第十六話 能ある鷹の爪
瓦礫が散乱する戦域の一角。
火野アキラ――レッドバロンは、三機の八咫烏バグロスに包囲されていた。
「……ちくしょう!」
相手は腐っても元軍人。
三機は距離を保ち、互いの射線を邪魔しない完璧な配置でレッドバロンを囲う。
「撃て!」
短い号令。
次の瞬間――
ヒュッ、ヒュヒュッ!
爪楊枝クロスボウの一斉射撃。
軽い音とは裏腹に、矢は装甲の継ぎ目を正確に突き、レッドバロンの各所に突き立つ。
「ぐっ……!」
致命傷ではない。
だが、確実に動きを削られる。
――そうだ。
レッドバロンはサシでは無類の強さを誇る。
だが、一対多数、連携された集団戦は致命的に苦手だった。
「このまま削り殺すぞ」
「距離を保て、近づくな!」
じわじわと追い詰められる中――
火野の目が、獲物を定めた猛獣のように細くなる。
「……上等だ」
次の瞬間、
火野が動いた。
「おおおおおッ!!」
雄叫びと共に、
金槌を一体へ投擲。
「な――」
直撃。
ゴギッ!
脚部が砕け、敵バグロスが崩れ落ちる。
同時にレッドバロンの背部から、
ペットボトルロケットが少量噴出。
「――っ!?」
瞬間的なホバリング。
浮いたレッドバロンが、そのまま落下しながら――
膝蹴りを叩き込む。
「がぁッ!!」
装甲がひしゃげ、体勢を完全に奪われたところへ――
「終わりだ!!」
ボールペンパイルバンカー。
ズゥドンッ!!
鈍い衝撃音とともに、内部から破壊され、一機目が完全に沈黙した。
「一機撃墜……!」
止まらない。
火野は着地と同時に金槌を掴み直し、
その勢いのまま――
「ぬぅらぁッ!!」
フルスイング。
二機目のバグロスの胴体を
完全に砕き、吹き飛ばす。
瓦礫に叩きつけられ、動かなくなる。
「ひ……!」
残る一機。
うろたえながらも、アックスと盾を構え、必死に突撃してくる。
「来いッ!!」
火野は再び雄叫びを上げ、
金槌を全力で投げつける。
「くっ――!」
盾で受けようとするが、
衝撃を殺しきれず、体勢を大きく崩す。
その隙を、火野は見逃さない。
「これで終いだ!」
地面に転がる、
撃墜した一機のアックスを拾い上げ――
投擲。
一直線に飛んだ斧は、
相手バグロスの正面装甲へ見事に命中。
ガンッ!!
装甲が割れ、機体はそのまま崩れ落ちた。
――沈黙。
火野は荒い息を吐きながら、
急いで金槌を回収する。
「……ふぅ」
そして、通信を開く。
「第三機体部隊、今向かう!
霧島!まだ終わりじゃねぇ!」
レッドバロンは瓦礫を蹴り、
再び戦場へと駆け出そうとしたその時……
ズドンッ!!
