宮さんはお疲れ気味。
とりあえずクラスへの事情説明は諦めた感じです。宮さんは生徒指導が主業務なので、学年主任は受けてません。でも、栗田先生もご災難ですね。危険な父兄の方もいらっしゃるし。
もう20年は前になるだろうか。あの頃、大学に入って教育課程に進み、教育実習を地元の男子校にて行い、当時荒れていた学生たちに甘い顔も見せられないと多少覚えのあった拳も使って生徒たちに正面からあたることとし、初めて赴任したのが今と同じ舞沢高校。そこで出会ってしまったのが、凶悪なほどの腕力と冷たい目を持ったオオカミ少年。そしてそれを真剣な目で補佐していたちょっとふくよか目なそれでも美しいと言える少女。クラス委員をしていたのが、忘れもしない、真面目で律儀で何事にも真剣な謙信神社の巫女姫と呼ばれた生徒、犬神聖歌である。あいつには自分の甘い部分は見せられなかった。授業内容についても、生徒への対応についても、色々なことを教わったと思う。一生徒ではあったが、生徒というものが、そして教師というものがどう向き合い、どう生活を送っていくべきかを、いつも真剣に考えていた。反発があったことは無いが、逆にそれが怖かった。こいつに見捨てられたら教師としては失格なのだと思わされた。生徒が学生生活を万全にこなすためには、教師も万全の教育を、そして生徒指導を正しく、間違いなく行うことが重要なのである。その加減は難しい。いい塩梅というのは本当に難しい。でも無言で黙々と自分のやるべきことを誰に誇るでも無く行える、自分の命さえかけてもいいという覚悟をもって学生生活と、自分の実家である謙信神社の巫女業を両立させるその姿は、実に見事というよりなかった。学業優秀、品行方正、運動万能その上あのような素上の判らない同年代のアウトローを導いてゆく。あの、歌音たち二人も聖歌あってこそこの地で生きられたのだろう。まさかメイの奴とくっつくとまでは予想外だったが。どのような顛末があったかは知らない。気がついた時には歌音もメイも舞沢高校の生徒になっており、準備も生活もすべて謙信神社が行っていた。他の教師たちは、それもむべなるかな、と古くからの神社の意向を汲むことに依存とてなく、生活指導を任せられるようになったオレも、それから数年後、大学を出て結婚までしていたやつらを、祝福こそすれ緊張感は保ったままで、教師としてふるまってやることを胸に誓い、教師として恥ずかしくないよう今日まで生活してきたつもりだ。教師生活20余年、それだけがオレの誇りだ。・・・・・・だがなぁ。だが、そのアウトローどもの一端が、歌音の奴が、う、うっ、頭痛がしてきた。
「こらぁ、一組、馬鹿騒ぎはやめろぉ!歌音、保護者がなんでここにいる?都ぉ、お前生徒会員だろう。ハチ公、お前もだ。ソリス・・・だったか、お前も馬鹿殿に感化されるんじゃないぞ。今日が初登校だからといって、特別扱いは出来ないからな!」
ソリス(と紹介された)という娘は、驚いたような顔をしながらも、
「ハイ、宮先生、大変失礼いたしました。皆さん、先生がお困りです。静かにいたしましょう。」
と、丁寧に詫びてくれた。都も、そこはさすが生徒会長代理だ。オレに会釈をすると、生徒たちの方に向き直り何か訓示を始めている。問題は・・・
「宮さん、いいじゃない。今日は無礼講でしょ。」
歌音、こいつは聖歌と同じ謙信神社の巫女だろう。どうしてあんな風にできないんだ?年甲斐もなく。
「宮さん、元生徒に対して年甲斐もなく、なんて思ってないよね。そんなだったら謙信神社として厳重に抗議します!」
はぁ。まあこいつは昔から聖歌がいないところではこんな感じだ。
それよりなあ、
「こら、ハチ公、他人の振りして明後日の方見てるんじゃねえ。おい、聞いてんのか?ハチ、ハチよう。シャンとせい。」
英斗の奴、何だか疲れた顔してるなあ。さっきまでの馬鹿騒ぎを思えば、さっきの留学生のやりようを見れば、英斗ではこんなものか。経験が足りん。後でオレも喝を入れてやろう。
ソラちゃんの一撃で目を回した僕が気がついたのは、保健室のベッドの中で、ソラちゃんがベッド脇に腰かけて、心配そうに僕の顔を覗き込んでいた。
「ソラちゃん、僕・・・。」
ソラちゃんがむっとしている。
「ソラ姫、私めはどのくらい眠っていたのでしょうか?」
ソラちゃんはにっこりしながら答えてくれた。
「そんなに経ってないわよ。10分くらい。ごめんなさいね、私、混乱してて。体、大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ。メイ君のぶちかましに比べたらあのくらい。って、あれ、どうしたの?」
そう聞くと、ソラちゃんの代わりに答える人の声がした。
「私じゃない人の話はしてほしくないな。ソリス、寂しくなっちゃう。」
「なに変な声マネしてるんですか、歌音さん。あんな所で他人をはめて。」
年甲斐もなく、と続けようとしたけど身の危険を感じて止めた。
「あら、ソラ姫様。顔真っ赤にしちゃって可愛いわね。照れるのもいいけどはっちゃんが気がついたのなら、ホームルームに急ぎましょう。」
そうだ。今日の登校の目的はソラちゃんだ。まずはクラスメイトにソラちゃんの紹介だ。
「あのう・・・」
だけどソラちゃんはかぶりを振ってうつ向いてしまった。
「何よ、歌音のばか。みんなにどんな顔して会えばいいかわからない。恥ずかしすぎるわよ。」
「何かまととぶってるの?英斗君に抱きついておいて。さ、観念して行くわよ。」
我関せずといった感じで僕らを促す歌音さん。でもあれ、歌音さん、部外者ですよねえ、って今更か。僕等は保健室を出て歌音さんに引き連れられるようにして、2年1組の教室に向かった。
教室に入るとすぐに、みんなの視線が僕らに集中するのが解った。メイ君たちは凄いな、いつもこんな視線を浴びてたんだ、クラス委員も務める都さんが最初に声を掛けてきた。
「あら、英斗君、無事だったのね。良かった。それにしても歌音さん、なにしに来てるんですか?あなたは父兄で、一応部外者ですよね?」
「あらあら都ちゃん、冷たいわ。さっき一緒にソラ姫を飾り立てた仲じゃない。仲間外れはないと思うの。ねえ、クラスのみんな。」
たちまち上がる賛同の声。判ってはいたし前々から思っていたけれど、この学校、ノリ良すぎ。
「あ、みんなお早う。遅れちゃったけど僕は元気だよ。えと、判ってるかもだけど今日からここに転校してくることになった・・・。」
僕に皆までぃわせることなく、目を血走らせたクラスメイトの質問攻めが始まった。え、ほら、みんな、どうどう。歌音さん、都さんも止めて下さいよぅ。春からこのクラスの担任を任された学年主任の栗田先生が、頭を抱えておろおろしている。せんせえ~、助けてよ。
こんな、クラスの馬鹿騒ぎは隣の2組の担任たる宮さんの乱入があるまで続いたのであった。ちゃんちゃん。
何か別の話と混同している気が。再度検討しよう。でも、これで、時間が進められる。




