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第13話:境界線突破(バイパス):竜の喉元への最短攻略(RTA)

使えるものはなんでも使いましょう。

「出発しましょう」


早朝の北門近く。

まだ薄暗い青に包まれた街道で、ルーカスは一際目を引く四頭立ての馬車を前に、手元のチェックリストを捲った。


「おい、ルーカス。……わざわざ馬車がいるのか?」


背後から、剣を背負ったカイルが呆れたような声を出す。その後ろには、まだ眠そうに眼鏡を拭くゼノと、無言で荷物を積み込むガラムの姿があった。


「要りますよ。荷物も多いですし」


「そうか?……ってか、それならむしろ荷物、少なくねぇか?煙玉とか、罠用土木道具とかいらねぇの?」


カイルが訝しげに荷台を覗き込む。

そこには最小限の食料と、予備の魔石とポーションなど雑品、そして謎の荷物の一群と、何故か、積み荷を固定するための強靭な鎖と空の木箱が整然と並んでいるだけだった。

カイルの想定では、鉱山までの往復と拠点作り、そして現地調査で、最低でも1ヶ月はかかる「長期戦」のつもりだったのだ。


ルーカスは、カイルの困惑を「事務的な微笑み」でスルーしながら、さらりと爆弾を投下した。


「ゼノさんと相談したんですが、馬に『加速と持久力の強制バフ』をかけようと思います」


「馬に!? ……おい、魔道師ゼノ、正気か? そんなの馬が潰れるだろ」


カイルがゼノに詰め寄るが、ゼノは疲弊した顔でルーカスから渡された「先行研究(資料)」を握りしめていた。


「……検討したが、不可能ではない。ただの持久力と筋力を底上げするだけだ。理論上、馬の心臓が止まる前に目的地へ滑り込める」


「馬車ならゼノさんの体力を移動中に温存スリープできますし、先行研究の資料は僕が用意しました。……ね? ゼノさん」


「……あぁ。君の持ってきた資料が、不気味なほど完璧だったせいでな。断る理由が消去されたよ」


ゼノの皮肉を、ルーカスは聖者のような微笑で受理アクセプトする。

カイルは「1ヶ月の旅」を想定し、ゼノは「命を削る加速」を覚悟し、ガラムは「飯」の心配をしている。


だが、ルーカス一人が見ているのは、「三日後には竜を殺し、この空の荷台ストレージ金塊リソースで埋め尽くして王都へログインする」という、最短攻略(RTA)のログだけだ。


「カイルさん、僕に計画も準備も任せてくれるって言ったじゃないですか。あ、ついでに運搬系の依頼と、ハミルトン様から伝令系の雑務も受けときました。これで僕らの移動は公務です」


「.....あ、そう」


(竜を『追っ払う』なんて、非効率なことは言わないでくださいね? ……ミスリルの牙を用意したんです。……一滴の血も、一欠片の鱗も、逃さず回収デリートさせていただきますから)


琥珀の瞳が、朝日を反射して1bitの殺意を爆ぜさせる。



「出発か? 早いな、カイル。なんだ、今回は王宮のお使いもあるのか」


北門の衛兵が、見慣れた顔に手を挙げて遮断機を回す。

馬車に掛けられた『王宮伝令証』が、鮮やかに光る。


カイルが「ああ、ちょっと急ぎでね」と笑って応じる、その刹那。


御者台のルーカスの視界に、無機質な文字列が爆発的に展開された。


[TIME: 000000356644:0222:002] ALERT: BORDER_CROSSING_DETECTED

[TIME: 000000356644:0222:003]ALERT: ROYAL_CAPITAL_FIREWALL // OUTPUT: 200% (OVERLOAD_DETECTION)

[TIME: 000000356644:0222:005]CRITICAL

: UNAUTHORIZED_OBJECT_DETECTED // TARGET: DRAGON_GENE_FLUX

[TIME: 000000356644:0222:008]ACTION: INITIATING_ELIMINATION_PROCESS...

[WARNING]: SYSTEM_REJECTION_IN_3... 2... 1...


