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第十八話  霧のバグロス

指令室――

厚い装甲壁に囲まれたその空間は、外の喧騒が嘘のように静まり返っていた。


中央の円卓にはホログラム投影が浮かび、

先ほどまでの戦場、サンタテレサの残骸、八咫烏の部隊配置、そして霧島直刀の黒いバグロス・マーキスの航跡が淡く表示されている。


その前に立つのは――

東上 誠。


対面する椅子には、

仮面をつけたままの最高司令官が悠然と腰掛けている。


「――以上が、現時点で把握している全容です」


東上の報告が、静かに締めくくられる。


「ゴキブリスタンビートは完全に沈静化。

 第二、第三機体部隊の損害は機体損壊のみ。

 人的被害はゼロ」


最高司令官は、短く頷いた。


「……想定より被害は抑えられたな」


「ええ。

 ただし、八咫烏は武器庫から複数の兵装を奪取しています。

 今後、非合法改造バグロスの性能が底上げされる可能性が高い」


「霧島直刀の存在も、無視できん」


司令官の声が、わずかに低くなる。


「はい。

 今回の行動は、宣戦布告そのものです。

 あれは示威行動……本気の戦争の前触れでしょう」


一拍の沈黙。


ホログラムが切り替わり、

巨大なカマキリ――**ネームド個体サンタテレサ**の映像が映し出される。


その首が、はっきりと斬り落とされている。


「……だが」


司令官は、その映像を見つめながら言った。


「ネームド個体を、学生主体の第三機体部隊が討伐した。

 しかも、討伐したのは指揮官の霧島レン」


東上は小さく息を吸い、答える。


「ええ。

 最終局面で前に出たのは霧島本人。冷静さを失いかけながらも、的確に“回転斬り”の癖を見抜き、

 自ら囮となって首を落としました」


「……見事だ」


司令官の言葉は短いが、そこには確かな評価があった。


「ネームドは、単なる大型個体ではない。

 象徴だ。それを討った者には、軍として応えねばならん」


東上は一瞬、霧島の姿を思い浮かべる。

普段は冷静沈着で、感情を表に出さない青年。

だが、あの時だけは――獣のようだった。


「霧島レンには、正式な褒章を」


司令官が決断する。


「第三機体部隊の功績としてまとめるのではなく、

 個人名義でだ」


「……よろしいのですか?」


「よい」


即答だった。


「ネームド討伐は、それほどの重みを持つ。彼が“次”を背負う人材であることも、示しておく必要がある」


東上は、ゆっくりと頷く。


「では――

 霧島レンに、桜花軍正式勲章および特別報奨を進言します」


「承認する」


司令官はそう言い、静かに付け加えた。


「……火野アキラについても、引き続き注視しろ。

 霧島直刀と接触した人間だ。

 あの男は、戦争の中心に立つ」


「承知しています」


東上の目が、鋭くなる。


「第三機体部隊は、もう“学生の部隊”ではありません。

 あの子たちは……確実に、戦争に足を踏み入れました」


司令官は仮面の奥で、目を細めた。


「ならば、我々は背を預けるしかないな」

指令室の灯りが、静かに落ちていく。

外では、まだ知らぬ戦火が、確実に芽吹いていた。


ーーーバグロス作成工房ーーー


バグロス工房――

常に金属の匂いと油の香りが漂うその場所は、前線とは違う意味での戦場だった。


巨大な天井クレーンが低く唸り、

分解されたバグロスのフレームや脚部パーツが整然と並ぶ。

壁際では整備兵たちが忙しなく行き交い、

火花と蒸気が断続的に弾けている。


その中央に、霧島レンは立っていた。


目の前には、

工房長――砂鉄 銀治。


年季の入った作業着、油に汚れた手袋。

だがその目は、獲物を前にした職人のそれだった。


「……改めて言っとくがな」


砂鉄は霧島を一瞥し、低く言う。


「ネームド討伐は、簡単な勲章話じゃねぇ。“専用機”を与えるってのは、

 桜花軍があんたを“特記戦力”として認めた証だ」


霧島は一歩前に出て、静かに頭を下げた。


「身に余る評価です。

 ですが……あの戦場で、足りないと感じました」


「ほう?」


「もっと耐えられる機体。

 仲間を守り、前に出られる機体が必要です」


砂鉄は、ふっと口の端を上げる。


「いい顔だ。

 火野とは違う、“守ってみせる”って目をしてやがる」


彼はタブレットを操作し、

ホログラムを展開した。


そこに映し出されたのは――


通常のバグロスより、一回り大きなフレーム。


「こいつが、あんたの相棒だ」


砂鉄は言い切る。


「バグロス・ミストアール」


名前を聞いた瞬間、

霧島の視線がわずかに揺れた。


「おう。

 前に出て、受けて、切り返す。

 見えねぇところから牙を出す――あんた向きだ」


ホログラムが拡大され、各部が強調表示される。


「まず、機動力」


砂鉄は指を弾く。


「正直に言う。

 速度は並み以下だ。通常のバグロスより、やや遅い」


霧島は頷いた。

その点は、予想通りだった。


「だが代わりに――」


両腕部が強調される。


「サバ缶シールドを両腕に標準装備。

 薄っぺらい即席盾じゃねぇ、

 フレームと一体化した“受け専用”だ」


さらに脚部が映る。


「足回りは強化フレーム。


衝撃吸収と踏ん張りを重視してる。

 多少の直撃じゃ、ビクともしねぇ」


「……前線で粘れますね」


霧島の言葉に、砂鉄は満足げに頷く。


「その通りだ。

 さらに背中には――」


背部ユニットが開く。


「ペットボトルロケット搭載。

 加えて、小型ガス缶も内蔵してる」


「跳躍と瞬間加速、両立……」


「おう。

 逃げにも詰めにも使える。

 ただし燃費は悪ぃ、考えて使え」


次に、武装が表示される。


「メイン兵装は――

 ガス式クロスボウ」


映像には、裁縫針がセットされている。


「弾は裁縫針仕様。貫通力は爪楊枝とは比べもんにならん。

 コックピット狙い、関節狙い、どっちもいける」


さらに、両腕のシールド内部が開く。


「ここが肝だ」


左右それぞれに、

西洋剃刀が一本ずつ格納されている。


「近接用の隠し刃。

 盾で受けて、そのまま斬る。

 “守りながら攻める”ってやつだ」


霧島の胸が、静かに高鳴る。


「……柔軟な戦い方ができますね」


「それだけじゃねぇ」


砂鉄の声が、少しだけ低くなる。


「フルパージモード」


その言葉と同時に、

ホログラムの装甲が次々と外れていく。


「装甲、シールド、重量物――

 全部捨てる」


「……!」


「そうするとだ」


フレームだけになったミストアールが、

軽やかに跳躍する映像が流れる。


「速度は通常バグロスの約1.5倍。

 一時的だが、

 逃走、追撃、奇襲――切り札になる」


砂鉄は、霧島を真っ直ぐに見た。


「守りを捨てる覚悟がある時だけ使え。

 その代わり、誰よりも速く、誰よりも鋭くなる」


霧島は、深く息を吸い――

ゆっくりと頷いた。


「……この機体で、

 必ず仲間を生きて帰します」


砂鉄は、にやりと笑う。


「いいねぇ。

 そういう奴に、専用機は応える」


工房の奥で、

未完成のミストアールが静かに佇んでいる。


重く、堅く、

そして必要な時だけ――牙を剥く獣。


霧島レンの戦いは、

新たな段階へと踏み出そうとしていた。



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