過保護
咲のいる部屋から出て店に戻った俺は再び食器洗いの仕事をこなし続けた。
そしてディナータイムも終え、店内の雰囲気が酒場へと変化してしばらく経ったところでガインさんが声をかけてきた。
「おうボウズ。今日はそろそろ上がっていいぞ」
「え? まだ閉店じゃないですよね?」
「最初からあんま働かせすぎてへばられても困るんだよ。明日は8時から下準備の手伝いさせっからさっさと寝ろ」
どうやら俺に気を使ってくれたらしい。
そういうことならお言葉に甘えさせてもらおう
「ほれ、今日の分の給料だ」
「あ……ありがとうございます……」
ガインさんは俺に向けて拳を突き出し、目の前で開く。
その手には銀色の硬貨が四枚乗せられていた。
俺はその硬貨を恐る恐るといった調子で受け取った。
「でも四枚でいいんですか? 俺IDカード持ってないから安くても文句は言わないって言いましたが」
「わざわざんなこと自分から言う馬鹿がいるかよ……それは俺が定めたおめえの働きへのちゃんとした対価だ。素直に受け取っとけ」
働きへの対価、か。
思ってみればこれが人生初の給料なんだよな。
そう考えると感慨深いものがある。
「ではありがたく受け取らせていただきます」
「おう」
俺はガインさんに頭を下げ、手に持った銀貨をポケットにしまう。
「あと……この辺に日用品を売っている店はありますか?」
その後、俺はガインさんから周辺の地理について軽く教えてもらってから店を出た。
ガインさんからの情報によると、探していた日用品店はここから走って数分のところにあったので、俺はひとっ走りしていくつかの品物を買ってから咲の下へと戻っていった。
「あ……おかえり……なさい……鋼……くん……」
「あ、ああ、ただいま」
部屋に入ると、咲が俺に声をかけてきた。
だがその声は昼よりも息苦しそうだ。
顔も赤くなっているし、どうも熱があるように見える。
「……咲、体調……すごい悪そうに見えるんだが、大丈夫か?」
「う、うん……大丈夫……これくらい……明日になれば……平気に……」
「…………」
俺は咲の傍に寄り、何も言わずに咲の額へ手をそえた。
「……完璧に熱があるな」
しかも結構熱が高く感じる。
39度といったところか?
「ごめんなさい……」
「謝らなくてもいい。誰だって体調を崩すときはある」
ただここでは碌に看病もしてやれない。
それに、体を暖かくしてちゃんと栄養を取れば咲の熱は治るのだろうか。
この世界の病気というのがどれ程のものかもよくわからない。
もしかしたらどこか医者に見せにいく必要があるかもしれない。
「咲、辛いなら病院に行って診てもらうか?」
ガインさんからさっき聞いた地理情報によれば、店から歩いて30分といったところに治癒院というところがあるらしい。
そこへいけば咲の病気に効く薬を処方してくれるだろう。
「んん……いい……病院行ったら……お金……掛かるでしょ……?」
「まあ……そうだと思うが……」
いくら掛かるかわからないが、確かにそれなりの代金を支払わなければならなくなる。
だが今の俺の手持ちは銅貨が数枚。
これだけではとてもその代金は支払えないだろう。
日用品店で色々調べた結果、この世界の貨幣価値はおおよそ銅貨一枚が十円ほどのようだった。
食料品は安く、嗜好品は高いという傾向があるようだが、大体それくらいで考えると良いように思える。
また、この街には銅貨、大銅貨、銀貨、大銀貨、金貨という貨幣があることが、昼間の仕事中にわかった。
金貨一枚=大銀貨十枚=銀貨百枚=大銅貨千枚=銅貨一万枚という価値を持つようだから銅貨一枚十円で考えると金貨一枚十万円ということになる。
ちなみに俺が今日貰った銀貨四枚は日本円に換算すると4000円ということになるから日給のアルバイトとして考えるとかなり安いようにも見えるが、食料品が安いのと関連して考えると妥当な給料のようにも思える。
だがこの貨幣基準で考えると、銅貨数枚というのは数十円程度の価値しか無いことになる。
