護剣の神
ヴィルヘルム・フォン・ヴェアヴォルフ。
ヴェアヴォルフといえば狼男というイメージが浮かぶ。
そんな名を告げたその紺の剣は、俺の向かって説教じみた言葉を続けてきた。
『たかが夜風をしのぐために身を寄せ合うだけだろうに、一体どれだけの葛藤を抱いているつもりだ』
「う……」
なんで俺は責められているのだろうか。
突然俺達に話しかけてきて、突然俺達の会話に割り込んできて。
一体この剣はなんなんだ。
「ゴホッ……剣の精霊さんの……言う通りだよ……」
「精霊……? それじゃあ昼間に言っていたのはこれのことなのか?」
「うん……」
そうだったのか。
もしかしたら熱に浮かされた咲の幻聴なのかもしれないとか思ったが、まさか本当に剣の精霊がいたとは。
『厳密には精霊ではなく、神の一人だ』
「神……ですか」
……本当か?
私は神ですと言われてすぐ信じられるほど俺は純真じゃないぞ。
『疑っているな? まあよい。そんなことは些事であるのだからな』
「……そうですか」
『それと無理に敬語を使う必要も無い。重視すべきは礼ではなく義、というのが我の考えだ』
「わ、わかった」
なんだかわりとフランクな神様のようだ。
こちらとしては敬語じゃなくていいのは楽だから良いんだが、俺達へ気を使ったのかもしれないな。
「それで、その神様が一体なぜ剣に?」
俺は剣が語りかけてくるという異常事態を受け入れる事にして、その神という男へと問いかけた。
この世界には魔法や加護なんて物があるんだ。
剣がしゃべるくらいの事があってももはや驚くに値しない。
『なぜ剣に、か。それを詳しく語る口は我にはないな。我はただ古の盟約により、護剣に加護を与えているに過ぎん』
「加護……?」
古の盟約という言葉も気に掛かったが、剣に加護を与えているという話の方に俺は強く反応した。
加護とはつまり俺達勇者が持っているような力の事を言っているのだろうからな。
『我が剣、護剣ウルフスベインに備わりしは『守りの加護』。所有者に絶対の守りを与える神格の力だ』
「絶対の……守り……?」
『そうだ。貴様にも我の加護に守られた覚えがあるだろう』
「…………」
確かにある。
施設の最下層から上層へ突き進んだあの時、俺は数々の剣、銃弾、魔法を受けても全くの無傷だった。
、
それはつまりこの剣に宿った守りの加護が作用して俺を守ってくれたということなのか?
『まあその副作用として殺傷力が極端に低くなるという面もあるのだがな』
「それもか……」
俺が剣を振り回して誰も殺すまでのダメージを負っていなかったのはそのためか。
ただ単に剣の切れ味が悪かったというわけではなかったんだな。
「それじゃあ剣を振るう時、やけに体が動くように感じたのも護剣のおかげか?」
『いや、それは我ではなく戦剣の加護によるものだ』
「戦剣?」
『小僧が我の剣と共に使用していたもう一方の剣だ。名は戦剣アレスと言う』
あの赤い方の剣か。
あっちの剣はよく見ると何故か部屋の隅に追いやられている。
護剣を部屋の中心に突き刺したのと同様、咲が移動させたのだろう。
『戦剣アレスの加護は『闘争の加護』。あれを手に持つ者は剣の達人と化す。身体の動きが最適化されたのはおそらくあやつの力だろう』
「なるほど」
あの剣にはそんな力があったのか。
というか二本ともとんでもない加護が備わっているな。
施設の地下には五本剣があったが、俺が手に取らなかった残りの三本も何かしらの力があったりしたのだろうか。
だとしたら無理にでも五本全部持ってくれば良かったな。
『そうだ……それについても貴様には一つ忠告をしておく』
「? 忠告?」
『二度と我が剣をあの戦剣と共に使ってくれるなよ。あやつと同列に扱われると想像しただけで虫唾が走るのでな』
「は、はあ……」
なんだそれは。
つまりあの赤い剣は気に入らないから一緒に使うなというわけか……?
