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第十九話  三本足のカラス

地下牢。

厚いコンクリート壁に囲まれたその空間は、

常に湿り気と鉄の匂いがこびりついている。


天井の裸電球が、じじ、と不規則に瞬いた。


鉄椅子に縛り付けられているのは、

八咫烏の下っ端兵。

顔は煤と血で汚れ、軍装もところどころ裂けている。


その正面に、

腕を組んで立つ男――早乙女。


表情は穏やか。

だがその目だけが、相手の内側を正確に測っていた。


「さて」


早乙女は、わざとらしく肩をすくめる。


「名前、所属、階級。

 この三つを答えるだけで、今日は終わりにしよう」


下っ端は、唾を吐き捨てるように笑った。


「……へぇ。

 随分と優しいんだな、正規軍さんは」


「優しさじゃない」


早乙女は椅子の背にもたれ、

地下牢の壁に背を預ける。


「合理性だ。

 君はもう逃げられない。

 だったら、苦痛を最小限に――」


「黙れ」


下っ端の目が、ぎらりと光る。


「俺たちはな、

 そんな計算で動いてねぇ」


早乙女は、微かに首を傾げた。


「……ほう?」


「命が惜しいなら、

 最初から八咫烏には入らねぇよ」


早乙女は一歩、距離を詰める。


「それでも君は生きている。

 生きている以上、恐怖はある。

 仲間の居場所を吐けば――」


「仲間?」


下っ端は、鼻で笑った。


「俺に“仲間”なんていねぇよ。

 いるのは――」


彼は、天井を見上げる。


「――御使い様だけだ」


一瞬、地下牢の空気が重くなる。


「御使い……鉄斎か」


早乙女の声は、あくまで冷静だった。


「妄信論者に、神を見たか」


「神じゃねぇ」


下っ端は、笑う。

だがその笑みは、どこか歪んでいた。


「裁きだ。

 この世界は、もう一度潰れるべきなんだよ」


「だから脱走兵が、

 奴にすがった、と?」


早乙女は淡々と続ける。


「哀れだな。

 支配されているだけだと、

 なぜ気づかない」


その瞬間――

下っ端の口角が、ゆっくりと吊り上がった。


「……気づいてるさ」


早乙女の背筋に、

微かな違和感が走る。


「だから――」


下っ端は、早乙女を真っ直ぐに見据えた。


「俺はもう用済みだ」


――次の瞬間。


「ッ!」


早乙女は、反射的に後方へ跳んだ。


ドンッ!!


