店の流儀
俺と咲がトルバディス食堂の二階に住みこんでから三日が経過した。
その数日の間、環境が良くなった事と聖水のおかげか咲の症状はゆっくりと快方に向かっていた。
それに店の方も大繁盛だ。
前から繁盛はしていたが、最近できた目玉料理のプリンがその勢いにブーストをかけている。
銅貨が20枚そこそこあればそれなりにたらふく飯が食べられるという中、二日前から店で出し始めたプリンは値段が銅貨10枚というやや高額設定であるにもかかわらず作った矢先に売り切れる人気ぶりを誇っていた。
これのおかげで客単価が上がり、従業員も一人増えた事で客の回転率も上がって更に収益も伸びるという良い流れができつつあった。
「おいねーちゃん! プリンもう一個くれ!」
「えー? そんなに食べちゃっていいんですか? お酒代無くなっちゃいますよ?」
「バッキャロウ! 今の俺はプリンがあれば生きていけんだよ! つべこべ言わずに持ってこい!」
「はいはい、かしこまりましたー」
とある客席からそんな会話が漏れ聞こえてきた。
それを聞いて俺は口元を緩めつつ、目の前のテーブルにある皿を片付け続ける。
「プリン今日も大好評ねー」
「そのようですね」
厨房へ向かおうとしていたリンダさんが一言声をかけてきたので俺もそれに軽く答えた。
実際のところ、今日作り置きしているプリンも確実に売り切れる勢いなので好評だという事を否定しようが無い。
既にプリンを食べるためだけに来店する客やリピーターも出始めている様子だし、この世界でもプリンは通用することを完璧に証明していると言えるだろう。
また、近日中には肉まんやシュウマイを店に出すことも検討されている。
ガインさんと料理レシピについて話し合ったところ、どうもこっちの世界では蒸す調理法があまり普及していないということが判明した。
なので俺は蒸し料理をいくつか提案し、それら専用の蒸し器を最近は作っている。
とはいっても、木でできた桶を少しいじって使えないかと模索している程度のことだが。
まあそんなこんなで今の俺は結構忙しい日々を送っている。
異世界かつ逃亡中の身で一体何やってるんだって話ではあるけれど。
だが俺の中には既にこの店へ愛着のようなものが生まれ始めているように思う。
できることなら、まだしばらくはここにいたい。
この頃の俺はただ漠然とそんな事を考えていた。
「「「あ」」」
「あ」
そんな時、店の入り口から入ってきた三人の男達の姿が目に映った。
……俺と咲がこの区域に逃げてきた時に絡んできたあの三人だ。
あいつらもこの店に来ることがあるのか。
「いらっしゃいませー!」
「……いらっしゃいませー」
リンダさんの元気な声が響いてきたので俺もやや小さな声で続きつつ、使用済みの皿を持って洗い場へと直行する。
あまりあの連中とは関わらないほうがいいだろうからな。
ただ普通に食事をしにきただけなんだから、顔を合わさずにいれば特に問題はないはずだ。
そう思っていたのも束の間。
皿洗いを開始しようとしたところでリンダさんがやってきた。
「コウくーん。なんかお客さんが呼んでるよー」
「…………」
何故呼んだ。
お互い見なかった事にすれば丸く収まるというのに。
「……いってきます」
ここで店の方に迷惑をかけるわけにもいかない。
俺は渋々ながらもリンダさんの呼びかけに応じて客席へと歩いていった。
「よう、久しぶりだなぁ?」
「…………」
案の定、俺を呼びつけたのは例の三人組だった。
長剣を腰に携えた男は粘着性のあるような声を出しながら、俺にニヤついた顔を向けてきた。
「ご注文をお伺いいたします」