まあ、とりあえずここまでの情報を整理すると、二本の剣を同時に扱うのはデメリットがあるという事は理解できた。
戦剣を持てば剣の達人になるが、護剣を持てば剣自身がナマクラとなって力を十分に発揮できない。
多分戦剣一本で戦ったら普通に敵を斬る事ができるのだろう。
「……しかし、なんでそんな凄い加護が備わっている剣があんな地下にあったんだ?」
そして俺はつい先程気になった疑問をヴィルヘルムへと訊ねた。
これほどの剣が意味もなくあんなところにあったとは思えない。
何かしらの理由があるはずだ。
『ああ……それは単に我の結界が働いていたため、誰もあの場から剣を引き抜けなかったというだけの話だ』
「結界?」
『そうだ。今この部屋中に張っているようにな』
「?」
俺は首を傾げながら咲の方を見た。
「ヴィルヘルムさんが……剣を部屋の中心に刺せって……言った事ですよね……?」
『その通りだ。我の加護が働く限り、我の許可した者しか結界内へ入る事はできん。たとえ龍が襲撃してもこの部屋だけは耐えられる』
「なるほど」
守りの加護はそんなこともできるのか。
それにしても龍、か。
やはりこの世界にはそんな生物も本当にいるんだな。
『まあ、結界を張ろうが張るまいが、勇者の資格を持たなければ我らの剣は持ち上げることすら難しいのだがな』
勇者の資格……
つまりあそこにあった五本の剣はいわゆる勇者専用の剣だったというわけか。
それならディアード達は俺達の選別を終了した後、その剣を持たせて魔王と戦わせる気だったのだろう。
いやでも勇者は四人まで減らすという話だったはずなんだが。
だとすると数が一人少なくはないか?
四人の勇者に五本の剣という形にするというのは謎だ。
誰か二刀流でもさせるつもりだったのか?
「……というか、それじゃあなんで結界なんて張ったんだ?」
結界を張らずとも剣をその場から動かせないのなら、誰かが勝手に持ち出す心配は無い。
それならわざわざ結界を張る意味が無いように思えるのだが。
『ああ……それはな、こともあろうに我の剣を破壊しようとした者達がいたからだ』
「は、破壊?」
「そうだ。剣を扱うことはできずとも、破壊する事は不可能ではないからな」
……そうなのか。
壊そうとしたのはおそらくディアード達なのだろうが、どうして壊す気でいたのかよくわからない。
けれど剣の立場からしてみれば壊されると聞けばたまったものではないな。
ヴィルヘルムは自分の剣を守るために結界を張ったのか。
『さて……そろそろ説明も十分だろう。最低限の義理は果たした』
「え……まだ聞きたい事は山ほどあるんだが」
『そんなことは我の知った事では無い。何でも聞けば教えてもらえるなどと思うなよ小僧』
「……そうか」
まあ正論だ。
このヴィルヘルムの宿る剣はたまたま俺が持ってきたというだけで、俺達に協力しなければならないということはないんだからな。
『気が向いたらまた話してやる』
「わかった」
『では最後に小僧達の問題についてだ』
「俺達の?」
『先刻の話だ。小娘の誘いを小僧がぐだぐだと断っていた件の、な』
「そ、それか」
それは俺達の問題だろ。
剣だろうが神様だろうが口出しされることでは無い。
というか、俺達に説明する事には飽きたが、そんなことを話す口はあるのか。
「なんと言われようと駄目なものは駄目だろ。俺と咲はそういう関係じゃない」
『強情だな。そんな考えでは自然の中を生きぬく事はできんぞ』
「いや、ここ自然じゃないだろ」
『同じようなものだ。実際、この街でも凍え死ぬような者がいないわけではあるまい』
「それは……」
……まあ、そうだろうな。
この部屋の中も十分寒いが、外は更に気温が低く感じられる。
そんな中で野宿でもしたらそのまま目を覚まさなかった、というような話がここらへんでは普通にありそうだ。