一応安いパンとかなら銅貨一枚でも買えなくもないのだが、治療費となれば代金は少なくとも銀貨以上になるはずだ。
金が無いまま治癒院へ行っても追い返されるだろう。
無料で診察してくれるだなんて甘い考えは持てない。
だから咲の言葉は尤もだった。
このまま自然回復に任せるしか無い。
「……ならせめて暖かくしていてくれ」
俺は咲に銀貨一枚で買った毛布をかけてやった。
もう少し安いものもあったが、暖かさを重視してチョイスした品だ。
これがあれば昨日までより大分寒さから身を守る事ができるだろう。
「あと代えの服も買ってきた。同じ服を着続けるのは不衛生だからな」
そして次に俺は咲へ一着の洋服(洋と言っていいのだろうか)を差し出した。
銀貨一枚で買った安物だが、あの施設で着ていた半袖短パンのままでいるよりかはマシだろう。
本当は下着も買おうとしたのだが、女性用の下着を買うことにはどうしても抵抗感があったため、やむなくそれは断念した。
「あとタオルや石鹸なんかも買ってきたから体が洗えるぞ」
体を洗わなくても俺は我慢できるが、女の子である咲の方は辛いだろうからな。
俺は今日買ってきたそれら日用品を次々床に置いていく。
すると咲は申し訳なさそうな顔をして口を開いた。
「ありがとう……鋼くん……でも……せっかく鋼くんが……貰ったお給料なのに……こういったものを買うために……使っていいの……?」
「…………」
どうやら咲は俺が気を使っている事に申し訳無さを感じているようだ。
今回買った品も咲を優先した結果選ばれたものばかりだからそう思われても仕方の無い事ではあるのだが。
「別にいいだろ。どうせいずれ必要になるものなんだから」
遅かれ早かれ必要になる。
俺はそう誤魔化してドアの方へと歩いていく。
「今お湯を持ってくるから待っててくれ」
「鋼くん……」
俺は何か言いたげな咲を置いて、再び外へと出ていった。
「おめえマジで料理作れるんだな。これも悪くねえ出来だぞ」
「優しい味でおいしーねー」
「残った食材でこれだけの物が出来るとは大したもんだな」
「ありがとうございます」
料理店『トルバディス食堂』へと戻った俺はガインさんの許可を得てタライ一杯にお湯を貰い、咲のところへ置いてきた。
そして更に俺は夜の賄い食……という名目の手作り料理を作った。
実際のところ賄いと称しているが、食材を一から作ったのでは賄いと呼んでいいのかどうかよくわからないところではある。
まあガインさんは「んな細けえこと気にすんな」と言って俺に厨房の一部を貸してくれているし、こうして俺の作った料理をおすそ分けしていたりしているのだから誰に文句を言われる事でも無いのだが。
ちなみに今回の料理はかぼちゃのポタージュだ。
たまたまかぼちゃが店に少し残っていたから作ってみたが、ガインさんやリンダさん、ジェイクさんの言う通り、これも悪くない味だ。
かぼちゃというには果皮が真っ赤過ぎるため本当にかぼちゃなのか?と思ったが、果肉を食べてみたら本当にそれっぽい味がしたので、今後もかぼちゃとして扱って問題無いだろう。
というか俺達の持つ語の加護は、どうもこの世界の物を俺達の世界で一番近い物に関連付けて翻訳されているように感じる。
この世界での塩と呼ばれている物は俺達の世界の塩と変わらないし、ジャガイモやたまねぎは全く同じ物がその名前でこっちの世界にもあった。
たまにかぼちゃやらニンジンやら、微妙に俺達のいた世界とは違った色や形をしていたりするものもあるが、大体は似ているものだった。
だから俺は異世界に来ても料理が普通に行える。
加護の力に感謝だ。
「それじゃあ俺はこの辺で」
「おう。また明日な」
「明日も賄い料理楽しみにしてるよー」
……なんだかさりげなく俺に賄いを作らせるような発言が聞こえてきたな。
普通に自分で作ればいいのにとも思うが、まあ美味しいと言ってくれるのであれば作るのも悪くない。
そんな事を考えながら、俺は咲のいる部屋の前へとたどり着き、ドアをノックする。
今回は咲が中で着替え途中かもしれないからな。
