第6章 救われない心-4
一階にあるカウンセリング室は、ベージュを基調とした、保健室を思い出させるおだやか
な雰囲気の部屋だった。ここにも祥子の事務所同様に多種の観葉植物が要所要所に置かれて
いる。これで涼しければ言うことはないのだが。
咲月は入るなり、慌ててエアコンのスイッチを入れる。
「冷たい飲み物を買ってくるわね。何がいいかしら?」
「いや、いいですよ」
勝弥は内心焦っていた。早く希美の行方が知りたい。
「遠慮しないで。おごりだから」
「じゃあ、コーヒー以外なら何でもOKです」
咲月の好意に甘えることにする。
「あ、私もいっしょに行きます」
「ありがとう」
陽香は咲月についてカウンセリング室を出た。
一人残された勝弥はまだ涼しくならない室内を右往左往した。
落ち着かなかった。
「そーいや」
志穂に言われていた言葉を思い出す。
陽香のそばを離れるな、と。
「陽香ちゃん!」
勝弥は慌てて飛び出す。
と、ドリンク缶を持った陽香と鉢合わせになる。陽香と咲月は何事かと驚いた表情を見せ
ていた。
「東さん?」
「は、陽香ちゃん」
「どうかしたんですか?」
「あー、いや、オレもいっしょに行った方がよかったかなって思うて」
勝弥は笑ってごまかす。
「もう買ってきちゃいましたよ。東さん、どっちがいいですか?」
陽香はロイヤルミルクティーとミルクココアの缶を見せる。おそらく、どちらも陽香が好
きな飲み物なのだろう。
「んじゃ、ココア」
勝弥はミルクココアの缶を受け取ると、室内に戻り席についた。エアコンも効きはじめ、
快適な室内温度になりつつあった。
勝弥の前に座った咲月が、深刻な面持ちで語り始める。
「本当はこんなこと家族以外の人に話すのはいけないんだけど。実は、先に八重垣さんから
いじめの相談を受けたの。二ヶ月前だったかしら。その時、多喜川さんがいじめに合ってい
るって知ったの」
いじめの内容は希美の日記でだいたいの想像はつく。
「同じ科の子がいじめを受けているから助けてあげたいけど、いじめは治まるどころかどん
どんエスカレートしていって、挙げ句自分までもがいじめられるようになってしまったって。
しかも、多喜川さんは人間不信になってしまっていて、誰も助けてくれようとはしない。八
重垣さん、自分の存在意義を失ってしまったって泣いてたわ」
勝弥は胸がしめつけられた。やはり麻衣は勝弥が知っている麻衣のままだった。やさしく
て明るくて誰からも慕われていた。
そんな麻衣をそこまで追い込んでしまったものは一体何だったのだろうか。
「多喜川さんから相談を受けたのは昨日が初めてだったわ。自分のせいで八重垣さんを巻き
込んでしまったって、すごく悩んでいたわ」
「で、その後、多喜川さんは?」
「バイトがあるからって帰ったわ」
昨日勝弥たちが会ったのはバイトに行く前だったのだろう。
「あの、一つ聞いていいですか? 麻衣姉をいじめてたっていうのは」
「ごめんなさい。そこまでは教えられないわ」
「あ、すんません。オレつい……」
「いいのよ。結局、私はあの子たちに何もしてあげられなかったの。話を聞いてあげるだけ。
今まで学んだ心理学なんて何の役にも立たなかったわ」
「そんなことないですよ。三枝さんがいたから八重垣さんも多喜川さんも大学を辞めなかっ
たんですよ。いくら親の反対を押し切って入った大学でも、私だったらとっくに辞めてます
よ!」
陽香は力説していた。確かに陽香が言うと妙に説得力がある。
「ありがとう。私が元気付けられちゃったわね」
咲月は苦笑していた。
慰める側がいつの間にか慰められる側へと変わる。そんなことができる少女だ、陽香は。
勝弥は陽香の顔をしみじみと見つめた。と、陽香がもじもじしているのに気付く。
「陽香ちゃん、どうかしたんか?」
「あ、えっと」
頬を紅潮させ、戸惑いを見せる。
「陽香ちゃん、ちょっといいかしら?」
「はい」
陽香は咲月に促されて部屋を出ていこうとする。
「オレもいっしょに」
「東くん、もう少し女の子に気を使うこと覚えた方がいいわよ」
咲月にそう言われ、勝弥はまた一人取り残された。
咲月の言葉の意味を少し考え込んで、ポンと手を叩いた。
「そっか。オレがココア飲んだけー、どうしてもココアが飲みたくてまた買いに行ったんじ
ゃの」
勝弥はそう思い込んだ。




