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第14話:境界線突破(バイパス):リソース・デバッガー

結局、困った時は拳で

「本当に行くんですか?」


「カイルさん……! 無事、帰ってきてくださいね!」


「あんたが死んだら、この宿場の酒が不味くなる。生きて酒を奢らせてくださいよ!」


前線基地のゲート。

若手兵士たちが、まるで二度と会えない英雄を送り出すかのような悲壮な声を張り上げ、カイルの背中を叩く。……お決まりの、最高に「生存フラグ(致死量)」の濃い見送りだ。


カイルはといえば、いつものように「ああ、任せとけって。酒の準備、しとけよ?」と、英雄フロントエンドかおで快活に笑ってみせる。


だが、その数歩後ろ。

ルーカスは、手元の端末チェックリストを淡々とスクロールしながら、一瞥もくれずに歩き出した。


(……ラグ(時間の無駄)ですね)


彼らの「情念」も「友情」も、この後の攻略(RTA)には1bitも寄与しない。

ルーカスが気にしているのは、兵士たちの涙ではなく、太陽の高度と、馬車の「再起動リロード」までにかかった正確なロスタイムだけだ。


「……あはは、カイルさんは本当に人気者ですね。さて、感傷のパケット交換(お別れ)が済んだなら、行きましょうか。……予定より三秒、遅れています」


「三秒って……おい、ルーカス! 厳しいな!」


カイルが苦笑しながら追いすがってくる。その後ろを、重い足取りのゼノと、マイペースなガラムが続く。


「……あ、ゼノさん。入山前に『対竜アンチ・ドラゴン』の遮蔽幕シールド展開デプロイしておいてくださいね。……侵入者に、山が少し不機嫌になっているようですから。少しは竜の鼻を誤魔化せるでしょう」


ルーカスが琥珀の瞳を山頂へ向ける。

朝日を浴びる春の山。……なのに、そこには生物の「気配ノイズ」が一切存在しなかった。



山道を進むにつれ、その異常性は顕著になった。

芽吹いたばかりの柔らかな新緑が揺れ、澄んだ空気が肺を洗う。春の山としてのグラフィックは完璧だ。

だが、羽音一つしない。鳥のさえずりも、枯れ葉を踏む小動物の音も、一切がデリートされたかのように消えている。


「……静かすぎねぇか。春だぞ? 普通、竜の騒ぎが落ち着けば、動物は戻ってくるもんだろ」


カイルが、抜いた剣を肩に預けながら、不気味そうに周囲を見渡す。


「……通常の個体ならな。だが、こいつは異常だ」


ゼノが杖を握りしめ、レンズの奥の目を細める。


「……ギルドに記録されていた『竜の周期』とも一致しない。……まるで、山そのものが息を止めているようだ」


「あはは。そうでしょうね。……この個体、縄張り争いに負けて逃げてきた『敗北者(負け犬)』ですから」


「……負け犬?」


カイルが眉をひそめる。


「ええ。各国が把握モニタリングしている『名ありの個体群』の所在データと、この個体の波長は1bitも一致しません。……つまり、正規の縄張りから弾き出された、素性の知れない野良(浮浪個体)だということです」


ルーカスは、手元の資料チェックリストを眺めながら、淡々と「異常」を列挙していく。


「そもそも、鉄鉱山なんて竜にとっては魅力的なリソースではありませんよ。……人の出入りが激しく、騒音も多い。……そんなに金属を食らいたいなら、警備の薄い王国の地方宝物庫をハッキング(強奪)する方が、期待値コスパはよほど高い。……なのに、あえてここに居座っている」


「……言われてみれば、そうだな」


ゼノが頷く。


「……騎士団が苦戦しているのも、その異常性のせいです。……通常、竜への対処は『追い払い(リジェクト)』が基本ですが、こいつには通じない。……生存本能プログラムが壊れているんです。……傷を癒やすため、あるいは負け犬を返上するために、何か過剰な負荷オーバークロックを自分に強いている……」


