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勇者共のアポカリプス  作者: 有馬五十鈴
第二章 逃亡勇者編
35/43

プリン革命

「ねこまた亭でプリン……ですか?」


 土下座騒動の翌日。

 定休日として一日休みとなっていたトルバディス食堂の厨房で、俺はガインさんと住み込み従業員仲間であるリンダさんとジェイクさんの三人と共に渋い顔をしていた。


「……ああ。どうやら最近うちに入ってきた新入りがプリンのレシピをねこまた亭に持っていったようだ」


 時刻は昼頃のことだ。

 ガインさんは食材の仕入れから戻ってくると、店の常連から繁華街にある飲食店『ねこまた亭』にてプリンが売られているという情報を耳にした。

 それを知ったガインさんは慌ててねこまた亭へ偵察に向かうと、そこには確かにトルバディス食堂で扱っているものと同じプリンが売られており、更には最近入ってきた新人がそこで働いていたのだとか。


「あの野郎……ID持ってない流れ者とか言って嘘つきやがって……」

「最初からプリンのレシピが目的で働きに来たのかもねぇ……」


 つまりあれか。

 いわゆる産業スパイというやつか。


「……こういう場合って何か訴えを起こすことはできないんですか?」

「まあ……できないこともないんだが」

「ID登録してない野郎を雇ったってことで多分裁判起こしても負けるだろうな」


 俺がこの問題を法的に解決できないか訊ねると、頭を掻いて言いづらそうにしているガインさんの横でジェイクさんがIDについての重要性を俺に語ってきた。


 どうやらこの都市に住む住民は基本的にIDカードを持っており、それを提示する事で様々な保障がなされているらしい。

 今回の件もそれが痛手となっているようだ。


 ガインさんは最近入ってきた新人を俺同様、ID登録無しで雇ってしまった。

 それはつまり、新人の行動で店がどのような不利益を被ったとしても全て店側が負担するということを意味している。


 IDが無い人間を雇うのにはそういうリスクがある、というような事をジェイクさんは説明してくれた。


「でも今回のは違うな。あの新入りは多分IDを持ってるのにわざと無いって嘘をついたんだ。俺達からレシピを掠め取るために……」

「なるほど……」


 もしそうだとしたら許せないな。

 その新人はガインさんの人の良さを利用してレシピを奪っていったんだから。


 俺は歯をギリッと噛み締めながらガインさんの方へ目を向ける。


「……まあとにかくだ。起きちまったモンはしょうがねえ。あいつらの事は忘れて俺らは俺らで明日もいつもの通り営業すっぞ」

「マスター! いいんですかこのままで!」

「つってもなあ……こうなることを考えなかった俺のせいだからよ。ねこまた亭のやり方に文句はつけられねえよ」


 ……どうやらガインさんは今回の件を自分のせいとして水に流すつもりらしい。

 確かに身元不明の人間を雇ったガインさんにも責任はあるが、本当に悪いのはガインさんの厚意を踏みにじった新人と、そいつを雇って平然としているねこまた亭の人間達だ。


 プリンのレシピ自体は俺が生み出したものではなく俺達のいた世界には普通にあったものだ。

 だから俺にはレシピを盗まれたというような認識はあまり無い。


 しかし渋い顔つきで落ち込んでいる様子のガインさんを見ていると、それで今回の一件をなかった事にしていいのかと思う自分がいる。


「すまねえな、ボウズ。せっかくおめえから教わったレシピだってのに」

「…………」


 しかもガインさんは俺に謝ってくる始末だ。

 俺にはもうプリンレシピの報酬は払っているのだから謝罪なんてする必要はないはずなのに。


「……いえ、謝らなくてもいいですよ」

「でもなあ……」

「その代わり俺の提案を聞いてくれませんか?」

「?」


 だから俺は提案した。

 俺達を救ってくれたガインさんが無駄に心を痛めないように。