パリ、と結界がわずかに揺らぎ、ゼノが顔を上げた。


(……っ、出力が上がってますね。昨夜の「掃除」の余波、か)


馬車が門を跨ぐ。

透明な結界の膜が、ルーカスの体内にある「竜の血」に牙を剥こうと収縮する。


[TIME: 000000356644:0223:002] ALERT: BARRIER_INTENSITY_HIGH (ERROR_BY_S_INDEX)

[TIME: 000000356644:0223:005] CMD: INVERSE_CALCULATION_FOR_FIREWALL_BYPASS


(魔道回廊で解析した「ノイズ」を鍵にする。……いけるはずだ)


全身を焼くような魔力の圧。

右腕の皮膚の下で、鋭い鱗が芽吹こうと蠢く。

ルーカスは手綱を握りしめ、脳内のコンソールを「強制承認オーバーライド」で塗りつぶした。


背後の荷台から漏れ出す「竜圧」が、馬たちの尾を叩く。


[TIME: 000000356644:0224:008] STATUS: CONTACT_FIREWALL...

[TIME: 000000356644:0224:010] RESULT: REVERSE_CALC_COMPLETE

[TIME: 000000356644:0224:012] STATUS: SAFE / MASKING_ACTIVE


「……カイルさん、しっかり捕まって」


「え? ……うわっ!?」


衝撃が抜ける。

結界を欺き、馬車が飛び出すように王都の外へと躍り出た。


ルーカスは、自身の右腕が「鱗」に変わる寸前で止まったのを確認し、冷や汗を拭った。


「……さて。ゼノさん、バフ(加速命令)を」


「おい、ルーカス!?今のは....っ」


何かに気づいたゼノが声を上げる。


「ゼノさん、『王都の脅威』は去りましたよね?問題はありますか。さて、……馬たちが『恐怖』を忘れる前に、最高速度リミットまで上げてください」


王都の衛兵が「おい、なんだあの速さは!?」と驚愕の声を上げる頃には、馬車は街道の先、砂塵の向こうへと消えていた。




「異常じゃねぇかこの速度!? おい、これ大丈夫か、ゼノ!!」


カイルが、凄まじい風圧と馬車の軋みに顔を引きつらせて絶叫した。

窓の外の景色が、まるでバグった描画のように後ろへと流れていく。バフを盛られ、さらに背後の「竜圧」に追い立てられた馬たちは、もはや生物の限界を超えた歩法で大地を削っていた。


「……おお、すごいな、早いぜ。ルーカス、これならすぐに着きそうだな」


対照的に、ガラムは揺れる馬車の中でも姿勢を崩さず、窓の外を流れる景色を呑気に楽しんでいる。彼にとって、速度は単なる「利便性」に過ぎないのだ。


「……大丈夫、だと信じたい。……少なくとも、馬の心臓が破裂するまではな」


「おい、ゼノ!? 今、不穏なこと言わなかったか!? 馬の心臓!??」


青い顔で杖を握りしめるゼノに、カイルが詰め寄る。ゼノは、隣に座る「琥珀の瞳の怪物」をチラリと見た。

先程、門を抜ける瞬間に感じた、あの禍々しいほどの魔力密度。それを指摘しようとしたゼノを、ルーカスは事務的な微笑み一つでシャットダウンしたのだ。


『正体を疑ったところで、僕たちは今、王都を離れて共通の敵(竜)に向かっているんです。……賢明なゼノさんなら、僕を問い詰めるより、馬の足を止めない工夫をする方が、生存率スコアが上がると理解できますよね?』


(……不気味だ)


人質に取られているのは、自分たちの命と「任務の成功」という名の論理性だ。


「あはは、カイルさん、そんなに心配しなくても大丈夫ですよ。街道にたむろしている小物魔物ザコは、全部無視していきましょう。中間地点まで、最速移動リニアドライブしますから」


ルーカスが平然と手綱を捌く。

街道脇で馬車の気配に気づいた魔物たちが、襲いかかろうとするより先に、馬車から漏れ出す「本物の捕食者(竜人)」のプレッシャーに当てられ、泡を吹いて倒れていく。


「無視って……おい、今、オーガを轢き殺さなかったか!?」


誤差ノイズですよ。……さあ、ゼノさん。次のバフ(出力上昇)をお願いします」


「……っ。あぁ、わかったよ……! どうなっても知らないからな!」


ゼノが半ば自棄ヤケになって魔力を流し込む。

馬車はさらに一段階ギアを上げ、もはや物理法則をあざ笑うような速度で、北の連峰へと突き進んでいった。




「……ひ、ひと思いに殺してくれ……」


宿場の入り口。

馬車が止まった瞬間、カイルが地面に崩れ落ち、ゼノは馬車の車輪にしがみついたまま、ずれた眼鏡越しに虚空を見つめていた。馬たちはといえば、ゼノの魔術とルーカスの竜圧から解放された途端、糸が切れたようにその場に伸びている。


「ガラムさん、お二人の介抱をお願いしますね。僕は少し『お仕事(納品)』に行ってきますから」


「おう、わかった。……なあルーカス、ここの名物ってなんだ?」


「……たしか、川魚のフライかと。来る途中にこの町の納税記録と特産品の台帳を読み込んでおきましたから。他にもあるか町長さんに聞いておきますね」


「おう、助かる」


ガラムがパンパンと服の土を払う横で、車輪にしがみついていたゼノの肩が、びくりと跳ねる。


(……納税記録? 読み込んだ……? この爆走の最中に、こいつはそんな余談まで処理してたのか……?)


