第12話:帝国の通貨ハッキングと、市場独占
ガルバニア帝国の軍事インフラ(ゴーレム兵団)の基本OSを、我が社の『エイトボックス・コア』へ完全無償で書き換えてから数日。
次なる段階(第4フェーズ)として、僕は帝国の心臓部である『帝国中央鋳造所』の前に立っていた。
ここは帝国独自の通貨である『ガルバニア金貨』を発行し、その経済を支配する、国家権力の結晶とも言える場所だ。
「――おい、書類係の小僧。ゴーレムの無償アップデートの件は感謝するが、我が帝国の『経済』にまで口を出そうとは、少々図に乗りすぎではないか?」
鋳造所の重厚な扉を開けて現れたのは、ガザロフ将軍と、帝国経済のトップである財務大臣の恰幅の良い男だった。男は僕たちを見下し、下品な金の指輪が嵌まった手で鼻を鳴らした。
「我が帝国のガルバニア金貨は、その純度と武力の裏付けによって、大陸中で絶対的な価値を誇る。エイトボックスなどという新興の中央銀行に、指一本触れさせるわけがないだろう」
財務大臣の横では、あのクミコ・ギルドを追われたあと、どうにか帝国へ逃げ延びて物乞いをしていた元ギルド長のクミコが、ボロ雑巾のような格好で僕を睨みつけていた。
「そうよ、大臣! このエイトって男は、法律のバグを突いて他人の財産を盗む悪魔よ! 今すぐ捕まえて処刑なさい!」
やれやれ。どこにでも湧く、学習能力のないバグ(劣化コピー)ですね。
「――財務大臣。勘違いしないでいただきたい。僕は、あなた方の金貨を『奪う』と言っているのではありません」
僕は丸眼鏡のブリッジを中指でクイ、と押し上げ、完全に温度の消えた声で言った。
「そんな費用対効果の悪いことはしません。……ただ、あなた方のガルバニア金貨そのものの価値を、今この瞬間から『消滅』させてあげるだけです」
「な……、何を馬鹿なことを――」
「マルタ、現在の中央銀行の同期率は?」
僕の背後から、銀髪の天才令嬢マルタが、ジト目のまま手元の魔導端末をパチパチと叩きながら前に出た。フードの隙間から、ゾクゾクとするような冷酷な笑みが溢れている。
「……帝国全土の住民の『魔導端末』へ、エイトボックス中央銀行の【新通貨:エイト・トークン(デジタル経験値)】のウォレット、一斉強制インストール(エアドロップ)完了。……帝国の市場、すでに9割が新通貨で取引を開始してる」
「な……に……っ!?」
財務大臣の顔から一瞬で血の気が引いた。
「第一原理から考えましょう、大臣」
僕は最高神から貰った【国家中央銀行・設立の仮免許】の黄金の術式を展開し、帝国の経済ログをハッキングしていく。
「あなた方の金貨は、持ち運びが重く、偽造のリスクがあり、決済に時間がかかる。つまり、圧倒的に『ユーザー体験(UX)』が悪い。……対して、僕たちの『エイト・トークン』は、脳内の端末で念じるだけで一瞬で決済が終わり、最高神オーレン・バファメント様が直接偽造を防いでくださる、神の暗号資産(デジタル通貨)です。さらに、我が社の新通貨を使えば、今なら毎月の月極魔力税が10%引き(キャンペーン)になる。……合理的な人間なら、どちらを選ぶか、赤ん坊でもわかるでしょう?」
その瞬間、財務大臣の魔導端末に、帝国中の市場から「ガルバニア金貨が市場で拒否されている」「みんなエイトボックスのデジタル決済を使っている」という緊急エラー通知が、狂ったようにポップアップし始めた。
「ば、馬鹿な……! 我が国の通貨が、ただの利便性の前に紙屑(鉄くず)に変わっていくというのか……!?」
「ええ。あなた方がどれだけ頑丈な金庫に金貨を溜め込もうが、誰もそれを使わなければ、それはただの重い金属の塊です。……これより、ガルバニア帝国の経済圏の『敵対的買収』を完了します」
僕は、完全に腰を抜かして床に崩れ落ちた財務大臣とガザロフ将軍を、冷徹に見下ろした。
「ガ、ガザロフ将軍! 何をしている、今すぐその私兵とゴーレムで、この書類係を八つ裂きにしろ!」
クミコが悲鳴を上げて叫ぶ。
しかし、ガザロフ将軍が青ざめた顔でいくらゴーレムに命令を下そうとも、数万の鋼鉄の兵団は、ピクリとも動かなかった。
「……無駄だよ、帝国のおじさん」
マルタがジト目のまま、端末の画面を見せる。そこには『利用規約違反により、該当端末の全機能を停止しました』という無慈悲なシステムメッセージが浮かんでいた。
「言ったでしょう、おじさんたちのゴーレムの脳(OS)を握っているのは、僕たちだ、と。……逆らえば、動く文鎮です」
「ひっ……、ひいいいいっ! 悪魔だ、お前は本物の悪魔だああああっ!」
ガザロフ将軍と財務大臣、そして今度こそ完全に精神が崩壊したクミコが、床を這いつくばって神殿の奥へと逃げ惑っていく。
世界最強の軍事帝国の武力と経済を、剣の一振りも交えず、ただの規約とプログラム(知財)だけで完全に支配した。
「あはっ……! 本当にゾクゾクするわ、エイト! 世界最大の帝国の経済を、路地裏から持ち込んだ数式ひとつで一瞬にして飲み込んじゃうなんて……! アンタのその冷徹な脳みその前に、私、もう完全に降伏(チョロイン化)だわ!」
ステフが歓喜に満ちたドSな瞳を極限まで潤ませ、僕の腕を自身の豊かな胸へと激しく抱き寄せた。
「……マルタの回線、これで世界標準になった。……エイト、マルタの価値、もっと上げてくれた。……もう、エイト以外のシステムじゃ、マルタの身体は起動しない」
銀髪の天才令嬢マルタも、トロンとした蕩けた瞳で、僕の服の裾をぎゅっと握って離そうとしない。
「ふふ、やっぱりアンタの配下になって正解だったよ、総支配人」
ジェシカが妖艶な肉食獣の笑みを浮かべ、僕の耳元で熱い吐息を漏らす。
「帝国の流通網も、キックボードの利権も、アタシのこの身体も、全部アンタの終身サブスク(独占契約)だね」
高慢だった3人のドS天才美女たちを完全に僕への依存症へと変え、僕は世界をハッキングする魔導メガコーポの、真の絶対権力を手中に収めた。
「やれやれ。僕はただ、世界の不条理なバグを、美しくデバッグしただけですがね」
丸眼鏡を静かに押し上げ、エイトの冷徹なイノベーションの旅は、ついに世界そのもののルールを書き換え始める。




