第5章 終わらない夢-4
「女子寮に入るために、私が必要だったんですか?」
陽香は大きな目をぱちくりとさせた。理由を知ってあきれているようにも見えた。
勝弥たちは高田馬場で乗り換えた、山手線電車の中にいた。やはり人々の陽香への視線は
熱かった。
「やっぱ男のオレが一人で会いに行くのってやばい気するじゃん」
「やばいことなんですか?」
純粋な陽香は疑心することなく聞いてくる。
「あ、いや。オレにその気がなくても周りがな」
「その気?」
下手に言い訳しようとすればするほど墓穴を掘っていくような気がした。
「ほら、陽香ちゃんって癒し系だから。彼女も陽香ちゃんになら麻衣姉のこと話してくれる
かもしれんじゃろー」
「わかりました。私でよければ協力します!」
疑うことを知らない陽香は心良く引き受けてくれた。
勝弥の胸がチクリと痛んだ。決して騙しているわけではない。勝弥は自分にそう言い聞か
せる。
「でも、東さんってすごいです。あのお兄ちゃんに立ち向かっていくなんて。私、初めて見
たんです。お兄ちゃんが空手やってるとこ」
陽香は思い出したのか、少し興奮気味だった。
「オレは殺されるかと思うた。ぶち真剣な顔して現われるもんじゃけー」
勝弥は恭平の顔を思い出して、ぶるぶると体を震わせた。今まで何度か上段者と組み手を
やったことはあるが、あそこまで子供扱いされたのは師範以来だった。それだけ恭平が強い
ということだ。
今思えば、何と命知らずなことを知ってしまったのだろうか。強い相手を前にすると、つ
い我を忘れて挑んでしまう。
勝弥は改めて恭平の強さを認識し、身震いした。
そりゃ、あの人の一発を食らったら気絶するわなー。
勝弥は昨日の上段廻し蹴りを思い出す。
「ごめんなさい」
「陽香ちゃんが謝ることないって。ホント、仲のいい兄妹なんじゃのー。オレなんか一人っ
子じゃけー、陽香ちゃん見てたら何かうらやましくなったきたわ」
「そうですか?」
陽香の表情に翳りを見せた。
「あ、オレ何か変なこと言った?」
「そんなことないです。ただお兄ちゃん……私の記憶戻ってほしくないんじゃないかなって。
そんな気がしたから」
「まさか。そんなことあるわけないじゃん。陽香ちゃんの気のせいじゃろう」
勝弥は三年前の事件を思い出した。
「そーいえば、三年前にも女の人が行方不明になる事件があって、被害者の一人の女の子が
記憶を失って刑事に引き取られたんだと」
「三年前?」
「陽香ちゃんも三年前の火事で記憶を失ったんじゃったっけ? 偶然ってあるもんなんじゃ
な」
「その女の子って?」
「さあ? さすがにそこまでは書いてな」
勝弥は言葉を切った。陽香が顔面蒼白にして大きく呼吸をしていた。
「陽香ちゃん、気分悪いんか?」
「大丈夫です」
「大丈夫なわけなかろう!」
電車が運良く目白駅に到着する。
勝弥は陽香を人ごみからかばうようにして電車から降りると、手近なベンチに座らせた。
陽香は両手で自分を抱きかかえるようにして小刻みに震えていた。
守りたい。
陽香からすべての不安を取り除いてやりたいと思った。
勝弥は心底願った。陽香の幸せを。
「今温かい飲みもん買ってくるけー」
勝弥は自動販売機へ走った。
震えが止まらなかった。
脳裏に浮かんでくるのは、炎の中で狂喜している白髪の男性だった。
誰……?
思い出してはいけない。
もう一人の自分がそう告げている気がした。
陽香は畏怖した。目をきつく閉じてもその男性の姿が焼きついて離れない。
誰か……助けて!
そんな陽香の心の叫びに応じたかのように、温かい手が陽香を包み込んだ。
「陽香ちゃん!」
勝弥だった。額に汗を浮かべ息を切らしながら、手の中にある温かい缶を握らせてくれた。
「遅くなってごめん! 夏だから自販機にホットが売ってのうって、駅員に無理言って温め
てもらっとたから」
温かかった。それは缶のぬくもりだけではない。東勝弥という人間のぬくもりが、今の陽
香にとっては何にも替えがたいぬくもりだった。
そのぬくもりは陽香の中の凍てついた恐怖をも溶かしていく。
「ありがとうございます、東さん。もう平気ですから」
「平気なわけなかろう。まだ顔色悪いじゃんか。あ、お茶飲む?」
陽香がうなづくと、勝弥は手の中にあるお茶缶を開けて手渡してくれる。
「温かい……」
「んじゃ、ちょっと休憩したら帰ろっか」
「いやです。私、大丈夫ですから。連れてってください」
自分でもよくわからなかったが、行かなければいけない気がした。例え、それが悲劇を生
む結果が待ち受けていたとしても。




