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返事の来ない夜に、僕は世界を救うことにした。  作者: 黒木明


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第4話 保留蛇

保留蛇の問いに、僕は答えられなかった。


――君は本当に、答えが欲しいのか?


その一文が、口の中のスマホ画面で静かに光っている。


欲しい。


そう即答したかった。


僕は三十日間、ずっと返事を待っていた。


朝起きてスマホを見て、仕事の合間にスマホを見て、夜眠る前にスマホを見て、何も来ていないことを確認しては勝手に傷ついていた。


欲しくないはずがない。


でも、言葉が出なかった。


答えが欲しい。


本当に?


もし、その答えが僕の望んでいないものだったら?


もし、白乃ユイが僕のことを何とも思っていなかったら?


もし、あの「考えさせてください」が、ただ僕を傷つけないための時間稼ぎだったら?


そこまで考えた瞬間、喉の奥が固まった。


答えが欲しいと言いながら、僕は答えが出ることを怖がっていた。


保留蛇は、僕の沈黙を見透かしたようにゆっくりと体を揺らした。


黒い体の表面に、無数のメッセージが流れていく。


少し考えさせて。


今は余裕がない。


落ち着いたら。


また連絡する。


そのうち。


いつか。


その言葉たちは、どれも決定的ではない。


拒絶でもない。


約束でもない。


だからこそ、人をその場に縫い止める。


リノが白い刃を構えたまま、低く言った。


「ハル、目を合わせないで」


「目なんてないだろ」


「あるよ。あの中に」


リノの視線の先、保留蛇の口の中にあるスマホ画面が、ゆっくりと明滅していた。


そこに映っているのは、僕の顔だった。


不安そうで、期待していて、今にもすがりつきそうな顔。


見たくない顔だった。


保留蛇の体が、ぬるりと動いた。


次の瞬間、画面に白乃ユイの名前が浮かぶ。


白乃ユイ。


僕の足が、勝手に止まった。


「ハル!」


リノの声が飛ぶ。


でも、目が離せない。


画面に、文章が表示される。


――待たせてごめん。


胸の奥が強く掴まれた。


それは、僕が一番欲しかった言葉だった。


たったそれだけでよかった。


待たせてごめん。


その一文があれば、三十日間の夜が少しは報われる気がした。


画面に、次の言葉が浮かぶ。


――ちゃんと考えてたよ。


息が止まる。


リノの手が僕の腕を掴んだ。


「見るなって言ってるでしょ!」


「わかってる」


「わかってない!」


「わかってるよ!」


声が荒れた。


でも、足は動かなかった。


わかっている。


これは本物のユイの言葉じゃない。


僕が欲しいだけの言葉だ。


でも。


偽物でも、欲しかった。


偽物でも、その言葉に触れたかった。


画面には、さらに続きが表示される。


――ハルくんのこと、嫌じゃない。


心臓が跳ねた。


「やめろ……」


自分でも、誰に言っているのかわからなかった。


保留蛇にか。


ユイの幻にか。


それとも、そこにすがりたい自分にか。


保留蛇が、ゆっくりと僕へ近づいてくる。


リノが光の刃を振るった。


蛇の画面が一枚割れる。


けれど、割れた画面の奥から、同じ言葉がまた現れた。


待たせてごめん。


ちゃんと考えてたよ。


嫌じゃない。


落ち着いたら話したい。


リノの表情が歪む。


「しつこい……!」


保留蛇は、リノを見ていなかった。


まっすぐ僕だけを見ていた。


目はない。


それでも、見られているとわかった。


口の中のスマホ画面が、僕の顔を映す。


情けない顔だった。


期待している顔。


信じたい顔。


救われたい顔。


保留蛇の声がした。


――君は、彼女の本当の返事なんて欲しくない。


僕は喉を鳴らした。


「違う」


――欲しいのは、優しい返事だ。


「違う」


――君が傷つかなくて済む返事だ。


「違う……」


声が弱くなっていく。


保留蛇は笑った。


その笑い声は、通知音に似ていた。


ピコン。


ピコン。


ピコン。


――だから保留が好きなんだろう?


