表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
獄門道中閻魔大王への道  作者: 春と桜


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/11

羅生飛脚組

どうもはじめまして春と桜です。

初めての作品なのであたかかく見守って頂けたらなと思っています。よろしくお願いします。


「……私、昨日来たばっかりなんだけど」

「猫又一味の新しい親分が現れたって、もう街中の噂です!」

「なんで一晩で犯罪組織の頭みたいになってんねん!!!」


 数百万年ぶりに布団で眠れたというのに、目覚めて最初に聞かされたのが奉行所からの呼び出しとは、私の人生はどこまで労働と権力者に追い回されれば気が済むのだろう。昨夜は腹いっぱい食べた温かさと、誰かと笑いながら過ごした余韻に包まれ、このまま百年くらい眠っても罰は当たらないと本気で思っていたのに、現実は一晩どころか数刻の休息すら許してくれなかった。布団へ顔を埋めたまま聞こえなかったふりをしていると、今度はクロだけでなく子猫たちまで戸の向こうから「親分」と連呼し始め、宿中の客が起き出す前に諦めて身体を起こした。どうやら親分という肩書きには、休日も睡眠時間も存在しないらしい。


「奉行所へ行かんかったらどうなる?」

「役人が宿まで迎えに来ると思います。それと逃げた場合は、やっぱり後ろ暗いことがあるんだって噂になります」

「行っても犯罪組織の頭、行かなくても犯罪組織の頭。もう詰んでるやん」

「安心しろ。連行される時は見送ってやる」

「イナリ様は世界一の薄情者ですね」

「昨日は世界一のイケメンだったはずだが」

「評価は常に変動するんやで、商業の神様」


 身支度を整えて宿を出ると、朝の羅生街はすでに夜の静けさを脱ぎ捨て、魚を運ぶ掛け声や店先を掃く音、湯気の立つ鍋から漂う味噌の匂いで満たされていた。ところが私が大通りへ姿を現した途端、魚屋も団子屋も通りすがりの鬼までが手を上げ、示し合わせたように「親分、おはよう」と声を掛けてくる。昨日まで誰も私の存在を知らなかったはずなのに、たった一晩で顔と妙な肩書きだけが街中へ流通しており、商業の神であるイナリよりも私の方が宣伝能力に優れているのではないかと思えてきた。否定するたびに相手が面白がって声を大きくするため、奉行所へ着く頃には訂正する気力もすっかり削られていた。


 大通りの北側に建つ奉行所は、賑やかな羅生街の中では珍しく重苦しい空気を纏っていた。黒塗りの門には地獄の炎を模した紋章が掲げられ、左右には槍を持った鬼の役人が背筋を伸ばして立っている。門前まで付いてきたクロたちは役人を見るなり私の背後へ隠れたが、その態度がますます盗賊団らしさを増していることには誰も気付いていないようだった。案内された広間の奥には、岩のような身体と二本の太い角を持つ赤鬼が座っており、机の上へ積み上げられた書状の山から顔を上げると、私と十数匹の猫妖怪を順番に睨み付けた。


「お前が柱間牡丹か。昨日羅生街へ現れ、賞金首の猫又を捕らえた直後、その一味を配下に加えたという白髪の女で間違いないな」

「前半は合ってますけど、後半の言い方に悪意ありません? 私は配下に加えたんやなくて、盗みをやめさせて仕事を見つけただけです」

「結果として盗人猫どもはお前を親分と呼び、お前の指示に従っている。奉行所としては、新たな一味が結成されたと判断するのが自然だ」

「もっと自然に考えてください。昨日地獄の街へ来たばっかりの無一文が、なんで初日から犯罪組織を立ち上げるんですか」

「お前ならやりかねない顔をしている」

「顔で有罪にするのやめてもらえます?」


 赤鬼の奉行は獄堂玄馬と名乗り、羅生街の治安と商業を預かる立場だと説明した。その隣には細身の狐妖怪の役人が控えており、私たちの会話を記録しながら、時折クロたちへ疑わしげな視線を投げている。玄馬の話によれば、猫又一味はこれまで食べ物だけでなく小銭や荷物を盗んだ疑いもあり、被害を受けた店から何度も訴えが出ていたらしい。昨夜のうちに店主たちから事情を聞き、私が被害額を報奨金から弁償したことも把握していたが、それでも盗人を勝手に雇い、集団として行動させるには奉行所への届け出が必要なのだという。


