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獄門道中閻魔大王への道  作者: 春と桜


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9/11

猫又一味

どうもはじめまして春と桜です。

初めての作品なのであたかかく見守って頂けたらなと思っています。よろしくお願いします。


「親分ちゃう! 私は柱間牡丹、ただの無一文の元訓練生や! 勝手に舎弟になられても飯も寝床も用意できへんし、そもそも私自身が今しがた他人様の善意で食いつなげるようになったところやからな!」


「でも親分を倒した奴が次の親分になるのが俺たちの決まりです!」

「そんな野生動物みたいな決まり、今すぐ廃止しぃ!」

「猫だから間違ってはいないだろ」

「イナリは黙ってて!」


 地面へ額を擦りつけていた猫妖怪たちは、私がどれほど声を張り上げても、頑として顔を上げようとはしなかった。よく見ればどの子も身体が細く、ところどころ毛が抜け、艶を失った毛並みには路地裏の埃が染み付いている。まだ尻尾が一本しかない幼い猫又などは、私の腕に積まれた焼き魚や握り飯から目を逸らそうとしているものの、空腹には勝てないのか、何度も鼻をひくつかせては小さな腹を鳴らしていた。腕の中にいた黒猫を石畳へ下ろすと、そいつは敗北の悔しさから耳を伏せたまま、それでも真っ先に地面へ落ちた鮎を拾い、一番身体の小さな子猫の前へ差し出した。


「ちょっと待ち。この魚、あんたが食べるんちゃうの?」

「俺は後でいい。こいつらは昨日から何も食ってねぇんだ」

「ほな働いて稼げばええやろ。羅生街にはこんなに店があるんやから、皿洗いでも荷運びでも何かあるんちゃう?」

「誰が盗人猫の子分を雇うんだよ。店へ近付くだけで追い払われるし、半端な猫妖怪には任せられる仕事も払う銭もないって言われる。だったら俺が盗るしかねぇだろ」

「格好つけてるところ悪いけど、盗んだ時点で普通に犯罪やからな」


 黒猫は言い返そうと一度だけ口を開いたものの、結局は何も言えず、二本の尻尾を力なく石畳へ垂らした。事情を聞けば同情するところはあるが、だからといって魚屋の河童が半年間受け続けた損害まで帳消しになるわけではないし、空腹を理由に他人の物を奪ってよいことにもならない。それでも、行き場のない子どもたちへ食べさせるため、たった一匹で街中の店主を敵に回しながら魚を盗み続けていたのだと知ってしまえば、そのまま役人へ突き出して終わりにするのは寝覚めが悪かった。困っている上司を見捨てられずに庇って死に、その結果として数百万年も地獄で酷使された女が、今さら目の前の猫だけ見なかったことにできるはずがない。


「魚屋のおっちゃん、この子らが盗んだ分って銀三十枚より高い?」

「いや、そこまではいかねぇが……姉ちゃん、まさか自分の報奨金で弁償するつもりか?」

「全部は嫌やで。これは私の記念すべき初任給やから、一枚たりとも無駄にはしたくない。でも盗んだ魚の代金だけ引いて、残った分はちゃんと私に渡して。その代わり、こいつらには働いて返してもらう」

「親分、俺たちを売るつもりですか!?」

「親分ちゃうし売らへんわ! あんたら屋根の上を走るの得意なんやろ。荷物運んだり、迷子を捜したり、店の見張りをしたり、できる仕事なんて山ほどある。盗むために使ってた足を、今度は稼ぐために使えばええだけや」


 猫妖怪たちは、私が何を言っているのか理解できないとでもいうように目を丸くし、周囲に集まった店主たちもまた、すぐには言葉を返さなかった。これまで盗む側と盗まれる側として睨み合ってきた両者にとって、同じ街で働き、代価として飯を得るという発想そのものが思いも寄らないものだったのだろう。そんな中、イナリだけは腕を組んだまま、興味深そうに私と猫たちを見比べていた。商業の神を名乗るだけあって、仕事を求める者と働き手を求める者を繋げれば何が生まれるのか、誰よりも先に理解したらしい。