けれど俺はそんな言葉に耳を貸さず、営業スマイルを顔に貼り付けて定型分を読み上げる。
何か用があるのだろうが、こっちとしてはまともに相手をしていられないからな。
「チッ、まあいい……それじゃあビール三つにオーク肉とポテトのソテーにブラックコーンチャーハンセット」
「ワイルドスネークの竜田揚げにヤラヒム草とブラムベーコンのパスタ」
「それとブルーフィッシュの塩焼きとシャーリアマグロのツナサンドを持ってこいニャ」
「いや、やっぱチャーハンセットは止めてブラックコーンスープとロールパンな」
「おっと、そうそう。パスタはにんにく抜きな。俺あれ嫌いなんだよねえ」
「あ、あと最後にデザートでプリンってやつを三つニャ」
「それ頼むならちょっと金が足りねえな。ビール三つは無しで代わりにドルアコーヒー、ホットで」
「じゃあ俺はスミオール茶でこいつにはミルク」
「ミルク用に砂糖も持ってこいニャ」
「かしこまりました。それではご注文の方を復唱させていただきます。オーク肉とポテトのソテーにワイルドスネークの竜田揚げ、ヤラヒム草とブラムベーコンのパスタのにんにく抜き、ブルーフィッシュの塩焼き、シャーリアマグロのツナサンド、ブラックコーンスープ、ロールパン、ドルアコーヒーのホット、スミオール茶、ミルク、それにミルク用の砂糖とデザートにプリンを三つ。以上でよろしいでしょうか?」
「お、おう……」
「問題……ないな……」
「は、早く持ってくるニャ……」
「承りました。それでは少々お待ちくださいませ」
俺は三人の注文を聞き、厨房の方へと歩いていった。
あの三人へ料理を持っていく役目は他の人に任せ、俺は黙々と皿洗いを進めていた。
練達の加護が働いているおかげか、ここ数日で俺の皿洗いは従業員の中で一番早いというレベルにまで進化を果たしている。
勇者の力の無駄遣いだな。
「コウくーん。さっきのお客さん達がまた呼んでるよー?」
「…………」
……一体なんなんだあの連中は。
いい大人がわざわざガキである俺に絡まなくてもいいだろうに。
「はぁ……わかりました。いってきます」
だが呼ばれたからには行くしかない。
俺は大きくため息を一つ吐いて再び客席へと赴いた。
「おう、おせえぞ」
「客を待たすとはいいご身分だよねえ」
「トロい店員ニャ」
「大変失礼いたしました」
これでもため息をした後すぐに来たのだからそこまで待たせたはずはないのだが、接客業である以上俺の方から反論する事はない。
俺は先程と同様、営業スマイルを崩さずにお辞儀をする。
その際のお辞儀は最敬礼(90度にしようかと思ったがとりあえず45度)だ。
「それで私にどのようなご用件でしょう?」
「用件もクソもあるかよ。ちょっとこれ見てみろ」
「……?」
高圧的な男の様子に疑問を浮かべつつ、俺はその男が指差すものへと視線を移動させる。
するとそこには短剣の男が注文したパスタがあり、その中に何か白い棒状な物が紛れ込んでいるのが見えた。
あれは……もしかしてタバコか?
「客の料理にタバコの吸殻を混ぜるとかいい度胸してるよねえ」
「この落とし前はどうつけるつもりだニャ?」
「…………」
ありえないな。
料理にタバコの吸殻が混じる事なんて絶対にありえない。
この店の従業員は全員タバコなんて吸っていないんだから入りようがない。
「おら黙ってないでなんとか言ったらどうなんだ?」
「…………」
目の前にいる男達はニヤニヤしながら俺に声をかけてくる。
その様子からして、おそらくこいつらが自作自演でタバコを入れたんだろう。
あえて俺を呼んで困らせるために。
……だがこの場合どうすればいいんだ?
