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勇者共のアポカリプス  作者: 有馬五十鈴
第二章 逃亡勇者編
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カルチャーショック

「ボウズ! 二番テーブルと六番テーブル片しに行ってこい!」

「は、はい!」


 俺は今、昼の時間に近づいて店内が賑わいを見せ始めた中で皿洗いをしていた。

 そんな時、フライパンを振って料理を大急ぎで作っているガインさんが大声で俺に指示を出してきた。


 今日からここでしばらく働かせてもらうことになった俺だが、新人にできる仕事というのも限られてくる。

 店を開けるまでの少しの間にガインさんが説明してくれた事はキッチンでの皿洗いとゴミ出し程度だった。


 だが店はそこそこ大きいのに対し、従業員は俺を含めても十人以下だ。

 ホールの手が足りなくなるのも仕方が無いのだろう。

 俺は皿を洗う手を止めてホールの方へと歩いていった。


 そしてガインさんの言われた通り、お客のいなくなったテーブルの上に置かれた皿をキッチンまで運ぶ。

 するとそのテーブルをこの店の看板娘(本人が言っていた)のリンダさんがフキンで手早く拭いていく。


「マスター! 二番六番テーブルクリアーでーす!」

「おう! んじゃあさっさと待たせてる客を中に連れてこい!」

「はーい!」


 リンダさんは陽気な声で店の外にいる人達へ声をかけに行った。


 もう外に客が溢れているとは。

 どうやらこの店はそれなりに繁盛しているらしい。


「おい新入り! ボサッとしてないで手を動かせ! 皿が無くなる!」

「すみません!」


 俺がそんなことを考えているところへ、ガインさんと同じくキッチンで忙しなく調理していたジェイクさんが俺に怒鳴り声を上げた。


 それを聞き俺は慌てて今キッチンに運んできた皿を洗い場へと持っていく。


「…………」


 だが俺は、今回のお客が皿の上に残した唐揚げ(中身はオークという生き物の肉なのだそうだ)を見てゴクリと喉を鳴らす。


 結局朝に貰った賄い食は咲に全て渡してしまったので、今の俺は空腹状態が続いている。

 そんな中、多少冷めているかもしれないが美味そうな見た目の唐揚げを見て食いたいと思ったとしてもそれは仕方の無い事だろう。


「我慢我慢……」


 けれどここでお客の残した飯を漁るのはマナー違反だ。

 それにそもそも従業員が勝手に店の商品に手を出しては駄目だろうという倫理観から、俺は渋々それをゴミ箱へと捨てていった。


「何してんだバカヤロウ」


 と、そこで背後からガインさんが近づき、俺の脳天へ拳骨をお見舞いしてきた。


「痛いんですが」

「……いてえのはこっちのほうだよ。おめえ随分な石頭してんな」


 まあ確かに痛いと言うほど痛くは無かったが。

 むしろ俺を殴ったガインさんの方が少し痛がっている。


「ってそんなことはいいんだよ。おめえ何そのまま全部捨ててんだよ」

「え?」


 ゴミの分別の話だろうか。

 だが今のは生ゴミ用のゴミ箱に入れたはずだから間違っていないはずだ。


「客が全然手をつけなかったモンは再利用すんだよ」


 ガインさんはそう言うと、俺が次に捨てようとしていた皿の上に盛られていた添え物野菜をヒョイヒョイと別の皿へと移し変えていった。


「…………」


 ……だがそれはどうなんだ、衛生管理的に。

 いくらお客が手をつけてない物だからといって使い回すのは。


 俺はそれを見て顔を引きつらせながらそう思っていると、ガインさんは口をへの字にして訊ねてきた。


「おめえもしかして生まれは貴族の家だったりするか?」

「え?」

「この程度の事は大抵の店でやってることだ。客もその辺わかってて来てるんだぞ。例外は食うことに不自由しない貴族様だけだ」


 そうだったのか。

 この世界の食事情はなかなか厳しいものであるらしい。


「つってもここはその中でも良心的だと思うぜ。店によっちゃあ客の飲みかけのスープを温めなおしたり食いかけの飯を飾り付けで誤魔化したりして出すなんてこともあるんだからな」

