第36話
目が覚めるとほんのり頭痛を感じた。やっぱり昨日の記憶はなかったりする。目の前にはベルさんがいて私の寝顔を鑑賞していたようだ。
「おはようございます、ベルさん。」
「おはよう、ジゼルちゃん。」
やっぱりベルさんは麗しいなあ…うっとり見惚れる。瞼にキスされた。
「あんまり飲んでなかったけど、昨日はすごく酔っぱらってたわね。二日酔いは大丈夫?」
「少し頭痛いだけです。グラスに口をつけた以降の記憶は全然ないですけど。」
「あら。ふふふ。昨日の夜は大騒ぎだったのよ?」
「?」
ベルさんが起き上がって自分の隣の布団を指さした。そこにはこちらに背を向けて布団に横たわっている銀の尻尾に白い角…だけど決定的に…
「あれ!?なんかイシュさん萎んでる!?」
「うあ?」
イシュさんが私の驚いた声に気付いて起き上がった。
「おはようっす。ジゼルさん、ベルの兄貴。」
私はベルさんとイシュさんに昨日の事のあらましを聞いた。イシュさんは今まで呪われていて、今の姿が本来の姿であったようだ。灰色の髪じゃなくて綺麗な銀髪だし、瞳が青いこと以外ほぼ別人にしか見えない。今は正統派王子様風の爽やかな美男子だ。大人の色香溢れるベルさんとはまた別系統な、ちょっとフレッシュな感じの美形。
「誰が呪ってたんでしょう?」
「証拠はないし、もしかしたらなんっすけど……ツィーツェのお母さんのアンドレアさんじゃないかと…ジョブが『呪術師』なんっす。前々から不思議だったんっすけど、自分の両親は割と容姿は麗しい方だったんっす。生まれたばかりの自分も珠のような赤子だったらしいんすけど、母が出産の疲れで眠り込んで、翌朝目覚めるとぶちゃいくな赤子がベビーベッドで寝てたらしいんっす。でも角はまだ生えてなかったけど尻尾は自分が産んだ通りの色をしてたので『初めての出産の感動のあまり、ものすごく可愛く見えたのだろう』ってことで落ち着いたらしいっす。ツィーツェは逆に両親は余り麗しくない感じの容姿なのにすごく美形で、『血の神秘』って言われてたんっす。誕生日も同日だし、もしかしたらアンドレアさんが自分とツィーツェの容姿の美醜を入れ替えてたのかな?って…」
「じゃあ、呪い返しが成功してたらツィーツェルタさんは?」
「本来あるべき姿になったんじゃないかと。」
「薔薇の妖精の皆さんが発狂しそうですね。」
「緑のダンジョンに戻るのが怖いっす。」
「混乱の渦中に帰るのは御免だから、暫くは青のダンジョンで遊びましょう。」
ベルさんが提案した。
「そうっすね。」
「でも【アンチカース】を重ね掛けしても消えないような呪いを返されたアンドレアさんって無事なんですか?」
「わかんないっす。両親に手紙で尋ねてみるっす。しばらくはマリーアネット住まいでいいんっすよね?」
「そうね。こっちに手紙届けてもらいなさいな。ジゼルちゃんも。」
「はい。」
数ケ月は滞在しそうだし、手紙を送ってもらうことにしよう。
「それで呪いが解けてうやむやになってしまったっすけど…シータさんに告白されたっす。」
「おお!」
遂に言ったか、シータさん!!
