表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/12

10.十年前と変わるもの、変わらないもの。それが全部私の手に

「ていうか俺、秋谷に焼き魚好きって言ったっけ?」


 席に案内されて注文を済ませると、間を置かずに先輩が口を開いた。


「聞いてはいないですけど、定食屋とか居酒屋に行くといつも頼んでるから、好きなんだろうなって思ってました」


「よく見てるね」


「十年前から見てますよ」


 そう言ったら、先輩はむすっとした顔で視線を外した。


「……知ってる。秋谷がほっけと焼き鳥が好きなのも知ってる」


「先輩も見てくれてたんですか」


「十年前からね」


 さらっと言って、私を見ないまま先輩は笑った。なんだか、ずるい。

 山田先輩は、私が自分のことを好きで仕方ないのをわかったうえで言っている。間違いない。


「ていうか、この間大丈夫だった?」


「あー、まあ、なんとか」


 先日ドタキャンしてしまったときのことを、軽く話した。大したことじゃないけど、定時後に呼び出されるのはやっぱりうんざりする。しかも先輩との約束があったのに。


「先輩もお忙しそうですよね」


「本当だよ。いや、転職したって言っただろ? 経験者の中途採用だから、会社の雰囲気に慣れるためにもってあれこれ頼まれちゃって」


 先輩はげんなりした顔でぼやいた。


 なんだか、先輩のそういう話は新鮮だった。

 今までは高校の思い出話が中心で、仕事のことや愚痴はあまり聞く機会がなかった。


「先輩、頼られてるんですねえ」


「どうかな。いいように使われてるだけだよ」


「ふふ、私の会社の技術部に先輩がいたら、用事がなくても通っちゃいます」


「ああ、高校のときもわざわざ三年の廊下通ってたもんな」


「そんなこと忘れてくださいよ」


「無理。そわそわしながら俺のクラス覗いててかわいかったから」


 先輩はくすくす笑いながらお茶を飲んだ。

 そんなこと……してたけど。

 もし先輩が同じ会社にいたら、間違いなく同じことしちゃう。


「転職したって業界はまったく同じだし、やってることも変わらないはずなんだけど、やっぱり少しずつ違ってて、慣れるまでがなかなか大変でさ」


「そういうものなんですね」


 先輩の愚痴に相槌を打っていると、料理が運ばれてきた。


 先輩は相変わらずきれいに魚を食べていた。

 箸遣いが丁寧で、ずっと見ていたくなる。動画に撮って、家で一人でごはんを食べるときに流しておきたいくらいだけど、発想が普通にキモいので我慢、我慢。


「秋谷」


「……はい」


「見てねえで、自分の分を食べなさいよ」


「すみません、つい」


「こっちの魚、一口いる?」


「いいんですか? ください。私の方もどうぞ!」


 先輩が私の皿にほぐした魚を一切れ乗せてくれた。


「い、いただきます……」


 ……関節キスだな、なんて中学生みたいなことを考えながら口に運ぶ。そのせいで味なんて全然わからない。もったいない。絶対おいしい魚だったのに。

 先輩が笑顔で私を見ていた。


「えっと、美味しいです。ありがとうございます。私の分も、どうぞ」


 先輩が差し出してくれた皿に私の魚を乗せると、先輩は気にする様子もなく口に運んだ。

 ……まあ、いい年した大人だし。平静を装って、箸を進めた。



 食後、また先輩と並んで公園へ戻った。


「美味かったから次は違うのも食べたいな」


 先輩が笑顔で言った。


「私もまた来たいです。季節ごとにメニュー変わるらしいですよ」


「マジで? じゃあ秋になったらサンマ食べに行こう」


 そんな話をしながら公園を歩いていると、昼どきだからか、バーベキューの香ばしい匂いが漂ってきた。


「バーベキューもそのうちしたいです」


「したことねえな」


「そうなんですか? んー、じゃあ夏になったらビアガーデン行きましょうよ。串焼きできるところがあって、準備とかいらないからハードル低いです」


「行こう」


「その前に焼き肉かな」


「それも行きたい。仕事が忙しくて、人間らしい生活ができてない気がするんだよな。だから、先に楽しみな予定があると頑張れる気がする」


 そう言って先輩は私を見て笑った。

 そうか。先輩は私との予定を楽しみにしてくれてるんだ。

 嬉しいなあ。

 歩いているうちに、公園の出口まで戻ってきてしまった。


「秋谷、この後って時間ある?」


「あります」


