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第8章 後悔と懺悔-3

「ついに百人そろった。ワシの願いが叶う時がきた」

 黒いスカーフを首から垂らし、全裸となった真田耕平は砂で描いた二重の円の中で狂喜していた。

 教会の祭壇の上にロープで縛られた陽香は、そんな真田に恐怖した。

 あの日、急に思い立ったように真田は陽香を車に乗せ、廃墟と化したこの教会にやってきた。そして、今と同じように陽香を祭壇に縛りつけると、真夜中に妙な儀式を始めた。それが悪魔を召喚する儀式だと知ったのは、気絶していた真田が目を覚まし歓喜に震えていた時だった。真田は悪魔召喚に成功し、契約を結んだという。娘、恵莉の魂を得るために。しかし、陽香には悪魔など見えなかった。真田の娘を甦らせたいという一心が見せた幻だと告げるが、真田は信じてはくれなかった。そして、真田は悪魔との契約を果たすため、百人の女性を集た。

 拘束された女性たちはみな恐怖に打ち震えていた。

 何があの男を人としての道を外させてしまったのだろうか。

 真田はあの時と同様に、悪魔を召喚する儀式を始める。

「バズビ バザーブ ラック レク キャリオス オゼベッド ナ チャック オン エアモ エホウ エホウ エーホーウー チョット テマ ヤナ サパリオウス」

「やめて! おじさん、目を覚まして」

 陽香の必死の叫びも真田には届かない。

「きたれ 地獄を抜け出しし者 十字架を支配する者よ 汝 夜を旅する者 昼の敵 闇の朋友にして同伴者よ 犬の遠吠え 流された血を喜ぶ者 影のなか墓場をさまよう者よ あまたの人間に恐怖を抱かしめる者よ ゴルゴ モルモ 千の形を持つ月の庇護のもとに 我と契約を結びし者よ」

 呪文が唱え終わった時、真田は刃渡り二十センチのナイフを手に持ち、拘束した女性たちへ近付いていく。

「お前たちは生け贄だ」

 そう何度も繰り返すと、一人の女性の胸をナイフで貫いた。

 女性たちの間で悲鳴が上がる。

 血に染まったナイフで、真田は女性たちを次々と容赦なく切り刻んでいく。

 胸を。

 首を。

 腕を。

 阿鼻叫喚が教会に響き渡った。

 陽香は目を強く閉じた。しかし、両手の自由を奪われた陽香は耳をふさぐことができない。

 殺されていく女性たちの無念の叫びが鼓膜を震わせる。

 数分の出来事が、陽香には何時間ものように長く感じた。

 夢なら覚めてほしい。

 すべてが夢であってほしかった。しかし、現実は陽香に重くのしかかってきた。

 全身を血まみれにした真田が、陽香に歩み寄ってくる。百人もいた女性たちは皆、真田に殺されてしまったのだろうか。

「さあ、恵莉」

「来ないで……」

 陽香は祭壇の上で必死に抵抗する。祭壇の四つ角に置いてあった蝋燭のうちの一本が倒れる。

「もう誰にもお前は渡さない。これからはずっと二人で暮らそう。誰にも邪魔はさせん」

「いやーっ!」






 教会に到着したばかりの恭平たちは、断末魔の悲鳴を聞いた。慌てて教会に入ろうとするが、カギがかかっているのか開かない。

「どうなってんのよ?」

 志穂が横に回り、窓から中の様子をうかがう。

「美奈子!」

 志穂は叫んだ。

 恭平は所持していたニューナンブで、ドアノブを数発撃つと扉を蹴破った。

「!」

 恭平は驚愕した。

 そこはまさに血の海だった。礼拝堂には無残にも切り刻まれた女性の遺体が転がっていた。その先には、血まみれとなった全裸の真田がいた。祭壇からは炎がくすぶっている。その祭壇の上には少女が縛り付けられている。

 恭平は自分の目を疑った。

「美奈子っ?」

 遅れて入ってきた志穂が、女性の遺体を見つけて駆け寄る。しかし、喉元を切られた美奈子はすでに絶命していた。志穂は彼女を抱きしめ、何度も名前を呼んでいた。

 胸が痛かった。今までいろんな殺人事件をみてきたが、こんなにも憤りを感じたことはなかった。

「真田耕平! 何のためにこんなことをした?」

「悪魔はこれでワシの願いを聞き入れてくれる! 恵莉がやっとワシの下に帰ってくるのだ!」

 真田は狂喜し、叫んだ。同時にくすぶっていた炎が真田の体を包み込んだ。炎に包まれた真田はまるで歓喜の宴をするかのように踊りだした。炎が教会を、女性たちの遺体をも飲み込んでいく。

 恭平は真っ先に祭壇に縛りつけられている少女を助けに行く。少女は、成瀬陽香だった。気を失っているだけで、まだ息はある。

「叶尊臣? 貴様、またワシから恵莉を奪いに来たのかーっ?」

 炎の塊と化した真田が、恭平の顔を見て怒り狂う。もう尊臣との区別もつかなくなっているのか。恭平は祖父を哀れに思った。そして、恵莉の命を奪った自責の念にかられた。恵莉が生きていれば、こんな事件は起きなかったはずだ。

「母さんはもう死んだんだ……」

「恵莉は死んでなどおらん! ここにおる! 悪魔よ! なぜ現われてくれんのだ? 早く恵莉の魂を……」

 真田が陽香に手を伸ばそうとする。

 しかし、真田の手が陽香に触れることはなかった。

 真田は炎の塊となって倒れる。最後まで恵莉の名を呼びながら、真田は息絶えた。

「いつまでそうしているつもりだ?」

 志穂は美奈子を抱いたまま、その場から動こうとはしなかった。火の手はそこまで伸びてきている。

「美奈子だけだった。私にやさしくしてくれたのは……」

「甘ったれな発言だな。そんなお前を見たら彼女はどう思う?」

 恭平は今まで何人も見てきた。愛する者を失ってきた人たちの涙を。その度に胸がしめつけられた。それは恭平も愛する者を失った悲しみを知っているからだ。だから、この少女をこのまま死なせるわけにはいかない。志穂を愛している人たちのためにも。

 恭平は陽香を右肩に乗せると、左腕で強引に志穂を引っ張った。

 迫る火の手から無事脱出した恭平は、祖父の犯した大罪に責任を感じて辞職した。

 そして、事件のショックで記憶を失った成瀬陽香を妹として引き取った。






 記憶を失った陽香は、あの日から叶陽香として生きてきた。

 そして、三年後。

 陽香は、成瀬陽香としての記憶を取り戻した。







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