第9話:魔導特許のオープンソース化と、月極魔力税の檻
「おーっほっほ! どうしたのよエイト! 自慢のキックボードも、走る道がなくなればただの粗大ゴミよ! 伯爵の私兵団に怯えて、声も出ないのかしら!?」
神殿の瓦礫の向こうで、クミコが勝ち誇ったように扇子を鳴らす。
バルバロッサ伯爵もまた、手にした魔導大剣から不吉な赤黒い魔力を立ち上らせ、僕たちを冷酷に見下ろしていた。
「通行権だけではない。この王都の全道路に配置された、我が馬車ギルドが所有する『魔導結界』のアクセス権をすべて遮断した。明日から、我がギルドの許可なき者は、路地裏だろうがどこだろうが、一歩動くたびに脳内の『魔導端末』に強烈なエラー負荷(魔力ペナルティ)がかかり、立つことすらできん。……身の程を知れ、路地裏の害虫どもが」
「……エイト、あれ最悪。王都の空間そのものに、パスワード(暗号鍵)をかけてロックした状態。マルタの多重回線でも、物理的に道を封鎖されたらデータのバイパス(迂回)が間に合わない」
僕の袖を掴むマルタの指先が、微かに震える。ジェシカもまた、私兵団の圧倒的な武力を前に、悔しそうに唇を噛み締めていた。
道路の物理的封鎖。そして、インフラを人質に取った法的・魔術的なロック。
前時代的だが、国家権力と結びついた既得権益の暴力としては、これ以上ないほど有効な嫌がらせ(バグ)だ。
だが。
「――ステフ。マルタ。ジェシカ。そんなに怖い顔をしないでください」
僕は丸眼鏡を中指で静かにクイ、と押し上げ、完全に温度の消えた声で言った。
「彼らは、致命的な勘違いをしています。……自分たちが『ルールを支配している』とね」
「あ? 往生際の悪いガキめ、何が言いたい!」
バルバロッサ伯爵が不快そうに眉をひそめる。
「伯爵。あなた方が道路の結界ロックに使用しているその基本術式、およびあなた方の高級魔導馬車を動かすための【大電力制御術式】。……あれの『知財(特許)』を管理しているのは、どこでしたかね?」
「ふん、そんなもの、我が馬車ギルドが多額の金貨を支払い、神殿の最高知財書庫から独占ライセンスを買い取ったものに決まっているだろうが!」
「ええ、昨日まではそうでした」
僕は脳内の『魔導電算』を起動し、最高神から貰ったばかりの黄金の術式――【国家中央銀行・設立の仮免許】を、神殿の空間へと巨大なホログラムとして展開した。
眩い黄金の光が神殿を満たし、クミコとバルバロッサの顔を照らし出す。
「な、何よこれ!? 空間のログが、神殿の基幹システムを書き換えていく……!?」
クミコが悲鳴のような声を上げる。
「これは最高神オーレン・バファメント様より授かった、世界で唯一の『金融および知財の絶対改変特権』です。……これより、エイトボックス中央銀行の設立を宣言。同時に、あなた方が数百年かけて独占してきた、馬車制御、結界パスワード、および移動に関するすべての『魔導特許』を、僕の権限で――【全世界へ完全無料公開(オープンソース化)】します」
「な……に……っ!?」
バルバロッサ伯爵の顔から、一瞬で血の気が引いた。
「無料公開だと!? 莫大な開発費とライセンス料を払った我がギルドの財産を、タダで配るというのか! 正気か貴様!」
「大正解です。本日この瞬間から、全人類の『魔導端末』へ、あなた方の独占技術を最高効率にデバッグした『フリー魔術ライブラリ』を自動配信しました。これにより、平民だろうがスラムのガキだろうが、誰でもタダであなた方の結界を解除し、あなた方の魔車より快適な乗り物を自作できるようになります」
一瞬の静寂の後、王都中から地鳴りのような大歓声が響き渡った。
神殿の窓の外を見れば、脳内の端末で通知を受け取った平民たちが、「おい! 馬車ギルドの結界がタダで解錠できるようになったぞ!」「キックボードがどこでも走り放題だ!」と狂喜乱舞している。
「ば、馬鹿な……! そんなことをすれば、技術の価値が暴落し、お前たちも1枚の金貨すら稼げなくなるではないか!」
バルバロッサが血走った眼で僕に掴みかかろうとする。
僕はそれを冷たく見下ろし、最後の手札を告げた。
「言ったでしょう、僕はボランティアで無料化(フリー化)したわけではない、と。……全人類の皆さん。あなた方の端末に届いた『利用規約』の一番下をご確認ください。読まずに同意(同意するボタンを連打)しましたよね?」
平民たち、そして私兵団の男たちまでもが、慌てて自分の魔導端末のログを確認する。そこに書かれていたのは、現代地球のIT企業が全人類を支配した、悪魔のビジネスモデルだった。
「規約第24条。本無料魔法ライブラリを使用する者は、毎月、自身の経験値の1%を『基本システム維持費』として、僕の中央銀行口座へ自動で奉納(引き落とし)するものとする。――通称【月極魔力税(サブスクリプション方式)】です」
「さ……サブスク……?」
クミコがガタガタと震え出す。
「製品を高く売る時代は終わりました。これからは、全人類の生活インフラに僕のコード(ソフト)を忍び込ませ、生きているだけでチャリンチャリンと永続的に富を吸い上げる時代です。……バルバロッサ伯爵。あなた方の馬車ギルドの資産価値は、今この瞬間をもって『ゼロ(紙屑)』になりました。さらに、あなた方が今手に入れているその主要道路の通行権も、明日から我が中央銀行が発行する新通貨の前に、法的な価値を失います」
「嘘……嘘よ……! また、また一瞬で、全部奪われたの……!?」
クミコが白目を剥いてその場に卒倒し、バルバロッサ伯爵は手にした魔導大剣をカララン……と落とし、絶望のあまり膝から崩れ落ちた。法律と暴力を武器に挑んできた老舗の獣は、エイトの創り出した「サブスクの檻」の中に、合法的に、永遠に閉じ込められたのだ。
「あはっ……! 凄すぎるわエイト! 敵の技術をタダで配って、世界中の人間から毎月強制的に小銭を巻き上げるなんて……! アンタ、人間の皮を被った本当の神様よ!」
「……エイト、恐ろしい男。全人類が、エイトの養分になった。マルタ、もう一生エイトから離れない。離れたら干からびる」
ステフが歓喜で僕の首に抱きつき、マルタがトロンとした蕩けた瞳で僕の腰にしがみついてくる。
「おいおい、アタシを忘れてもらっちゃ困るねぇ」
ジェシカが艶やかな笑みを浮かべ、僕の顎を指先でクイと持ち上げた。
「スラムのガキどもを救ってくれたお礼さ。……これからは、ウチの配送網も、アタシのこの身体も、全部アンタの月額課金にしておくれよ、総支配人?」
王都市民全員をユーザーに変え、3人のドS天才美女たちを完全にチョロイン化(依存)させた。
丸眼鏡を押し上げながら、僕は路地裏から世界をハッキングする、真の「魔導メガコーポ」の玉座へと腰を下ろした。
「やれやれ。僕はただ、世界のバグをデバッグしただけですがね」