『たとえ凍え死ぬ事はなくとも、翌日には寒さに負け、身体を壊しているという場合もある。そうなれば小僧達はそのまま野垂れ死ぬではないか』
「う……」
確かに咲が病に伏している以上、俺が倒れるわけにはいかない。
俺まで体調を崩したら碌に金も稼げず、最悪二人とも死ぬ。
この異世界で誰かが助けてくれるはずも無いのだから、俺達は俺達の力でその日生きる糧を手に入れなくてはならない。
だから俺は咲のためにも自分の体調を気にする必要があったのか。
これは俺も考えが及んでいなかったことだ。
俺は下を俯き反省する。
『何、もしも小僧が小娘に手を出そうとしたならば我も目を瞑るゆえ、周りに気を使う事は無い』
「そこは止めるんじゃないのか」
しかも目とはなんだ。
あるのか、目が、剣に。
『小僧達がどのような関係を結ぼうが我にとってはどうでもよいことだ。それにオスがメスを欲する衝動に駆られることは我にも理解がある。本能に負けたとしても笑いはせん』
「……そうか」
随分性に関して大らかな神様なんだな。
寒さを紛らわすために身を寄せ合うは常識。
またそこに情動が芽生えたとしてもそれは必定。
人生なるようになる、というような考え方の持ち主なのだろう。
「……わかった。それじゃあ咲、一緒に寝てくれないか?」
「え、あ……う、うん……いいよ……」
この剣の考え全てを受け入れるわけではないが、俺が調子を悪くするのはまずいという考えは十分に理解できた。
まあ本気で健康を気にするなら風邪っぽい咲と同衾して病気を移されることも懸念するところなんだが、それは同じ部屋にいる以上あまり考えても仕方の無い事だ。
そして同じ部屋で寝泊りするなら体を寄せ合って寒さに耐えたほうが互いにとって良い事も確かだ。
俺が恥ずかしがっている場合でもなかった。
咲を優先し過ぎて自分の体をないがしろにする事は咲のためにならない。
俺は咲と毛布に包まりながらそんな反省をした。
「……やっぱりこうすると暖かいな」
「そうだね……私も……あったかい……」
今の俺達の体勢は、互いに向きあい、俺が咲を包み込むようにして抱き寄せているような形だ。
しかも咲の頭が俺の二の腕に乗っているので顔がとても近い。
一応俺は食事が終わった後、咲のいる部屋から出て体の汚れを濡れタオルである程度拭き、安物ではあるが服も新しいのに着替えたからそこまで体臭がきついことにはなっていないと思う。
咲の方も髪をしっかりと洗ったのか嫌な臭いなどはなく、石鹸の良い香りがしてとても安らぐ。
普通友達という間柄でこれだけ近い距離感になるわけがないと思うんだが、俺は自然とこの状況を受け入れられた。
これはもしかしたら今頼れるものが咲しかいないのだという心細さの顕れなのかもしれない。
「すぅ……すぅ……」
おそらくは咲も、俺と体を寄せ合う行為にどこか安らぎめいたものを感じているのだろう。
一緒に寝ようと誘ったのも、俺同様に寂しかったからかのようだ。
彼女は安心しきった様子で、俺の腕枕の上で心地よさそうな寝声を出し始めていた。
『どうやら小娘の方は眠りに入ったようだな。ならば我もそろそろ席を外そう』
「…………」
そんな様子をヴィルヘルムは今まで黙って見ていたようだ。
『ああ、最後に小僧達へ鞘をくれてやる。抜き見のまま持ち歩かれては我らの沽券に関わるのでな』
ヴィルヘルムがそう言うと、床に二つの鞘が幻想的な光を纏いながら出現した。
今のも魔法の一種か?
鞘を創造したにしろどこかから転送させたにしろ凄い魔法だな。
この剣はそんなこともできるのか。
『勘違いをするな。これは我自身の力であって剣の力では無い。鞘以外で何か施しを貰えるなどと期待はするな』
「……わかった」
どうやら俺の考えが読まれたらしい。
ヴィルヘルムは俺へそう言い残し、その後剣がしゃべる事はなくなった。
こうして俺も目を閉じて眠りに入り、俺達は次の日を向かえた。




