表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/4

Turn2:未知のドローと最悪のエンカウント②

 息をするのすら忘れるほどの、圧倒的なプレッシャーだった。

 茂みの隙間から見えたのは、馬車の残骸と、へたり込む少女。そして彼女を見下ろすように立ちはだかる、漆黒の巨大な竜だった。


 純粋な「暴力」と「恐怖」を体現したような、完全なるドラゴン。

 その全身を覆う硬質な鱗には、禍々しい黒の紋様クレストが脈打つように浮かび上がり、呼吸をするたびに周囲の草木が熱と瘴気で枯れ果てていく。


(……さっきのゴブリンなんて比じゃない……どうにかなるのか? それより、そもそも俺のステータスってどうなってるんだ?)

 俺は木陰に身を隠しながら、冷や汗でベタつく手でシステムウィンドウを展開し、自身のステータス画面を呼び出した。



【紅羽 紙人】

生命力:8

筋力 :6

敏捷 :7

魔力 :150

職業:〈カード使い〉

スキル:〈解析〉



「……はぁ!? なんだこれ!」

 思わず声が出そうになり、慌てて口を塞ぐ。

 いくらカードを使うための「魔力」が高くても、他の数値が完全にただの現代日本の高校生(インドア派)じゃないか。異世界転移の定番である「肉体的なチート補正」は一切ないらしい。あの竜の丸太のような尻尾がかすっただけでも、俺の「生命力8」など即座に消し飛び、文字通りミンチになるとしか思えない。

 絶望的な気分で画面を睨みつけると、スキルの欄に〈解析〉という文字があることに気がついた。


 薬草をカード化した時に自動発動したあの能力だ。対象に向かって意図的に使えば、何か別の効果があるかもしれない。

 俺は一縷の望みをかけ、隙間から見える竜に向けて〈解析〉を念じてみた。



【対象を認識――〈解析〉を開始します】

【Target:黒紋竜】

【Analysis Rate:0.1% ... 0.2% ...】



 視界の端に、敵のステータスウィンドウらしきものが不完全な状態でポップアップした。



・種族:純竜族

・脅威度:???

・特記事項:極めて高い物理耐性および――(解析中)



「……は? これだけか?」

 ゲージは0.2%から信じられないほど遅いスピードでしか進まない。

 冗談じゃない。リアルタイムで命のやり取りをする戦闘中に、敵のステータスをチンタラ調べるためだけの能力? しかも時間ばかりかかって肝心な部分は見えない。控えめに言って、ただの「ゴミスキル」だ。

俺が理不尽なシステムに歯噛みしたその時だった。


「あ、あぁ……っ」

 恐怖で腰を抜かした少女が、悲鳴すら上げられず後ずさった瞬間、黒紋竜が煩わしそうにその巨大な前脚を振り上げた。

 獲物を潰す。ただそれだけの、無慈悲な動作。


「クソったれ――っ、行くしかないっ!!」

 理屈より先に声が出た。俺は手札から〈黒狩の猟犬〉のカードを空中に放り投げ、召喚の意志を込める。

 俺の体内から何かがごっそりと引き抜かれ、漆黒の靄の中から二メートルを超える猛犬が飛び出した。


『グルルォォォォッ!!』

 黒狩の猟犬は一直線に黒紋竜へと肉薄し、振り下ろされようとしていた剛腕に鋭い牙を立てた。

ガァンッ という、鐘を叩いたような硬質な音が森に響き渡る。


 駄目だ。猟犬の牙が、黒紋竜の硬い鱗の表面を滑り、傷一つつけられない。


『……?』

 不快な羽虫を見るような目で、黒紋竜が猟犬を見下ろす。

 猟犬はその俊敏さを活かし、黒紋竜が繰り出す顎門や尻尾の薙ぎ払いを紙一重で回避しながら、幾度となく牙と爪を立てる。


 だが、その健闘は数十秒で終わった。黒紋竜が猟犬の異常な動きに完全に「慣れた」のだ。


 回避の先着点。そこへ置きにいくような、黒紋竜の無造作な剛爪。


「キャンッ……!!」

 たった一撃。猟犬の巨体がボールのように吹き飛ばされ、太い木の幹をへし折りながら光の粒子となって霧散した。


 先程まで頼もしかったクリーチャーが、まるで紙切れのように蹂躙される。それが、この異世界における「現実」だった。粒子はカードの姿へと戻り、ふわりと俺の手元へと帰還する。