「……過剰な、負荷オーバークロック?」


カイルが、聞き慣れない単語に眉を寄せる。


「騎士団の報告書を、来る途中の馬車でシュレッダー(酷評)しましたが……彼らの戦術案、前提条件(竜の生態)が古すぎて、見てるだけで目が腐りそうでしたよ。……ね? ゼノさん。煙玉、肉、騒音……スマートじゃない」


ルーカスは手元から目を離すと、坑道の奥を見据えて琥珀の瞳を細めた。


「そもそも、追い払う(リジェクト)なら、圧倒的な戦力差を見せつけるか、適切な『誘導先(アーカイブ先)』を提示しなければならない。まぁ、通常個体なら隣町への引っ越しくらいはできたでしょうね。……なのに、騎士団が失敗し続けているのは、この個体が生存本能ロジックを無視しているからです」


「無視……?」


「ええ。鳴き声のデータを解析した識者アーカイブの記録によれば、あれは『苦痛』の旋律ですよ。……『歓喜』でも『威嚇』でもない。……通常、手負いの竜であれば、癒やしを求めて霊山や聖地を目指す(リブートする)はずなんです。……なのに、不味い鉄を喰らいながら、この不潔な穴蔵に居座っている」


「鉄なんて喰らうか? 竜なら……あ」


カイルが、坑道の奥から響く「ガリガリ」という、およそ生物の咀嚼音とは思えない金属音に顔を強張らせる。


「そう。鉄じゃないでしょうね。おそらく、摂取ロードしているのは魔銀ミスリル


ルーカスは、広場に転がった壊れた手押し車を、冷ややかな目で見下ろした。


「……思ったより人的被害が出ていないのは、こいつが好戦的で強者を好むというわけではなく……単に『食事マイニング』に忙しすぎて、羽虫(人間)を相手にするリソースが残っていないだけでしょう。……あはは、滑稽だなぁ。……負け犬の分際で、自分を焼き切るような負荷をかけてまで、何に成り代わろうとしているんですかね?」


「……変態メタモルフォーゼ、か」


カイルが、不気味なものを吐き捨てるように呟いた。


「ええ。記録アーカイブによれば、極めて稀に環境適応のために姿を変える亜種のデータはありますが……誇り高き竜が、自ら異物を喰らってまで変態を望むなんて、本来はあり得ない。……もはや竜としてのプログラムを捨て、自分を『上位の何か』に書き換えようとしているバグですよ」


ルーカスは、手元の端末チェックリストを閉じ、空を仰ぐ。


「……身の程知らずですね。……そんなに変わりたいなら、僕が望み通り『物言わぬ記録アーカイブ』に変えてあげましょう。……ははっ、最高にスマートなデリート作業になりそうです」


ルーカスが乾いた笑い声をこぼした。

その無機質な殺意に、カイルが思わず一歩引いた。


「……おい、ルーカス。……ここが魔銀ミスリル鉱山なんて話、俺は聞いたことねぇぞ」


「おそらく深層にあったんでしょうね。鉄の採掘が進むにつれて露出してきたのか……あるいは、あの竜が自力で掘り当てた(スキャンした)か」


「……これ、竜を追い払っても別の問題が起きねぇか? この山は国境に跨ってんだぞ。魔銀が出るなんて公になったら、隣国が黙っちゃいねぇ」


カイルの懸念はもっともだ。資源リソースを巡る争いは、竜の被害よりも長く、不潔な血を流させることになる。


「じゃあ、なおさら。追い払いで終わりにするわけにはいきませんね」


ルーカスは、事も無げに腰のポーチ(牙の予備)を確かめた。


「英雄談が必要マストですよ。……王国に雇われたAランク冒険者が、狂った竜を完全に消去デリートし、この山の安全を確保した……という、疑いようのない完璧な『記録』。それが、隣国の介入を弾く最強のファイアウォールになりますから」


