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ひらめきで勝つ天才と、時間で指す棋士―同門公式戦を境に成長した日向と、静かにタイトルだけを見続けた恒一  作者: 夜明けの語り手
波紋

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91話 もうあの時の俺ではない

ページを閉じる。


高槻はしばらく、そのまま座っていた。


「まだ負けへん」


自分で書いた文字。


改めて見ると、少しだけ照れる。


「……ガキか」


小さく笑う。


でも。


消さない。


そのままにする。



数日後。


別の研究会。


いつもより人が多い。


上の段の棋士も混ざっている。


少しだけ空気が違う。


高槻は盤の前に座る。


対面は年上。


格上。


いつもなら受ける。


崩れないように。


ミスしないように。


でも。


今回は違う。


序盤。


静かに進む。


中盤。


分岐。


相手が揺らす。


ここまでは同じ。


いつも通りなら、


ここで固める。


でも。


「……」


一瞬だけ、考える。


遥の顔が浮かぶ。


“まだや”


あの一言。


高槻は息を吐く。


そして。


パチ。


一歩、前に出る手。


重い。


リスクがある。


相手が少しだけ止まる。


「……へえ」


初めて見る顔。


高槻の将棋に対して。


違和感。


そのまま中盤が進む。


少しだけ崩れる。


でも。


完全には崩れない。


耐える。


ねじれる。


終盤。


形勢は微妙。


勝てるかは分からない。


でも。


はっきりしていることがある。


今の将棋は、自分で選んでいる。


数手後。


「……参りました」


相手が頭を下げる。


高槻は一瞬だけ止まる。


そして。


ゆっくり礼を返す。


勝った。


でも。


それより。


少しだけ。


納得している。



対局室を出る。


廊下。


誰かが言う。


「さっきの、誰やった?」


「高槻やろ」


「へえ……」


評価は変わっていない。


まだ。


“強い棋士”ではない。


でも。


「……なんか違ったな」


その一言だけが残る。


高槻は聞こえていないふりをする。


でも。


少しだけ口角が上がる。



外。


夕方。


風が少し涼しい。


高槻は自販機の前で止まる。


ボタンを押す。


缶を取る。


開ける。


一口。


そのまま空を見る。


「……まだやな」


ぽつり。


遥と同じ言葉。


でも意味は違う。


追いついていない。


でも。


見え始めている。


その距離。



夜。


部屋。


ノートを開く。


前のページ。


「まだ負けへん」


その下に、新しく書き足す。


少し迷う。


ペンが止まる。


そして。


書く。


自分で指す。


高槻はその文字を見る。


少しだけ頷く。


「……これやな」


静かに言う。


誰もいない部屋で。


でも。


確かに変わっている。



遠くで。


同じように盤に向かう者がいる。


水瀬遥。


止まらない。


広げ続けている。


その影響は、


もう戻らないところまで来ている。



そして。


まだ交わらない。


だが。


次に交わるとき。


それはもう、


“あのときの二人”ではない。

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