ラブコメ
プリン製作に熱を入れすぎた。
俺は今、店の二階にある住みこみ部屋のベッドで寝込んでいる。
「鋼くん無理しちゃダメだよ」
「……面目ない」
廃墟から移り住んで少しずつ調子をとり戻し、今やすっかり元気になった咲からお叱りの言葉を受けた。
彼女が元気になっても俺が倒れてたんじゃ話にならない。
流石に毎日朝四時からプリンの仕込みを開始して、店が終わっても深夜二時まで新作メニューの開発をするというサイクルには無理があったか。
昨日もプリン用のカップを徹夜で改造していたし(そのおかげでプリンアラモードは完成させさせられたが)、疲れが溜まっていたのは確かだ。
「施設から今までずっと鋼くんは自分を酷使してたんだから、これを機会にちゃんと休んで、ね?」
「ああ……わかった」
今は咲の言葉に従っておこう。
元々ここへは逃亡資金を稼ぐために来た。
それなのに俺はガインさんの店を繁盛させようとプリン作りに没頭して体を壊している。
咲からすれば何やってんだって話だ。
プリン界に一大ムーブメントを巻き起こしたなめらかプリンの完成もあともう少しだったんだがな。
それに茶碗蒸しもこっそり出してプリン界に混乱を起こそうとも思っていたのだが、そこまでいくとやりすぎか。
「……今またプリンの事考えてなかった?」
……顔に出ていたか。
どうも俺は考えている事が顔に出やすいようだな。
「プリン作ってって言い出したのは私だからあんまり強くは言えないんだけど、鋼くんってそんなにプリン作るの好きだったの?」
「別に……そういうわけじゃないな」
単に凝り性なだけだ。
お菓子作りは去年少しはまってて、作ろうと思えばプリン以外にも色々作れるし。
「咲だって俺の作るプリン……毎日美味しい美味しいって食べてたじゃないか」
「わ、私はプリンが好きだからいいの! ……それに鋼くんってば毎日違う味のプリン持ってくるんだもん。飽きなくて当然だよ」
「そうか」
咲にも毎日味見役を頼んでいたから食べ飽きてやいないかと最近不安だったが、いつも美味しく食べてくれてたのなら嬉しいものだな。
「……ゴホッ! ゴホッ!」
「だ、大丈夫?」
「……ああ……大丈夫だ」
やはり俺の体調は大分悪いようだ。
病気や疲労には瞬時に怪我が治るよくわからない再生力も効かないのな。
まあいい。
今日はゆっくり休んでいよう。
「鋼くん、苦しい?」
「……ちょっとな」
俺はベッドの中で目を閉じながら素直に答えた。
「そ、そう……それなら……」
「…………ぅんっ!?」
すると咲は突如、寝ている俺の唇にキスをした。
あまりにも唐突な出来事だったために俺は何の心構えもできず、彼女の唇の感触に驚いて目を見開く。
「ん…………どう……かな?」
僅か数秒の軽いキスをして顔を離した咲が顔を赤らめながらもそんな問いかけを俺にしてくる。
だがどうと聞かれても何て答えればいいっていうんだ。
「……どうとは?」
「えっと……ほら、なんかこう……苦しさが薄れたとか……体がポカポカして気持ちよくなったとか……」
「…………」
もしかして咲は以前に自分の身に起きた体験談を話しているのだろうか。
だとしたらいくつか間違いが含まれているな。
あの時は咲も熱があったから俺の話をよく聞いてなかったのかもしれない。
「咲……あのな……」
「あ、そうだ! 私、今から鋼くんのごはん作ってくるね!」
「ちょ、待てって……さ……」
俺がちゃんと説明しなおそうとした直後に彼女は突然立ち上がり、部屋をさっさか出ていってしまった。
「……なんなんだ一体」
部屋の中に一人取り残された俺は、自分の唇に手を触れて今の感触を思い出す。
咲はおそらくキスをすることで熱による苦痛が和らぐと勘違いしているのかもしれない。
実際のところ、俺が咲にキスをした時は俺の魔力が作用して苦痛を和らげていたんだろう。
だが今回の場合は咲自身に魔力が無いため、俺にいくらキスしようがそんな効果は得られない。