ルーカスはこともなげに言った。


「……あはは! 心配しなくても、カイルさんの名前は歴史に刻んであげますよ。……利権の分配(リソース配分)は、僕がスマートに処理パッチしておきますから」


ルーカスは、広場の中央に立つと、懐から古びた地図を取り出し、周囲の地形と照らし合わせた。


「……さて。地図ソース現況ログに、大きな齟齬はないようですね。……ここから先が、デリート対象の作業領域テリトリーです」


「……魔銀、か。硬くて不味そうだな」


不意に、今まで会話に加わらなかったガラムが腰の斧を確かめながら、独り言のように言った。


「……俺の田舎の春は、もっとうるさかった。……鳥が騒ぐし、山菜は柔らかいしな。……妻がよく、鳥の声がうるさくて眠れないってぼやきながら、摘んできた山菜を天ぷらにしてくれたよ」


鉄の錆びた匂いと、竜の放つ禍々しい威圧感が漂う広場で、ガラムだけが「家庭の味」という、最高に場違いで暖かなリソースを口にする。


「……ガラム、お前……こんな時に嫁さんの天ぷらの話かよ」


カイルが、毒気を抜かれたように肩を落とした。ゼノにいたっては、その「既婚者の余裕」が放つ眩しさに、自分の「奥手(未実装)」な人生を突きつけられたかのような顔をして、黙り込む。

ルーカスだけが、琥珀の瞳でその光景を事務的に眺めていた。


「……あはは。いいですね、ガラムさん。……その天ぷらをまた食べるためにも、効率よく『作業』を終わらせましょう。……さて、ゼノさん。……広場の奥、あの坑道から漏れ出している『ノイズ』……ターゲット・ロック、いけますか?」


ルーカスの指差す先。

暗い坑道の奥から、魔銀ミスリルを噛み砕く、不快な金属音――「生物のバグ」が鳴り響いていた。



坑道の奥へ進むほど、現地の不気味さは悪化していった。

竜の放つ禍々しい魔圧ノイズに当てられ、異常発達した大蜘蛛や、元は大人しいはずの穴掘り鼠が、血走った眼で襲いかかってくる。


「……はぁ、はぁ! なんだか知らねえが、今日の俺たちは冴えてるぜ! 魔獣の動きが全部読める!」


返り血を拭いながら、カイルが快感を叫ぶ。

大蜘蛛の牙が届く寸前、なぜか足元が不自然に滑り、カイルの剣が吸い込まれるようにその急所を貫いた。……彼が「読み切った」と思っている魔獣の挙動は、すべてルーカスが影から魔力糸で姿勢を崩し、あるいは絶妙なタイミングで小石を投げて誘導した結果だとも知らずに。


「ええ、皆さんの連携が完璧フルシンクロだからですよ。……あはは、カイルさんの剣筋、まるで未来を予見プレデバッグしているかのようですね」


ルーカスは、返り血一つ浴びない位置で、聖者のような微笑を浮かべて拍手を送る。

ゼノは、ルーカスの指先が微かに動くたびに魔獣が自壊していく「異常」に気づき、青い顔で杖を握り直した。


(……この男、カイルを『勝たせて』いるのか……? 糸を引く操り人形のように……)


