第3章 理想と現実の間で-4
三枝咲月は、奥多摩にある小さな教会に来ていた。その横には石碑が一つだけあった。
咲月はその石碑の前で両手を合わせた。
「亜沙美ちゃん、ごめんなさい」
謝ったからといって罪が軽くなるわけではない。しかし、咲月にはこうして墓前で謝罪す
ることしかできなかった。
十六歳という若さでこの世を去った諏澤亜沙美。
一年前、咲月は諏澤教授から娘がいじめにあっていると相談を受けた。大学内で学生たち
のカウンセリングもしていた美咲は娘の亜沙美と会うことになった。亜沙美はすぐには心を
開いてはくれなかった。
しかし、根気よく会う回数を増やしていくうちに、亜沙美の閉ざされた心は開き始めた。
亜沙美は自分がいじめにあっていることや両親が不仲であることに、その小さな胸を痛め
ていた。咲月は亜沙美と会う機会が増えていくにつれ、亜沙美が本当の妹のように思えてき
た。二人は一緒に映画を見に行くまでの仲に進展していた。
と、同時にそれまで理学部で交流も少なかった諏澤教授とも会う機会が増えていった。そ
して、子供のように生物学を語る諏澤教授をいつの間にか愛していた。妻子がいると知りな
がら、その気持ちを抑えることができなかった。諏澤教授も咲月の愛に応えてくれた。
結果として、咲月の存在は諏澤夫婦の離婚を招くこととなった。
両親の離婚と信頼していた咲月からの裏切りというショックに耐えられなかった亜沙美は、
自らの命を絶った。
救ってあげることのできなかった命。
言葉だけでは誰も救えないと痛感させられたあの日。
理想論だけでは生きていけない。
誰もが認めなければならない辛い現実。
しかし、もう後悔はしたくない。
咲月は自分に課せられた使命を全うすることを、墓前で改めて誓う。
例え、それが人の道を外れていたとしても。