 つい、かぶせるように即答してしまった。

 先輩はほっとしたように笑って、頷いた。


「この公園に林があるだろ? その先にカフェがあるから、一緒に行きたい」


「ぜひ!」


「じゃあ、行こうか」


 踵を返した先輩の背中を追いかけた。

 風が吹いて、私のスカートと先輩のカーディガンがふわりと揺れた。

 傍から見たら、私と先輩はデートしてるように見えるだろうか。

 手をつなぐことすらできてないけれど。


「秋谷」


「はあい」


 少し先で待ってくれていた先輩と、また並んで歩いた。




「あ、ここだ」


 先輩が連れてきてくれたカフェは、ショーケースに色とりどりのジェラートが並ぶ店だった。

 濃いエスプレッソと、こってり甘いジェラートのセットがおすすめらしい。

 アフォガードもおすすめって言われると、選べない。

 入口の看板の前で唸っていると、先輩が横から覗きこんできた。


「秋谷、何で悩んでるの?」


「エスプレッソとジェラートのセットか、アフォガードで悩んでます」


「ジェラートはどれ?」


「このベリーかピスタチオですかね」


「ベリーじゃなくてチョコでもいい?」


「えっ、はい?」


 先輩はぱっと顔を上げて、軽く手を振って店員を呼んだ。


「アフォガードと、エスプレッソとジェラートのセット、ジェラートはチョコとピスタチオの二種類で」


「店内でお召し上がりですか? 公園のベンチでもお召し上がりいただけます」


「天気もいいし、公園で食べようかな。秋谷、それでいい?」


「い、いいです」


「じゃあ公園で」


「かしこまりました。お会計をこちらのカウンターでお願いします」


 先輩は店員に促されるまま、さっさと行ってしまった。ちょっと、待って待って!

 追いついたときには、先輩はもう会計を終えていた。


「半分払います」


「んー、じゃあまた今度デートしよう。そのときにおやつ代出してくれたらいいよ」


「……先輩、手馴れてないですか?」


「女の子とデートなんて初めてだし、誘ったのもジェラート食べるのも初めてだけど。ジェラートとアイスって何が違うんだ?」


「嘘だあ。もー、私も違いはわかんないですけど」


 こんなかっこいい初心者がいるか!

 私は何故か拗ねた気持ちで先輩を見上げた。

 先輩は片眉を上げて私を見て、何か言いかけたけど、その前にジェラートが運ばれてきた。

 先輩がトレーを受け取って、そのまま公園へ戻った。


 池沿いのテーブル付きのベンチに並んで座った。


「どっちがいい?」


「アフォガードがいいです……半分食べたら交換してもいいですか?」


「もちろん」


 先輩は微笑んで私にバニラアイスを差し出した。受け取ると、熱々のエスプレッソを紙コップから静かに注いでくれた。


「……先輩、私に甘くないですか?」


「そんなの、十年前からだろ」


「気づいてませんでした」


「秋谷はそういうところがある」


 山田先輩は笑って、チョコとピスタチオのジェラートの真ん中をスプーンですくった。

 当たり前みたいに差し出されて、先輩を見ると、はにかんだ顔で私を見ていて、ああもう、かわいい。


「いただきます」


 口の中で冷たいジェラートが甘ったるく溶けた。

 私ばかりが恥ずかしい気がして悔しくて、エスプレッソで溶けたバニラアイスをスプーンですくって差し出した。

 先輩は私とスプーンを見比べて、少しだけ戸惑ったように眉を寄せた。


「……秋谷、無理してない?」


「してないです」


「俺がこういうことして、キモくない?」


「キモいと思う相手とデートなんてしないです」


 そう言って、先輩の口にスプーンをねじ込んだ。

 先輩は目を丸くして、それからアイスを口に運んで、少しうつむいた。


「ありがと」


「こちらこそ」


 アフォガードの残りを、ゆっくり口に運んだ。


 苦くて、甘い。甘くて、苦い。


 吹いた風がやけに涼しくて、火照った顔を冷やしてくれた。

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

楽しんで頂けたらブクマ・評価・感想などで応援いただけると大変嬉しいです。

感想欄はログインなしでも書けるようになっています。

評価は↓の☆☆☆☆☆を押して、お好きな数だけ★★★★★に変えてください!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