その言葉に、胸の奥が凍った。


好き。


保留が、好き。


そんなはずない。


苦しかった。


眠れなかった。


何度もLINEを見た。


何度も自分を責めた。


保留なんて、嫌だった。


でも。


もし、はっきり断られていたら?


ごめんなさい。

そういう風には見られません。


そう言われていたら、僕はどうなっていただろう。


きっと、希望は終わっていた。


ユイの名前を見るたびに期待することもできなくなっていた。


もしかしたら、という言葉に逃げることもできなくなっていた。


それが怖かった。


返事が欲しいと言いながら、僕は返事が来るのを怖がっていた。


なぜなら、返事には終わりがあるから。


保留には、終わりがない。


終わらないから苦しい。


でも終わらないから、希望だけは残る。


僕はその希望に、しがみついていた。


黒いインクが足首から膝へ上がってくる。


「ハル!」


リノの声が遠くなる。


保留蛇の口の中に、待合室のような空間が見えた。


椅子が並んでいる。


病院の椅子。


駅のベンチ。


役所の窓口の前にある硬い椅子。


そこに座れば、きっと楽になれる。


決めなくていい。

諦めなくていい。

進まなくていい。


ただ、待っていればいい。


いつか来るかもしれない返事を。


いつか変わるかもしれない未来を。


いつか報われるかもしれない自分を。


「……それでも」


声が漏れた。


「それでも、待っていたかったんだよ」


認めた瞬間、黒いインクがさらに濃くなった。


リノが目を見開く。


「ハル、駄目!」


でも、もう遅かった。


保留蛇の尾が僕の身体を巻き取る。


冷たい。


でも、どこか柔らかかった。


まるで毛布みたいに、僕を包み込もうとしていた。


苦しみから守ってくれるように。


現実から隠してくれるように。


蛇の画面に、またユイの幻が映る。


今度のユイは笑っていた。


三十日前の夜みたいに、困ったような優しい顔ではなく、真っ直ぐに僕を見て笑っている。


――待っててくれてありがとう。


その一文を見た瞬間、涙が出そうになった。


欲しかった。


この言葉が。


誰かに、そう言ってほしかった。


待っていたことを、馬鹿じゃなかったと言ってほしかった。


苦しかった夜を、無駄じゃなかったと言ってほしかった。


僕の優しさを、ちゃんと価値あるものにしてほしかった。


「……言ってくれよ」


声が震えた。


「本当にそう思ってるなら、言ってくれよ……」


幻のユイは、何も言わない。


ただ、画面の中で微笑んでいる。


その沈黙が、僕をさらに引きずり込む。


保留蛇の口が、ゆっくりと開く。


リノが走ってくる。


でも、遠い。


「ハル!」


僕はその声を聞きながら、ふと思った。


このまま飲まれたら、楽なのかもしれない。


返事を待つだけの存在になる。


仕事もしなくていい。

食べなくていい。

眠れない夜もない。


ただ、希望のようなものを抱えたまま、ずっと座っていればいい。


それは地獄かもしれない。


でも、今の僕には少しだけ甘く見えた。



その時だった。


カチン、と小さな音がした。


聞き慣れた音。


編集ソフトで、タイムライン上のクリップを切る時の音。


現実の音のはずだった。


でも、その音が、未返信世界の夜に響いた。


次の瞬間、目の前にモニターが現れた。


会社の編集席だった。


暗い事務所。

光るディスプレイ。

タイムラインに並ぶ素材。


そこに、瀬名さんが立っている。


『全部大事に見える時ほど、完成しない』


記憶の中の瀬名さんが言った。


