24・暗躍
「頼みがある。毒の王の城へ行きたいのだ。毒の影響を免れる術を、何か教えてくれはしまいか」
長剣の男はそう言って頭を下げた。
レドが振り返って、メーガンの顔を見る。毒の王は、何か言いたげである。何を言いたいのかはその目を見れば明らかだった。彼のその態度はメーガンの心を苛立たせたが、ここで手を出すわけにはいかない。
精一杯の抵抗として、メーガンは顔をしかめてみせる。が、それはあまり効果をあげなかった。
「どこかの誰かと同じことを言っているな」
レドは小さな声でそんなことを言い、長剣の男に向き直る。
「あいにくだが、ぼくは自殺を幇助するようなことを生業としていない。また、あの毒の沼を渡る術を知っているわけでもない」
「自殺かどうかはやってみなくてはわかるまいて。頼れるのはこの近くに長年いる薬師しかいない。貴殿だけだ。どうか、この老体を毒の王に引き合わせてはくれまいか」
彼はそんなことを言うが、引き合わせるも何もない。目の前にいるその薬師こそが、探している毒の王本人なのだ。
メーガンはかつて自分もこのようなことをしていたのかと思うと苦い思いをおさえられない。しかし、レドは平然としている。ここでもいつもと同じように冷静さを全く失わずに対応している。
「毒の王の評判はぼくも聞いて知っています。事実がそのとおりだとするなら、彼は許されない。あなたも怒りも当然のものでしょう」
「で、あろう。よってこの私は最後の役目として、彼と刺し違える覚悟で参った。彼を倒せたなら私の命尽きようとも本望だ。薬師のレド、どうか知恵をお貸しいただけないか」
「しかしぼくとて、あの毒の影響におびえながら暮らす人間だ。あなたのその気概にこたえられるような薬は扱っていないし、そんなものがあるとしたならみんなもう少しましな生活をしている。あなたをあの古城に案内することはできそうにない」
レドは淡々と答えて、申し訳なさそうに軽く頭を下げる。
「残念ながらぼく一人の力では、無理といわざるをえません。健康な成人でも、あの毒の影響下に半日以上滞在すれば致命的な損傷を受ける。しかし、古城までは少なく見積もっても日の出から日の入りまではかかる。どれほど急いでも、まともに剣を振れる状態で毒の王の古城にたどりつけるとは思えない……まして、あなたは高齢だ」
「ずいぶん、すらすらとお答えになる」
不満そうにする長剣の男。しかしレドはすぐさまこう切り返した。
「つい最近にも、毒の王を狙ってぼくを頼ってきた人間が三人もいるので」
「ほう、ではその三人はどうなりましたか」
「一人はいまだ、帰還していない。残りの二人は、まだ出発してもいない。この集落にとどまっています」
なるほどな、とメーガンは頷いた。確かに、一人は帰還していない。暗殺組織には、という条件付だが。
嘘は言っていないが、事実ともまた違っている感じだ。よくもまあそうすらすらと答えられるものだな、とメーガンはあきれる。
「で、その帰ってこない一人にはどのような助言を?」
「先ほどと同じことを。それと、気休めの薬をいくらか持たせました」
「気休めでも薬があると。それはどのようなものです」
長剣の男は必死に食い下がっている。どうやら、本気らしい。一命にかえても毒の王を討ち取ろうとしている。その気概はまさしく本物であり、これ以上ないといえた。よほどの恨みがあるらしい。
「一錠、金貨五枚ほどの価値ある薬種です。それでも気休め程度にしかなりません」
その言葉に、メーガンは驚く。外見は平静を保ったが、確かに驚きだった。
こんなところで商売。それも、無茶苦茶な値段。レドは金に困っているような気配をまったく見せていないが、実は貧窮していたのか。それにしてもこれは強気すぎるだろう。
「言い値で買おう。どうせ私にはこの先必要のないものだ」
他にすがるもののない長剣の男は、ためらいなくそう言い切る。
そこでレドは何かを差し出す。薬の入った小さな紙袋だ。
「こ、これは」
長剣の男はあわててそれを受け取ったが、中身が何かわからない。レドの顔を見る。