「…………」


 なんというか……酷いな。

 衛生管理も何も無いじゃないか。


 産地偽装程度でいちいち大きなニュースになったりする日本では考えられない。

 ちょっとしたカルチャーショックだ。


 ……いやまあ他の国、あるいは過去にそんな料理の使い回しで利潤を追求していたりはあるのだろうが。

 むしろ飢え死ぬということが少ない現在の日本の基準で考える方が間違っているのか。


 でもこんなところで異世界における食事情の闇を垣間見てしまうとは思わなかった。


「俺は貴族じゃありません」


 若干腑に落ちないが、とりあえず俺はガインさんに貴族ではないと答えた。


 強いて言うなら勇者なのだが、それは身分としてどうなのかよくわからない。

 まあ貴族で無い事は確かだ。


「そうか。それなら別にいいんだが」


 ガインさんはそう言うと、「はぁ」と一つため息をついた。


「たまにいるんだよ。貴族っつー身分を捨てて、あえて貧民街にやってくるバカな奴らがよ」

「そうなんですか」

「そうなんだよ……さて、お喋りはここまでだ。残りモンを捨てるかどうかはおめえの判断に任せるが、あんま厳しく考えんなよ。この店もそこまで余裕なんかねえんだからよ」


 そしてガインさんは調理を再開するためにその場をあとにした。


 にしても、俺の判断に任せる、か。

 なかなか難しい事を言ってくれる。


 こうして俺はその後も黙々と皿を洗い続けた。

 食べ残しの件については……まあ食中毒等の問題がなさそうな範囲で目を瞑ることにした。






「よし。おいボウズ。そろそろおめえも休憩取っていいぞ」


 客足が少なくなる昼過ぎまで手を動かし続けた俺は、ガインさんの指示を受けてやっと休憩時間となった。

 調子が万全なら数時間程の働きではそこまでしんどいとは思わなかっただろうが、空腹状態で飯の匂いを嗅ぎ続けるというのは意外に拷問で、俺の精神はかなり消耗した。


「ふぅ……」

「始めての仕事は疲れたか?」

「はい、まあ……」

「んじゃあ俺が何か賄いでも作ってやろうか。おめえもいい加減腹減ってんだろ?」


 ……そうか、賄い食か。


 今の俺なら何でも食えそうだ。

 俺の胃袋は空腹で痛いとすら思えるほどなんだからな。


「ガインさんの料理も食べてみたいところですが……少しだけ厨房貸していただけませんか?」

「? なんだ、もしかしておめえ料理作れんのか?」

「まあ少々」


 両親が共働きだから食事を自分で作るという機会も多かった。

 だから俺はある程度の料理は作れる。


「それとできれば食材を二人分使わせてほしいのですが」

「ああ、また例の食わせたい奴にか?」

「はい。なんでしたら今後頂く給料から天引きしていただいても構いませんが」

「バーロー。一人分程度の食材費を請求するなんてみみっちい事できるかよ。それくらいなら目を瞑ってやるから自由に使いな」

「……ありがとうございます」


 やはりこの人は基本的に良い人だな。

 食べ残しを使い回す件でちょっとアレ?っと思ったが、あれはこの世界の衛生管理が遅れているというだけの話で、ガインさんも悪気があってやっている事では無いんだろう。


 俺はガインさんの許可を貰ったところで、空腹状態をもうしばらく耐える事にして厨房に立った。


「それじゃあ……米と……長ネギと……これは生姜か……?」


 先程までのガインさん達を盗み見て食材の位置を把握していた俺はひょいひょいと必要な物を取り出していく。


 ちなみにこの世界にも米はあった。

 施設にいた頃は出てきた試しがなかったので無いものと思っていたんだが、ここでは普通に取り扱っていた。


 二週間ぶりくらいの米だな。

 まだ二週間しか経っていないのかとか思ったりするけれど、色々あってもう元の世界が大分昔のようにも感じられる。


 だから俺は元の世界に思いを馳せつつ調理を行う。


「……うん。まあまあか」


 そして出来上がったのは消化の良いお粥だ。


 この世界の食材が俺達の世界と少し違うから美味くできるか不安だったが、中々良い味が出せたように思う。

 まあその際の味見がいき過ぎて、結構な量を食べてしまったのはご愛嬌だ。

 俺も腹が減ってるんだからしょうがない。


「俺にも少し食わせてくれねえか?」


 お粥の入ったその小鍋を持って俺が咲のいる部屋へ行こうとしたところで、厨房のイスに座って俺の様子をずっと見ていたガインさんが声をかけてきた。


 味見か。

 まあ結構多めに作ったから別にいいか。


「はい、いいですよ」


 俺は皿に盛り付けてガインさんに渡す。

 するとガインさんはスプーンを使い、ハフハフ言いながら一口食べた。


「へえ、結構うめえじゃねえか」

「ありがとうございます。では少しだけ出かけさせてもらいます」


 ガインさんのお墨付きも貰ったところで俺は今度こそ店を出ていった。





「あ……おかえりなさい……鋼くん……」

「あ、ああ、ただいま」


 部屋に入ると、咲におかえりと言われたので俺もただいまと返した。


 なんだかもう普通にここへ住みついたかのようなやり取りだな。

 この部屋は勝手に使っているのだから本当はあまり良くないのだが。


「…………」


 しかも何故か俺の置いていった二本の剣の内、紺色の方の剣が部屋の中央に突き刺さっている。

 それ以外で部屋の中に変化は無いようだが、ここで何かあったりしたんだろうか。

 まあそれは後で聞いてみよう。


「朝の食事は全部食べたようだな」

「うん……おいしかったよ……」