「自分はどうしたら……自分みたいな醜い男に好意を寄せられたらシータさんに迷惑がかかるし、シータさんの恥になる…って思って今まで意識的に恋愛感情みたいなのは持たないようにしてたっすけど…今はそんなに醜くなくて…でも自分が醜くなくなったからじゃあ付き合おう!みたいなのもなんか自分が、自分勝手すぎるような気がして…」
イシュさんは心底苦悩しているように見える。
「アタシの意見言ってもいい?」
「はい。」
「それ、拘ってるのイシュ君だけよ?シータは別に呪われてる方の見た目でも今の見た目でもイシュ君が好きだし、そんなのアタシもジゼルちゃんも知ってる。『自分の容姿がどうだー』みたいな拘りを持ってるのはイシュ君だけ。シータにとってそれは割とどうでもいいことよ?問題は『自分の容姿が変わっちゃったから』じゃなくて、イシュ君自身がシータを好きなのか、仲間としてしか見られないのかの二択だわ。自分の気持ちに正直におなりなさいな。もし仲間としてしか見られないって返答でも構わないから。」
「……。」
「悩んでもいいから答えを出してあげてちょうだい。」
「……はい。」
「今日はアタシとジゼルちゃんはイシュ君たちとは別行動にするから。」
「はい…」
「とりあえず、朝風呂してきましょう。」
「はい。」
ベルさんとイシュさんが部屋を出ていくとシータさんがむくりと起き上がった。どうやら起き上がる機会を失して寝たふりをしていたらしい。恐らくベルさんはそれを察してイシュさんを連れ出したのだろう。
「どうしようか。この展開は今日返答が来るんだよな?兄殿がここまでお膳立てしたわけだし。」
「そうですね。」
「昨日勢いに任せて告白したが、呪いが解けてうやむやになって返って良かったのかもしれないな。呪いがかかったままだったら『醜い自分が女性と付き合うだなんてとんでもない』って振られてたかもしれん。」
「その可能性は高そうな気がします。イシュさんかなりコンプレックス持ってたみたいですから。」
「でも緊張はする。振られたら潔く諦める努力はするが、出来れば好きだと言ってもらいたい。」
「乙女心ですね。ジャッジを待ちましょう。」
「とりあえずボクらも朝風呂行くか。せめて今日くらいぴかぴかに整えて、少しは可愛い服を着てイシュに会いたい。」
「そうですね。」
私もベルさんと一緒にいられるみたいだからちょっとは可愛い服着よう。
温泉に入ってピカピカに磨き上げてトリートメントも使ってみた。スキンケアもする。個人行動の時に買った薄荷色のリゾート風のワンピースを着た。
美味しい朝食を取った後、私はベルさんと出かけた。
「ちょっと綺麗に海が見えるところに行きましょうか。」
「はい。」
ベルさんに手を引かれてきたのは人が全然泳いでいない海。
「全然人がいませんね。」
「この辺はちょっと危険なクラゲが出るのよ。だから基本的に海水浴が禁止されている地区なの。見る分には素敵な眺めだけれどね。」
「そうですね。」
ものすごく綺麗な海…二人で砂浜を歩く。こんな暑い日に入れもしない海沿いを歩く人は少ないらしく、砂浜もガラガラだった。私たちはクリアスキンスクロールと【エアクール】でずるをしているので、ちょっと眩しい風景にしか感じない。
ベルさんに抱きしめられた。
「イシュ君に偉そうなこと言ってアタシが何にも言わないのも、何にも言わないくせにジゼルちゃんのこと摘まみ食いするのも卑怯だから…いい加減ちゃんと言うわ。」
ベルさんがするっと私の髪を撫でた。
「好きよ、ジゼルちゃん。」
私は真っ赤になった。流石に唇にキスまでされたし、もしかしたらもしかしたりするのかな…?とは思ってたけど改めて言葉にされると…
どうしよう、すごい嬉しい…
「私もベルさんが好きです…」
「ふふ。知ってたわ。」
バレバレなんですね。
「ごめんなさいね。前の彼女に振られたのが自分で思ってたよりずっとショックだったみたいで、ちょっと臆病になってたの。」
ごめんなさい、ベルさん。
私はベルさんが好きだから、ベルさんがちゃんと振られてて良かったと思いました。ごめんなさい。私は自分勝手な奴だから、ベルさんが振られて私の所に回ってきてくれたのを喜んでます。優しくなくてごめんなさい。