頭上から重たい影が落ち、進路を完全に塞ぐ。
舞い上がる粉塵の向こう、
ゆっくりと姿を現したのは――漆黒。
光を拒むような黒一色の装甲。
異様な威圧感を放つその機体は、両腕左右にサバ缶シールドを装着し、
右手には、見慣れたカミソリアックスを基部に――
BBQ串を継ぎ足した歪なハルバードを握っていた。
刃でもあり、突き刺すための槍でもある、
殺意をそのまま形にしたような武装。
火野は思わず足を止め、金槌を構え直す。
「……なんだよ、今度は」
漆黒のコックピットから、
ノイズ混じりの通信が強制的に割り込んでくる。
低く、ねっとりとした声。
どこか愉快そうで、しかし底知れない冷たさを孕んだ声。
「おっと――ここは通せないな」
機体が一歩、前へ出る。
サバ缶シールド同士が擦れ、鈍い金属音を鳴らす。
「改めて名乗ろう」
一瞬の間。
そして――
「八咫烏の三本足が一足」
その言葉に、空気が凍る。
「霧島直刀。
及び――バグロス・マーキスが」
ハルバードの切っ先が、
まっすぐ火野へと向けられる。
ハルバードの切っ先が、
まっすぐ火野へと向けられる。
「お相手しよう――」
わずかに、声が弾む。
「若き英雄!!」
火野の目が鋭く光る。
金槌を肩に担ぎ、鼻で笑った。
「……チッ。リーダー直々の登場か……」
レッドバロンが一歩踏み出し、
床にヒビが走る。
「悪いが――
俺、急いでんだ」
マーキスの装甲が、
きしむように軋み、ゆっくりと構えを取る。
「それは残念だ。
だが――」
ハルバードが、僅かに持ち上がる。
「君の“物語”は、
ここで少し――足止めだ」
二機のバグロスが向かい合い、
戦場の空気が、張り詰めた。
――英雄と、宣戦布告者。
次の瞬間、激突は避けられない。
ーーーーーーーーーーーーーー
鋼と外骨格がぶつかり合う轟音の中心。
ネームド個体・サンタテレサが、第三機体部隊の前に立ちはだかっていた。
「前に出るぞ!」
最初に踏み込んだのは――
葛城トウマと榊ミナト。
ゴツいフレームの葛城が正面から圧をかけ、
その動きに半拍遅れて榊が側面へ回り込む。
「今だ、トウマ!」
「おうよッ!!」
二機のバグロスが交差するように突進。
葛城がシールドで視界と動線を潰し、
その隙を榊が正確な一撃で切り裂く――
完成されたコンビの先制だった。
だが。
サンタテレサは、“見る”。
一瞬の沈黙。
鎌が、わずかに引かれる。
次の瞬間――
振り下ろし。
「来るぞ!!」
叫びと同時に、
前線へ割って入ったのは――
東雲アヤと隼人ソラ。
二人は反射的に盾とアックスを交差させ、
巨大な鎌を正面から受け止める。
ギィィィン!!
衝撃が地面を走り、
四機のバグロスが大きく後退する。
「耐えた……!」
後方では――
桐生、桜井、如月の三機がすでに照準を合わせていた。
「援護、入る!」
「左脚、狙うわ!」
「今です!」
爪楊枝クロスボウの矢が一斉に放たれ、
関節部や外殻の隙間へ突き刺さる。
「いい、押してる!」
無線越しに、
霧島レンの冷静な声が響く。
「前衛、間合いを維持。
後方は撃ち続けろ、深追いはするな」
一見――
完全にこちらが主導権を握っているように見えた。
だが。
誰よりも早く、
“違和感”を感じ取ったのも霧島だった。
(……効いていない)
致命傷が、ない。
次の瞬間。
サンタテレサが、
おもむろに――鎌を広げた。
まるで、祈るように。
あるいは、羽を開くように。
「――ッ、全機、離れろ!!」
叫びは、間に合わない。
ブォン――ッ!!
鎌が回る。
否、回転する刃の円盤となり、
サンタテレサ自身が暴風と化す。
プロペラのような回転斬り。
密着していた
葛城、榊、東雲、隼人の四機が――
まとめて弾き飛ばされた。
「ぐっ――!」
「うそだろ……!」
装甲が裂け、
地面に叩きつけられる。
陣形が――崩れた。
その“一瞬”を、
サンタテレサは決して逃さない。
回転の勢いを殺さぬまま、
後方へ滑るように接近。
「しま――」
対応が、遅れる。
鎌が、閃く。
桐生、桜井、如月――
三機と、さらに一機。
致命の一撃は避けた。
だが――
ザリッ、ザリザリッ……!