こんな事態は俺も想定していなかったからどう対処していいかわからない。
我々の不手際だったとして頭を下げるか、それともこんなものが混入するなんてありえないと反抗するか。
「おいおい。この店員は客に謝る事もできねえのかよ。普通謝ったりしねえの?」
「……申し訳ございません。すぐ新しいものを作らせていただきます」
考え込んでいると男が謝れと口にしたため、俺は咄嗟に謝罪の言葉を出してタバコ入りパスタの皿を下げようとした。
わざとタバコを入れたという疑わしい面があるけれど、その証拠がない。
だからここはひとまず謝罪して新しい料理を持ってくることが一番無難かつ問題がない解決方法だろう。
「待てよ」
けれどその対応では男達は満足しなかったようで、皿に手を触れようとする俺の行動を声で止めてきた。
「何軽く謝っただけで終わりにしようとしてんだ?」
「……ですから、すぐ新しい料理を持ってまいりますので少々――」
「こっちは吸殻食わされそうになってるんだ。謝罪するんならもっと誠意ってもんを見せてもらわないとねえ」
「土下座しろニャ。床に這いつくばって俺達に許しを請うニャ」
「…………」
どうやらそれが目的らしい。
三人はニヤニヤというよりもはやあくどい笑みと称したほうがいい顔つきで俺に土下座しろと言ってくる。
「ほら早く土下座しろよ」
「…………」
……しょうがない。
一度謝るという姿勢を見せた以上、ここで反抗する言葉を投げても状況が悪化するだけだ。
それに俺達の問題でこれ以上店に迷惑をかけるわけにはいかない。
俺が頭を下げて話が纏まるならいくらでも下げてやる。
そう判断した俺はその場で膝を折って床に手をつき、そしてそのまま頭を下げた。
「誠に申し訳ございませんでした」
俺は額を床にこすりつけ、誠心誠意の土下座を行う。
するとそんな俺の頭を誰かが踏みつけてきた。
「おう、わかりゃあいいんだよ、わかりゃあ」
「…………」
頭上から男の声が聞こえてくると共に足の裏をグリグリと押し付けてくる。
普通ここまでしてくる奴もそうそういないだろう。
だが俺は謝罪の言葉以外何も言わず、男達の嘲笑を受け続けた。
「おい。何やってんだ」
そんな時、三人の男達とは別の人間の声が俺の耳に入ってきた。
聞こえたその声には明らかに苛立ったような雰囲気が感じられる。
「あ? あんた誰?」
「これは俺達の問題だ」
「部外者は引っ込んでニャ」
「部外者……だと?」
「ぐぎゃ!?」
俺の頭に乗っていた圧力が消え、誰かが倒れるような音が聞こえてきた。
それの意味するところを察しつつも俺は咄嗟に頭を上げて前を向くと、長剣を携えた男が店の床に横たわっている姿が見えた。
「俺はこの店の主だ。おめえらこれからは出入り禁止な」
「ひあっ!?」
「ニャ、ニャニャ!?」
長剣の男をぶん殴って倒したであろう男、ガインさんは他の二人の襟首を摘んで店の外へと放りだした。
それを見て俺はポカンと口を開けていることしかできない。
「い、いてえじゃねえか……元はといえば吸殻混ぜたお前たちが悪いんだろ!」
「ふざけんな。俺達はタバコなんざ誰も吸わねえし、この店は午後九時まで禁煙なんだよ」
「があっ!?」
そしてガインさんは最後に残った男にグーパンチをお見舞いすると、気絶したその男も他の二人同様、店の外へと投げ飛ばしていた。
「ったく。ああいうのが来たら俺に話を持ってこい、バカヤロウ」
「…………」
……確かに今回のような件は店主であるガインさんに一言相談するべきだったのかもしれない。
しかしこの解決方法は想像できなかった。
その後、俺達は他の客に向けて軽く頭を下げて厨房へ戻り、先程の行為に関して俺はガインさんに訊ねた。
「ガインさん……いいんですか? 客にあんな態度とって」
