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獄門道中閻魔大王への道  作者: 春と桜


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2/5

地獄観光(嫌味)

どうもはじめまして春と桜です。

あたかかく見守って頂けたらなと思っています。よろしくお願いします。

鬼たちに両脇を抱えられ、私は長い石畳の道を引きずられていた。地獄に来てからというもの、理不尽しか起きていない。せめて説明くらい欲しいのだが、鬼たちは驚くほど口が固かった。いや、単純に私の話を聞く気がないだけなんだきっと。


「今からでも入れ替われませんか?」

 鬼の片方が眉をひそめた。

「何とだ」

「上司とです」

「無理だ」

「庇ったこと後悔してるんです。決して仲間ではありません。むしろ嫌いでした」


 私は諦めていなかった。別に命を懸けて守りたい相手ではなかったのである。今なら喜んで返品したい。


「残業代も出さなかったんですよ?」

「黙れ」

「私のプリンも食べました」

 隣の鬼が立ち止まり、ギロリとこちらを睨んだ。鋭い牙が覗く。私は即座に黙った。暴力は会話より強い。


 やがて巨大な門が見えてきた。城壁は空が見えなくなるほど高く、その向こうからは怒号や悲鳴が響いている。地面は踏み固められ、あちこちに黒ずんだ染みが残っていた。嫌な予感しかしない。


【第六地獄兵団訓練所】

 門の上にはそう刻まれていた。

 門の先には数百人の人間が集められていた。若い者もいれば老人もいる。泣いている者、怒鳴っている者、土下座している者までいた。みんな顔色が悪く震えている。もちろん私も震えている。


「整列!!!」


 突然、雷が落ちたような怒声が響いた。空気が震える。鼓膜が痛い。反射的に背筋が伸びた。


 朝礼台の上には巨大な鬼が立っていた。身長は二メートルを超えている。顔中に傷があり、片方の角は根元から折れていた。歴戦の猛者という言葉が似合う男だった。


「貴様らを歓迎する!!!」

 歓迎されている気が全くしない。

鬼教官は胸を張った。どうやら本気で歓迎しているらしい。その事実が一番怖かった。


「安心しろ!!!」

「地獄に落ちた以上、悠久の時を訓練に使える!!!」


 辺りが静まり返る。

 泣いていた者も怒鳴っていた者も口を閉じた。私も閉じた。何を言われたのか理解するのに時間が必要だったからだ。


「死ぬことはない!!!骨が折れても治る!!!腕が千切れても繋がる!!!」


 鬼教官は誇らしげだった。本気で良いことを言っているつもりらしい。価値観の違いが深刻である。地獄の常識と人間の常識は相容れないらしい。


「素晴らしい環境だろう!!!」

「労基はどうなってるんですか!!!」


 しまった、つい叫んでしまった。

 訓練所が静まり返る。数百人の視線が集まった。鬼教官がこちらを見る。めちゃくちゃ見ている。嫌な予感しかしなかった。


「柱間牡丹!!!」

「はい!!!」

「貴様だけ訓練二倍だ!!!」

「なんでやねん!!!」


 訓練はその日から始まった。

整列が終わると私たちは列を組まされ、そのまま訓練場の奥へ連れて行かれた。鬼たちは慣れた様子で歩いているが、人間たちは違う。処刑場へ向かう囚人の行進と言われた方がしっくりくる。


「前進!!!」


 鬼教官の怒声が飛ぶ。

 誰も逆らわない。

 逆らえる雰囲気ではなかった。


 しばらく歩いていると異臭が鼻を突いた。生臭いような、鉄のような、腐ったような臭いだ。隣を見ると中年男性が荒い息を吐いていて思わず顔をしかめた。周囲も同じだったらしく、あちこちで咳き込む声が聞こえた。なるべく吸い込まないように口呼吸をしながら私は歩いた。隣で「オエッ」とか言ったら失礼だしね。

