第十七話 侯爵の格
瓦礫の散乱する路上。
爆煙がまだ空気に残る中、二機のバグロスが向かい合う。
赤と黒――レッドバロン。
漆黒に沈む異形――バグロス・マーキス。
火野アキラは歯を食いしばり、操縦桿を強く握った。
「……どけよ。今はお前に構ってる暇はない」
無線越しに低く告げる。
それに応じるように、霧島直刀の声が割り込む。
楽しげで、どこか芝居がかった声。
『相変わらず短気だな、英雄殿。
せっかく親友の兄が直々に相手をしてやるというのに』
「兄? 笑わせるな。
レンの兄を名乗る資格は――お前にはない」
一瞬、空気が張り詰める。
だが霧島直刀は笑ったままだ。
『ほう……いい目だ。
だが、その怒り――どこまで通じるかな?』
火野は答えない。
レッドバロンのモーターが唸りを上げる。
四基のモーターが同時に切り替わり、
一気にトップスピードへ。
四基のモーターが同時に切り替わり、
一気にトップスピードへ。
「――うおおおおおっ!!」
火野は吠え、
金槌を大きく振りかぶった。
直撃すれば、防御不能。
盾ごと、装甲ごと、粉砕する一撃。
しかし――
霧島直刀は、その“瞬間”を待っていた。
『……甘い』
シュッ!!
マーキスの背中のペットボトルロケットが噴射。
後方へ滑るように下がりながら、
直刀は両腕のサバ缶シールドを斜めに構える。
――ガァンッ!!
金槌の衝撃が、
“真正面”ではなく“流される”。
力は殺され、衝撃は空へ逃げた。
「なっ……!?」
『距離を読む癖が抜けてないな、火野アキラ』
霧島直刀の声と同時に、
マーキスが一歩踏み込む。
――この距離。
槍の間合い。
ハルバードの長い串先が、
一直線に突き出された。
「くっ!」
火野はとっさに身を捻り、
レッドバロンの太いアームで受け流す。
金属音が響き、
火花が散る。
だが、間合いを詰め直そうとした刹那――
今度は斧部分が振り下ろされた。
「しま――」
ゴシャァッ!!
鈍い破壊音。
レッドバロンの左肩が砕け、
装甲が吹き飛ぶ。
左腕パーツはだらりと垂れ、
反応が消える。
『一撃、奪ったぞ』
霧島直刀は淡々と告げる。
『英雄と呼ばれて調子に乗ったか?
それとも――仲間を守る戦いには、向いていないのか?』
「……っ!」
火野の額に汗が滲む。
だが――彼は笑った。
「はっ……言ってくれるな」
次の瞬間。
火野は前に出た。
壊れた左腕を捨てるように踏み込み、
膝を突き上げる。
「肉を切らせて――」
ガンッ!!
レッドバロンの膝蹴りが、
マーキスの胴体に叩き込まれる。
だが霧島直刀は慌てない。
両腕のサバ缶シールドを交差させ、衝撃を受け止める。
『力は認めよう』
その瞬間――
火野の目が光った。
「――骨を断つ!!」
カチリ。
右脚部から、
最後のボールペンパイルバンカーが展開。
至近距離。
ドンッ!!
バネの力で射出されたパイルが、
シールドを貫通する。
金属を突き破り、
マーキスの装甲に深く食い込む。
『……っ!』
初めて、霧島直刀の声に揺れが走る。
確かなダメージ。
だが――
マーキスは、止まらない。
『惜しいな、火野アキラ』
直刀の声は、再び落ち着きを取り戻していた。
『だが……それで終わりだと思うなよ』
次の瞬間。
ドン!!
マーキスが全身で突っ込む。
純粋な質量と推力による――タックル。
レッドバロンはなすすべもなく弾き飛ばされ、
瓦礫の山へと叩き込まれる。
地面を転がり、
火花と粉塵が舞う。
マーキスはその先に立ち、
ハルバードを構え直す。
『まだ動くか、英雄』
霧島直刀の声が、冷たく響く。
『さあ――
次は、どちらが倒れる?』
瓦礫の中で、
レッドバロンのモーターが、かすかに唸った。
火野は立ち上がる。
ボロボロでも。
左腕が死んでいても。
「……決まってるだろ」
低く、しかし確かな声。
「俺が立ってる限りだ」
二機は再び、
ゆっくりと間合いを詰めていった。
瓦礫の向こうから、
重なり合うエンジン音が響いてきた。
一つ、二つではない。
統制の取れた複数機の駆動音――
火野が顔を上げる。
「……来たか」
煙の切れ目から姿を現したのは、
第二機体部隊。
先頭に立つのは、月影ツナミのバグロスだった。
隊列を崩さず、無駄のない速度で前進してくるその姿に、
戦場の空気が一段、張り詰める。
それを見た瞬間――
霧島直刀の表情から、笑みが消えた。
『……ちっ』
短い舌打ち。
霧島直刀はハルバードを肩に担ぎ、
マーキスの両腕のシールドを下ろす。
『どうやら、時間切れらしい』
無線が開き、
火野の耳にその声が届く。
『英雄相手に、横槍は無粋だろう?