「この店の法は俺だ。だから俺が気に入らない客を放り出すのはいいんだよ」
「は、はあ……」
まあそう言われればそれまでなんだが……
「あと前にも言っただろうが、そんなほいほいと軽く土下座なんてすんな。安く見られちまう」
「……すみません」
そういえば前にそんなことを言われたな。
ガインさんはその辺にも怒っているのか。
「それにこの店の中でどうしても頭を床に擦りつけなきゃいけねえ時があるならそれは俺の役目なんだ。だから俺に雇われてるだけのおめえは堂々としてな」
「……! わかりました」
本当、頼もしい店長だな。
ただの従業員にここまで言ってくれるんだから。
それがこの店の在り方であるというなら従おう。
俺はこの店で土下座をするなら自分だけと言い放つガインさんに大きく首肯して答えを返す。
「わかりゃあいい。それじゃあ仕事に戻れ」
「はい!」
そして俺はガインさんへ向けて軽く頭を下げ、皿洗いを再開すべく洗い場へと向かった。
「鋼くん」
「!? ……咲か」
と、俺が洗い場へと直行する途中で咲が声をかけてきた。
咲はまだ二階で療養中だったはずだが、一階に降りてきていたのか。
「どうしたんだ咲。何か困った事でもあったか?」
「えっと、うん。ちょっと喉が渇いたからお水を貰おうと思って……それより見てたよ。さっきの鋼くん」
見てたって、あの土下座をか?
それは……少し恥ずかしいな。
「あー……なんかかっこ悪いとこ見せちゃったな」
「ううん、そんなことないよ。さっきの鋼くん、かっこよかったよ」
俺が頬を掻きながらばつが悪いという顔をしていると、咲は俺の手を掴んで優しくギュッと握り締めてきた。
最近の咲は何故か事あるごとに俺の手を握ってくる。
もしかしたら俺の手が少し荒れてきているのを気にしているのかもしれない。
だから俺は咲のそんな行為にも特に驚くことなく彼女の体温を感じ続けた。
でも土下座がかっこいいってどうなんだ?
まあそう言って慰めてくれるのはありがたいが。
「本当は鋼くんが踏まれてる時に駆けつけようとしたんだけどね、店長さんに止められちゃったんだ」
「ガインさんに?」
「うん。『男が頭を下げてるときに女がしゃしゃり出ようとすんな』って」
そうなのか。
なんというかガインさんらしいな。
「だからごめんね。さっきは見てることしかできなくて」
「いや、いい。別に咲が謝ることじゃないだろ」
むしろあの場に来てくれなくて本当に良かった。
もしも完全に部外者である咲があの場に来ていたらそれこそ収集がつかなくなっていたことだろう。
それにガインさんは土下座する男を女が庇うという構図に俺達がならないよう配慮してくれた。
土下座の事といい咲を止めてくれた事といい、ガインさんには感謝してもしきれないな。
「でも、もし次に鋼くんが困ったら絶対私が助けるからね」
そして咲はそんな事を言うと、俺の手を優しく包む彼女の両手の力が若干強くなった。
「ああ。その時は頼りにしてる」
なので俺は若干気恥ずかしく思いながらも、咲の目を見てしっかりとそう答えた。
すると彼女は長い前髪の奥で満面の笑みを作り、俺の手を握りながら両手をブンブン振ってくる。
「うん! 楽しみにしててね!」
「困った時を楽しみに待ってどうするんだ?」
「あ……それもそうだね」
ややテンションが高い様子の咲にツッコミを入れると、彼女は顔を赤くして落ち着きを取り戻していった。
その後俺は皿洗いに復帰して数時間働き、その日の仕事を無事終える。
今日はちょっとしたハプニングもあったが、それでも悪くない時間を過ごせたと俺はベッドの中で振り返りながら眠りに入った。
しかし次の日、新しく入った従業員が姿をくらまし、代わりに近くの飲食店でプリンが売られ始めていた。