「……さて。雑魚ノイズの掃除は、このあたりで十分でしょう。……さあ、次の角を曲がれば、この鉱山の『最大のエラー』です」


ルーカスが事務的に告げた、その瞬間。

鉱山全体を物理的に震わせる、地底から這い上がるような重低音の咆哮が響き渡った。


「――グゥォォォォォォォォォ!!」


空気がビリビリと震え、カイルたちの「英雄ごっこ」という名の高揚感が、一瞬で「死の予感」へと上書き(オーバーライト)される。


肌を焼くような魔力の圧。


坑道の奥、魔銀ミスリルが不自然に結晶化した壁を背に、その「バグ」は鎮座していた。

全身の鱗が、歪な銀色に硬化アップデートし、剥き出しの牙からは不浄な蒸気が漏れ出している。

それは、もはや「竜」という種族の美しさを失った、執念と拒絶の塊。


「……さぁ、ようやくログインできましたね」


ルーカスは、怯えるカイルを追い越して一歩前へ出た。


「……さて。その醜い『変態』の続きは、アーカイブの中だけでお願いしますね?ゼノさん、バフ(最大出力)をお願いします。……カイルさん、これを使ってください」


坑道の最奥、禍々しい金属音が響く「作業領域テリトリー」を前に、ルーカスが懐から一本の短剣を差し出した。

鞘から引き抜かれたその刃は、鈍い銀色の光を放ち、周囲の魔力を吸い込むように微震している。


「うおっ……!? すげえのもってんな、ルーカス! これ、純ミスリル(魔銀)か……!?」


カイルが、その重厚な魔力伝導率に目を剥く。Aランク冒険者でも滅多にお目にかかれない、最高級の「牙」だ。


「ほぼ、ミスリルです。あはは、カイルさんのツケ(資産運用)で。……あ、ちゃんと後で『返して』くださいね?」


「ツケ!? ……あ、ああ! わかったよ、竜をぶち殺して、報酬で返しゃいいんだろ!」


カイルが景気よく笑い、短剣を逆手に構える。

その純粋な「勘違い」を、ルーカスは聖者のような微笑で受理アクセプトした。

彼が「返して」と言っているのは、武器そのものではなく、その「時価」相当の利権スコアであることなど、今のカイルには知る由もない。


「ええ、期待していますよ。……さあ、ログインしましょう。ガラムさん、正面を抑えて、カイルさん、喉元(ノイズの根源)へ!」


ルーカスの鋭い指示が飛ぶ。

ゼノが悲鳴のような詠唱で魔力を注ぎ込み、ガラムが地響きを立てて斧を構え、カイルが眩い剣光を纏って地を蹴った。完璧な「英雄譚シナリオ」のクライマックスだ。


だが。


「……っ、硬ぇ……!? 通らねえぞ、ルーカス!!」


カイルが渾身の力で叩き込んだミスリルの短刀が、竜の銀色の鱗に接触した瞬間、不快な金属音を立てて弾かれた。

魔銀ミスリルを喰らい、自身の構成プログラムを書き換えた竜の皮膚は、もはや同質の硬度では貫けない「絶対隔壁ファイアウォール」と化していた。


カイルが再度振り抜いた「ツケ」の短刀が、竜の銀鱗に接触した瞬間――。


キン、と。

この世の終わりのような、乾いた金属音が坑道に響き渡った。


「……は……?」


カイルの目が見開かれる。

最高級のミスリル刃が、まるで安物のガラス細工のように、竜の喉元で粉々に砕け散ったのだ。

変態メタモルフォーゼを遂げた竜の「魔銀化外殻」は、もはや既存の武具というインターフェースを一切受け付けない。


カイルの顔が絶望に染まる。

竜の巨大な顎が、動きの止まった「英雄」を噛み砕こうと迫る。


「……あはは。やっぱり。……『硬度』の計算、狂っちゃいましたね。そうか。……『不純物』を混ぜすぎたせいで、論理ロジック破綻ハングアップしているんです」


背後で、ルーカスが静かに溜息をついた。

絶望に固まるカイルの肩をルーカスがそっと押し退け、事務官の仮面を剥ぎ取るように、モノクルを外して懐に仕舞った。


「……カイルさん。貸した備品、壊しちゃいましたね? ……あ、いいですよ、弁償パッチは僕の体で直接ダイレクトに行いますから。みなさん、下がってください。スキャンを閉じておいた方がいいですよ。……あんまり、行儀のいい光景じゃありませんから」