「うわ……」

誰かが呟いた。目の前には巨大な池が広がっていた。

「血の池地獄だ!!!」

鬼教官が誇らしげに叫ぶ。

観光名所の紹介みたいなテンションで言うな。


「今から貴様らにはこれを泳いでもらう!!!」

 誰も拍手しなかった。

「なお溺れても問題ない!!!」

 誰も安心しなかった。

「沈んでも死なん!!!」

 ジョークかな?もう死んでる。

「飛び込め!!!」


 誰も動かなかった。

 当たり前である。

 どう見ても入りたくない。


「飛び込め!!!」

 鬼教官がもう一度叫ぶ。

 それでも誰も動かない。

 次の瞬間だった。

 一番前にいた男が蹴り飛ばされた。


「ぎゃあああああ!!!」


綺麗な放物線を描いて男は池へ落ちた。

鬼だ……。

私たちは自ら飛び込んだ。

…人類は学習するのだ。

「うわあああああ!!!」


 血の池へ飛び込んだ瞬間、全身がべったりとした感触に包まれる。臭い。とにかく臭い。鼻が曲がりそうだった。

隣の人の口臭を疑った私は馬鹿だ。ほんますんません。


「なんやこれ!!!」

「泳げぇぇぇ!!!」

「無理ぃぃぃ!!!」


周囲は大混乱だった。溺れる者、泣き叫ぶ者。

私もその一人だった。

必死に手足を動かす。

すると隣で同じように溺れているおじさんと目が合った。


「助けてくださいぃぃぃ!!!」

「私も余裕ないですぅぅぅ!!!」


眼鏡をかけた真面目そうなおじさんだった。

しかし今は必死すぎて真面目さの欠片もない。


「名前ぇぇぇ!!!」

「佐藤ですぅぅぅ!!!」

「私は牡丹ですぅ!!」

「佐藤さんはなんで地獄にきたんですかぁぁぁ!!!」


「授業中にチョーク投げたからぁぁぁ!!!」

「理不尽やなぁぁぁ!!!」

「ですよねぇぇぇぇ!!!」

 友情が芽生えた瞬間だった。


一時間たっても私たちはまだ泳がされていた。

地獄だった。

本当に地獄だった。

「教官!!!」


 誰かが叫ぶ。


「なんだ!!!」

「いつ終わるんですか!!!」

「向こう岸に着いたらだ!!!」

 全員が向こう岸を見たが見えなかった。

地平線しかなかった。


「嘘やろ……」

 誰かが泣いた。

 私も泣いた。

 だがその時だった。

 隣を泳いでいた佐藤さんが突然沈み始める。


「佐藤さん!?」

「足がぁぁぁ!!!」

「足がどうしたんですか!?」

「つったぁぁぁ!!!」

 地獄に来てまでそれあるんや。

 私はなんとも言えない気持ちになった。

佐藤さんはどんどん沈んでいった。血の池は思った以上に深く、底なんて見えない。ドロドロとした血の中で、佐藤さんだけが必死に手を振っていた。

 誰も助けに行かない。というより余裕がないのだ。みんな自分が沈まないようにするので精一杯だった。私も余裕なんてない。ないのだが。


「しゃあないなぁ!!!」

 私は方向転換した。困っている人を見捨てられない。だからこんなことになった気もする。学習能力は死んだ時に置いてきたらしい。


「見るがいい!!小学校六年間続けた私のバタフライを!!!」

血飛沫を撒き散らしながら私は前へ進んだ。速いかどうかは分からない。だが気持ちは日本代表だった。


「今行きますぅぅぅ!!!」


 佐藤さんへ手を伸ばす。手を取り合ったその瞬間、二人まとめて沈み始めた。血の池は思った以上に重かったのだ。ドロドロした液体が身体へまとわりつく。


「佐藤さぁぁぁん!!!」

「牡丹さぁぁぁん!!!」

私たちは血の池の中にいた。不思議と息はできた。会話もできた。理由は知らない。地獄だからだろう。


 そして底は無数の針で埋め尽くされていた。


「「うわぁ……」」


 二人揃って引いた。

 私たちは沈んでいる。針へ向かって。

 私は佐藤さんを見た。佐藤さんも私を見た。


 ……これは無理や。

人間には諦めが肝心な時もある。

特に針山へ沈んでいく時はね。


「佐藤」

「はい」

「すまん」

「え」

「達者でな」


私は静かに方向転換した。友情より大事なものがある。生存本能である。死んでるけど。


「牡丹さぁぁぁん!!!」


 佐藤さんが叫ぶ。

 私は振り返らない。

 これが大人の別れだった。


 その時だった。


爆速の何かが私の横を通り過ぎた。

魚かと思った。違った。佐藤だった。なあんだ佐藤か……っいや待て。

「佐藤ぉぉぉ!!!」

「失礼しまぁぁぁす!!!」

「泳げるやないかぁぁぁ!!!」

「足治りましたぁ!!」


 佐藤さんは一目散に岸へ向かって行く。

 私だけを置いて。

 針へ向かって沈みながら、私は悟った。

 見捨てられたのは私だった。


「許さん!!!」


 血の池に私の怒号が響く。

 佐藤さんは振り返りもしない。


「友情は決裂やぁぁぁぁ!!!」

「そんなぁぁぁぁ!!!」


 数分前に生まれた友情だったが数分後に終わった。

代表作を執筆中なので、更新はゆっくりめです。

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