地獄に落ちちゃった
どうも春と桜です。
代表作を執筆中なのでゆっくり進んでいきます!
続いてのニュースです。本日未明、東京都内のオフィスビルで発生した無差別襲撃事件により、十二名の死亡が確認されました。犯人グループは現在も逃走中です。警察は周辺住民へ不要不急の外出を控えるよう呼びかけています。
気づいたら私は地獄にいた。前世で悪いことをした記憶はない。平凡な日常を送った。だから正直納得はいっていない。
私が死んだのは、今朝突然会社へ押し入ってきた武装集団に撃たれたからだ。憎たらしい上司が喚き散らかしながら殺されそうになった瞬間、咄嗟に身体が前へ出て、気づけばおでこに風穴が空いていた。そこまでは覚えている。
特別ヒーロー願望があったわけでもないし、上司のことなんて庇いたくもなかった。残業代は出ないし説教は長いし、セクハラするような人だった。それでも身体が勝手に動いたのだから仕方がない。人間、たまに意味の分からないことをする。
そんな感じで私はここにいる。なんで地獄か分かるかって?感覚でわかるのだ。私の魂がそう言っている。辺りは漆黒の煙に覆われ、ポツポツと火の玉が灯りのように浮いていた。
「こっちに行けばいいんかな」
火の玉を頼りに歩く。すると霧の向こうに巨大な門が見えてきた。門を挟むように二人の人影が立っている。どうやら受付らしい。
鬼だ。桃太郎に出てくるような鬼らしい鬼ではない。人型に角が二本生えているだけで、ずいぶん整った顔をしていた。角がなければ普通に人間と間違えそうだ。地獄の採用基準どうなってるんやろ。
「粕野漢だな?」
「え?」
「粕野漢だな?」
「え?」
「新聞会社勤務、四十六歳男性」
「違います。それ私の上司です」
「……」
「……」
鬼は書類を見た。私を見た。もう一度書類を見た。隣の鬼も覗き込んでいる。
「し、しばし待たれよ!」
「受付で本人確認ミスることあります?!」
鬼たちは慌てて書類をめくり始めた。地獄に来て最初に抱いた感想は、意外と適当やな、である。私は近くにあった椅子へ腰を下ろした。どうせ待つしかない。
「お隣よろしいですかのう」
ふと顔を上げると、一人のおじいさんが立っていた。どこかで見た顔だ。近所で見たことがある気がする。
「どうぞ」
「若いお嬢さんも地獄ですか。世も末じゃのう」
「私もそう思います」
おじいさんは隣へ腰掛けた。しばらく眺めているうちに思い出す。ああ、中村の爺さんだ。自宅の柿の木を守るため、毎年小学生と戦争していた名物爺さんである。
「中村の爺さんや」
「おお、知っとるか」
「有名でしたから」
私たちが話していると鬼に呼ばれた。
「中村高雄殿」
「はいはい」
おじいさんは立ち上がる。足取りは重かったが、妙に堂々としていた。鬼は書類を読み上げる。
「あなたは何度も子供を恐喝した」
「恐喝ではない」
「柿を独り占めしようとした」
「ワシの柿じゃ」
「強欲である」
「納得いかん」
私も納得いかなかった。柿を独り占めしただけで地獄に来るものなのか。世の中思ったより厳しいらしい。
「中で閻魔大王様がお待ちです」
ギィィ、と巨大な門がゆっくり開く。
だが中の様子は見えない。黒い霧が立ち込めていて何も分からなかった。
「お嬢さん」
「はい?」
「来世では柿を育てるんじゃぞ」
「なんでですか」
「美味いからじゃ」
そう言い残して爺さんは消えた。
実は私も柿戦争にちゃっかり混じってたことは伝えそびれた。
もし来世があったら柿を植えよう。中村の爺さんの遺言だ。
しばらくして私も呼ばれた。
「柱間牡丹殿」
「はい」
「あなたは色欲に溢れた粕野漢の死を庇った。間違いありませんね?」
「色欲は初耳なんですけど」
鬼は書類を確認する。
「部下への不適切発言三百二十一件」
「…でしょうね」
「セクハラ認定五百七件」
「思ったより酷かった」
「女性社員を泣かせた回数」
「もうええです」
どうやら私の上司は予想以上にクソだったらしい。生前から知っていたつもりだったが、まだ底があったようだ。
「間違いなく庇いましたね?」
「いいえ」
「庇いましたね?」
「庇うつもりはなかったんです」
「庇いましたね?」
鬼が金棒をチラつかせてきやがった。
「はい、間違いありません。私がやりました」
「…中で閻魔大王様がお待ちです」
門が開く。私はため息を吐いて中へ入った。あんなやつ庇わなきゃよかった。暴力反対。
門の先にあったのは巨大な法廷だった。赤黒い絨毯が奥まで続いている。左右には鬼たちが並び、壁には巨大な松明が灯っていた。その最奥に玉座がある。
そこに座る男を見た瞬間、私は嫌な予感がした。
閻魔大王。
もっと威厳のある存在を想像していた。だが目の前の男は違う。上手く言えないが、会社で見たことのある顔だった。
親のおかげで出世した無能の顔である。
「柱間牡丹」
「はい」
「貴様は悪人を庇った」
「はい」
「よって同罪とする」
「は?」
思わず声が漏れた。法廷が少しざわつく。だが閻魔大王は気にもしていなかった。
「異議あります」
「却下」
「まだ何も言ってません」
「聞く価値がない」
「横暴やないですか」
鬼たちの何人かが気まずそうに目を逸らした。どうやら日常茶飯事らしい。私は急に頭が痛くなってきた。
「悪人を庇った者は悪人だ」
「それで地獄送りですか?」
「そうだ」
「無茶苦茶や」
「黙れ」
会話にならない。なるほど。地獄だから会話が通じないのか。そう思ったが違う気がする。この人だから通じないのだ。
「柱間牡丹」
「はい」
「貴様を第六地獄兵団へ配属する」
「なんでですか」
「天国侵攻のためだ」
「は?」
今度は本気で意味が分からなかった。周囲の鬼たちは平然としている。どうやら私だけが驚いているらしい。
「兵が足りんからな」
「だからって一般人ですよ」
「壁にはなる」
「戦闘経験ありません」
「訓練すればよい」
「虫も殺したことないんですけど」
「慣れる」
「慣れたないです」
閻魔大王は話を聞いていなかった。いや、聞いてはいるのだろう。ただ最初から結論が決まっているだけだ。
「連れて行け」
「情状酌量の余地を!」
「却下」
「なんでやねん!」
鬼たちに両脇を抱えられる。抵抗してみたがびくともしない。さすが鬼である。筋力が人間と違った。
引きずられながら私は玉座の閻魔大王を睨みつけた。向こうはこちらなど見てもいない。書類へ判を押し始めている。
ああ、なるほど。
このハゲは人を人だと思っていない。
善人も悪人も関係ない。ただ兵隊が欲しいだけだ。だから私もここにいる。
「クソ閻魔め……」
誰にも聞こえないよう呟いた。だが胸の奥には確かな怒りが残っていた。
この時の私はまだ知らない。地獄で気の遠くなるほど訓練させられることも。戦闘の才能が一向に開花しないことも。そしていつか、本気で閻魔大王をぶっ飛ばそうと決意することも。
今分かっているのは一つだけだった。
この閻魔大王、めちゃくちゃ腹立つ。
いつも応援ありがとうございます!
今後とも宜しくお願いします!




