第4章 罪と罰-1
午後三時。
普段の叶家では、リビングでのんびりとティータイムを過ごしている時間帯だった。
恭平は自室のベッドに置いてあったメモ書きを何度も読み返した。筆跡は陽香のものだ。
『東さんと出掛けてきます。心配しないでね』
その手紙に気付いたのは、午後の部の指導が終わり面倒な主婦たちとの何気ない会話を交
わし、自室に陽香たちの様子を見に来た時だった。
二階には別に玄関が設けてあり、そこから出ていったのは間違いなかった。
恭平は陽香のメモ書きをくしゃりと握り潰すと、ゴミ箱に放り投げた。
あんな体でどこに行ったんだ?
今すぐにでも探しに行きたかった。しかし、夢遊病の時とわけが違う。移動範囲は広すぎ
て見当もつかない。
ここで焦燥感にかられながら、陽香の帰りをただ待つしかないのだろうか。
恭平はクローゼットの一番上の引出しから一枚の写真を取り出した。
小学校に入学したばかりの恭平と、ベッドの上で半身を起こしている母、恵莉が写ってい
た。
恵莉は刑事だった父、尊臣との結婚を反対され、駆け落ち同然で家を飛び出し結婚した。
恵莉は元々病弱だったらしく、恭平を産んでからは寝込むことが多く、二十五歳という若
さでこの世を去った。
恵莉の死後は、尊臣が一人で恭平を育ててくれた。尊臣は母の記憶があまりない恭平に、
よく母の話をしてくれた。初めて会った瞬間に恋に落ちただの、初めてのデートは遊園地だ
ったのと、それはおのろけばかりだった。
しかし、そんな尊臣も五年前に殉職した。
恭平は父にあこがれて刑事になった。が、三年前の事件をきっかけに辞職した。そして、
陽香を引き取り、ここに家を建てた。
陽香と暮らした三年間は決して楽なものではなかった。成長していく陽香は、ますます写
真の中の母に似てくる。罪の意識がどんどん自分の心をついばんでいく。
どうすれば償うことができるのだろうか。
「母さん、俺が陽香を引き取ったのは間違いだったんだろうか?」
問うてみたところで、写真の母は何も答えてくれない。ただ微笑んでいるだけだ。
「俺はこの三年間あの子が心から笑った顔を見たことがない。どうすれば、あの子は笑うこ
とができるんだ?」
自問自答を繰り返す。
浮かんでくるのは、今朝の志穂の言葉だった。
「どうすれば変わることができる?」
やり場のない怒りに感情が抑えきれなくなる。
そんな時。
玄関の扉が開いた音が聞こえた。恭平はすぐさま玄関に向かった。
そこには、陽香を背負った東という青年がいた。青年は引きつった笑みをこちらに向けて
いる。
「こ、こんにちは。あの、陽香ちゃん急に気分が悪いって言うもんだから」
「お兄ちゃん、あのね、違うの。東さんは悪くないの」
怒りをあらわにしていたのだろう。顔面蒼白の陽香は、必死で青年をかばおうとしていた。
恭平は青年から陽香を半ば強引に奪い取るように下に降ろすと、陽香の頬をぶった。
「何すんだよっ?」
「他人は口出しするな」
気圧されたのか、青年はそれ以上何も言ってはこなかった。
「陽香、なぜ自分がぶたれたのか理由はわかるな?」
初めてぶたれたことに戸惑いを見せながらも陽香は小さくうなづいた。大きな双眸から涙
があふれ出す。
「ごめんなさい、お兄ちゃん」
恭平は陽香をぶった手を見つめると、その手で陽香の頭をそっとなでた。
「ぶって悪かったな」
「ううん。悪いのは、陽香だから」
「自分で部屋に戻れるな?」
「うん」
陽香は壁にもたれながら、ゆっくりと自分の部屋へと歩いていった。
一人残された青年はぽかーんと口を開けて立ち尽くしていた。
「妹が面倒掛けてすまなかった」
恭平はそれだけ言うと、狼狽している青年を玄関から押し出した。
これは嫉妬なのだろうか。
今まで外に出ようとはせず、人との関わりを避けてきた陽香が、こんな風に人と出掛けた
ことは初めてだった。陽香は自分よりあの青年を選んだというのか? いや、あの青年が閉
ざしていた陽香の心を開いたのかもしれない。たった一日で。自分は三年掛かってもそれが
できなかったというのに。
青年にあって、自分にないもの―――それは。




