第8話:神様の推し活と、追い詰められた獣の咆哮
王都の物流インフラを完全にハッキング(独占)し、馬車ギルドを合法的に更地へと追い込んだ翌日。
僕たちは今後の軍資金を確認するため、王都の中央神殿を訪れていた。
「……エイト、神殿の魔導端末(ATM)のログ、大変なことになってる。マルタの計算式がゲシュタルト崩壊を起こしそう」
神殿の奥、巨大な水晶端末の前で、銀髪の天才令嬢マルタがジト目を限界まで見開いて硬直していた。
「ちょっと見せなさいよ。……へ? な、何よこれ、桁が多すぎて意味がわからないわ! 金貨の鋳造が追いつかないじゃない!」
横から端末を覗き込んだステフも、豊かな胸を激しく上下させて驚愕している。普段はプライド最高のドS職人たちが、完全に幼児のように口を開けていた。
それもそのはずだ。水晶端末に表示されていたのは、チート能力『万物監査(鑑定)』 shadow でも一瞬処理が遅れるほどの、天文学的な数字だった。
『神殿口座残高:89,400,000,000トークン(経験値)』
『内訳:王都物流独占に伴う「インフラ基本配当」、および最高神オーレン・バファメントより「特別推し活ボーナス」が着金しました』
「――やれやれ。オレバファ様、また天界でコーラを噴き出しながらボタンを連打しましたね」
僕が丸眼鏡のブリッジを中指で押し上げながら溜め息をついた、その時だった。
神殿の空間がぐにゃりと歪み、頭上からスピーカーの音割れのような、やたらと軽い声が響き渡った。
『おーい! エイトきゅーん! 見てるー!? 投資の神オレバファちゃんだよー!』
ステフとジェシカが「ひっ!?」と短い悲鳴を上げて僕の背後に隠れ、マルタが僕の服をぎゅっと掴む。世界を統べる最高神の降臨――のはずなのだが、その神託(声)の背後からは『プシュッ』と炭酸飲料を開ける気の抜けた音が聞こえていた。
『いやー、最高! マジ最高だよエイトきゅん! 魔法スキャン(GPS)の死角をスラムの子供たちの足(路地裏マップ)で埋めて、ついでにウーバーの物流網作っちゃうとか、僕の全知全能の脳みそでも予想外の超絶ハック(投資効率)だよ! 天界のアホ神仲間たちに自慢したらみんな大号泣しちゃってさぁ!』
「……それは重畳です、オレバファ様。ですが、この特別ボーナスの金額は、さすがに市場の流動性を狂わせかねないのですが」
『いいのいいの! 堅実な長期投資(複利)もいいけど、たまにはこういう天才スタートアップにドカンとエンジェル投資(全力推し活)するの、神様的に超脳汁出るから! はい、これ僕からのご褒美(追加ギフト)ね!』
ピコン、と僕の『魔導電算』に、見たこともない黄金の術式コードが転送されてきた。
『神殿特権:【国家中央銀行・設立の仮免許】を付与しました』
「……中央銀行の設立特権、ですか。また随分とエグい『知財(特許)』を配当してくれましたね」
『でしょでしょー! それがあれば、次の章でエイトきゅらがやろうとしてる「全人類タダの罠にハメる作戦(無料公開)」のキャッシュフローも完璧に耐えられるから! あ、コーラのおかわり買いに行かなきゃだから神託切るね! バイバーイ、次のハックも期待してるよー!』
プツン、と気の抜けた音と共に神の気配が消え、神殿に静寂が戻った。
「……な、なんなのよあの神様。世界を創った偉大な存在のはずなのに、ただのエイトの重度なオタクじゃない……」
ステフが頬を引きつらせながら呟く。
「でもエイト、これで資金力(資本の暴力)は王国の国家予算を遥かに超えたわ。これならどんな巨大組織が牙を剥いてこようが、上から金塊で殴り倒せるわね」
ジェシカが革の鞭を愛おしそうに握り直し、肉食獣のようなドSスマイルを僕に向けた。
「ええ。十分すぎる軍資金です。……さあ皆さん、次の事業計画(サブスク革命)へ――」
僕が言いかけた、その時だった。
ドガアアアアン!!
凄まじい爆音と共に、神殿の重厚な大扉が吹き飛んだ。
瓦礫の煙の向こうから現れたのは、重装備の私兵団を引き連れた、血走った眼の男――『王都馬車ギルド』の最高統括責任者、大悪徳貴族のバルバロッサ伯爵だった。
「――見つけたぞ、路地裏の泥棒猫どもが……っ!」
バルバロッサは怒りで顔をドス黒く歪ませ、手にした魔導大剣を床に叩きつけた。
「我が馬車ギルドの利権を、キックボードなどというふざけた玩具で奪いおって……! 貴様らのせいで、我がギルドの負債は国家予算レベルに膨れ上がったわ! だがなぁ……物流をナメるなよ、小僧!」
バルバロッサが狂ったように高笑いする。
「お前たちがどれだけ小賢しい地図を配ろうが、我らには王室と結んだ『王道独占通行権(法的特権)』がある! 本日をもって、王都の主要道路はすべて封鎖! キックボードに乗るスラムのガキは、見つけ次第『不法占拠』として我が私兵団がその足をすべて叩き折ってくれるわ!」
「ひっ……!」
背後で、スラムの子供たちを想うジェシカが息を呑む。
追い詰められた老舗の獣が、法律と暴力という、前時代的な「最後の既既得権益」を振りかざして無理心中(嫌がらせ)を仕掛けてきたのだ。
「おーっほっほ! その通りよ、伯爵! この生意気な書類係を、今すぐ八つ裂きにしておしまいなさい!」
その背後からは、僕たちに会社を奪われ、バルバロッサに泣きついた前ギルド長のクミコが、勝ち誇った顔で顔を覗かせていた。
完全に包囲された神殿。突きつけられる暴力と、王国の不条理な法律。
だが。
僕は丸眼鏡を中指で静かにクイ、と押し上げ――この状況下で、完全に温度の消えた冷徹な笑みを浮かべた。
「――やれやれ。わざわざ自分から、ハシゴを外されに一等席までやってくるとは」
僕の脳内の『魔導電算』が、最高神から貰ったばかりの中央銀行特権と同期し、世界を終わらせる新しい術式を静かに完成させていく。
(道路の封鎖? 法的特権? 結構。……ならば、あなた方の依って立つ『魔法そのものの利権』を、明日から地球上から完全に消滅(フリー化)させてあげましょう)
エイトの、世界をハッキングする本物の「神殺しの罠」が、ついに牙を剥く。
(第9話へ続く)