(一撃、だと……!? 冗談キツいぜ……)

 心臓が早鐘のように打ち鳴らされる。逃げ出したい本能を必死に押さえつけながら戦慄する俺に向かって、黒紋竜がゆっくりと首を巡らせた。


 その濁った金色の双眸と視線が交差した瞬間、直接脳髄を撫でられるような、地鳴りのごときおぞましい声が響いた。


『――この世界の者ではないな』

 声帯を震わせたのではない。圧倒的な上位存在による思念伝達テレパシーだ。


「……喋った、のか?」


『その手に握る不可解な紙片。そこから立ち昇る理を外れた魔力律……よもや、忌まわしき〈異端の魔女〉の系譜か?』


「魔女……? 何の事だ、俺はただの——」


『問うまでもない。ヤツと同じ匂いがする。世界の理を歪める、災厄の先触れよ』


 黒紋竜の全身から放たれる「死」の気圧が爆発的に膨れ上がった。空気が物理的に重くなり、内臓が押し潰されそうになるほどのプレッシャー。


「ヒッ……」と短い悲鳴を漏らし、耐えきれなくなった少女が白目を剥いて気を失い、その場に崩れ落ちた。


『二度と目覚めぬよう、我が業火で灰に還してくれよう──』

 問答無用。こちらの言葉など、路傍の石の戯言としか思っていない。


「ふざけんな、誰が災厄だ!  こちとら巻き込まれただけの一般人だっつーの!」

 震える足に鞭を打ち、悪態をつきながら俺は残りの手札を睨みつけ、空中にその詳細なテキストを呼び出した。


 恐怖で視界が揺れる。だが、死の淵に立たされたことで、俺の中の「ゲーマー」としての冷徹な部分が急速に覚醒していくのを感じていた。



〈無元〉

レアリティ:UR

コスト:魔力 50

効果:対象の事象、または攻撃を一つ完全に無効化し、消滅させる。



〈形而下歩法〉

レアリティ:R

コスト:魔力 30

効果:対象の肉体に一時的な身体強化を付与し、極限の俊敏性と歩法を可能にする。



(俺の最大魔力は150。黒狩の猟犬はコスト30だった。最初の召喚とさっきの召喚で計60使ったから、残りは90。この二枚を使えば合計80消費して、残る魔力はたったの『10』だ)


 絶対防御であろう〈無元〉で致命の一撃を凌ぎ、神速の退避を可能にする〈形而下歩法〉で少女を連れて離脱する。理論上は完璧に思える。


 だが、あの竜を相手に背中を見せて逃げ切れる保証はない。圧倒的なステータス差を前に、安全に逃げるための「強烈な隙」を作る、あともう一手のアタッカーが絶対に必要だ。しかも、残されたリソースはわずか10しかない。


 「詰み」に近い盤面。だが、ここは現実だ。投了のボタンはない。


 どうする。どうやってこの盤面をひっくり返す。

 脳髄が焼き切れるほど思考を加速させたその時、脳内にあの無機質なシステム音声が鳴り響いた。



【対象の戦闘データを一部収集。〈解析〉によるカード化可能リストを表示します】

▶ 【黒竜の鱗】(物質・防具)