こうしてノックをするのがマナーだ。
「咲ー、入って大丈夫かー?」
「ゴホッゴホッ……うん……どうぞ……」
咲の許可が出たので俺は部屋の中に入る。
するとそこには茶色のワンピースを着た咲が立っていた。
「どう……かな……?」
「村娘って感じだな」
「むう……」
俺が率直な感想を述べると咲は頬を膨らませて、いかにも怒ったというような目つきで俺を見てきた。
だがその服装はそんなイメージで大体合っているという俺の感覚は間違っていないだろう。
俺が安いからという理由で買ってきた物なのだから咲に非があるわけでは無いのだが。
そして今の咲はいつも肩に垂らしている三つ編みを解いていた。
髪を洗ったからだろう。咲の髪はしっとりと濡れていてツヤがある。
しかもその髪はところどころ結構はねている。
もしかしたらくせ毛だから後ろ髪を纏めていたのかもしれないな。
「……あっと……と……」
そんなことを俺が思っていると、咲はその場でふらつきだしてしゃがみこんだ。
やはり相当身体の具合が悪いようだな。
「……無理に立たなくてもいいぞ。辛いんだろ?」
「うん……でもせっかく……鋼くんが買ってきてくれた服だから……見てもらいたいなって……思って……」
「そ、そうか」
そう言われると一番安かったものを買ってきたのが申し訳なくなってくるな。
今の状況で贅沢なんて言っていられるわけでは無いんだが。
「……さて、それじゃあ食事にしよう」
俺は話を変えるべくそう言った。
あまり話しこんでいるとせっかくの温かい料理が冷めてしまうしな。
「今夜のメニューはかぼちゃのポタージュだ」
「わぁ……これも……鋼くんが作ったの……?」
「ああ」
咲は俺の持ってきた小鍋の中身を見て感心したような声を上げていた。
お粥にしろポタージュスープにしろ作る手順はそこまで複雑では無いから驚くことでも無いんだがな。
俺は小鍋から皿へとスープを盛りつけて咲へと渡す。
「はぁ……美味しそうな匂い……いただきます……」
その後咲はスープを手に持ったスプーンでゆっくりと口の中へ流し込む。
すると彼女は目を見開き、俺の方を向いてきた。
「これすごく美味しい……甘くてまろやかで……とっても食べやすい……」
「どうも。まあ食べやすいだろうと思ったからこそ作ったんだが」
栄養満点で食べやすく、飲むと身体が暖まる。
病人食としては最適なメニューの一つと言えるだろう。
「あと何か食べたい物があったら言ってくれ。できそうな物なら作って持ってくるから」
「え……でも……鋼くんに悪いし……」
「遠慮なんてしなくていい。俺がそうしたいってだけなんだから」
病人食も悪くは無いが、食欲が無い時は好きな物を食べるのが一番良い。
美味しいと思える物を食べればそれだけで元気が湧くからな。
「それじゃあ……プリンとか……食べたいな……」
「プリンか……わかった。作ってみる」
プリン……というかお菓子類なら以前作るのに凝った時期がある。
この世界の食材で上手く作れるか不安だが、まあ何とかしてみよう。
「プリンも作れちゃうんだ……」
「ああ。だけどあまり期待しないでくれよ?」
実際に作ってみないと味は保障できないからな。
それに店で売られているようなプリンと比べるとどうしても見劣りする。
しかし咲は俺がプリンを作れることが余程衝撃だったのか、目を輝かせながら俺を見つめている。
「鋼くんって……なんでもできるんだね……すごいな………………私なんて……足を引っ張るばかりなのに……」
「…………」
だが彼女はしばらくするとそんなことを言い、顔を俯かせて暗い顔になり始めた。
おそらく自分が今何も出来ないというこの状態を称して、足を引っ張っているなんて言ったんだろう
「……病気の時はしょうがないさ。それに俺達がここまで安全に逃げてこられたのは咲のおかげだろ?」
けれど咲は決して足手まといなんかじゃない。
俺一人で逃げていたら多分途中で力尽きて捕まるか、あるいは戦闘で死んでいただろうからな。
それに今の俺が明るくしていられるのは咲がいたからだ。