しかも魔力はキスという行為にではなく唾液に含まれているものなので、ついばむようなキスでは全く意味が無い。
「というか……今普通にキスされたな……」
奏にも以前にこんな不意打ちをくらった覚えがあるが、彼女と咲では性格がまるで違う。
何を考えているのかよくわからない奏ならそんな突拍子の無い行動をとるのもわからなくはないが、咲の場合は大胆すぎる。
前に精液ください発言をかました咲だが、普段の彼女はとてもおしとやかだ。
最近はよく俺の手を握ってくるからそのイメージも段々薄れていってはいるが、それでも寝ている男にいきなりキスをするような子ではない。
……だがやはりわざとなのだろう。
理屈をこねて咲の言動を解釈するのにはもはや限界がある……か。
「……まあ……今更だな」
咲とは前に飽きるほどキスをした事があるのだから、彼女がそれを覚えていれば俺とのキスにそれほどの抵抗感がないことも頷ける。
そして彼女は俺に好意を抱いている。
なら彼女にとって俺とのキスは嬉しい事なのか。
「……好意……か」
咲は俺の事、好きなんだよな。
あんなに優しくておしとやかで可愛くて……ついでに胸も大きくて、いつも俺を気にかけてくれるそんな子が。
……もしかしなくても今の俺は凄い恵まれているんじゃないか?
まだ一緒に行動を始めて二週間程度しか経っていないが、今のところ俺は咲の事が嫌いではないと言える。
いや、もしかしたら俺は好きといった感情を抱いているのではないだろうか。
さっき彼女にキスされてから、心臓の鼓動がやや早くなっているような気がする。
つまり俺も咲の事を意識しているという事なんだろう。
「……なら言うべきか?」
以前彼女にされた告白への答えを言ってもいいんじゃないか。
イエスと答えてもいいんじゃないか。
俺は奏より咲の事が好きなんじゃないのか。
「って何でそこで奏が出てくんだよ……があああぁぁ……」
俺はそんなことを考えながらベッドの中で悶えていた。
「お待たせ、鋼くん」
「……ああ」
咲が部屋を出てから数十分という時間が経過した頃、彼女は小さな土鍋と食器類をトレイに乗せて持ち、俺のところへ戻ってきた。
「鋼くん、どうかしたの?」
「……なんでもない」
俺の寝ているベッドのシーツがぐちゃぐちゃになっているのを見て咲は小首を傾げていた。
これはついさっき俺がジタバタしたことによるものだが、そんな事を彼女に言うのも気が引ける。
言えるわけがない。
俺が咲と奏のどっちが好きかで比べたなんて、恥ずかしくて言えるわけがない。
それってつまり俺は咲だけじゃなく奏にも気があるという事じゃないか。
二人ともキスをしたから意識しているのだとしたら、俺という人間は相当チョロい男と言わざるをえない。
「……それで、一体何を作ってきたんだ?」
これ以上思考を続けるとまた足をバタバタさせてしまいそうなので、俺は咲に土鍋の中身を訊ねて気分を入れ替える事にした。
「う、うん……鋼くんみたいに上手くはできなかったんだけど……」
「へえ……」
咲が蓋を開けた土鍋の中にはシンプルで消化のよさそうなお粥が入っていた。
だが火加減を誤ったのか微妙に焦げているような部分がある。
「い、一応店長さんに教えてもらって……初めて作ってみたんだけど……」
「そうなのか」
なるほど。
初めてなら少し焦がしてもしょうがないな。
「でも咲が一生懸命作ってくれたんだろ?」
「う、うん……」
「なら喜んで食べるさ」
「あ……ありがとう、鋼くん」
モジモジしている様子の咲へ向けて俺は微笑みながら言葉をかけると、彼女も顔に微笑を浮かべてベッドの脇に腰を下ろした。
「鋼くんのお口に合うか心配だけど……」
咲はそう言いながら土鍋を手に持ち、スプーンと一緒に渡してくれる。
……のかと思いきや、彼女は土鍋を手に持った状態のまま俺の目をじっと見つめてきた。
「えっと……食べさせて……あげようか……?」
「…………」
……食べさせるってもしかしてアレじゃないよな?
