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第4章 罪と罰-2



「ちょっ、ちょっと!」

 追い出される形となった勝弥は、不満の声を上げた。

 殴られることを覚悟していたが、殴られたのは自分ではなく陽香の方だった。唖然とさせ

られたが、過保護だとばかり思っていた兄がそうではないと知って少し安心した勝弥だった。

本当に心配しているからこそできることなのだ。勝弥も子供の頃は父親によく殴られたもの

だった。もっともそれはイタズラ坊主への折檻だが。

「ま、あれなら大丈夫か」

 勝弥は階段を降りた。そして、麻衣のことを報告するため再びアパートへ向かった。

 麻衣のことを典子に素直に報告してもいいものだろうか。そう考えると、階段を上がる足

が自然と重たくなる。

 勝弥は大きなため息をついた。

 階段を上がると、下から一人の女性に声を掛けられる。

「君、このアパートの住人? 二〇三号室の八重垣麻衣さんのことでちょっと聞きたいこと

があるんだけど」

 ウェーブヘア、彫りの深い顔立ちをしたスーツ姿の女性だった。日本人離れした容姿に勝

弥は一瞬見惚れる。そして、聖ポリアンヌ女子大学の女子大生が話していたモデル並の美人

のことを思い出した。

「もしかして、刑事さん?」

 勝弥は目を輝かした。

「オレ、本物の刑事見んの初めてなんよのー」

 勝弥は美人刑事の手をつかんでぶんぶん振り回した。

「オレ、東勝弥って言います! 麻衣姉とは家が近所で小さい頃はよく遊んでもらってま

した!」

 勝弥は興奮して答えると、意味もなく敬礼した。

「じゃあ、八重垣さんのこと」

「あ、部屋におばちゃんがいると思うから」

 勝弥が二〇三号室のインターフォンを鳴らすと、典子が顔を見せる。

「おばちゃん、刑事さんが麻衣姉のこと聞きたいって来とるんじゃけど」

「刑事?」

 典子は怪訝そうに後ろにいる刑事に目を向けた。

「申し訳ありませんが、お引き取りください。警察にはもう何もお話することはありません

ので」

「おばちゃん?」

「勝弥くんは入ってちょうだい」

 典子は勝弥だけを中に促す。

「ごめん、刑事さん」

 小声で謝ると、中に入る。

「おかえり、勝弥くん。暑かったでしょう? 麦茶冷えてるのよ、飲む?」

「うん。……あのさ、おばちゃん」

 勝弥は躊躇した。麻衣がいじめに巻き込まれていたことを告げてもいいのだろうか。

 自問自答を繰り返した挙げ句。

「買い物に行かん? 近くにスーパーがあるんじゃけど」

 言えなかった。

「そうね。冷蔵庫の中に何も入ってないんだもの。せっかくだから勝弥くん、晩ご飯食べて

って」

「じゃけど」

「一人で食べたって美味しくないし。おばちゃん、奮発してステーキ買っちゃうから」

「ホンマに?」

 勝弥はステーキにあっさりと買収された。






「食った食った」

 数ヶ月ぶりの肉を堪能することなく、勝弥はステーキをあっという間に平らげた。

「やっぱり男の子ね。食べっぷりが全然違うわ」

「何かオレおばちゃんに甘えてばっかじゃ」

「いいわよ、甘えてくれて。麻衣はどっちかっていうと頼られるタイプだったから、母親の

私にも甘えてくれなったし」

 胸がチクリと痛んだ。

 そんな性格の麻衣だからこそ、多喜川希美のことが放っておけなかったのだ。しかし、希

美は麻衣に心を開こうとせず、その代償として麻衣までいじめられるようになった。麻衣に

も甘えることができる人間がいれば、こんなことにはならなかったのかもしれない。

「げっ」

 勝弥は思い出した。祥子への定時連絡を。

「どうしたの、勝弥くん?」

