10.十年前と変わるもの、変わらないもの。それが全部私の手に
「ていうか俺、秋谷に焼き魚好きって言ったっけ?」
席に案内されて注文を済ませると、間を置かずに先輩が口を開いた。
「聞いてはいないですけど、定食屋とか居酒屋に行くといつも頼んでるから、好きなんだろうなって思ってました」
「よく見てるね」
「十年前から見てますよ」
そう言ったら、先輩はむすっとした顔で視線を外した。
「……知ってる。秋谷がほっけと焼き鳥が好きなのも知ってる」
「先輩も見てくれてたんですか」
「十年前からね」
さらっと言って、私を見ないまま先輩は笑った。なんだか、ずるい。
山田先輩は、私が自分のことを好きで仕方ないのをわかったうえで言っている。間違いない。
「ていうか、この間大丈夫だった?」
「あー、まあ、なんとか」
先日ドタキャンしてしまったときのことを、軽く話した。大したことじゃないけど、定時後に呼び出されるのはやっぱりうんざりする。しかも先輩との約束があったのに。
「先輩もお忙しそうですよね」
「本当だよ。いや、転職したって言っただろ? 経験者の中途採用だから、会社の雰囲気に慣れるためにもってあれこれ頼まれちゃって」
先輩はげんなりした顔でぼやいた。
なんだか、先輩のそういう話は新鮮だった。
今までは高校の思い出話が中心で、仕事のことや愚痴はあまり聞く機会がなかった。
「先輩、頼られてるんですねえ」
「どうかな。いいように使われてるだけだよ」
「ふふ、私の会社の技術部に先輩がいたら、用事がなくても通っちゃいます」
「ああ、高校のときもわざわざ三年の廊下通ってたもんな」
「そんなこと忘れてくださいよ」
「無理。そわそわしながら俺のクラス覗いててかわいかったから」
先輩はくすくす笑いながらお茶を飲んだ。
そんなこと……してたけど。
もし先輩が同じ会社にいたら、間違いなく同じことしちゃう。
「転職したって業界はまったく同じだし、やってることも変わらないはずなんだけど、やっぱり少しずつ違ってて、慣れるまでがなかなか大変でさ」
「そういうものなんですね」
先輩の愚痴に相槌を打っていると、料理が運ばれてきた。
先輩は相変わらずきれいに魚を食べていた。
箸遣いが丁寧で、ずっと見ていたくなる。動画に撮って、家で一人でごはんを食べるときに流しておきたいくらいだけど、発想が普通にキモいので我慢、我慢。
「秋谷」
「……はい」
「見てねえで、自分の分を食べなさいよ」
「すみません、つい」
「こっちの魚、一口いる?」
「いいんですか? ください。私の方もどうぞ!」
先輩が私の皿にほぐした魚を一切れ乗せてくれた。
「い、いただきます……」
……関節キスだな、なんて中学生みたいなことを考えながら口に運ぶ。そのせいで味なんて全然わからない。もったいない。絶対おいしい魚だったのに。
先輩が笑顔で私を見ていた。
「えっと、美味しいです。ありがとうございます。私の分も、どうぞ」
先輩が差し出してくれた皿に私の魚を乗せると、先輩は気にする様子もなく口に運んだ。
……まあ、いい年した大人だし。平静を装って、箸を進めた。
食後、また先輩と並んで公園へ戻った。
「美味かったから次は違うのも食べたいな」
先輩が笑顔で言った。
「私もまた来たいです。季節ごとにメニュー変わるらしいですよ」
「マジで? じゃあ秋になったらサンマ食べに行こう」
そんな話をしながら公園を歩いていると、昼どきだからか、バーベキューの香ばしい匂いが漂ってきた。
「バーベキューもそのうちしたいです」
「したことねえな」
「そうなんですか? んー、じゃあ夏になったらビアガーデン行きましょうよ。串焼きできるところがあって、準備とかいらないからハードル低いです」
「行こう」
「その前に焼き肉かな」
「それも行きたい。仕事が忙しくて、人間らしい生活ができてない気がするんだよな。だから、先に楽しみな予定があると頑張れる気がする」
そう言って先輩は私を見て笑った。
そうか。先輩は私との予定を楽しみにしてくれてるんだ。