薬師は小さく頷いて、とんでもないことを、やはり小さな声で告げた。
「ある程度は毒の沼に対抗できるよう調合した新薬です。試作品ですが、差し上げます。どうか、毒の王を倒して平和を取り戻していただきたい」
「お、おお!」
彼は叫び、両腕を広げてレドに抱きついた。
涙さえ流さんばかりに喜ぶ長剣の男だが、それをメーガンは冷めた目で見る。当然である。彼が抱擁している相手こそが、倒すべき毒の王なのだから。
そもそも、今渡している薬はかなり強烈な睡眠薬だ。メーガンにもそれくらいはわかる。こいつ一体何をするつもりだ、と思わずにいられなかった。これで相手が初老の男だからまだ見ていられるが、もしも相手がネムやアイだったら多分なりふり構わずその場で薬を取り上げていただろうな、とも思う。
ただしメーガンはなぜ自分がそのような振る舞いをしようと考えたのか、という理由はあまり深く考えなかった。毒の王が自分を狙う敵を排除しているにすぎないというのにだ。それを自分がぶち壊しにすればかえって面倒なことになるのは目に見えている。だというのにネムやアイに睡眠薬を渡すのは止めようと考えることは、すでにおかしい。そうしたことにメーガンは自分で気がつかないのである。
「ありがとう、レド。きっと私が毒の王を倒してみせる」
「ぼくにはこのくらいのことしかできませんが。また、試作品でもありますから副作用がないとは限りません。この場でお試しいただけますか、二錠ほど飲み下してください」
感動にふるえている長剣の男は言われるままに受け取ったばかりの薬を疑うこともなく飲んだ。
「貴殿の好意は無にしない。私の名前はボロフィだ。きっと、期待にこたえてみせる」
そして彼は、がっしりとレドとかたい握手をかわした後、意気揚々と宿屋から出て行った。夜になったら酒場に来てくれというレドの言葉を背に受けて、彼は剣を振りにいく。もちろんそれは、毒の王を仮想の相手にしたトレーニングだ。
メーガンは彼をこっそりと尾行し、この様子を観察し続けた。
ボロフィと名乗った彼の動きは力強く、そしてまた実戦的だった。形だけのお飾りのような剣術では決してない。確かな実力を実戦に近い形で磨いたものと推測された。プレートアーマーのような全身鎧を相手が装着しているとも考えたのか、そうした相手の弱点を突く動作も組み入れて訓練している。なるほど、とメーガンは頷く。
おそらくこのボロフィという剣士の実力はすさまじい。正面から戦えば、メーガンとて不覚をとりかねないほどだ。もっとも、実際に戦うとなればメーガンは不意打ちやだまし討ちをかけるので、剣術の実力だけをとって強い弱いということはいえない。だが、少なくともこのボロフィの剣は、ネムを超えているものと考えられる。
見事な演舞だ。その動きは確かに力強い。
しかしそれから数分もしないうちに彼は猛烈な睡魔に襲われ、逆らう術もなく意識を失ってしまうのだった。
ネムやアイは、レドが引き受けている。彼女らにこれを発見される心配はない。
つまり、メーガンはこのボロフィの始末を一人でしなければならない。
「いちいち大げさすぎる。ここまでしなくてもいい」
メーガンの意見を、レドは軽く流した。
「やってやりすぎということはないだろう。なんなら君がやってくれてもいいが」
「お断りする。私は護衛であって、何でも屋じゃないからな」
疲れた顔でため息を吐く。メーガンとしては、このような面倒ごとはかなわなかった。せっかく綺麗にした城内を汚されるのはたまらないし、第一危険なことだ。レドの実力から考えても問題はないと思えたが、それでもだ。いくら武芸に秀でているからといって、毒の王自身の身体をやすやすと危険にさらしていいものではないだろう。
「それなら、護衛の仕事をこなしていてもらいたい」
言われるまでもなく、確かに護衛はしている。要するに、休んでいていいということだろう。メーガンはそのように解釈して、その場を離れることにした。
日が暮れかかっている。随分時間がたってしまったものである。
「この城にいる限りそれは必要なさそうだ。私は一風呂浴びてくる」