 朝置いていったバスケットの中にはナプキンしか残されていないのを見て、俺は咲がちゃんと食べたという事を確認した。

 体調が悪そうだから食事も喉を通らないかもと心配していたが、この分なら大丈夫そうだな。


「昼食を持ってきた。今回はお粥だぞ」

「お粥……って鋼くん……まさかお米が……?」

「ああ、普通に使われている食材だったみたいだ」

「そうだったんだ…………わぁ……」


 咲は俺が持ってきた鍋の中身を見て目を丸くしていた。

 多分咲も米が食べたかったんだろうな。


「今よそうからな」


 それを見て俺は早速小鍋の中から二つのお椀へと盛り始める。

 今回は俺もここで食べるから二人分だ。


「今回は……鋼くんも……一緒なんだね……」

「ああ、とは言っても味見の時に結構食べてたりするんだけどな」


 だが俺の腹はまだ満腹には程遠い。

 お粥の二杯や三杯程度ならまだまだ余裕で食べられる。


「じゃあ……ここで一緒に食べてくれるのって……私のために……?」

「まあ、そういう面もある」


 俺がサンドイッチを置いていった時の咲は寂しそうな目をしていたからな。

 しばらくしたら俺はまた店へ戻らないといけないが、食事時くらいは一緒にいてあげられるだろう。


「ありがとう……」

「別にお礼を言われるほどのことじゃないさ。それじゃあいただきます」

「いただきます……」


 そして俺達は食事を開始した。

 俺は多少熱くてもお構い無しにかきこんで食べるが、咲はスプーンでお粥をすくい、「ふー」と息を吹きかけてからゆっくりと口に含んでいた。


「このお粥……美味しいね……これも鋼くんの言ってた……気の良い店主さんが……?」

「あーいや、これは俺が厨房を借りて作った」

「え……鋼くんが……これを……?」


 俺の答えを聞くと咲は驚いたといった様子で俺とお粥を交互に見始めた。


 そういえば誰が作ったとは言ってなかったな。

 俺が料理を作れるとは思わなかったんだろう。


「これも私のために……?」

「食べやすいかと思って作ったっていうのはあるな」


 咲が不調じゃなければわざわざお粥を作ろうとは思わなかったわけだから、確かに彼女のためと言える。


「ありがとう……鋼くん……私なんかのために……」

「…………」


 どうも体が弱っているせいか心も弱っていたらしい。

 こんなことはそこまで感謝するものでもないだろうに。


「だから別にいいって。それより冷めないうちに早く食べてくれ」

「うん……わかった……」


 咲は軽く頷くと、その後お粥を一口一口味わうようにして食べていった。

 何度も感謝されるのは居心地が悪いが、美味しいといった様子で口を動かしている咲を見ていると、俺も作って良かったという気になってくる。


 こうして俺達は小鍋の中にあったお粥を全て平らげた。


「ごちそうさまでした……」

「お粗末さまでした」


 咲が手をあわせて小さく呟いたのを見て、俺も軽く返事をする。


「さてと……それじゃあまた仕事に戻るか」


 そして俺は中身が空になった小鍋や皿、それに朝持ってきたバスケットを持って立ち上がる。

 本当はもう少しゆっくりしていきたいところだが、咲の食事ペースに合わせていたら結構時間が経ってしまったので、そろそろ店の方に戻らないとまずいだろう。


「夜になったら日払いで給料が入ってくるから、ここへ帰ってくる時は毛布とかも買ってくる」


 ここは夜になると相当寒いからな。

 あまりここにも長居をするつもりは無いが、咲の調子を考えるとあったほうがいいだろう。


 あの施設からそれなりに距離をとることができただろうが、いつ追っ手がここまで捜索に来るかわからない。

 だから俺達はより遠くへ逃げたほうが良い。


 しかしそれは少なくとも咲の調子が完全に復帰し、しばらくの間飢えずにだけの金銭を得てからだ。

 俺は扉の方へと足を向ける。


「……そういえば、あれは一体なんなんだ?」

「……?」


 俺はドアノブに手を伸ばしかけたところでふと思い出し、部屋の中心にある剣へと目を向けた。


 床に突き刺されたその剣は、なんというかシュールだ。

 インテリアにしても違和感アリアリな代物だ。


「ああ……あれは……剣の人がそうしろって……」

「剣の人? まさかここに誰か来たのか?」


 だとしたらすぐに場所を変える必要性があるかもしれない。

 あまり俺達の居場所を他人に知られたくはないからな。


「ううん……違う……なんて言えばいいのかな……人じゃなくて……あの剣の……精霊さん?……がああしろって言ったの……」

「せ、精霊さん?」

「うん……剣に触ったら聞こえてきたの……」


 おいおい。

 本当に大丈夫なのか咲は。

 もしかして熱があるんじゃないのか?


「夜にまた来るって言ってたから……その時鋼くんも……話してみると……いいと思うよ……」

「夜……か」


 なんだかよくわからないが、そういうことなら詳しくは夜にまた聞いてみよう。

 どうやらここに誰か来たというわけでは無いようだからな。


「わかった。詳しくはまた夜に聞かせてくれ」

「うん……」


 夜になれば咲の調子も良くなるかもしれないしな。

 今話し続けるのは彼女にとってしんどそうだ。


「じゃあいってくる」

「いってらっしゃい……」



 そして俺は微妙な引っ掛かりを覚えながらも店へと戻っていった。

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