『どこで区切るか、自分で決めないと』


その言葉が、保留蛇の幻を少しだけ揺らした。


区切る。


自分で。


僕は目を開ける。


保留蛇の体が、まだ僕に巻きついている。


画面の中のユイが、優しく笑っている。


待っててくれてありがとう。


その文字は、まだそこにあった。


欲しい。


やっぱり欲しい。


その言葉が本物なら、どれだけ救われるだろう。


でも。


偽物に救われても、現実の僕は動けない。


「……違う」


僕は呟いた。


保留蛇の動きが止まる。


「僕が欲しかったのは、この言葉じゃない」


幻のユイが、少しだけ歪む。


「待っててくれてありがとうって、言われたかったんじゃない」


そう言いながら、胸が痛かった。


だって本当は、言われたかった。


それでも、その奥にあるものは別だった。


僕は、僕の待った時間に意味が欲しかった。


でも、その意味をユイに決めてもらおうとしていた。


ユイがありがとうと言えば、僕の待った時間は美しくなる。


ユイがごめんと言えば、僕の苦しさは報われる。


ユイが好きと言えば、僕の全部が正しかったことになる。


そんなふうに、僕は自分の時間の価値を、彼女の一文に預けていた。


それが、間違いだった。


「僕の三十日は……」


声が震える。


でも、言葉は出た。


「僕の三十日は、僕のものだ」


黒いインクが、少しだけ剥がれた。


保留蛇が低く唸る。


――強がるな。


画面に文字が出る。


――本当は、まだ答えが怖いくせに。


「怖いよ」


僕は即答した。


「怖いに決まってるだろ」


リノが足を止めた。


僕は、保留蛇の中で続けた。


「OKでも怖い。NGでも怖い。返事が来なくても怖い。どれも怖い」


声が少しずつ強くなる。


「でも、怖いからって、ずっとここに座ってるわけにはいかない」


手の中に光が戻ってくる。


今回は刃ではなかった。


小さな編集バーのような、一本の白い線。


タイムラインの再生ヘッド。


映像の現在地を示す線。


今、ここ。


過去でも、未来でもない。


僕が立っている場所。


リノが呟いた。


「再生線……」


「これ、何?」


「あなたが今を選んだ証」


今を選ぶ。


その言葉が、胸に落ちる。


僕は右手を上げた。


保留蛇の画面には、まだいくつもの言葉が流れている。


待たせてごめん。

ちゃんと考えてたよ。

嫌じゃない。

落ち着いたら話したい。

待っててくれてありがとう。


欲しかった言葉たち。


どれも、僕の中から出てきた幻。


僕はそれらを見つめた。


そして、言った。


「その言葉は、ユイから聞きたい」


画面が揺れる。


「だから、お前からはいらない」


再生線が白く伸びる。


僕はそれを、保留蛇の体へ突き立てた。


「ラフカット」


言葉が自然に出た。


白い線が、保留蛇の胴体を縦に走る。


切り裂くというより、時間を区切るような感覚だった。


だらだらと伸び続けていた“いつか”に、初めて線が入る。


保留蛇が悲鳴を上げた。


通知音が割れる。


ピコ、ピコ、ピ、ピ――。


画面に表示されていた優しい幻が、一斉に乱れる。


待たせてごめん。

待たせ――。

待――。


文字が崩れて、黒い粒になって落ちていく。


保留蛇の巻きつきが緩んだ。


僕は地面に膝をつく。


リノが駆け寄ってくる。


「ハル!」


「まだ、倒せてない」


僕は息を切らしながら言った。


保留蛇は、半分ほど切れた体を引きずりながら、まだこちらを睨んでいる。


口の中の画面に、最後の言葉が浮かぶ。


――それでも、待つんだろう?