「俺が教えたプリンのレシピ……あれを店で大々的に公表しませんか?」



 俺の提案とはすなわちプリンレシピの公表。

 これはトルバディス食堂やねこまた亭だけで食べられるという優位性を完全に打ち消すものだ。


「馬鹿な! そんなことをしたらウチの特別性が失われる! プリンはもうトルバディス食堂の看板メニューと言ってもいい売り上げなんだぞ!」


 案の定ジェイクさんが俺の提案に異議を唱えた。

 まあ確かに彼の言う通り、この店で作るプリンの売り上げ比率は相当なものだ。

 物珍しさで注文する客が多いけれど、既にプリンだけを食べにやってくるリピーター層も現れ始めているのだから看板メニューと言ってしまっても差し支えない。


「でも既にレシピは流出しました。それなら遅かれ早かれ他の料理店にもレシピが流れて似たようなものが売られ始めるでしょうから、特別性なんてそれまでの間の事ですよ」

「う……」


 その特別である間に売れるだけ売るという考え方もあるのだが、今回は別のアプローチを試みたい。


「特別性なんて一過性のものと割り切るのであれば、いっそのこと情報をばら撒いて人々に周知してもらってもいいんじゃないかと思います。トルバディス食堂の名前つきで」

「……うちの名前つきで?」

「そうです」


 プリンは売れる。

 それが既に証明されているのなら問題は無い。


 もしも、トルバディス食堂がプリンのレシピをまだ世間に広まりきっていない段階から公表すれば、トルバディス食堂はプリン発祥の店として人々に知られていくだろう。

 そしてプリンを売る店が増え、プリンを買い求める客が増えれば俺達が何もせずとも食堂の名前も拡散していく。


 プリンではなく名前を売る。

 独占するのではなく流行にする。


 この流れができたなら、いくら他でプリンを真似して作ろうが、むしろ此方としては大歓迎という形に持っていける。

 そうすれば、ねこまた亭にレシピを盗まれたことなど些事となり、ガインさんが思い悩む必要もなくなるはずだ。


 まあ本当のプリン発祥の地は別のところにあるので少し心苦しいが、それは異世界人である俺が黙っていればガインさん達の中では問題なく済む話だ。 


「勿論この案を実行に移すかどうかの判断はガインさんに委ねます」


 店で売っていいと取引した以上、レシピを公開する権利もガインさんにある。

 俺はそこまで言うと、ガインさんの決定を待った。


「……いいだろう。そもそもこのレシピはボウズから教わったモンだからな。俺はボウズの提案を信じてみるぜ」


 するとガインさんは顎に手を添えてしばらく考え込むような様子を見せながらも、最終的には俺の提案に乗るという方針で決定を下した。

 それを聞いた俺は頭を軽く下げ、更に言葉を続ける。


「ではプリンレシピは公表するという事にして……もう一つの作戦を進めるために少し厨房を貸していただけますか?」

「? ああ、別にかまわねえよ。つかむしろ何かまた新しいものを作る気なら俺にも手伝わせろ」

「それなら俺も是非付き合わせてくれ。ねこまた亭の連中には一泡吹かしてやりたいからな」

「私はあんまり料理できないけど味見くらいなら手伝えるよー」

「……ありがとうございます」


 俺のお願いを聞き届けるどころか積極的に協力しようとする三人の言葉を聞き、俺は気合を入れなおして作業を始めた。


 店長であるガインさんや発案者の俺はともかくとして、ジェイクさんやリンダさんは従業員の中でも古株で身元もはっきりしているから裏切られることはまず無いはずだ。

 そう思った俺は四人で創意工夫を凝らしつつ、八時間後には五つの試作品を完成させた。


「……プリンという存在を知れ渡らせた直後にこれか」

「これはウケますよマスター!」

「どれも普通のプリンとは違った味わいがあっておいしぃ~」


 俺達が試作したプリン。コーヒープリン、ミルクプリン、かぼちゃプリン、抹茶プリン、クアラプリンは数度の失敗の乗り越えて完成させた傑作だ。