俺が前に咲へしたような、口移しでの食べさせるじゃないよな?
「……咲、俺は枯渇病じゃないから口移しで食べさせても意味ないぞ?」
「わ、わかってるよ! 私もそこまでしようなんて思ってないよ!」
本当か?
ついさっきやられたキスの一件のせいでどうも勘ぐってしまう。
まあもし口移しをされたとしても怒りはしないが。
俺の方からしてしまった事だし。
「た、食べさせるって言ったのはちゃんとスプーンを使ってだよ」
「そうか」
「……で、でも鋼くんが口移しの方が良いっていうなら――」
「スプーンでお願いします」
咲がわりとデンジャラスな発言をしていたので俺はすかさず答えを返した。
俺はそんなアブノーマルな趣味を持ち合わせてはいない。
それは多分咲もだと思うから冗談なんだと思うが、イマイチジョークなのか本気なのか区別がつきにくい。
「それじゃあ……あーんしてあげるね?」
「あ、ああ」
なんだか口移しの方に意識が向いてしまって断りそこねたが、咲が食べさせるというのはもう決定事項になっているようだ。
そこまでしてくれなくても自分で食べられるのに。
嫌なわけではないから別にいいけど。
「あ……あーん」
俺が苦笑いをしながらそんなことを考えていると、咲は赤面しながらも若干震える手つきでお粥を救ったスプーンを俺の目の前に持ってきた。
恥ずかしいならしなければいいのに。
咲の様子を見て俺の方も恥ずかしいと思うようになりつつも、お粥をぱくりと食べる。
「あちち……」
「あ、ご、ごめんなさい……熱かったよね……」
湯気が上っているので熱いのは知っていたはずなのに、俺は咲の仕草に気を取られて熱々のお粥をそのまま口に入れてしまった。
それを見た咲が水の入ったコップをそっと傾けて俺に飲ませてくる。
「んぐっ……はぁ、ありがとう、咲」
「う、ううん、いいの。それよりごめんなさい。お粥……熱かったよね?」
「まあ……な」
「それじゃあ……その……あーんの前にフーってするね」
「…………」
なんだろうこのシチュエーションは。
俺を好きだといってくれる可愛い女の子が手作り料理をフーフーしてあーんさせてくれるとか。
よく考えたら物凄い状況だ。
今時こんなのラブコメ漫画でもやらないぞ。
「ふー、ふー……はい、あーん」
「……あーん」
そう思いつつ俺は素直に咲の作ったお粥を食べていく。
微妙に塩味が利き過ぎているが、食べられないほどじゃない。
「うん……美味しいな」
「え、本当!?」
「ああ。初めてにしては悪くない」
「よかったぁ……それじゃあいっぱい食べてね」
俺が味を褒めると咲は喜んだ様子で、表情を緩ませながらも俺にお粥を食べさせ続けてくる。
もしかしたら咲はこういうシチュエーションに憧れてたのかもな。
今日はやけにグイグイきているのも、男の子を精一杯看病する女の子というものを演じてみたいという願望からなのかもしれない。
「はい、あーん」
「あーん」
なら俺もこの流れに乗っておこう。
無理に流れを壊して咲の機嫌を損なわせても意味はない。
それに彼女からのせっかくの厚意だ。
素直に受け取っても罰は当たるまい。
その後もしばらく俺は過保護な咲からお粥をゆっくりと食べさせてもらっていった。
が、そんな甘々な時間は唐突に打ち切られる。
『……外に敵意を感じるな』
壁に立て付けておいていた二本の剣の内の一本、護剣ウルフスベインに宿ったヴィルヘルムが俺達にそう伝えてきた。




