我を失った。かっとなった彼女は、レドに掴みかかる。

「どうしてそんなことがわかる」

「それで仮に何かの弾みで毒の王を殺したとしても、お前の目的は達せられない。お前の目的は、慈善の孤児院を設立することじゃないのか」

 痛いところを突かれたのか、ネムがうぐっと声を詰まらせる。

 これはアイから聞いたのだから間違いのない情報だろう。ネムとアイは、当初孤児院設立のために金をためていたはずなのだ。それなのに自分を姉と慕っていた少年を殺されたことでネムは激怒し、毒の王をなんとしても暗殺するという方向にいってしまったのだ。

「しかし、毒の王をまず殺さなければ被害者が増える」

「つまりお前は、孤児をこれ以上増やしたくないという思いから戦っているのだな。そうだとしたら、お前のやり方は間違っている」

「どうしてそんなことがいえる」

「毒の王は、あちこちに出歩いて無辜の人を殺して回るほど暇じゃない。お前は毒の王を殺すという一念に凝り固まりすぎて、相手を調べるということを忘れたな。それとも、毒の王を相手にして舞い上がったか」

「何を言っている。毒の王はこの先の、古城にいるのだろう。メーガンだって戦ったといっていた。ここにいるのは間違いない」

「では、なぜこのような辺鄙な場所にいるはずの毒の王が、あちこち出歩いて罪もない人を殺して回らねばならないのだ」

「それが、毒の王だからだ」

「違う」

 きっぱりと、レドは言った。

「何が、違う」

 言いながら、ネムは一歩下がった。レドに気圧されたのだ。

「むっ」

 少し離れたところにいたメーガンは何か、薬物のにおいを感じ取った。あまり吸わないほうがいいと判断して、風上に移動する。弓使いのアイもこれに気付いたらしく、メーガンの後ろについた。

 レドが何か使ったな。

 メーガンはそのように予想する。実際にそのとおりだった。

「いいか、聞け」

 やわらかく、強い声を発しながらレドがネムに詰め寄る。

「毒の王がもし、そのように各地で無差別な殺人を繰り返しているのだとしたら。なぜ堂々と彼を暗殺することを公言しているお前達が今まで生き延びてこられたのか、疑問に思わないのか」

「それは、どういう意味で言っている」

「お前は本当に精査したのか。弟を殺した相手が本当に毒の王なんていう不確かな存在だと思ったのか。五十五年も前の存在が今も悪事を働いていると思うのか」

「しかし、あの子は確かに殺された。殺されたんだ。敵をとってやらないといけないだろう。間違いない、毒の王に殺されたのは間違いないんだ」

「いや、間違いだ」

「どうしてわかる」

 どうしてわかるもないもんだ、とメーガンは顔をしかめる。当たり前だ、毒の王本人なのだ。とはいえ、レドが毒の王を継いだのは二年前のはずである。弟とやらがいつ殺されたのかは知らないが、二年以上前のことなら先代であるロミスが何かの都合で消した可能性もないとはいえない。

 しかし、レドがあれだけはっきり間違いだと断言しているのだから、何か根拠があるのだろう。

 とりあえずメーガンはそのまま静観を続ける。

 だが、レドはあまり動かない。立ったまま落ち着いた声を保っている。

「どうしてもないもんだ。ぼくは毒の王について情報を持っているといったはずだ。それから考えても、無辜の、それも遠く離れたところにいる子供一人を殺さなければならない理由が思い当たらない」

「だが事実、死んでいるんだ」

「なら、それは冤罪だ。誰かが罪を押し付けているんだよ。毒の王ならそういうことをしても不思議でないと考えられることを見越して」

「ばかな、そんなことをして誰が得をする」

「毒の王の悪名を高めたい人間が、あるいはお前の怒りを毒の王に向かわせたい人間が」

 不思議にも、ネムの興奮がかなり静められている。鎮静しているといってよかった。

 それはおそらく、レドの使った薬が作用しているものと考えられる。薬物としては軽いものだが、肉体的には疲れきっているネムには効果覿面だったのだろう。

「なら、私は利用されていたのか。真犯人に踊らされていたっていうのか、レド」

「ああそうだ。お前の心は利用されたんだ」

「そ、そうか。毒の王は無関係だったのか?」

「そうとも。真犯人は、お前の弟を殺したばかりでなくお前と毒の王を争わせるつもりだったに違いない。それで自分はもう感知しないのだ。お前の弟のことなんて殺したことも忘れてのうのうとしているのに間違いない」

 ネムは大きく息を吐いて、地面に両手をついてしまう。自分の思い込んできたことが間違いだったと気付いたのだ。

 衝撃を受けるとともに、新たな怒りが湧いているに違いなかった。

 その後もレドは項垂れているネムに何かぼそぼそと囁くように追い打ちをかけていたが、やがてメーガンのところに戻ってきた。

 おいおい、放ったらかしでいいのか。心中にそんなことを思いながらメーガンはレドに目を向ける。彼は、メーガンと目を合わせたものの何も言わず、すぐに隣にいるアイに話しかける。

「あとの処置は任せるが構わないな」

「お手数をかけました。これで、少しは冷静になってくれるでしょう」

 アイは淡々と応じる。

「ではな、ぼくは戻って休む」

「はい、ありがとうございました」

 そんなやりとりをして、さっさとレドは宿に引き上げていく。メーガンはあわてて彼の後を追いながら、結局レドはネムに素性をばらさなかったなと思う。

 振り返ってみるとアイがネムをなにやら慰めている。あの二人はこれからどうするつもりなのだろうかと思いつつも、どうでもいいことだと思い直した。メーガンはそのままレドの後について宿に戻り、浅い眠りにつく。

 朝まで邪魔は入らなかった。


 しかし、翌朝に邪魔は入ってしまった。

 宿の出口をふさぐように、一人の男が待ち構えていたのだ。

「あんたたちに用事らしい、揉め事なら外でやってくれよ」

 宿の主人はそんなことしか言わない。要するに店に迷惑をかけないでくれというのだ。

 だが、レドの後ろについていたメーガンは、待ち構える男を一目見るなり、即座にレドの背後に隠れた。

 その場にいたのが、見覚えのある男だったからだ。都で戦った、ブンゴルの屋敷にいた長剣を持った男である。間違いないと察した。あのときは闇の中であったが、それでも暗殺者のメーガンには見分けがついたし、間違えるはずもなかった。

 慌ててレドの背後でフードを引っ張り出して深くかぶり、それと悟られないようにする。

 だが、相手はどうやらレドにこそ用事があるらしい。彼を毒の王だと知っているのか、それともただの薬師だと思っているのかはしらないが。

「貴殿が、レドという旅の薬師かな」

 長剣の男は練れた太い声でそんな確認をとってきた。明るいところで見る彼の顔は深い皺だらけで、髪もすでに白いものが多くなっている。苦労してきたのだろうかと思わせる。

 実際、苦労はしているのだろう。何しろあのブンゴルに未だ忠誠を誓い続けているのだから。

 話しかけられたレドは背後にいるメーガンの態度からおおよその事情を察したのか、軽く頷いてから両手を広げた。

「ああ、確かにぼくの名はレド。製薬と行商でちまちま稼がせてもらっているしがない薬師ですが。何か御用でしょうか」

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