僕は立ち上がった。


足は震えている。


怖い。


まだ怖い。


でも、さっきとは違う。


待つことそのものが悪いわけじゃない。


リノもそう言っていた。


誰かを大切に思うこと。

返事を望むこと。

それは悪いことじゃない。


悪いのは、待つことを理由に、自分の今日を捨てることだ。


僕は再生線を握りしめた。


「待つよ」


リノが僕を見る。


保留蛇も動きを止める。


僕は続けた。


「まだ、好きだから。まだ、返事が欲しいから。だから、待つ気持ちはある」


保留蛇の画面に、笑うような波紋が広がる。


――なら、こちらへ来い。


「でも」


僕は一歩前に出た。


「待つために、生きるのはやめる」


その瞬間、再生線が剣に変わった。


前より少しだけ長い。

少しだけ輪郭がはっきりしている。


未返信編集。


今度は、自分の言葉で刃が出た。


「待つなら、歩きながら待つ」


僕は剣を構える。


「返事が来ても来なくても、明日は会社に行く。飯も食う。寝る。自分の仕事もする」


保留蛇が怒り狂ったように体をくねらせる。


――それは愛じゃない。


「違う」


僕は走った。


「それが、僕の愛を腐らせない方法だ」


保留蛇が口を開く。


待合室の椅子が見える。


そこに座れば楽になれる。


でも僕は、もう座らなかった。


再生線の剣を振り上げる。


「カット」


斬撃が、保留蛇の口の画面を切り裂いた。


――答えがない方が、希望を捨てずに済むだろう?