操縦回路、制御系、関節部。
狙いすました破壊。
「……動かない!?」
「操縦が……!」
四機のバグロスが、
戦闘不能に陥る。
その瞬間。
「――どけ」
低く、唸るような声。
煙の中から、
霧島レンが前に出た。
両手に構えるのは、
カミソリアックス二刀流。
いつもの冷静沈着な指揮官は、
そこには――いない。
肩で息をし、
目は獲物を睨む獣のそれ。
「……直刀……」
怒りと怨嗟が、刃となって滲む。
サンタテレサが、わずかに姿勢を変える。
――理解したのだ。
目の前の存在は、
もはや“狩る対象”ではない。
敵だと。
機械と獣が、
静かに――対峙する。
金属が擦れ合う甲高い音が、瓦礫だらけの地面に幾重にも反響する。
霧島レンとサンタテレサ。
互いに一歩も引かず、間合いを詰め、刃を振るう。
――斬る。
――受ける。
――かわす。
霧島の二振りのカミソリアックスが、左右から連続して振るわれる。
狙いは関節、複眼の付け根、鎌の支点。
感情に任せた乱打ではない。
徹底的に急所だけを狙った、冷静な殺しの軌道。
対するサンタテレサも同じだった。
獣でありながら、動きに無駄がない。
鎌は大振りに見えて、常に霧島の死角をなぞる。
一撃一撃が、致命を意識している。
「……っ!」
火花が散る。
霧島のアックスが鎌を弾き、同時に腹部へ切り込む。
だが装甲が耐える。
サンタテレサは即座に距離を取り、反撃の鎌を振り下ろす。
互いに、理性は失っていない。
霧島に怒りも憎しみもある。
だが――制御されている。
一瞬の油断が死に直結することを、互いに理解しているからだ。
数合、十数合。
刃を交えるたびに、双方の装甲は削れ、刃は欠けていく。
そして。
サンタテレサが、わずかに後退した。
霧島はそれを見逃さない。
だが――次の瞬間。
鎌が、大きく広げられる。
嫌な予感が背筋を走る。
あの構え――。
回転斬り。
空気が唸りを上げ、
巨大な鎌が再び円を描こうとする。
「来るぞ……!」
吹き荒れる刃の嵐。
避ければ後衛が巻き込まれる。
下がれば、全滅の可能性。
霧島は――前に出た。
回転が始まる、その刹那。
「……その技を、待っていた」
低く、しかしはっきりとした声。
次の瞬間、霧島のバグロスは回転の渦へ跳び込む。
「な――」
周囲の隊員が息を呑む。
常識外れの選択。
だが霧島の視線は、すでに一点を見据えていた。
鎌の根元。回転の軸。
回転が加速するほど、
そこにかかる負荷は増す。
霧島の右手のアックスが、
回転よりも早く突き出される。
ズン――ッ!!
刃が、鎌の付け根へ深く食い込む。
次の瞬間。
――ギャリィィィィン!!
回転そのものが、
サンタテレサ自身の鎌を引き裂いた。
自ら生み出した遠心力。
それが、刃を破壊する力となって返ってくる。
鎌が砕け、弾け、
破片が四方へ散る。
サンタテレサの動きが、一瞬――止まった。
その一瞬を、
霧島は逃さない。
ボロボロになったアックスを、
静かに――振り上げる。
怒号はない。
咆哮もない。
あるのは、
冷え切った決意だけ。
ザン――ッ。
鈍く、確かな手応え。
サンタテレサの首が、
宙を舞った。
巨体が、ゆっくりと崩れ落ちる。
地面を揺らし、土煙を上げながら、
ネームド個体は完全に沈黙した。
霧島は、しばらくその場に立ち尽くしていた。
荒い息。
刃こぼれしたアックス。
血と油に塗れたバグロス。
それでも、視線は揺れない。
「……終わりだ」
獣のような怒りは、
再び深く、胸の奥へ沈んでいった。
だが――
その眼差しに残った冷たい光は、
これから訪れる“本当の戦い”を、
静かに予感させていた。