一瞬。

ルーカスの足元から、現実を書き換えるような金色のノイズが走った。

異常な気配に竜の動きが止まる。



[TIME: 000000479044:0134:001] ALERT: PSEUDO_IMAGE_CORRUPTION

[TIME: 000000479044:0134:003] ACTION: ALL_MANA_CONCENTRATION

[TIME: 000000479044:0134:005] MODE: OFFENSIVE_SPECIALIZATION

[TIME: 000000479044:0134:008] WARNING: MP_INSUFFICIENT_FOR_SPELLS

[TIME: 000000479044:0134:010] STRATEGY: PHYSICAL_DELETION_ONLY



「……はぁ。最大魔力が下がってるせいで、スマートな魔術が組めないのは不便ですね。……ねぇ、ゼノさん、不格好で申し訳ない。 ……だから、こうするしかないんです」


ルーカスの右腕から、人間の皮が「剥落ログアウト」し、青白く鋭い鱗が芽吹く。

それは武器ではない。

竜を喰らうために最適化された、生物としての「デリート・コード」だ。


琥珀の瞳が縦に割れ、1bitの容赦もない「本物の捕食者」の殺意が爆ぜる。


「……ははっ。消えろよ、ニセモノ。俺が帝国竜(システム)のお手本だ」


一人称が「俺」へと切り替わった瞬間、ルーカスは物理法則を無視した加速で竜の懐へと潜り込んだ。


ミスリルの牙?

そんななまくらはいらない。

ルーカスは青白い鱗に覆われた自身の「爪」を直接、竜の喉元の隙間――鱗の継ぎ目へと突き立てた。


「――ガァァッ!?」


竜が悲鳴を上げる間も与えず、ルーカスはその喉仏を文字通り「手掴み」で引き抜き、自身の牙をその動脈へと突き立てた。

魔銀を帯びた竜の血が、ルーカスの喉を焼く。


(……ああ。不味い(バグだらけだ)。はやくリーゼの.....)



「――ッ、ガ……ァ……ッ!!」


竜の断末魔が、坑道の奥で歪に反響し、そして不自然なほど唐突に途絶えた。


静寂。

そこに響くのは、水に濡れた布を引きちぎるような、粘り気のある「ぶちぶち」という不快な音だけだ。


カイルは剣を握ったまま、ゼノは杖を掲げた姿勢のまま、そしてガラムは斧を構えたまま――三人は、網膜に焼き付いた光景を脳が処理レンダリングできず、ただの置物と化していた。


そこには、返り血でその端正な顔を汚し、人ではない熱を放つ捕食者の瞳を細めた「何か」が立っていた。


「……はぁ。……ちっ、肉体労働フィジカルは嫌いだ。……非効率すぎる」


不機嫌そうに吐き捨てたのは、いつもの丁寧な「僕」ではない。

ルーカスは、事も無げに右腕を竜の胸腔へと深々と突き刺すと、抵抗する肋骨をまとめて粉砕し、その「核心コア」へと指を掛けた。


生々しい肉の裂ける音と共に、彼が引きずり出したのは――。

魔銀ミスリルの光を帯び、ドクドクと不浄な熱を放つ、巨大な「ドラゴンハート」。


「……あぁ、不潔な色だ。……まぁ、リソースとしては特級それなり


ルーカスは、手の中の心臓を事務的に眺めると、それを無造作に懐のポーチ(アーカイブ)へと押し込んだ。


「――ッ、チッ」


静寂の中で、短く、鋭い「舌打ち」が響いた。

ルーカスは、返り血で黒ずんだ右腕を忌々しげに一瞥する。

人間の皮膚に戻ろうとする「鱗」が、過剰な魔力供給オーバーロードのせいで、パルス状に明滅しては元に戻る。

偽装パッチがうまく当たらない。


(……非効率だ。リソースを使いすぎたせいで、外装スキンの復旧に時間がかかる……)


剥き出しの殺意が、ゆっくりと「事務官」の仮面の下へと収まっていく。


「……あぁ、皆さん良くぞご無事で」


ルーカスが、血まみれの顔で「にっこり」と微笑む。

その瞬間、凍りついていたカイルの喉から、ようやく乾いた悲鳴が漏れ出した。


「……お疲れ様でした」


異様な光を放つ人外の瞳が、いまだに石像のように固まっている三人へと向けられる。


「……これで、鉱山の『不法占拠プロセス』は完全にデリート(排除)されましたね。……あ……素材回収、手伝ってくれませんか? 鱗一枚でもそれなりの値段リソースになるでしょう」