「怠慢だな、減俸しておくからな」
「言ってろ」
付き合うのも疲れたとばかり、メーガンは地下に降りる。
ボロフィは強烈な頭痛によって目覚めた。迂闊にも、意識を失っていたようだ。
連日、睡眠を削って毒の王打倒のために努力していたことは確かだが、ここまで深く眠ってしまうとは思わなかった。失態の極みだといえた。
仕えていたブンゴルが亡くなってから、彼はその資産を適正に処理するために日夜奮闘を続けてきたのである。
彼が仕えていた貴族ブンゴルは清廉潔白の男だった。
病弱ではあったが、その性根は正しく、わずかの悪も見逃さずに捨て置けないほどの強さを持っていた。ゆえに、父が亡くなりその地位を受け継ごうとしたときにもその強さを発揮した。正義感を捨てなかった。
強いものに癒着し弱いものから搾取しようとするような輩を排除し、潔白な職務を執り行おうと努力したのである。自らの地位のみにとりつき、甘い汁を吸おうとするような連中を容赦しなかった。
ブンゴルは熱い男だったのだ。寝台から動けぬほどの症状に見舞われようとも、それは最後まで変わらなかった。なんとしても、弱きものを救おうと。
そうした強い意志をもち自らも倹約をすすめ、民の模範となろうと努力し続けたブンゴル。彼に仕えていることはボロフィにとって誇りであった。剣士の誉れであると思っていたのだ。
しかし、ブンゴルは葬られた。病による死などでは無論なかった。
彼が最後まで排除しようと試み続けた、邪悪な輩の手による暗殺だったのは間違いない。毒殺だった。
結局、彼が継ぐはずだった地位と財産は弟の手に渡る。ボロフィは血を吐く思いでそれに耐えねばならなかった。
ブンゴルが排除しようとしたものは、全て残った。のみならず、余計な出費を増やす。しがらみが増えて、家は傾きつつある。だがボロフィにはそれらに触れる機会すら与えられなかった。その職さえも解かれた。
毒殺されたブンゴルの腹心であったボロフィは、もはやあらたな後継者にとっては邪魔者でしかなかったのだ。
せめてこれだけは、ということで彼はブンゴルの残した屋敷に残ってその資産を整理する役目を負った。そのくらいはと、新たな後継者も見逃した。
そこにやってきたのが、黒い女だ。何かを探っていたのは間違いない。敵はボロフィの活躍によって追い払われたが、ややもすればボロフィの命をも奪おうとしていたのかもしれない。あるいは、ブンゴルという存在そのものを痕跡から焼失させてしまおうともくろんでいた可能性もある。
もはや一刻の猶予もならない。ボロフィは衰えを感じ始めた身体に鞭打ち、老いた馬にまたがってここまでやってきた。
憎き、毒の王に天誅を加えるためである。
ブンゴルを毒殺したのは、毒の王だ。間違いない。
彼が倒れたときに、ボロフィは彼を王都の施療院に自ら運び込んだ。そこでその医者に言われたのだ。
この毒は未知のものであり、解毒剤はないと。このような毒を知るものは、もはや伝説の毒使いにして希代の暗殺者、毒の王しか存在しないと。
まことに気の毒だが、とその医者は言う。彼は王や貴族からも信頼の篤い名医として知られている。彼の言うことが嘘であるとは全く考えられなかった。名医オルックのいうことを、ボロフィは信じたのだ。
ブンゴルの死は、毒の王の手によるものだ。そしてその結果、彼の家はその汚れを増やした。精錬潔白となるべき機会を逃し、没落への道をたどりはじめている。ボロフィが見た限りでは、ブンゴルの弟は当主となれるような器の持ち主ではない。身体こそ健康であるが、豪遊と荒淫にふけり、すべきことがわかっていないのだ。
そうした道をつくったのは、まぎれもなく毒の王。
ボロフィは彼を憎んでいる。もはや彼には何も残されていない。病弱ではあったが果断な彼の主を、一生涯支え続けると決めていたのだ。それを突き崩されて、将来への希望など残らなかった。
全てをなげうち、ボロフィはこの集落へやってきたのである。毒の王を、殺すために。
その彼は、闇の中で目覚めた。両腕が拘束されていることに気づく。