「ごめんなさい、ベルさん…」
「いいの。アタシもジゼルちゃんに恋できて良かったと思ったから。」
ベルさんは性格の悪い私の罪悪感など全部見越したうえで許してくれる。そういうところがもっと好きだと思ってしまって…
私もイシュさんと同じで自分に全然自信がなかったけど、イシュさんが苦悩する姿を見て、胸がちっちゃいだとか、色彩がぱっとしないだとか、そういうのは結構些細なことなんだってわかりました。
欲しいなら手を伸ばしてもいいのかもって思いました。私が手を伸ばす前にベルさんが捕まえてくれたけど。すごく幸せです。
「ジゼルちゃんにずっと好きでいてもらえるように努力するわ。」
ベルさんは「ずっと好きでいてほしい」とは言わなかった。私に重しはつけない。ただより自らを高める努力をする、ベルさんのそういう姿勢が素敵だと思う。ずっと好きでいられるかどうかはお互いにわからないことだけど、私もベルさんに好きでいてもらえる努力はするし、ずっと好きでいられるような……相手の良いところを沢山見つけられる目を持つ人になろうと思う。
「私も好きでいてもらえるように頑張ります。今はまだじゅくじゅくの未熟者だけど笑って許してください。」
「熟れてないのも新鮮で可愛いわ。この手の中でゆっくり色づいてちょうだい。」
キスされた。
ああ、幸せ…
ぎゅっとベルさんを抱き締め返す。
二人でたっぷり砂浜の散歩を楽しんだ。
***
昼食はお店に入って鯛茶漬け。味付けされた鯛と温かいお出汁の旨味がヤバい美味しさ。おいしー。大好きなベルさんとデートできて、すごく美味しいものを食べられて…
「幸せ?」
「はいっ。」
「なんだかジゼルちゃんは美味しいものを食べることも、人生を楽しむことも、知らないようだったから……幸せにしたいって思ったのよ。」
幸せそうに鯛茶漬けを掻きこむ私を見て、ベルさんは甘やかに微笑んだ。
「今はすっごく幸せです。ちょっと堕落気味な気もしますけど。」
「ふふ。あと1回くらいは海にも行くかもしれないけど、もう夏も終わりだから、そうしたら青のダンジョン探索しましょうね。」
「はい。」
「でも基本的に漁師は縄張りを荒らされるのは嫌いだからお魚がいっぱい取れても市場では売れないわ。自分たちが消費するだけなのよねえ…多くとったら収納リングに保存して、いつかジゼルちゃんの故郷に行ったらこっそりご両親にお刺身食べさせてあげましょうか?アタシも見様見真似だけど一応魚は捌けるから。」
「ベルさんって多才ですよね。」
「本当に見様見真似よ。本職の人が見たら怒ると思うわ。」
ベルさんが苦笑した。当然だが私は魚の捌き方など知らない。
午後は冒険者ギルドで実家へ手紙を届けてもらう手はずを整えた。しばらくマリーアネットシティに滞在する予定になったから、気が向いたら手紙でも書いてね、と。50万送金しておいたし。一応、ベルさんとお付き合いすることになった旨も書いておいた。口調はちょっと独特だけど、すごく優しくて頼りになる人だと伝えておいた。
「ふふ。ちゃんと『哀れな恋の奴隷を作ってしまった自分の魅力が怖いわー』って書いておいた?」
「何言ってるんですか。もうっ!」
幸せ過ぎて怖いとは書いておいた。
***
のんびり街中を見て回って、夕方宿へ帰った。
「どお?まとまった?」
ベルさんが気楽に尋ねると、シータさんとイシュさんがもじもじしながら頷いた。二人でお互いを意識し合って、視線が合ってしまうと慌てて視線を逸らすような…
「若いわねえ…アタシにもこんな初々しい時期があったのかしら?」
ベルさんが首をひねっている。
「甘酸っぱいです。」
「お兄さんはフレッシュさにおいて、なんだかとっても敗北感よ。」
「大人っぽいベルさんは素敵です。」
若造にはない包容力と色香があります。
「ふふ。ならいいということにしておきましょう。」
これからも冒険は続く!サクチル先生の次回作にご期待ください。
……みたいな感じになりそうだが、この小説はくっついた後もバカップルの日常を描いてゆくのさ。