この勝負――預けておく』
「逃げるのかよ!」
火野が吐き捨てる。
霧島直刀は振り返らない。
『逃げる? 違うな』
背中越しに、淡々と返す。
『“まだ”殺さないだけだ』
マーキスのペットボトルロケットが噴射音を立てる。
その瞬間――
別の無線が割り込んだ。
『――直刀ォォォ!!』
怒号。
第三機体部隊の通信回線を強引に掴み、
霧島レンの声が戦場に響き渡る。
『また……また逃げるのか!!
お前は、何人殺せば気が済む!!』
憤怒と怨嗟が混じった叫び。
だが霧島直刀は、
まるでそれが風の音であるかのように、振り向きもしない。
『……』
一瞬だけ、通信が開いたままになる。
そして、興味なさげな、低い声。
『まだ生きていたのか、レン』
それだけだった。
それ以上の言葉も、感情もない。
マーキスは背を向け、
瓦礫の向こうへと滑るように後退する。
霧島レンは歯を食いしばり、
操縦桿を握り締めた。
「くそ……っ!」
だが、追えない。
すでに月影ツナミ率いる第二機体部隊が、
火野とレッドバロンの前に布陣していた。
『火野、下がれ。これ以上は危険だ』
月影ツナミの冷静な声が響く。
火野は、悔しそうにマーキスの消えた方向を睨みつけ、
ゆっくりと息を吐いた。
「……借りは、必ず返す」
瓦礫の奥で、
霧島直刀の機影は闇に溶けるように消えていった。
戦場には、
まだ終わらない因縁の熱だけが、静かに残っていた。
瓦礫と黒煙がまだ立ち込める戦場。
警報音は止み、遠くでバグロスのエンジンが徐々に落ちていく。
レッドバロンは片腕を失い、装甲のあちこちがひしゃげたまま、その場に膝をついていた。
操縦席の中で、火野アキラは荒い呼吸を整えようとしている。
そこへ、霧島レンのバグロスが近づき、慎重に機体を止めた。
「火野……!」
霧島はすぐにコクピットを開き、地面に降りる。
いつもの冷静な顔だが、その目にははっきりとした焦りがあった。
「大丈夫か。応答が途切れた時、最悪のことを考えた」
火野は苦笑し、ヘルメットを外す。
「……正直に言うとさ」
一度、言葉を切る。
「負けを覚悟した。あのまま月影副長が来なかったら……たぶん、俺はここにいなかった」
その声には、虚勢も強がりもなかった。
ただ事実を口にしているだけの、疲れ切った声音だった。
霧島は一瞬、目を伏せる。
「……そうか」
それ以上は責めない。
だが、拳がわずかに震えている。
そこへ、
軽い足音とともに、もう一人が駆け寄ってきた。
「……バカ」
桜井ユヅキだった。
バグロスから降りるなり、火野の前に立つ。
腕を組み、視線を逸らしながら――
「無茶しすぎなのよ。
あんなの、真正面からやり合う相手じゃないでしょ……!」
声は少し強い。
けれど、その語尾は震えている。
火野が何か言おうとすると、
桜井は一歩近づき、制服の裾をぎゅっと掴んだ。
「……勝ったからいい、なんて思ってないでしょうね?」
「いや……」
「だったら、次はちゃんと生きて戻りなさいよ。
あたし……その……」
言いよどみ、顔を赤くして叫ぶ。
「心配したんだから!!
べ、別にあんたのことがどうこうってわけじゃないけど!!」
火野は一瞬きょとんとし、
それから小さく笑った。
「……ごめん。ありがとな、桜井」
桜井はぷいっと顔を背ける。
「礼なんていらないわよ……。次、同じことしたら、あたしが殴るから」
そのやり取りを、霧島は黙って見ていた。
やがて、静かに口を開く。
「……直刀は、完全に引く気はない」
低く、抑えた声。
「今日の撤退は偶然だ。八咫烏は本気で桜花を潰しに来ている」
霧島の視線は、直刀が消えた方向を射抜くように向けられている。
「次は、もっと大きな犠牲を狙ってくる」
その声に、明確な怒りが滲んでいた。
激情を爆発させることはない。
だが、氷のように冷たい怒りが、確実に燃えている。
そこへ、重厚な足音。
第二機体部隊を率いた
月影ツナミが合流する。
バグロスから降り、全員を見渡してから、はっきりと告げた。
「状況報告をする」
一瞬、場の空気が引き締まる。
「今回の損失は――
バグロスの中破・大破は複数。
だが、人員の犠牲はゼロだ」
その言葉に、わずかな安堵が走る。
「さらに、八咫烏の兵を数名、生け捕りにすることに成功した。
連中の補給線と作戦の一端が掴めるはずだ」
月影は一呼吸置き、続ける。
「ゴキブリの殲滅は完了。
巣穴は完全に封鎖された。
――此度の作戦は、成功だ」
戦場に、ようやく終わりの気配が降りてくる。
火野はゆっくりと立ち上がり、
仲間たちの顔を見渡した。
「……生き残ったな、俺たち」
桜井が小さくうなずく。
「当たり前でしょ。
生きて帰るのが、あたしたちの仕事なんだから」
霧島は静かに言った。
「次は、俺たちが仕掛ける番だ」
月影ツナミも頷く。
「八咫烏も、ネームドも――
この戦争は、まだ始まったばかりだ」
黒煙の向こうで、夕焼けが戦場を赤く染めていた。
彼らはまだ知らない。
この勝利が、
さらなる激戦の“序章”にすぎないことを。