クラスメイト達が散り散りになった中、俺は一人じゃないんだという希望があったからだ。
つまり、俺が今も健在なのは咲がいるからだ。
「俺は咲のおかげで救われた。咲がいてくれたから、咲が心配して助けにきてくれたから俺は今ここにいるんだ。だから足を引っ張ってばかりだなんてことはない」
「鋼くん……」
「今はゆっくり体を休めてくれ。その間、今度は俺が咲を助けるから」
俺は咲にそこまで言い、再びパンを食べながらスープを飲む。
これ以上は気恥ずかしくて喋る事ができない。
頬が若干熱く感じられる。
もしかしたら赤くなっているかもしれない。
だとしたらとても恥ずかしい。
「ありがと……鋼くん……そう言ってくれてすごく……すっごく嬉しいよ……」
「そうか」
「早く元気になるね……早く元気になって……今度は私が鋼くんをいっぱい助けるね……」
「それだと俺もいっぱい咲を助けないとだな」
「ふふっ……そうだね……」
俺達はそんな会話をしつつ微笑み合い、ささやかな食事の時間を過ごしていった。
その後夕食を終えた俺達は腹がこなれるまで少し会話(といっても今日起こった出来事を俺が話して咲は相槌するだけだったが)をしてから横になった。
「ねえ……鋼くん……本当に毛布使わないで寝るの……?」
「そのつもりだが」
だがそろそろ寝ようという段階になって、毛布に包まった咲はその問いを何度も俺に投げかけてくる。
確かに毛布が無いと寒いだろうが、毛布は一枚しか買えなかったのだからしょうがない。
あれこれと買っているうちに金がなくなってしまった。
「別に少しくらい寒くても俺は平気だ」
それに今日を我慢すれば明日の給料で毛布をもう一枚買える。
だから一日だけの辛抱だ。
「あの……なんだったら……私と一緒に寝よ……? そのほうが暖かいし……」
「いや、いい。今回は遠慮しておく」
昨日はどうしようもなかったから寄り添って寝たが、本来親密な中というわけでもない男女が体を密着させて寝るような行為は良くないことだ。
そして今日は俺があえて毛布を一枚しか買わなかったのだから、これは仕方ない事ではない。
なのに毛布が一枚しか無いからといって咲と同衾するのはもはや故意犯だろう。
「でも……」
けれど咲は納得してくれないのか、尚も食い下がって俺と会話を続けようとしている。
それを見て俺はため息を一つ吐いた。
「……いいから俺の事は気にしないで早く寝てくれ」
「む……今鋼くんの嫌なとこ……一つ見つけちゃったよ……」
「俺の嫌なとこ?」
「鋼くんは……人に気を使うのが良い事だと思ってるみたいだけど……気を使われる方の身にもなって……考えたほうがいいと思うよ……」
「…………」
気を使われる方の身……か。
つまり咲は今俺に気を使われて居心地が悪いわけか。
まあわからないわけでもない。
わからないわけでもないが……やっぱり駄目だろ。
俺と咲はそういう間柄じゃない。
咲と同衾するのが嫌なわけでは無いが、やはりそういうことは厳格でありたい。
俺がこのまま寝ても凍え死ぬわけではないしな。
切羽詰った状況で無い以上、咲の提案は受け入れられない。
『いい加減意地を張らず寝床を共にしてはどうだ、小僧』
「!?」
誰かの声が聞こえてきた。
その声は俺でなければ咲でもない。
どこか年寄りめいた、それでいて威厳のある男の声だった。
だがここには俺と咲しかいないはずだ。
男の声などすぐ近くから聞こえてくるはずが無い。
俺はその場で立ち上がり、辺りを見回して声の主を探した。
『あまり警戒せんでも良い。我はここだ』
「ここ……?」
『そう、ここだ』
ここと言われてもどこだかわかるわけもないはずなのに、俺は部屋の中心にある一本の剣へと無意識に視線が向いていた。
俺の目に映るのは紺色の剣。
なぜか俺はその剣が語りかけているように感じた。
『やっと落ち着いて話せるな、勇者共よ。我の名はヴィルヘルム・フォン・ヴェアヴォルフ。民からは護神と呼ばれている者だ』
そしてその男……ではなく剣は、俺達にその名を告げた。




