第8章 後悔と懺悔-2
立川署に配属になったばかりの恭平は、鎮火した家を見つめてため息をついた。
放火の可能性があると、現場検証を始めて一時間後。現場から発見された焼死体の身元がわかったと報告が入った。この家の住人である、成瀬健一とその妻の園子。娘が一人いるということだが、遺体は発見されず消息もつかめていない。検死の結果、二人の死因は数ヶ所に及ぶ刺傷による出血多量死だった。
恭平たち刑事課の分野となる。
刑事だった父親にあこがれて刑事になったものの、次々と起こる殺人事件に正直嫌気が差していた。ちょっと肩がぶつかったからといって人を殺す。イライラしていたから、目立ちたいからといって犯罪を起こす。人間はいつからそんな風になってしまったのだろうか。いや、これが人間の本来の姿なのか。そして、何よりもショックだったのは、恭平の母、恵莉の従弟夫婦が被害者だったということだ。恵莉の親族とは疎遠だったが、恵莉の葬儀に訪れてくれた唯一の親族だった。
「おい、叶。聞き込みに行くぞ」
「はい」
センパイ刑事、高畑と分担して近所での聞き込みを開始する。
恭平はまず成瀬邸の隣の家を訪ねた。
「成瀬さんは近所の人が羨むくらい仲のいい家族だったんですよ。特に娘の陽香ちゃん! お母さんの体が弱いからって小学生の時からずっと家のことやってきて……ホント今時いないわよ。あんないい子は」
「誰かから恨みをかうようなことはありませんでしたか?」
「そんなことあるわけないでしょう! それはここの町内の全員が保証するわ」
中年女性は涙ぐみながら力説していた。他の住人に聞いても返ってくる答えは同じだった。
恭平は行方がつかめない成瀬陽香の写真を配布してもらい、驚愕した。あどけない表情をした少女は、二十五歳でこの世を去った母、恵莉に似ていたのだ。
聞き込みを続けていくうちに、近所に住む学生から陽香らしき少女を背負って歩いていた怪しい老人を見たという目撃情報を入手した。
恭平の脳裏に浮かんだのは、恵莉の実父の真田耕平だった。恵莉が死んだ時には一報を入れたそうだが、葬式にも現われなかったらしい。恭平にとっては祖父にあたるが、一度も会ったことはない。どこかの大学の教授だと聞いたことがあるが。
まさか、実の甥夫婦を殺すなんてことはありえない。
恭平は不安な思いを振り払った。しかし、万に一つの可能性があれば実行しなければならない。例え、それが血を分けた肉親であろうと。
真田耕平の邸宅は調布市にあった。昨年に妻に先立たれて、今は一人で暮らしているという。一人で暮らすには大きすぎる家だった。しかし、庭は丁寧に手入れがされており、チューリップやパンジーなどの季節の花々が色とりどりに咲き乱れていた。
母が過ごした家。花好きの恵莉はきっとこの庭がお気に入りだったに違いない。
恭平はインターフォンを押した。
しばらくして、しがれた男の声が返ってきた。おそらく真田本人だろう。
「立川署の者ですが、真田耕平氏にお聞きしたいことがあるのですが」
「わかりました」
真田は素直に従った。
握りしめた手が汗ばむ。初めて会う祖父に、さすがの恭平も緊張を抑えることができなかった。
玄関から出てきたのは、白髪の細身の老人だった。いや、老人と呼ぶのは失礼かもしれない。腰も曲がっておらず、しっかりとした足取りでこちらに歩み寄ってくる。
「真田は私ですが、何の御用でしょうか?」
物腰はやわらかいが、垂れ下がった双眸は敵を威嚇する野獣のような輝きを放っている。
「この少女を見たことはありませんか?」
恭平は普段と変わらぬ聞き込みをするように務めた。
「見たことはないが」
真田は眉一つ動かさず静かに答えた。
「失礼ですが、一昨日はどちらに?」
「一昨日? 火曜日は確か家で本を読んで、十時過ぎには寝たかの。一人暮らしなもので、それを証明してくれる者はおらんがな」
「いえ、けっこうです。ご協力ありがとうございました」
恭平は頭を下げた。真田は何食わぬ顔で家の中に戻っていった。
確たる証拠がない限り、家宅捜査は認められない。任意同行すら不可能だ。
震えが止まらなかった。それは、恐怖なのか、喜びなのか。恭平自身にもわからなかった。
恭平は祖父に会ったことを後悔した。
それから二週間後のことだった。
目白署に用があった恭平は、そこで一人の少女と出会った。肩まで伸びた茶色の髪を一つに束ね、彫りの深い顔立ちは西洋人のように見えた。まだ高校生といったとこだろうか。
何やら警官ともめていた。
「だから、言ってるだろう! 美奈子は家出じゃなくて拉致されたんだって!」
「捜索願は受理してあるから、警察からの連絡を待っていただくしか」
「そう言ってもう一週間が経つってのに何の連絡もないじゃないか! 美奈子は真田っていう教授に拉致られたって言ってんのに、どうして調べてくれないのよ?」
恭平は少女の口から出た名前を聞き逃さなかった。
「君、その話詳しく聞かせてくれないか?」
「あんた、誰よ?」
苛立っていた少女は、恭平を睨みつける。
「立川署の刑事だ」
「刑事? どうせあんたもさっきの人と同じで信じてくれないんだろう?」
「家族の人が真田教授に拉致されたっていうのは本当か?」
「美奈子は家族じゃない。それ以上に大切な人よ!」
少女はきっぱりと言い切った。
「美奈子は真田教授の家に頼まれた物を届けに行くって言ったまま、連絡が取れなくなった。
その教授の家を訪ねても美奈子は来ていないの一点張りだ。美奈子は不安がっていたんだ。最近、自分の周りで行方不明になる子が多いって。あの夜は私もいっしょに行くはずだった。けど、兄貴が交通事故に遭って……」
少女は拳を握りしめた。
「名前は?」
「楠野志穂」
少女――志穂は、美奈子が行方不明になってからのこの一週間、真田の動向を探っていたらしい。
真田は毎日奥多摩へ車を走らせて、廃墟と化した教会へ入っていった。真田は誰もいない教会で、祈りを捧げているだけだった。それ以外、不審な行動は見当たらなかったという。
恭平は志穂を連れて、聖ポリアンヌ女子大学を訪ねた。しかし、真田は二週間前から大学を休んでいた。それは恭平が出会った翌日だ。
「そんなバカな。私はこの一週間ずっとあいつを見張ってたんだ。大学だって毎日通ってたのに」
「裏に業者用の門がある。真田はお前が見張っていたことを知ってたんだろう」
「ちくしょう!」
志穂は裏をかかれ、くやしそうに歯噛みしていた。
恭平は焦燥感を覚えた。ざらざらとする感覚が不安をかきたてる。
「奥多摩の教会の場所はわかるな?」
「当然」
恭平は志穂の案内で奥多摩に向かった。