▶ 【黒竜の黒爪】(物質・武器)- コスト:魔力 10



「……っ!?」

 視界の端にあった解析ゲージ進んでいた。

 恐らく、さっきまで猟犬が戦闘していたおかげで、解析率が上がったんだ。


 そうか、この〈解析〉って能力は、チンタラした鑑定魔法なんかじゃない。対象の「一部」を抉り出し、直接自分の手札カードとして抽出する、チート級の略奪スキルなんだ。


 それに、武器として抽出される【黒爪】のコストは、奇跡のように俺の残り魔力と完全に一致する『10』。

 恐怖に歪んでいた俺の口角が、自然と吊り上がる。これなら、生き残れる。

「……図らずも俺の計算通りだぜ。抽出ドロー!!」

 俺は迷わず空中のホログラムを叩いた。

 手元に二枚の真新しいカードが実体化する。その直後、黒紋竜が俺という「異物」を排除すべく、大木のような太い尻尾を鞭のように振るい、薙ぎ払ってきた。


 直撃すれば俺の貧弱なステータスなど塵一つ残らない。


「――っ、〈無元〉!!」

 俺は黒いカードを前にかざした。

 俺の中の魔力とやらがごっそりと持っていかれるような激痛が走る。だが、カードから展開された漆黒の球状結界は、黒紋竜の絶死の薙ぎ払いを文字通り「無」へと変換し、完全に飲み込んで消失させた。


『ナニ……? 我の一撃が、消えた……?』

 絶対の自信を持っていた攻撃を初見で無効化され、黒紋竜が初めて驚愕の念を見せた。その巨体が、ほんのコンマ数秒、完全に硬直する。

その致命的な「ミス」を、TCGプレイヤーが見逃すはずがない。


「俺は手札から装備カード発動、顕現せよ! 〈黒爪〉!!」

 抽出したばかりのカードを起動する。リソースである魔力10が吸い取られ、次のカードの使用で俺の魔力は完全に底をつく。頼むから底を着くと同時に気絶なんてみたいなのは止してくれよ……!


 直後、俺の右腕を覆うように、黒紋竜自身のものと全く同じ、禍々しい漆黒の剛爪がホログラムのように顕現した。

 俺は渾身の力を込め、無防備な黒紋竜の鱗の隙間――首元の逆鱗めがけて、その剛爪を振り抜いた。


「ガァァァァァッ!?」

 硬質な鱗が砕け、ドス黒い血が間欠泉のように噴き出す。

 己自身の「爪」で切り裂かれるというあり得ない事象に、黒紋竜が信じられないといった顔で苦痛と混乱の咆哮を上げた。


『貴様ァァァッ!!  許さん、許さんぞ異端の眷属ゥゥッ!!』

 激昂した黒紋竜の口腔に、圧倒的な熱量が収束していく。熱息ブレスの予備動作だ。まともに食らえば森ごと灰にされる。

 だが、その時にはすでに、俺は倒れた少女の体を背中に担ぎ上げていた。


「文句なら魔女とやらに言え! 起動、〈形而下歩法〉ッ!!」

 魔力の完全枯渇。ついに視界が赤黒く明滅し、自我の境界が曖昧になりかけるほどの激しい眩暈が俺を襲う。

 だが、カードの効果は絶対だった。

 俺の貧弱な肉体は物理法則を無視した超人的な脚力を得て、縮地のごとく景色を置き去りにする。

 直後、背後で太陽が落ちたかのような爆発と熱波が吹き荒れたが、俺と少女はすでにその破壊の範囲外へと脱出していた。



     ◇



 肺から血の味がする。

 足の感覚はとうに消え失せていた。〈形而下歩法〉の効果が切れ、背中の少女の重みがズシリと圧しかかる。

 限界を超えたリソースの消費が、俺の体力を致死量ギリギリまで削り取っていた。


 夜の森を抜け出した先。

 遠くのほうに、オレンジ色の松明のような灯りがいくつも揺れているのが見えた。高い防壁に囲まれた、街の輪郭。


「……着い、た……のか?」

 安堵した瞬間、プツリと、体を動かしていた見えない糸が切れた。


 地面に倒れ込む。視界が急速に暗転していく。

 朦朧とする意識の底で、ドタドタと土を蹴る馬の蹄の音と、「さっきの爆発はなんだ!? まさか、災厄の竜が目覚めたのか!?」「待て! おい、誰か倒れているぞ!」「この少女はまさか……!」と騒ぎ立てる人々の声が聞こえた。


 それを最後に、俺は完全に意識の闇へと沈んでいった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