鈍く、腹に響く爆音。

下っ端の体内に仕込まれていた火薬が爆ぜ、

鉄椅子ごと肉片と破片が四散する。


衝撃波が地下牢を揺らし、

電球が砕け散った


だが――


煙が晴れると、

壁際に身を伏せていた早乙女の姿があった。


服の端は焼け焦げ、

額に一筋の血が滲んでいる。


「……はは」


彼は立ち上がり、

爆心地を見つめながら低く笑う。


「ここまで狂信するか」


死体は、原形を留めていない。


「忠誠じゃないな。

 洗脳でもない……

 これは、信仰だ」


だが、

早乙女の口元から不敵な笑みは消えなかった。


「面白い」


その時、

地下牢の扉が開く。


「早乙女隊長!」


駆け込んできた兵士が、

敬礼と同時に報告する。


「ゴキブリの穴――

 八咫烏が使用していた地下経路を調査した結果、

 重大な情報が判明しました!」


早乙女は、血を拭いながら振り返る。


「続けろ」


「はい!」


兵士は、息を整えながら言った。


「地下網は、

 旧国境線を越えて広がっています」


「旧国境……」


「かつて桜花建国時に存在していた隣国です。ですが、

 虫害によって完全に滅んだとされていた国……」


早乙女の目が、細くなる。


「その跡地に――」


「八咫烏の根城が存在します」


地下牢に、

再び静寂が落ちた。


早乙女は、ゆっくりと息を吐く。


「なるほど……」


彼は、天井の暗闇を見上げた。


「八咫烏め……滅んだ国で何を見た……あの虫を操る技術……なにかありそうだね」


口元に、

あの不敵な笑みが戻る。


「……ようやく巣が見えたな」


この戦争は、

まだ――本番にすら入っていなかった。


ーーーーーーーーーーーーーーー


八咫烏本拠地、地下深層


黒曜石のような円卓。

その周囲に、三つの影が腰を下ろしていた。


一席は空席。

まるで“主”の不在を強調するかのように。


霧島直刀は、背もたれに深く身を沈め、指先で円卓を叩く。


「……桜花も、ずいぶんと騒がしくなってきたな。」


その声を受け、

向かいに座る老人――矢吹 長治郎が、穏やかに口を開く。


「騒がしい、というより……

 ようやく、選別が始まっただけでしょう」


義手の指が、静かに組み合わされる。


「生き残る価値のある者と、

 そうでない者が明確になる。

 それは、世界にとって健全な流れです」


「相変わらずだな、矢吹」


直刀は鼻で笑う。


「片足と片腕を失っても、

 人類そのものを切り捨てる口ぶりは変わらない」


「失ったからこそ、分かるのです」


矢吹は怒気ひとつ見せず、淡々と続ける。


「戦場で命を落とす者の多くは、

 覚悟も適性も持たぬまま前に出る愚者だった。その愚者を守るために、

 有能な兵が死ぬ……それこそが、最大の罪でしょう」


その会話に、

くすり、と含み笑いが重なった。


「相変わらず……

 素敵な価値観でいらっしゃいますわ」


声の主は、

ツートンカラーのロングヘアーの女性――百坂 明日香。


顔の半分を覆う布の奥で、

視線だけが鋭く光る。


「無能は淘汰されるべき。

 裏の世界では、とても“常識”でしたもの」


「君の“裏”は、少々血の匂いが強すぎる」


矢吹は、視線を向けずに言う。


「おや。

 それは誉め言葉として受け取ってよろしいのでしょうか?」


百坂は、わざとらしく首を傾げる。


「私はただ、

 利用価値のあるものを最大限に使い、

 不要になったら捨てる……

 それだけのことをしてきただけです」


「結果、裏切られて顔を焼かれたがな」


直刀が、淡々と突き刺す。


一瞬、

百坂の空気が冷えた。


「……ええ。ですから」


布の奥で、口角が歪む。


「今度は“裏切られない側”に立つことにしたのです」


沈黙。


円卓の中央、

空席が静かに存在感を主張する。


「で」


直刀が、空席を一瞥してから言った。


「あのお方は、いつ戻る?」


矢吹は、わずかに目を細める。


「焦りは禁物です、直刀。

 主は“その時”を選ばれる」


「……その間に、

 桜花はネームドを討伐し、

 戦力を整えつつある」


直刀の声に、苛立ちが滲む。


「俺の弟も……

 あちら側で、牙を研いでいるだろう」


百坂は、楽しげに言った。


「ふふ……血縁同士の殺し合い。

 なんて甘美なのでしょう」


「戯言はやめろ、百坂」


矢吹の声は、柔らかいが冷たい。


「霧島直刀は、

 八咫烏の“刃”です。

 感情に揺らぐようでは困る」


直刀は、低く笑った。


「安心しろ。

 あいつが何者になろうと、

 斬る時は斬る」


そして、円卓の空席を見据える。


「そのために――

 俺は、ここにいる」


百坂は、布の奥で静かに囁いた。


「ええ……

 すべては、選ばれし者だけが残る世界のために」


矢吹は、静かに頷く。


「八咫烏は、まだ飛び立ってはいない。

 ですが――」


義手が、円卓を叩く。


「羽ばたく準備は、

 すでに整いつつあります」


空席の向こうで、歩く足音と共に獅子座鉄斎が顔を出す


「やぁ、諸君……待たせたね。

紅茶でも飲みながらでも話そうか、桜の散るその頃を……」

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