「センパイに定時連絡せんといかんの忘れとった。きっとセンパイ今頃カンカンに怒っとる

んじゃろうのー。だいたい、ケチって携帯持たせてくれんから」

「だったら、これ使いなさい」

 典子は自分のカバンから携帯電話を取り出した。

「おばちゃん、携帯持っとるんか?」

「あら、常識よ。おばちゃん、メールだって打てるんだから」

 勝弥は時代に一人取り残された気がした。高校時代ですら携帯電話を持たせてもらえなか

ったというのに。

「何か虚しいのー」

 勝弥はそう呟くと、典子の携帯電話で事務所に電話した。しかし、鳴らしても鳴らしても

祥子は出てこない。それでもしつこく鳴らしていると、よそ行き声の祥子が出た。

 が、相手が勝弥だとわかると「さっさと帰ってこい!」の一言で電話を切られた。

「おばちゃん、オレもう帰るわ」

 力なくふらふらと立ち上がると、勝弥はアパートを出た。

 自転車はパンクしたままだった。陽香に借りたお金は、新宿までの電車賃ぐらいしか残っ

ていない。さすがにそこまで典子に甘えるわけにはいかない。

 勝弥は自転車を麻衣のアパートの駐輪場に置いた。パンクしている自転車だ。盗まれる心

配もないだろう。

「センパイに言って、修理代もらうしかないか」

 命があればの話だが。

 勝弥は少し歩くと、叶家の前で足を止めた。陽香の部屋があるだろう二階の窓を見上げる。

明かりが点いている。

「陽香ちゃん、大丈夫じゃろうか? 明日、見舞いに行った方がええかのー? 借りたお金

も返さにゃあいけんし」

 しかし、陽香に会わせてもらえるだろうか。悪い印象を与えていることは間違いない。

「誠意を持って謝るしかないきゃあ!」

 それしかなかった。

「東さん?」

 と、頭上から陽香の声が降り注いだ。

「陽香ちゃん? もう起きて大丈夫なん?」

「はい。もう平気です」

 陽香が身を乗り出してくる。

「そっか。よかった」

「東さん、今日はとっても楽しかったです。ありがとうございました」

「礼を言わんといけんのはこっちじゃけー。オレも陽香ちゃんのおかげで楽しかった」

「あの、東さん……」

 陽香が頬を紅潮させてモジモジとしている。

 もしかして待ちに待ち望んだ展開か? いや、さっきそれを期待して奈落の底へ突き落と

されたばかりではないか。


 期待するな、勝弥!


 自分に言い聞かせる。

「あの、また連れていってもらえますか?」

 勝弥は一瞬自分の耳を疑った。しかし、これは聞き違いなどではない。

 勝弥は首がもげるのではないかと思うくらい大きく何度もうなずいた。

「もちのろんこちゃんだ!」

「よかった。それじゃ、おやすみなさい」

 陽香はやはりあっさりと窓の向こう側へ姿を消した。

 生きてて良かった。

 勝弥はしみじみと実感した。

 彼女いない歴十七年。ひたすら空手に青春を燃やしてきた。そんな勝弥にもついに春が訪

れようとしている。

 しかし、勝弥の前に立ちはだかる兄の存在は大きかった。

 愛する二人が引き裂かれるかもしれない。これではまるでロミオとジュリエットではない

か。

 障害があればあるほど愛って燃えるんだよなぁ。

 勝弥が一人ロマンスに浸っていると、足元が何やら生温かくなった。しかも、ジーパンが

肌にやたらと密着する。不審に思って目線を下に向けてみると、茶色の野良犬が右足にマー

キングしている最中だった。

 野良犬と目が合う。勝弥と陽香の叶わぬ恋を嘲笑しているように見えた。

「テメェ、クソ犬っ! 人がいい気分でいるってのにっ!」

 勝弥は小バカにしたように走り去っていく野良犬を追った。




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