「つまり私は、知らん間に無許可の人材派遣業を始めてたってこと?」

「言い方は妙だが、おおむね間違っていない。働き口を斡旋し、代価の一部を管理するのであれば、組合として登録する必要がある」

「代価を取り上げる気なんてないで。働いた子が自分で受け取ればええやん」

「ならば責任だけを引き受け、利益は取らないつもりか。盗みを再開した場合の弁償も、雇い先で問題を起こした場合の処罰も、お前が負うことになるぞ」

「なんで私が」

「親分だからだ」

「そこだけ街中と意見を合わせんといて!」


 玄馬の言葉は理不尽に聞こえたが、子猫たちへ仕事を与えて終わりではなく、その後に何か起きた時の責任まで考えなければならないという点では正しかった。昨日の私は、空腹の子どもたちを放っておけないという感情だけで話を進め、働き口さえあれば全て解決すると簡単に考えていたのかもしれない。クロたちへ目を向けると、役人に囲まれた緊張から耳を伏せているものの、逃げ出そうとする者は一匹もおらず、私が出す答えを黙って待っていた。親分になる気などなかったが、自分の一言を信じて付いてきた者を、面倒になったからと放り出すほど無責任にもなれなかった。


「分かった。昨日私が言い出したことやし、こいつらが仕事で何かやらかしたら私も一緒に責任を取る。でも盗みをしてへんのに、昔盗人やったって理由だけで追い払われた時まで謝る気はないで」

「随分と簡単に引き受けるんだな。責任という言葉の意味を理解しているのか」

「数百万年、他人の命令で死ぬほど働かされましたからね。責任を押し付けられることには慣れてます」

「それは慣れていいことではないだろう」

「この街に来てから、イナリより奉行さんの方が優しい気がしてきた」

「なら俺は帰るぞ」

「待って、冗談です。九割くらい」


 玄馬が額へ手を当てて深いため息をついた時、奉行所の外から激しい足音が近付き、ひとりの鬼役人が戸を開けて飛び込んできた。羅生街の東側にある薬問屋から、疫病にかかった子どもへ届けるはずの薬箱が盗まれ、犯人が屋根伝いに逃走しているという。奉行所の役人たちはすでに追跡を始めているものの、細い路地と屋根の入り組んだ一帯へ逃げ込まれ、姿を見失ったらしい。盗まれた薬は日が高くなるまでに届けなければ効力が落ちると聞き、玄馬の表情から先ほどまでの疑念が消えた。


「犯人の姿は?」

「灰色の外套を着た鎌鼬です。東の屋根へ逃げたあと、追跡中の役人二名を刃風で負傷させました」

「薬問屋から子どもの家まで、普通に運んだらどれくらいかかる?」

「急いでも半刻は必要です。薬箱を取り戻してからでは、間に合うかどうか……」

「クロ、この街の屋根は全部分かる?」

「当然です。俺たちが知らない抜け道なんてありません」

「ほな仕事や。半分は犯人を追って、残りは薬を受け取ったら子どもの家まで運ぶ。喧嘩はせんでええ、見つけたら居場所だけ知らせて」


 私が言い終えるより早く、クロたちは広間の戸から一斉に飛び出していった。つい先ほどまで怯えていた子猫たちまで迷いなく役割を分け、塀や柱を蹴って屋根の上へ散っていく姿は、昨日魚を盗んでいた集団と同じとは思えないほど統率が取れている。玄馬が止める間もなく、私もイナリと共に奉行所を飛び出し、クロの残した声を頼りに東の大通りへ向かった。もっとも、加減を忘れて一歩踏み出した瞬間に奉行所の門から三つ先の屋根まで飛んでしまい、背後からイナリの「屋根を壊すな」という怒声を浴びる羽目になった。


