だったら底を走ればいいじゃない!!
どうもはじめまして春と桜です。
あたかかく見守って頂けたらなと思っています。よろしくお願いします。
どれくらい泳いだだろう。もう分からない。時間の感覚なんてとっくに消えていた。腕は重いし足も重いし臭いにも慣れてしまった。慣れたくなかった。
「牡丹さぁん……」
「なんですかぁ……」
「日本って良い場所でしたねぇ……」
「血の池がなかったですからねぇ……」
私たちは黙って泳いだ。血を掻き分け、血を飲み、血に沈みそうになりながら泳いだ。
そんなある日だった。遠くから船がやって来た。私たちは歓声を上げた。ついに終わりが来るのだ。
「貴様ら!!!」
船の上には鬼教官が立っていた。全員が顔を上げる。佐藤さんなんて半泣きだった。私も泣きそうだった。
「一年経過した!!!」
歓声が上がる。一年だ。長かった。本当に長かった。だがそれももう終わる。血の池とはおさらばだ。
「あと少しだ!!!」
鬼教官はそう言い残して去って行った。私たちは顔を見合わせた。あと少しらしい。なら頑張れる。
「聞きました!?」
「聞きましたぁ!!!」
「あと少しですって!!!」
「やったぁぁぁ!!!」
そこから私たちは本気になった。どうせあと少しだ。頑張れば終わる。なら頑張ろう。
血を掻き分けて泳いだ。泣きながら泳いだ。喧嘩しながら泳いだ。友情も生まれた。
途中で沈みかけた人を引っ張った。溺れた人を押し上げた。消えそうな人を励ました。みんなで生き残ろうとした。
「頑張れぇぇぇ!!!」
「あと少しやぞぉぉぉ!!!」
「教官が言ってたもんなぁぁぁ!!!」
誰も疑わなかった。鬼教官が言うのだから本当だと思っていた。今思えば純粋だった。
「貴様ら!!!」
久しぶりに船が現れた。
「五年経過した!!!」
全員が固まった。
「……五年?」
佐藤さんが震える声で言った。私も同じ気持ちだった。なんなら全員同じ気持ちだった。
「あと少しだ!!!」
鬼教官は爽やかな笑顔だった。
「あと少しって?!」
「あと少しだ!!!」
「便利な言葉やなぁぁぁ!!!」
私たちの叫びを乗せて船は去って行った。誰も追いかけなかった。追いかける元気もなかった。
その時だった。佐藤さんが遠くを指差した。最初は誰も見なかった。どうせまた絶望だと思ったからだ。
「牡丹さん」
「なんです?」
「あれ」
私は顔を上げた。遠くに黒い影が見えた。最初は幻覚だと思った。五年間血しか見ていないのだ。頭がおかしくなっていても不思議ではない。
だが違った。影は少しずつ大きくなる。近付いてくる。違う。私たちが近付いているのだ。
「陸や……」
誰かが呟いた。
「陸だぁぁぁぁぁ!!!」
歓声が上がった。泣く者。笑う者。叫ぶ者…
天国かと思った。地獄だけど。私も泣いていた。
「佐藤さん!!!」
「牡丹さん!!!」
「陸です!!!」
「陸ですねぇぇぇ!!!」
私たちは最後の力を振り絞った。腕が千切れそうだった。足も動かなかった。それでも泳いだ。
五年だ。五年間不眠不休で泳いだのだ。今ならオリンピック選手にもたぶん負けない。
そしてついに陸へ辿り着いた。私は地面へ倒れ込んだ。冷たい。硬い。最高だった。
「陸ってこんな素晴らしかったんですね……」
「わかります……」
佐藤さんは地面へ頬ずりしていた。知らないおじさんは土へキスしていた。知らないおばさんは泣きながら転がっていた。
鬼以外全員泣いていた。五年ぶりの陸だった。感動しない方がおかしい。