ゼノは、汚れ一つない足取りで去っていくルーカスの背中に、言いようのない不気味さを感じ、吐き気とは別の「寒気」を覚えた。



ピンピンしているガラムに後を任せ、ルーカスは汚れ一つない足取りで町長の屋敷へと向かった。この小さな町には冒険者ギルドの支部さえない。だからこそ、ハミルトン経由で受けた「日用品の輸送」という公務が、この強行軍の隠れパッチとして完璧に機能する。


「……はい、こちらがご依頼の品です。確認(検収)をお願いします」


「おお! まさかもう届くとは……王都の馬車は魔法でも使っているのか?こんな小さな町の依頼を...」


驚愕する町長に、ルーカスは聖者のような微笑を浮かべ、さらりと「ついで」のログを差し出した。


「あはは、少し急ぎましたから。……あ、そういえば町長さん。来る途中の街道で、オーガが数体ほど『転がって』いたのですが……。このあたりでオーガの討伐依頼クエストなどは出ていませんでしたか?」


「えっ? オーガ……? いや、確かに最近被害は出ていたが、まだ依頼を出す予算が……」


「そうですか。では、僕たちが勝手に『処理デリート』しておいたということで、事後承諾で受理していただけますか? 報酬は相場の半額で結構ですよ。あとでオーガの遺体回収をお願いできますか?いくらかは素材が取れるかと思います」


「あ、ああ……。助かる、が……」


町の予算を削りつつ、道中の「轢き殺し」を公費に変える。

ルーカスの脳内コンソールには、着々と「臨時収入リソース」のログが積み上がっていく。



「……塩、だと……? それに、油までこんなに……!」


町長が、荷台から下ろされた木箱の中身を見て、震える手で天に祈りを捧げた。

竜が道を塞いでから、この宿場の灯は消え、保存食の肉は腐るのを待つだけだった。そんな絶望のどん底に、王都の紋章をつけた馬車が「爆速」で突っ込んできたのだ。


「ええ。ハミルトン様が『急ぎで届けるように』と仰っていましたから。……あはは、少し、本当に少しだけ、馬を急がせすぎたかもしれませんが」


ルーカスは、背後で「……あ、あ、ああ……」と地面に文字通り「上書き(マウント)」されているカイルと、泡を吹いて動かない四頭の馬を指先で示して、困ったように微笑んだ。


「ルーカス殿……! 王都へ嘆願を出して、まだ数日だぞ!? まさか、受理されたその日に届けてくれるとは……!」


「あはは、僕の計画スケジュールに『遅延ラグ』は許されませんから。……さて、町長さん。中身の確認(検収)が済んだなら、次の四頭を。……十五分で、お願いしますね?」


町の惨状も、町長の涙も、ルーカスにとっては「チェックリストの一項目」に過ぎない。

その無慈悲なまでの効率性が、逆に町の人々には「奇跡の迅速さ」に誤認エンコードされていく。


町長は「もちろんです!」と叫んで、住人たちを総動員してスペアのハードウェアの交換を始めた。


「……おい、ルーカス」


泥を舐めていたゼノが、震える手で眼鏡をかけ直し、ルーカスの裾を掴んだ。


「……お前、この状況を、最初から予測して……。オーガが出ることも、この町が困窮していることも……全部、利用したのか……?魔物が好む光り(でんれいしょう)をあんな目立つところに掛けてたのも」


