第10話:世界標準(デファクトスタンダード)の罠
「――エイトボックス中央銀行、本日のアクティブユーザー数、王都全人口の98パーセントを突破。秒間の魔力税着金ログ、処理が追いつかない。神殿の水晶端末が物理的に熱い」
元クミコ・ギルドをリフォームした、我が社の最高経営責任者(CEO)室。
銀髪の天才令嬢マルタが、ダボダボの法衣の裾から白い素足をブラブラとさせながら、僕のデスクの横でじっと水晶球を見つめていた。そのジト目は相変わらずだが、僕を見つめる瞳には、飼い主に甘える猫のような深い依存の色が混ざっている。
「やれやれ。神殿のサーバー(魔導水晶)の冷却用に、ステフに新しい魔導ファンを作ってもらわないといけませんね」
僕は丸眼鏡のブリッジを中指でクイと押し上げ、温かいコーヒーをマルタの前に置いた。
バルバロッサ伯爵とクミコを合法的に更地(破産)に追い込んでから、数週間。
王都の物流、通信、そして魔法ライブラリ(基本特許)は、すべて我が社『エイトボックス』の管理下に置かれた。平民から貴族にいたるまで、この王都で人間が朝起きてから夜眠るまでの一歩一歩が、僕たちの口座へ「月極魔力税」としてチャリンチャリンと経験値を運び続ける永久機関。
文字通り、僕たちは王国の国家予算を遥かに超える「資本の暴力」を手に入れたのだ。
「ちょっとエイト! 何よこの新しい魔導扇風機の注文書は! モーターの回転数式の配列が、前回の3倍精密になってるじゃない! また私を徹夜させる気!?」
ドガッと勢いよくドアを開けて入ってきたのは、漆黒の髪を揺らしたトップ職人のステフだった。相変わらずの不機嫌そうなドS面だが、その頬はどこか嬉しそうに紅潮している。
「これを作れるのは、世界であなただけですからね、ステフ」
「っ……! も、もう、アンタはいつもそうやって私をコキ使うんだから! 責任取って、今夜はちゃんと私の新作の魔導鎧の監査、付き合いなさいよね!」
高慢だった天才美女たちが、僕の冷徹な経営ロジックと有能さの前に、今や完全にチョロイン化(依存)してしまっている。
だが、僕たちのスタートアップは、この小国(王国)だけで満足するつもりは毛頭なかった。
僕がチート能力『万物監査(鑑定)』を世界地図へと向けると、王国の国境を越えた先にある巨大な「赤いログ」が不気味に明滅していた。
「――皆さん、のんびりお茶を飲んでいる時間はありません。第3段階(第3章)の事業計画へ移行します」
僕が指をパチンと鳴らすと、マルタの多重回線を通じて、CEO室の壁面に巨大な魔導ホログラムの地図が投影された。
「次のターゲットは、北の軍事大国『ガルバニア帝国』です」
「帝国……!? エイト、あそこは王国なんていつでも踏み潰せるほどの超弩級の魔導戦車や、軍事用ゴーレムを数万規模で配備している、世界最強の武力国家だよ? さすがに上から金塊で殴り倒すのは無理があるんじゃないかい?」
ソファーに寝そべり、長い生足を妖艶に絡ませていたスラムの女傑ジェシカが、鋭い瞳で僕を見つめる。
「いいえ、ジェシカ。戦争(コストの殴り合い)などという野蛮でコスパの悪いことはしません」
僕は冷淡に言い放ち、帝国の軍事用ゴーレムの「設計思想」を画面に表示した。
「チート能力『万物監査』で帝国の主力兵器をハッキングしたところ、致命的な脆弱性が見つかりました。彼らの軍事ゴーレムは、すべて『自国製の専用魔導OS』で動いています。そのため、他国との通信同期が取れず、維持コストが我が国のキックボードの100倍以上かかっている」
「維持コストが100倍……? 帝国、バカなの? 燃費最悪」
マルタがポテチを齧りながら呆れたように呟く。
「ええ、非常に非論理的です。そこで、我がエイトボックス中央銀行は明日、ガルバニア帝国に対し、【軍事インフラの無償近代化支援】を提案します。我が社の誇る超高効率・多重並列制御の基本プログラムを、帝国のすべての軍事ゴーレムへ、なんと『完全無料』でインストールしてあげるのです」
ステフ、マルタ、ジェシカの3人が、一瞬ポカンと口を開けた。
だが、すぐに僕の意図を察したマルタが、ゾクゾクとした純粋な恐怖の笑みを浮かべて身体を震わせた。
「……世界標準の罠。……帝国のすべての兵器の脳(OS)を、エイトのプログラムで上書きする。……つまり、帝国が我が社に逆らった瞬間――」
「ええ。僕が手元の端末のボタンをひとつ押すだけで、帝国の誇る最強の無敵軍隊は、ただの『一歩も動かない巨大な文鎮(鉄くず)』に変わります。彼らは自分たちが世界を侵略しているつもりで、その実、我が社のシステムのパトロン(養分)に成り下がる。知財の檻による、国家丸ごとの平和的な買収です」
書類係の元弁理士が仕掛ける、次元の違う世界侵略。
「あはっ……! 本当に悪魔だわ、この男……!」
「エイト、格好いい。マルタ、もうエイトの規約に一生同意する」
「ふふ、やっぱりアンタの月額課金にして正解だったよ、総支配人」
3人のドS天才美女たちの熱い視線を浴びながら、僕は丸眼鏡を静かに押し上げた。
「さあ、帝国のすべての武力を、僕たちのシステムでデバッグしてあげましょう」




