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第5章 終わらない夢-3



 朝食を終え、自室に戻った陽香は窓を開けた。生温かい風が入ってくる。

 もしかしたら勝弥がいるかもしれない。

 儚い希望を胸に秘め、陽香が窓の外を見た。

 そんな陽香の願いを神は聞き入れてくれたのだろうか。

 窓の下で勝弥が右往左往していた。

「東さん?」

 陽香の声に気付いた勝弥は、バツが悪そうな笑みを浮かべてこちらを見上げていた。

「おはよう、陽香ちゃん。偶然ここを通りかかったもんだからさ。ホント、偶然」

「おはようございます。どうぞ、上がってきて下さい」

「あ、いやー」

 勝弥は顔を引きつらせていた。昨日の今日だ。無理もない。

「ちょっと待ってて下さいね」

 陽香は部屋を出ると、隣の恭平の部屋をノックした。恭平がすぐに顔を出す。

「お兄ちゃん、今下に東さんが来てるの。でも、昨日のこと気にしてて上がってきてくれな

いの」

「わかった。俺が行こう。陽香はここにいるんだ」

 恭平はそう言うと、勝弥の下へ降りていった。

 陽香は自室にもどると、窓の外からその様子をうかがった。二人の会話はかすかに聞こえ

る。

「何の用だ?」

「えっと、その……」

 険悪なムードなのは一目瞭然である。

「お兄ちゃん、東さんに何言うつもりかしら?」

 毎日顔を合わせている志穂にさえ、あの態度だ。恭平の性格を知らない勝弥は、恭平のこ

とを怯えたりはしないだろうか。

 恭平に勝弥のことを話したのは軽率だった。こんなことなら黙って勝弥に会いに行く方が

得策だったかもしれない。

 陽香は気になって仕方がなかった。

 すると、恭平が勝弥と共に一階の道場に入っていった。勝弥も空手をやっていると聞いた

が、恭平は黒帯の有段者だ。今度は気絶だけではすまないかもしれない。

「東さん!」

 陽香は慌てて道場に降りた。





 いきなりの恭平の登場に勝弥は息を飲んだ。

「あ、昨日はすいませんでした! お金は必ず返すんで」

 とりあえず誠意をもって謝る。

「一つ聞きたいことがある」

「はい、何なりと!」

 あまりの迫力に気圧される。

「どこまで知っている?」

「どこまでって。オレたちまだそんな仲じゃ……清い交際を進めていこうかと」

「記憶喪失のことだ」

「あ、そのことで。知ってるけど」

 勝弥は肩透かしを食らった思いだった。

「知ってて陽香と付き合おうというのか?」

「いや、その付き合うとか、そんな率直に言われると……。でも、オレも男ですからお兄さ

んが許してくれるというなら責任取って」

 付き合うという言葉を聞いて、勝弥はすっかり有頂天になっていた。

「昨日の構えだと空手をやっているようだな。なら、見せてもらおう。お前の強さを」

「へ?」

 勝弥は面を食らった。何がどうなってそういう展開になるのか。しかし、断れる雰囲気で

はない。恭平とも一度はちゃんと組み手をやってみたいとも思っていたのだから、好都合と

考えるべきかもしれない。

 勝弥は恭平に促されて、道場に入った。

 畳が敷かれた道場には、ストレッチマシンをはじめとしてミットなどが小奇麗に整理され

ていた。畳の手入れも行き届いている。壁に貼られた入門者表を見ても、かなりの数だ。

 それは恭平の師範としても優秀であることを示していた。

「お兄ちゃん、何してるの?」

 勝弥が入ってきた扉とは別の扉から、陽香が血相を変えて入ってきた。

「陽香ちゃん、大丈夫じゃけん。ちょっと組み手してもらうだけじゃから」

 勝弥は陽香を安心させるために笑ってみせると、靴下を脱いで恭平に向き直った。

「オッス。よろしくお願いします!」

 勝弥の鼓動は高鳴った。相手は明らかに勝弥より強い。勝てる見込みはまずないと言って

も過言ではないだろう。しかし、強者との組み手は興奮せずにはいられない。

 構えた恭平には全く隙がなかった。強者を前にして武者震いする。

 隙を待っていても勝負はつかない。

 先手必勝。

 それが勝弥のポリシーだ。

 手始めに、右直突きを出す。が、あっさりとかわされて左下突きのカウンターを食らわさ

れた。


 さすがじゃの。


 想像以上の強さだ。しかし、相手が強ければ強いほど燃えてくる。

「どうした? もう終わりか?」

 恭平が挑発してくる。

「今のは小手調べじゃけー。本番はこれからじゃ!」

 勝弥は言うと同時に右前蹴りを出す。当然交わされるのを見越して続いて左廻し蹴り。

これはかわされはしなかったがガードされ、逆にこちらの軸足を蹴られる。バランスを崩し

た勝弥に、恭平は容赦なく回転かかと落としを仕掛けてきた。ガードしようとしたが、間に

合わない。

 勝弥は体を畳に叩きつけられた。

「くそー!」

 勝弥は即座に起き上がる。恭平は仕掛けてこない。弱者に対する余裕なのか?

「頭に血がのぼると感情が表に出やすくなる。相手の思うツボだ」

 そんな勝弥の心を悟ったかのように、恭平は指摘してくる。

 子供の頃から師範によく言われていたことだった。ポーカーフェイスを気取れ、と。勝弥

は感情が顔に出やすいため、すぐに攻撃パターンを相手に読まれてしまうのだ。

 勝弥は冷静になろうと心掛けるのだが、強い相手を目の前にすると興奮して感情が制御で

きなくなったしまう。

「そんなのわかっとるわーっ!」

 勝弥は突きと蹴りの連続技を繰り出すが、難なく恭平にかわされる。逆にカウンター攻撃

を受けて何度も畳に叩きつけられた。

 地区大会で優勝し全国大会にも出場したこともある勝弥がまるで子供扱いだ。

上には上がおる。けど、オレだって気合いなら負けん!

 せめて一発。一発でいい。

 勝弥は飛んだ。

 右の飛び後ろ廻し蹴り。

 かわされる。

 勝弥は重心をうまく移動させて上体をひねって倒れこみ、左の上段蹴りを叩き込む。

 それは、恭平の右肩にヒットした。

「やった……一矢報いたぞ」

 確認した勝弥の体は畳に沈んだ。

「あの体勢から上段蹴りを入れるとはな」

「一か八かの技だ。十回に一回成功するかのどうかのな」

 恭平に差し出された手を借りて、勝弥は立ち上がる。

「オレの強さ認めてもらえたんかな?」

「完全というわけではないが」

 勝弥は恭平が言い終えるのも待たず、心配そうに見ていた陽香の下へ駆け寄った。

「陽香ちゃん! オレ認めてもらえた! お兄ちゃんに認めてもらえた!」

「よかったですね、東さん」

 ボロボロになった勝弥を、陽香は笑顔で迎えてくれた。

「というわけで、陽香ちゃん! オレと付き合ってくれ!」

 陽香の手を握ろうとした勝弥の手は、恭平の手によって遮られた。

「人の話はちゃんと最後まで聞くものだ」

「今のオレにはどうしても陽香ちゃんが必要なんじゃ!」

 勝弥は土下座して懇願した。





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