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ひらめきで勝つ天才と、時間で指す棋士―同門公式戦を境に成長した日向と、静かにタイトルだけを見続けた恒一  作者: 夜明けの語り手
波紋

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89話 夏祭りと偶然の再会

夏。


昼の熱がまだ残っている。


道場。


扇風機が回る音。


水瀬遥は盤の前にいた。


パチ。


パチ。


相手はすでにいない。


一人で並べている。


最近の対局。


自分の将棋。


増えた分岐。


それでも。


どこか引っかかる。


「……」


手が止まる。


左手首。


ミサンガ。


黒と深緑。


まだ切れていない。


指で少し触る。


「……まだか」


小さく呟く。


そのとき。


後ろから声。


「お前、ほんま好きやな」


振り向く。


同じ道場の若手。


少し笑っている。


「今日、行かんの?」


「なにを」


「夏祭りやん。知らんの?」


遥は少し考える。


知らない。


興味もない。


「別に」


即答。


相手は肩をすくめる。


「恒一さんとかも来るらしいで」


その名前で、


ほんの少しだけ空気が変わる。


遥の目が一瞬だけ動く。


「……へえ」


でもそれだけ。


「あと、黒田さんも」


遥の手が止まる。


一瞬。


ほんの一瞬。


「……そうなん」


興味がないふり。


でも。


完全には無視できない名前。


「行かへんの?」


もう一度聞かれる。


遥は盤を見る。


並びかけの棋譜。


未完成。


でも。


「……」


少し考える。


そして立ち上がる。


「散歩がてらな」


それだけ言う。


理由はない。


でも。


動いた。



夜。


夏祭り。


人が多い。


光。


音。


匂い。


屋台。


笑い声。


全部が混ざっている。


遥は一人で歩く。


特に目的はない。


ただ。


歩いている。


視線は自然と動く。


人。


人。


人。


「……うるさ」


小さく呟く。


そのとき。


ふと。


見覚えのある背中。


人混みの中。


少し離れた場所。


壁にもたれている。


見間違えない。


「……おっちゃん」


黒田律。


煙草は吸っていない。


珍しい。


ただ立っている。


遥は少し近づく。


律が気づく。


「お」


軽く手を上げる。


「来るタイプやったんか」


「たまたまや」


短い会話。


でも自然。


律は少し笑う。


「恒一も来るらしいで」


「さっき聞いた」


「会ったらどうする?」


「別に」


即答。


律は面白そうに見る。


「ほんまか?」


遥は答えない。


そのとき。


遠くで花火の音。


ドン、と響く。


人の流れが少し動く。


その隙間。


一瞬だけ視界が開く。


そこに。


見覚えのある顔。


「……あ」


遥の目が止まる。


向こうも気づく。


一瞬の間。


そして。


歩いてくる。


高槻。


少しだけ驚いた顔。


「……お前か」


遥も同じように言う。


「なんでおるん」


「地元やから」


即答。


自然。


少し沈黙。


でも気まずくない。


高槻の視線が落ちる。


遥の手首。


ミサンガ。


まだある。


「……まだつけてるんやな」


遥も見る。


「まだ切れてへんからな」


軽く言う。


高槻は少しだけ笑う。


その空気の中で。


遥がふと思い出したように言う。


「そういや」


高槻が顔を上げる。


「下の名前、まだ聞いてへんやん」


一拍。


高槻は少しだけ目を細める。


「……今さらか」


「ずっと高槻って呼んでるし」


「それでええやろ」


「よくない」


即答。


珍しく少し食い気味。


高槻は少し考える。


花火が上がる。


光が一瞬、顔を照らす。


「……悠真や」


「ゆうま?」


「せや」


遥は小さく頷く。


「じゃあ悠真さん」


高槻――悠真は少しだけ嫌そうな顔をする。


「やめろ、気持ち悪い」


遥は少し笑う。


「ほな高槻でええわ」


「最初からそうしろ」


軽いやり取り。


でも。


距離は少しだけ近い。


花火が続く。


音。


光。


人の声。


その中で。


二人は少しだけ静かだ。


悠真が言う。


「……強なったな」


遥は答えない。


でも。


否定もしない。


少しだけ間。


遥が言う。


「……まだや」


短く。


それだけ。


悠真は頷く。


「そらそうや」


そして。


一言。


「まだ切れてへんしな」


遥の目が少しだけ細くなる。


ミサンガを見る。


まだ。


そこにある。

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