 屋根の上には、鎌のように鋭い爪を持つ灰色の妖怪が薬箱を抱えて走っていた。役人の追跡を振り切ったことで油断していたのか、前方の煙突から飛び出したクロに驚き、反対側へ進路を変えたところを別の猫妖怪たちに塞がれる。逃げ道を探して周囲を見回した時には、屋根という屋根の上へ十数匹の猫が並び、音もなく包囲を完成させていた。昨日までは街中から追われるだけだった者たちが、今日は街のために追う側へ回っている光景を見て、私は胸の奥が少しだけ熱くなるのを感じた。


「そこまでや。薬箱を置いて大人しく降りてきたら、私も走らんで済むし、あんたも世界記録保持者に追い回されんで済むで」

「誰が従うか! この薬は闇市で高く売れるんだ、猫どもごと切り刻んでやる!」

「親分、こいつ反省する気ないです!」

「ほな仕方ないな。目ぇ閉じとき」

「お前、何をする気だ」

「イナリ、記録更新してくる」


 鎌鼬が爪を振り上げるよりも早く、私は屋根を蹴った。風が一度だけ爆ぜ、次に気付いた時には相手の背後へ回り込み、落としかけた薬箱を片腕で抱え、もう一方の手で外套の襟首を掴んでいた。鎌鼬は自分がいつ捕まったのか理解できないまま手足をばたつかせ、クロたちは屋根を壊しかねない私の着地から逃げるため、一斉に隣の建物へ飛び移っている。慎重に降りたつもりだったが、瓦には私の足形がくっきりと残り、あとで家主へ謝りに行く仕事が一つ増えた。


「薬は無事や! クロ、頼んだで!」

「任せてください、親分!」

「今だけは許す、急いで!」


 クロが薬箱を咥えて走り出すと、数匹の猫妖怪がその前後を守るように並び、屋根の上を黒い矢のような速さで駆け抜けていった。残った子猫たちは逃げようとする鎌鼬の足へ縄を巻き付け、あとから追い付いた役人へ引き渡すまで決して気を緩めなかった。奉行所へ戻った頃には、薬が無事に届き、熱を出していた子どもも一命を取り留めたという知らせが入っている。広間に集まった役人たちは、戻ってきた猫たちを見る目を明らかに変えていた。


「獄堂奉行、これでもこいつらはただの盗人ですか?」

「昨日まで盗人だったことは変わらん。しかし今日、この街の命を救ったことも変わらない。働いた者には働いた分の評価を与えるべきだろう」

「ほな組合の登録、してもらえる?」

「許可する。ただし責任者は柱間牡丹、お前だ。名称も決めてもらう」

「猫又組でええんちゃう?」

「牡丹一家がいいです、親分!」

「急に極道っぽくすな!」


 結局、組合の名称は玄馬の判断で「羅生飛脚組」に決まり、クロたちは奉行所公認の運び屋と見回り役として働けることになった。報酬は仕事ごとに本人へ支払われ、盗みをした場合には組合全体で被害を弁償するという規則も定められたため、少なくとも空腹を理由に魚を盗む生活へ戻る必要はない。さらに長く使われていなかった奉行所近くの小さな倉庫を詰所として貸してもらえることになり、猫妖怪たちは自分たちの寝床を初めて手に入れたと知って、声を上げて喜んでいた。私はただ報奨金目当てで猫を追いかけただけなのに、気付けば仕事と部下と事務所まで揃い、地獄へ来て初めて社会的地位らしきものを得てしまった。


「良かったな、親分。無職を卒業したぞ」

「待って。私はいつ羅生飛脚組に就職したん?」

「責任者として登録された時だ」

「給料は?」

「責任者が自分で稼げ」

「また無給労働やんかぁぁぁ!!!」


 私の叫びを聞いて、玄馬も役人たちも猫妖怪たちも一斉に笑い出した。数百万年間、笑われる時は失敗した時か殴られて地面を転がった時だけだったが、今向けられている笑いには侮りも悪意もなく、いつの間にか私も同じように笑っていた。昨日まで名前すら知らなかった街で、仕事を任され、帰る場所を与えられ、頼ってくる者までいる。その全てが少し重く、それ以上に温かかった。


 

新連載!【獄門道中閻魔大王への道】を始めました!

ギャグ×和風ファンタジーです!よければそちらもご覧ください!


毎日20時更新です!


ブックマーク 評価 応援よろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