鬼たちが握り飯を投げて寄越した。具はない。塩もない。ただの米だった。それでも涙が出るほど美味かった。
「うまい……」
「うまいですね……」
「米ってこんな味やったんや……」
全員が感動していた。そこへ鬼教官の怒声が響く。嫌な予感しかしなかった。
「食いながら走れ!!!」
全員固まった。
「次は針山だ!!!」
前方には巨大な山がそびえていた。山肌は黒い鉄のような色をしている。そしてその全てから針が生えていた。短いものも長いものもある。中には人間ほどの長さがある針まであった。
「嫌やぁ……」
私の本音が漏れた。すると隣の佐藤さんも深く頷く。五年間血の池を泳ぎ切った戦友である。
「嫌ですねぇ……」
「走れぇぇぇぇ!!!」
鬼教官の怒声が響く。感動の余韻も何もなかった。私たちは握り飯を頬張りながら走り出す。
「休みをくださいぃぃぃ!!!」
誰かが叫んだ。
「休みはある!!!」
全員が顔を上げる。
「十年に一度だ!!!」
歓声が上がる。
「貴様らはあと五年後だがな!!!」
歓声が消えた。
「鬼ぃぃぃぃ!!!」
そして針山は想像以上だった。一歩踏み出せば刺さる。転べばもっと刺さる。走れと言われても刺さる。何をしても刺さる。
「当たり前みたいに刺さるやん!!!」
「針山ですからねぇ!!!」
「そういう問題ちゃう!!!」
私たちは泣きながら登った。すると前方から妙な悲鳴が聞こえてくる。
「どきなさぁぁぁぁぁい!!!」
山が揺れた気がした。
全員が振り返る。そこには巨大な人影があった。いや、人影というか筋肉だった。筋肉が走っていた。
「アンタたちぃぃぃ!!!諦めちゃダメよぉぉぉ!!!」
身長は二メートル近い。肩幅は鬼と大差ない。ピンク色の着物を着ているが筋肉が全く隠れていなかった。
「誰やあれ」
「知りませんねぇ」
私は首を傾げる。だがどこかで見た気がした。見たことがある。絶対にある。
そして思い出した。
「あ」
「どうしました?」
「あの人や」
いた。血の池に。
五年間ずっといた。
「助けてぇぇぇぇぇ!!!」
「沈むぅぅぅぅぅ!!!」
「誰か押してぇぇぇぇぇ!!!」
毎日聞いた声だった。
朝も昼も夜も沈んでいた。なんなら初日から最終日まで沈んでいた。私たちは泳げない人なんだと思っていた。
「アタシの名前は百合川蘭子!!!よろしくねぇぇぇ!!!」
そう言いながら蘭子は転んだ男を片手で持ち上げる。そのまま肩へ担ぎ、さらに別の人間まで抱えて走り出した。
「なんで走れるんですか?!」
「聞いてくれる??」
オカマは胸を張りながら自分語りを始めた。
「血の池とアタシの相性は最悪だったの!!」
「なんでですか」
「筋肉が重いのよぉぉぉぉ!!!」
意味が分からなかった。
「五年間ずっと沈んでたんですか?」
「そうよぉぉぉ!!!」
蘭子はドヤ顔だった。
「沈むことしかできなかったワタシがどうしたと思う??」
「知りませんよ!!!」
「走ったのよぉ!!」
全員が固まった。
「は?」
「血の池の底を!!!」
蘭子が親指で自分を指差す。
「沈むなら沈むで構わない!!!だったら底を走ればいいじゃない!!!」
「底は全部針山だったわぁ!!!」
「知ってます!!!」
「だから五年間ずっと走ったのよぉ!!」
意味が分からない。
「上を泳ぐアンタたちの足元をずっと走ってたのよぉ!!!」
私と佐藤さんは顔を見合わせた。
「化け物や……」
「化け物ですねぇ……」
いつも応援ありがとうございます!
私の大好きな蘭子ちゃん登場です!
皆さんにも好きになってもらえますように…