嬉しいなあ。
歩いているうちに、公園の出口まで戻ってきてしまった。
「秋谷、この後って時間ある?」
「あります」
つい、かぶせるように即答してしまった。
先輩はほっとしたように笑って、頷いた。
「この公園に林があるだろ? その先にカフェがあるから、一緒に行きたい」
「ぜひ!」
「じゃあ、行こうか」
踵を返した先輩の背中を追いかけた。
風が吹いて、私のスカートと先輩のカーディガンがふわりと揺れた。
傍から見たら、私と先輩はデートしてるように見えるだろうか。
手をつなぐことすらできてないけれど。
「秋谷」
「はあい」
少し先で待ってくれていた先輩と、また並んで歩いた。
「あ、ここだ」
先輩が連れてきてくれたカフェは、ショーケースに色とりどりのジェラートが並ぶ店だった。
濃いエスプレッソと、こってり甘いジェラートのセットがおすすめらしい。
アフォガードもおすすめって言われると、選べない。
入口の看板の前で唸っていると、先輩が横から覗きこんできた。
「秋谷、何で悩んでるの?」
「エスプレッソとジェラートのセットか、アフォガードで悩んでます」
「ジェラートはどれ?」
「このベリーかピスタチオですかね」
「ベリーじゃなくてチョコでもいい?」
「えっ、はい?」
先輩はぱっと顔を上げて、軽く手を振って店員を呼んだ。
「アフォガードと、エスプレッソとジェラートのセット、ジェラートはチョコとピスタチオの二種類で」
「店内でお召し上がりですか? 公園のベンチでもお召し上がりいただけます」
「天気もいいし、公園で食べようかな。秋谷、それでいい?」
「い、いいです」
「じゃあ公園で」
「かしこまりました。お会計をこちらのカウンターでお願いします」
先輩は店員に促されるまま、さっさと行ってしまった。ちょっと、待って待って!
追いついたときには、先輩はもう会計を終えていた。
「半分払います」
「んー、じゃあまた今度デートしよう。そのときにおやつ代出してくれたらいいよ」
「……先輩、手馴れてないですか?」
「女の子とデートなんて初めてだし、誘ったのもジェラート食べるのも初めてだけど。ジェラートとアイスって何が違うんだ?」
「嘘だあ。もー、私も違いはわかんないですけど」
こんなかっこいい初心者がいるか!
私は何故か拗ねた気持ちで先輩を見上げた。
先輩は片眉を上げて私を見て、何か言いかけたけど、その前にジェラートが運ばれてきた。
先輩がトレーを受け取って、そのまま公園へ戻った。
池沿いのテーブル付きのベンチに並んで座った。
「どっちがいい?」
「アフォガードがいいです……半分食べたら交換してもいいですか?」
「もちろん」
先輩は微笑んで私にバニラアイスを差し出した。受け取ると、熱々のエスプレッソを紙コップから静かに注いでくれた。
「……先輩、私に甘くないですか?」
「そんなの、十年前からだろ」
「気づいてませんでした」
「秋谷はそういうところがある」
山田先輩は笑って、チョコとピスタチオのジェラートの真ん中をスプーンですくった。
当たり前みたいに差し出されて、先輩を見ると、はにかんだ顔で私を見ていて、ああもう、かわいい。
「いただきます」
口の中で冷たいジェラートが甘ったるく溶けた。
私ばかりが恥ずかしい気がして悔しくて、エスプレッソで溶けたバニラアイスをスプーンですくって差し出した。
先輩は私とスプーンを見比べて、少しだけ戸惑ったように眉を寄せた。
「……秋谷、無理してない?」
「してないです」
「俺がこういうことして、キモくない?」
「キモいと思う相手とデートなんてしないです」
そう言って、先輩の口にスプーンをねじ込んだ。
先輩は目を丸くして、それからアイスを口に運んで、少しうつむいた。
「ありがと」
「こちらこそ」
アフォガードの残りを、ゆっくり口に運んだ。
苦くて、甘い。甘くて、苦い。
吹いた風がやけに涼しくて、火照った顔を冷やしてくれた。
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