ルーカスは慈愛を湛えた笑みで首を傾げる。

だが、カイルとゼノは動けない。


さっきまで「弟分」として扱っていた男が、竜の心臓を素手で引き摺り出し、そして今、不完全な「化け物の腕」を晒しながら、いつもの声で「金の話」をしている……。

その認知の齟齬バグが、彼らの生存本能を完全にシャットダウンさせていた。


「……おう。ミスリルが混じってんなら、いい酒代になりそうだ」


唯一、ガラムだけが、返り血を拭いもせずに斧を背負い直した。

彼は震える若者二人を一瞥し、重い足取りで竜の死骸へと近づく。


「……手伝ってやるよ、ルーカス。……だが、その腕は早めに隠しとけ。……俺の田舎の妻に見せたら、腰を抜かして天ぷらが揚がらなくなるからな」


「……あはは。ガラムさんは、本当に『仕様メンタル』が頑丈ですね」


ルーカスは、不完全に鱗が残る右腕を袖で隠しながら、楽しそうに笑った。


「持てるだけ持って行きましょうか。……腐らない部位は、後でハミルトン様に『行政回収』させればいい。……カイルさん、皆さんはその大きな頭部ヘッドを持って帰ってください。……それが、皆さんの『英雄の証(武功)』という名のパケットになりますから」


「お、おい……いいのかよ? 倒したのはお前……」


「あはっ。僕が竜を倒したなんて、誰も信じませんよ。……僕はただの『運搬人ポーター』。……手柄は、優秀な冒険者の皆様が受け取ってください。……僕は、その『おこぼれ』で、ちょっとした権利アカウントを頂くだけですから」


ルーカスは、血に濡れた手元を事務的に拭うと、既に「次」の演算を開始していた。

竜の心臓と逆鱗。そして、英雄カイルという名の「偽装プロトコル」。

これらを王都へ持ち帰った時、ルーカスの「貴族位取得(RTA)」は、一気に最終段階ファイナル・フェーズへと突入する。


「お前は……一体、何者なんだ……?」


カイルの震える声が、静まり返った鉱山に響く。

ルーカスは、一瞬だけ動きを止め、悪戯が成功した子供のような……あるいは、全てを諦めた聖者のような、あまりに不潔で美しい笑みを浮かべた。


「ね、秘密ですよ。……実は僕、恋人を取り返しに来ただけなんです。それだけです」


「……え?」


「彼女を救うために、ちょっとした障害(侯爵や竜)を除去しただけ。……だから皆さんが『英雄』になってくれないと困るんです。僕が目立ちすぎると、彼女との静かな生活アーカイブが守れませんから」


ルーカスは、呆然とするカイルたちの肩を叩いた。


「……さあ、帰りましょう。……王都で、ハミルトン様が僕たちの『請求書(凱旋)』を待っていますよ」


ルーカスの声は、もはや坑道に入る前と変わらない、穏やかで事務的なトーンに戻っていた。

だが、その足元には、無残に解体された「変態バグ」の残骸と、魂を抜かれたように頭部を担ぐ「偽りの英雄」たちが続く。


カイルは、手に伝わる竜の頭の重みを感じるたびに、隣を歩く「弟分」の正体に戦慄し、そして同時に、彼が口にした「恋人のために世界を掃除した」という狂気に、言いようのない吐き気を覚えていた。


(……こいつは、聖者なんかじゃない。……自分の『領域』を汚すものを、ただ事務的に排除し続けているだけの、化け物そのものだ……)


坑道を出ると、春の冷気が、生臭い血の匂いをさらっていった。

遠くで、ようやく小鳥の声が一つ、システムの再起動リブートを知らせるように鳴り響く。


ルーカスは、眩しそうに目を細めると、王都の方角へと一歩を踏み出した。

その懐にある「竜の心臓」は、この王国のプロトコルを根底から書き換えるための、最強の「論理爆弾ロジックボム」として、静かに脈打っていた。

帝国公安委員会 聖遺物保全局監査官:「喋れない竜?アレと帝国竜は別種だ。交配は可能だがな」

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