第5章 終わらない夢-1
目が覚めたら朝だった。ソファーに腰掛けたままの姿勢で眠っていたせいか、首と腰が痛
かった。しかも、昨夜は熱帯夜で寝汗もかいている。
「東京の夜はどうしてこんなに暑いんかの」
勝弥は昨日典子に買ってもらったスポーツドリンクで喉の渇きを潤すと、トランクス姿の
まま硬くなった体をほぐすため柔軟運動を始めた。
柔軟運動を終えた勝弥は、室内に干しておいたジーパンを臭った。
「もう臭い取れたかの?」
勝弥は祥子が留守なのをいいことに、昨夜のうちに浴室でジーパンと一枚しかないTシャ
ツを慌てて洗った。
「ったく、センパイはどこに行ったんの!」
勝弥は毒づきながら、洗いたてにジーパンとTシャツを着込む。
祥子の電話で慌てて事務所に戻ってみれば、事務所はもぬけの殻だった。祥子の携帯電話
にかけても留守電になっていて連絡のつけようがなかった。仕方なく待っているうちにいつ
の間にか眠っていた勝弥だった。
「ただいまぁ」
弾んだ声と共に祥子が帰ってきた。
「水ちょうだい、水! 東、あたしがいないのをいいことにエアコンなんかつけてないだろ
うね?」
帰ってくりなりそう叫ぶ祥子は、酒臭かった。そして、どんな時でも守銭奴である。
「つけとりゃあせんわ」
浴室で洗濯したことは黙っておいた方がいいと、勝弥は直感した。
「それより、どこに行っとったんの? 人には早く帰って来いって言うといて」
ソファーに転がる祥子を勝弥は半眼で見下すと、冷蔵庫からミネラルウォーターを出し渡
す。
「仕事よ、仕事!」
「仕事? 酒飲んで朝帰りが? いい気なもんじゃの」
「バカ言ってんじゃないわよ。あたしだって好きで飲んでんじゃないんだから。これだって
仕事の一環なのよ!」
大声で喚き散らす祥子。
「探偵ってのはね、刑事とコネ作っとくのも大切なのよ。ほら」
祥子はカバンの中から二冊のファイルブックを取り出し、テーブルの上に投げた。勝弥は
そのうちの一冊を手に取る。
「これ……」
行方不明になった女性たちのファイルだった。もちろん、その中に麻衣も含まれていた。
行方不明になっているのは、十代から二十代前半の女性ばかりだった。特別美人でもない
し、金持ちというわけでもない。都内だけではなく、近県の女性もいる。しかし、これとい
って目立った共通点は見当たらなかった。唯一の共通点は、女性であることだけ。
「三年前にも似たような事件があったのを思い出してね。知り合いの刑事にファイルをちょ
ろまかしてもらったのよ」
勝弥はもう一冊のファイルに目を向けた。どこか古ぼけているそのファイルを勝弥はめく
る。
古い教会が火事になり、そこには行方不明になっていた百人の女性の焼死体が見つかった
と記されている。そして、犯人とおぼしき男性、真田耕平の焼死体も発見されている。唯一
の生存者である少女は記憶を失い、事件の真相は解明できぬままになっていた。
記憶喪失。
勝弥は陽香のことを思い出した。
記憶喪失って、けっこうおるもんなんじゃの。
勝弥はその少女に同情した。
「当時、現場に居合わせた刑事がその記憶喪失になった子を引き取って辞職したんだと」
「どうして?」
「さあ。さすがにそこまでは。で、どう思った?」
「奇特な人がおるもんだな」
「アホ!」
空になったペットボトルが飛んできた。勝弥は反射的にそれを鷲掴みでキャッチした。
「誰がそんなこと聞きょうるんね! 二つの事件の関連性を聞きょうるんじゃろうが!」
「あ、そっか」
勝弥はペットボトルで自分の頭を小突いた。
「でも、三年前の事件の犯人は焼死しとんじゃろ? だったら、関連性なんかあるわけなか
ろー」
「お前に聞いたあたしがバカじゃったわ」
「けど、その犯人は何で女の人を百人も誘拐して殺したんじゃろうな?」
「一人で死ぬのが嫌だったんじゃない。どっちにしたって、殺人は外道のすることだよ。さ
てと、昨日の報告を聞こうか」
ぎくっ。
勝弥は焦った。昨日はまともな調査は何一つできていない。しかも、自転車をパンクさせ
た挙げ句、陽香に借金までしている。そんなこと口が裂けても、祥子には言えない。
「センパイ、朝帰りで疲れとるじゃろう。寝た方がええんじゃないか? 報告はその後でも」
「お前、何企んでるんだい?」
「何も企んどらんわー! ただセンパイの美容と健康を心配しとるだけじゃろうが」
「ふーん。まあそういうことにしといてあげるわ。あたしも仮眠取ったら他の行方不明者を
あったってみるから。東、あんたは引き続き八重垣麻衣のこと調べるんだよ」
「オ、オッス」
勝弥は顔を引きつらせる。
プライベートルームへ入っていく祥子を見送ると、勝弥は安堵の息をもらした。
「自転車のこと、今センパイに言うたら怒るじゃろうのー」
機嫌のいい時を見計らって言った方がよさそうである。
「どっかに前払いで給料くれるバイトないかのー」
勝弥はひとりごちた。陽香に借りたお金も返さなくてはならない。
金は天下の回りもの。そろそろ自分の所に来てくれてもいいはずなのだが。
が、いつまでも愚痴を言っていても仕方がない。考えるのは得意ではない。
勝弥は希美のカバンを手に取る。
「考えても始まらん! とりあえず、これを多喜川希美に返しにいくか」
いつも行動が先走る勝弥だった。