その文字が真っ二つになる。


奥から、別の文字が現れた。


――答えがなくても、今日を始めていい。


保留蛇の身体が白くひび割れる。


リノが横から光の刃を重ねた。


「今!」


僕は最後の力で剣を振った。


白い線が、保留蛇の長い体を一気に駆け抜ける。


だらだらと続いていた保留の時間に、終点が打たれる。


保留蛇は、声にならない通知音を上げた。


ピ――――。


そして、砕けた。


無数のスマホ画面が空へ舞い上がる。


それらは黒い欠片ではなく、白い紙片のようだった。


紙片には、いろんな言葉が書かれている。


待っていた。


怖かった。


終わらせたくなかった。


でも、進みたかった。


その言葉たちは、夜空の通知マークへ吸い込まれていく。


巨大な赤い数字が、少しだけ減った。


一万二千三百四十三。


一万二千三百四十二。


たった一つ。


でも、確かに減った。



戦いが終わると、膝が笑った。


僕はその場に座り込んだ。


今度は、リノも止めなかった。


ただ、隣に腰を下ろした。


しばらく、二人で黙っていた。


通知音は遠くなっている。


返信塔はまだそびえている。


何も終わってはいない。


でも、何かは変わった。


僕は自分の手を見る。


さっきまで握っていた剣は消えていた。


けれど、手のひらには白い線の跡が残っている。


まるで、編集ソフトの再生線が焼きついたみたいに。


「……倒したのか」


「完全にはね」


リノが言った。


「でも、あなたの中の保留蛇は弱くなった」


「僕の中の」


「うん。あれは外にいる怪物であり、あなたの中にいる怪物でもあるから」


僕は返信塔を見上げた。


保留という文字は、まだところどころに残っている。


きっと、完全には消えない。


好きでいる限り。

返事を望む限り。


でも、それでいいのかもしれない。


全部消す必要はない。


大切なのは、飲まれないことだ。


「ハル」


リノが言った。


「さっきの言葉、よかったよ」


「どれ」


「待つなら、歩きながら待つ」


言われて、少し恥ずかしくなった。


「勢いで言っただけ」


「そういう言葉ほど、本物だったりする」


リノは膝を抱えて、塔を見つめた。


その横顔は、さっきまでより少しだけ幼く見えた。


「リノも、誰かを待ってたのか」


思わず聞いてしまった。


リノはすぐには答えなかった。


沈黙が落ちる。


遠くで、別の通知音が鳴る。


ピコン。


リノは、その音に少しだけ肩を揺らした。


「待ってたよ」


小さな声だった。


「ずっと?」


「うん。ずっと」


「返事は?」


リノは笑った。


でも、その笑顔はひどく薄かった。


「来なかった」


僕は何も言えなかった。


リノは続ける。


「だから、私は待つのをやめた。やめたつもりだった。でもね、やめたふりをしただけだった」


「やめたふり?」


「うん。待ってない顔をして、誰かを助ける側に回って、もう自分は大丈夫って思い込んでた」


リノは自分の手を見つめる。


「でも、本当はまだ、どこかで通知音を聞いてた」


その言葉に、胸が締めつけられた。


リノは、僕を助ける側の人間に見えた。


強くて、冷静で、僕よりずっとこの世界を知っている。


でも、彼女もまだ、待っているのかもしれない。


「リノの相手は、誰だったの」


そう聞いた瞬間、空気が変わった。


返信塔が低く鳴った。


リノの表情が、一瞬で消える。


「それは、まだ言わない」


拒絶ではなかった。


でも、明確な線だった。


僕は頷いた。


「わかった」


リノは少しだけ安心したように息を吐く。


「ごめん」


「いや、僕も聞きすぎた」


「うん。聞きすぎ」


「そこは否定しないんだ」


「しない」


少しだけ、二人で笑った。


その笑いは、未返信世界に来てから初めての、人間らしい音だった。


でも、その直後だった。


返信塔の上部が、強く光った。


黒い空に、巨大なトーク画面が開く。


そこに、僕の名前が表示される。


夜瀬ハル。


そして、その下に白乃ユイの名前。


今度は、黒く塗りつぶされていない。


メッセージ欄に、文字が入力されていく。


一文字ずつ。


ゆっくりと。


リノが立ち上がった。


「まずい」


「また幻?」


「違う」


リノの声が硬い。


「現実と繋がりかけてる」


「現実?」


僕の心臓が跳ねた。


画面の中で、文字が増えていく。


ハルくん、


そこまで見えた。


本物かもしれない。


ユイからの、本物の返信かもしれない。


足が動く。


今度は、保留蛇の幻じゃない。


現実と繋がっている。


なら、見てもいいんじゃないか。


僕は一歩、塔の方へ踏み出した。


リノが腕を掴む。


「待って」


「本物なんだろ?」


「本物かもしれない。でも今見たら、あなたは戻れなくなる」


「なんでだよ」


「ここで現実の返事を読んだら、あなたの答えが全部それに上書きされる」


「それでいいだろ。僕は、その返事が欲しかったんだから」


言ってから、さっき自分で言った言葉を思い出した。


僕の三十日は、僕のものだ。


でも、ユイの返信が本物なら。


それを読まないなんて、できるのか。


画面の文字は、さらに続いていく。


ハルくん、

この前のことなんだけど――


そこで、画面が激しく揺れた。


返信塔の下から、低い笑い声が響いた。


保留蛇とは違う。


もっと深い。

もっと古い。


長い間、誰かを待ち続けた人間の声。


リノの顔が青ざめる。


「未練王……」


その名前を聞いた瞬間、街中のスマホ画面が一斉に消えた。


通知音が止まる。


完全な静寂。


そして、返信塔の扉がゆっくりと開いた。


中から、誰かが歩いてくる。


人影だった。


黒いコートを着た、背の高い男。


顔は影で見えない。


けれど、その胸には古いスマホが埋め込まれていた。


画面には、何年も前の日付が表示されている。


最後の送信。


七年前。


男は、低く言った。


「返事を待つことの、何が悪い」


その声で、街全体が震えた。


男は僕を見た。


顔は見えないのに、目が合った気がした。


「待ち続ける愛を、誰が笑える」


リノが刃を構える。


その手が、震えていた。


僕は初めて見た。


リノが、本当に怯えているところを。


未練王は、ゆっくりとこちらへ歩いてくる。


「少年。君はまだ間に合う」


未練王の声は、優しかった。


だからこそ、恐ろしかった。


「返事が来るまで、ここにいればいい」


僕の背後で、返信塔の画面がまた光る。


ハルくん、

この前のことなんだけど――


続きが表示されようとしている。


リノが叫ぶ。


「見ないで!」


未練王が囁く。


「見なさい」


僕は、その場で動けなくなった。


返事が、そこにある。


でも、それを読むことが、本当に僕の答えなのか。


わからなかった。


わからないまま、画面の文字は次の一文を表示しようとしていた。

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