「確かに、こいつらの足なら魚を腐らせる前に街の端まで届けられるな。毎朝、市場から魚を運ぶのに人手が足りなかったところだ」

「うちは屋根裏の鼠を追い払ってほしいねぇ。団子の材料を齧られて困ってたんだよ」

「俺の店は夜の見張りだ。給料は少ねぇが、飯くらいなら毎日食わせてやれる」

「ほら、仕事あるやん。今から盗みは禁止、働いた分だけ飯を食う。破った奴は私が首根っこを掴んで魚屋のおっちゃんに差し出すから、そのつもりでな」

「はい、親分!!!」

「返事だけはええな! あと親分ちゃう言うてるやろ!」


 威勢の良い返事が羅生街の屋根まで響き渡り、先ほどまで猫たちを胡散臭そうに眺めていた店主たちの間からも、堪え切れないような笑いが漏れた。仕事を与えると言われても、猫妖怪たちはまだ信じ切れないのか、魚籠や団子屋の軒先へ何度も視線を向けながら、お互いの顔を確かめ合っている。黒猫はしばらく黙っていたが、やがて私の正面へ進み出ると、敗北の悔しさも意地も一度飲み込み、額が石畳へ付くほど深く頭を下げた。その姿につられるように子猫たちも一斉に頭を下げ、今度は力で負けた相手へ服従するのではなく、拾い上げてもらった恩へ報いようとする真剣さが、小さな背中から伝わってきた。


「俺はクロだ。あんたに負けたことはまだ納得してねぇけど、子分たちに飯を食わせてくれた恩は返す。これから何かあったら俺たちを使ってくれ、親分」

「最後の二文字が余計やねん。私は牡丹、ちゃんと名前があるから牡丹って呼び」

「分かりました、牡丹親分!」

「何一つ分かってへん!」

「諦めろ。もう定着した」

「イナリ、商業の神様なら名前の流通も管理してや!」

「親分という呼び名の方が需要があるらしい」


 結局、私がどれほど訂正しても、猫妖怪たちが親分という呼び名を改めることはなかった。それどころか魚屋や団子屋まで面白がって呼び始め、私が通りを数歩進むだけで、どこからともなく「親分」と声が飛んでくる始末である。日が暮れる頃には、羅生街へ突然現れた白髪の女が盗人猫を捕らえ、その一味の借金を肩代わりした上で仕事まで斡旋したという話が、すっかり尾ひれを付けて街中へ広まっていた。最終的には、私が猫又百匹を片手でねじ伏せたという話にまで変わっていたが、誰が流した噂なのかは考えないことにした。


 夕食には約束どおり、香ばしく焼かれた鮎や味噌を塗った握り飯、湯気の立つ汁物まで、狭い卓へ載り切らないほど並べられた。クロたちも店の裏で魚籠を運び、屋根裏の鼠を追い払った対価として、初めて盗んだものではない食事を与えられ、幼い猫妖怪たちは皿へ顔を突っ込む勢いで夢中になっている。店主たちはそんな姿を呆れたように眺めながらも、誰一人として食べ過ぎだと追い払おうとはしなかった。騒がしい食卓の真ん中へ座った私は、数百万年ぶりに自分のために用意された温かい飯を、誰かと笑いながら腹いっぱい食べた。


「親分、明日は何をすればいいですか?」

「まずは盗んだ店全部に謝りに行く。それから仕事を覚える。あと、私を親分と呼ばへん練習や」

「最後のは難しいです!」

「仕事より難しい扱いすな!」


 あちこちから笑い声が上がり、提灯の橙色の明かりに照らされた羅生街は、夜になっても昼間と変わらないほど賑やかだった。訓練所では番号か落ちこぼれと呼ばれ、何をしても役立たずだと切り捨てられてきた私が、ここでは出会ったばかりの者たちから当たり前のように声を掛けられ、食卓の真ん中に席まで空けてもらっている。親分という呼び名には未だに納得していないし、できれば明日の朝までに忘れてほしいと思っていたが、胸の奥に灯った温かさまで否定する気にはなれなかった。少なくとも、この街には明日になっても私が座ってよい場所があり、顔を見れば声を掛けてくれる者がいるらしい。


 そして翌朝、昨夜の穏やかな余韻を吹き飛ばす勢いで宿の戸が何度も叩かれ、眠りについたばかりの私は布団の中で盛大に顔をしかめた。数百万年ほとんど眠らず訓練していたせいか、久しぶりの布団は天国よりも心地よく、このまま百年くらい寝ていたいと思った矢先である。ところが戸の向こうから響くクロの声は、放っておけば本当に扉を突き破りそうなほど切羽詰まっていた。


「親分、大変です! 羅生街の奉行所から呼び出しが来ました!」

「……私、昨日来たばっかりやんな?」

「猫又一味の新しい親分が現れたって、もう街中の噂です!」

「なんで一晩で犯罪組織の頭みたいになってんねん!!!」

代表作!【暁の女帝〜狛犬と異世界革命〜】連載中です!

和風ダークファンタジーです!よければそちらもご覧ください!


毎日20時更新です!

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