 ちなみにクアラというのはここから南にあるクアラと呼ばれる地域に実る青い果物のことで、味わい的にはマンゴーが一番近い。

 つまりクアラプリンとはマンゴープリンに近い味となっている。擬似マンゴープリンだな。


「これらを数日に一種類というペースで店のメニューに加えていきましょう。他の店もいずれ真似するでしょうがこちらはバリエーションの多さで勝負できます」


 レシピを知らなければ作るのにもある程度時間がかかるだろう。

 つまり他店が真似するまでの間はこちらの独走状態になる。

 そしてやっと真似商品ができ始めたら、こちらは新商品を打ち出して更に引き離す。


 これは俺がプリンに何味が合うかを知っているからこそできる波状攻撃だ。

 もしかしたらこの世界ならではのプリンも作られるかもしれないが、殆どのプリンはこの店の後追いとなる。


 流行を作った上で最先端を突き進む。

 それが俺の考えたプリン革命だ。


「これから朝が忙しくなりますね」


 俺はプリンにかかる膨大な仕込み作業を思いつつ、口元をニヤリとさせて呟いた。






 その後、アンダーガーデン13番街に空前絶後のプリンブームが到来した。

 我らがトルバディス食堂がプリンレシピを公開してから僅か一週間で、飲食関連の店に寄ればほぼ間違いなくプリンが扱われている状況となった。


 また、名前を売ることにもどうやら成功したようで、繁華街から少し外れた位置に店を構えているというのにも関わらず、毎日訪れる客数はうなぎのぼりに上昇していく。

 これは流石に店内で捌ききれないと判断した俺達は店の外でもプリンを販売できる区画を設け、少し高めの給料で売り子を雇って売り初めた。


 その頃にはもはやねこまた亭がレシピを盗んだことなど綺麗に忘れ去り、この流れへ決定打を撃つために俺は更なる計画を目論んだ。


「今度は何を作ってるんだ?」 

「プリンを更に洗練させます」


 前々から考えていたプリンの形を今ここに再現する時が来た。


 俺はプリンを入れるカップの底に細工をした物を使い、加えてカップの側面にバターを塗った状態でプリンを焼いた。

 焼き終えたプリンをカップの中に入ったまま皿の上でひっくり返し、細工をした底部分をゆっくり外す。


 すると容器の中に入っていたプリンがぷるんと皿の上に落ち、その神々しい姿を俺達の前に曝け出した。

 いわゆるぷっちんプリンのようなものだ。


 俺は形が崩れることなく皿に盛られたプリンの傍に見栄えの良い各種フルーツとクリームを乗せていく。


「これは……」

「プリンアラモード。流行のプリン、というような意味を持つデザートです」


 プリンはそのまま食べても美味しいが、皿に盛るとその存在感をワンランク上昇させる。

 その存在感の増したプリンの周りにデコレーションしていけば一級品のデザートの完成だ。


「なんだかうちで取り扱うには華々しすぎやしないか?」

「けれどインパクトはあると思いますよ。これは一種の宣伝です」


 下町で扱うような代物では無いといえばその通りだが、これを一度見たら忘れられなくなる事請け合いだろう。

 実際に売るには作業量が多くなるのでかなり数を絞った限定商品となるものの、これも名前を売る一環だ。


「流行は金を持つ人間の方が流行らせやすいですからね」


 プリンという存在を長く流行らせるには味だけではなく見た目にも工夫を行い、その見た目の芸術性から寄ってくる層へのアプローチも行う必要がある。

 俺は下町の人間だけではなく、この都市の中心部に住むという貴族達にまでこの流れを浸透させようと思考をめぐらせていた。


 こうしてプリンブームの中に到来した最新のプリンの情報も瞬く間に広まっていき、トルバディス食堂の知名度も確固たるものとなっていった。




 けれど俺はその過程を見る事ができなかった。


 プリンアラモードの作製を行った後、俺は過労で倒れた。

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