「……何のことですか、ゼノさん? 僕はただ、事務的に依頼タスクをこなしているだけですよ」


ルーカスは、ゼノの視線を琥珀の瞳でさらりと受け流す。


「……さあ、ガラムさん。美味しいものは食べられましたか? ……カイルさんを荷台に放り込んでください。出発ログインの時間ですよ」




宿場での「15分間のリロード」を終え、馬車は再び夜の闇へと滑り出した。


「川魚と、あとは蜂蜜がけのパンが美味かったぞ。ルーカスも食うか?」


ガラムが、紙に包んだパンを差し出しながら、事も無げに言う。その横では、荷台に「放り込まれた」カイルが、ガタガタと震えながら虚空を掴んでいた。


「あはは。ガラムさんは元気ですね。……僕は、目的(竜)をデリートしてからゆっくり頂きますよ。さぁ、どんどんいきましょう。頼みましたよ、ゼノさん」


「.......あぁ」


もはやゼノは何も言わなかった。


馬車はさらに数時間、夜の静寂を切り裂いて走り続けた。

やがて、平地が終わる。

かつては高山へ向かう登山客や鉱員で賑わっていたはずの宿場は、今や松明の火が揺れる、殺伐とした「前線基地」へと書き換えられていた。


「止まれ! 何者だ!」


兵士たちが槍を構えて馬車を囲む。その奥、山脈の頂からは、夜の闇よりもなお深い「絶望」の気配が、冷たい風に乗って吹き下ろしていた。


「……ふふ。ようやく、目的地ディレクトリの入り口に到着しましたね」


ルーカスは、馬を止め、琥珀の瞳を細めた。

彼の視線の先、山の頂にある「竜の巣」に向け、脳内コンソールのターゲット・ロックが赤く点滅を開始する。




「……ハミルトン様からお手紙を持参しました。今後の軍事計画に関する機密事項です。責任者の方へお渡しいただけますか? あと、こちらが入山許可証です。確認を」


ルーカスは、殺気立つ兵士たちの中心で、汚れ一つない封書とギルド発行の許可証を差し出した。

隊長らしき男が、眉間に皺を寄せながらそれをひったくるように受け取る。


「ハミルトン伯爵……!? ……っ、確かに。それに、この時期に入山許可だと? 貴様ら、死にに来たのか?」


「あはは。まさか。……お仕事デリートをしに来ただけですよ。あ、明日の朝には出発しますので、今夜の宿リソースを確保していただけますか? 最高の部屋……いえ、静かな部屋を。彼らが、少し『処理落ち(乗り物酔い)』しているものですから」


ルーカスが指し示した先では、荷台から這い出したゼノが地面に膝をつき、カイルにいたっては「……揺れてる、まだ世界が揺れてる……」と、ガラムに抱えられながら虚空を泳いでいた。


「……勝手にしろ。ただし、山の結界から先は我々の管轄外だ。死んでも文句は言わんぞ」


「ええ。ご心配なく」


兵士たちの哀れみと蔑みが混ざった視線を浴びながら、ルーカスは優雅に「前線基地」という名の宿へと足を進めた。

背後の山頂では、竜の咆哮ノイズが夜の空気を震わせている。



「…………そんなに叫んじゃ、居場所がバレバレですよ」


暗闇を震わせる竜の咆哮に、ルーカスは薄く笑った。

兵士たちが恐怖で身を強まらせるその声を、彼はただの「座標データ」として処理スキャンしている。


そのまま山頂へログインしたかったが、背後を見ればカイルはガラムの肩でクラゲのように揺れ、ゼノは「……世界が回る……」と呟いて動かない。流石に「パーティー」の耐久値が限界だ。


(……仕方ありません。一晩だけ、スリープ・モードを許可しましょう)



翌朝。

王都から爆走してきたとは思えないほど、ルーカスは汚れ一つない身なりで宿のロビーに現れた。


「あ、カイルさんだ! 『暁の金鱗』の……!」


「すげぇ、本物のAランクだ……!」


まだ少し足元が覚束ないカイルだったが、若手の兵士たちに囲まれ、羨望の眼差しを向けられると、鼻の下を伸ばして「……おう、任せとけって」と、いつもの「英雄フロントエンド」のかおに戻っていく。


「あはは。カイルさんは相変わらず人気ですね。……さて、隊長さん。出発しますよ」


「……フン。好きにしろ」


基地の隊長は不機嫌そうに鼻を鳴らした。

竜の排除もできず、ただ監視モニタリングしかできない自分たちの領域に、王都の事務官と酔いどれのAランクが割り込んできたのが面白くないのだ。


だが、ハミルトン伯爵の署名(特権)と、名高い『暁の金鱗』。


(……失敗しても、竜の体力を数パーセントは削る刃くらいにはなるだろう)


そんな隊長の「損得勘定(演算)」を、ルーカスは琥珀の瞳で見透かして、不潔に微笑んだ。


「……ふふ。そんなに期待(期待値の算出)しなくていいですよ。……僕たちが戻ってくる頃には、その山の主、『アーカイブ(記録)』の中にしか存在しなくなっていますから」


「……何?」


聞き返す隊長を無視して、ルーカスはガラムと、ようやく復活したゼノを伴い、結界の先――「未踏のディレクトリ」へと足を踏み入れた。

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