Rumor in the Centmire / セントミアでの噂
間もなくフォルテリアス国の王都、セントミアでの社交シーズンが始まる。
国内の貴族に、交流のある各国の代表が集まり、王城や、王都にある屋敷での社交が行われる。気候の良い季節がら、王都近くの森での散策や、湖や川での舟遊びも催され、楽しみにしている者も多い。
人が集まるということは、その分の準備も大変だ。
大移動に合わせて、街道や河川、港の整備が行われ、警備や案内の計画が立ち、物資の移動もすでに始まっている。
領地からでてくる貴族の私邸では、すでに使用人が先乗りし、屋敷の準備を始めているところもあった。
王城でも同様だ。
様々な部署で、連日のように会議があった。
そのうちの一つ、王子自らが参加する報告会で、最後に王子自身からもたらされた情報に、その場がざわついた。
「ああ、そうだ。今年はウィスタントンからライアンが来る。賢者が揃うことになるようだから、よろしく頼む」
「な、なんと、ライアン様が!」
「賢者殿が王都へ参られるのですか!」
皆の驚きも当然であった。
士官学校を卒業し、成人の年に社交に出たきり、ライアンが夏に出向くことはなかった。
そのライアンが、十年ぶりに社交に顔を出すという。
いったい何事があるのだろうかと、驚きを顔に出す者もいれば、精霊術師の中には、感激のあまり顔を真っ赤にしている者もいる。
ボソボソとささやかれる話を、手を挙げて収めた者がいた。賢者の長兄、シブースト・ウィスタントンである。
「特別なことをする必要はない。アレもそういうことを嫌う」
「ですが……」
「賢者の人数が増えて違いがでるとすれば、建国祭に椅子を足すぐらいのものだ。ウィスタントンから来る人数は、例年と変わらぬ。ライアンが来る代わりに、ギモーブ夫婦が留守を預かる」
賢者の兄の意見は、兄だからこそ大変乱暴である。
実際のところ、椅子だけでは済まない事が多かろうが、二人の賢者がそろうことを念頭に置いて、もう一度見直す方がいいだろう。
十年前の夏には、ライアンの成人と同時に、賢者見習いが、賢者と称されるようになった。祝賀の熱狂と、周囲の、特に適齢期のご令嬢とその関係者が牽制しあって大変だったのだ。
解散となり、室内から出る者達は、口々にライアンの来訪について話していた。
「お顔を拝見するのは、久しぶりになるな」
「私はお会いするのも初めてなのです」
毎年、王城や各領地から送られる晩餐や遊興の招待状に、多忙だ、という断り以外の返事が戻ったことはない。
王都の者にとって、当代の賢者は、陛下よりお会いすることが叶わぬと言われた、聖域にあって姿を見れない者だった。姿を見れないどころか、噂すら届かない賢者だったのだが、この冬より様子が違ってきたのだ。
「あれではないか?冬に流れたライアン様の噂と、関係あるのではないか?」
「噂……?って、どなたかとご一緒にお暮らしになられているという、あれか!」
「あれは真のことなのか?」
「その方のお披露目なのではないだろうか」
「しかし、こちらには何の話も入ってはおらぬぞ?」
「シブースト様が言われたではないか、王都に来る人数は同じだと。つまりお二人なのだよ」
「ほら、春の大市での噂があったろう?ご愛妾の扱いを厭われたのではないか?」
「おお!それでは、お決めになられたということか!それは喜ばしい」
「ご婚約は、まだお済みではないだろう?」
「お相手がお若くて、ご成人となられるのをお待ちだと聞いたぞ」
「ご一緒にお暮らしなら、公爵は内々に了承しているのだろう。国王陛下に挨拶をして、ご婚約となるのではあるまいか」
先代、先々代の賢者が、そのように特別な誰かを伴って来たことはなく、対応した記憶も、記録もなかった。ご婚約となるなら、相応の披露目が必要なのではないか。
失礼のないように、もう少し情報が欲しいところだ、と皆が思った。
ウィスタントンは遠く、北の外れだ。
領主も頻繁に王都へはやって来ず、王都に滞在するシブースト・ウィスタントンは、噂話は好まず、話しかけにくい。
当代の賢者のことは、いつの時代にも増してベールに包まれ、あいまいだった。
王城で働く者達は、春の大市に出向いた者から話を聞こうと、それぞれの部署へと散っていった。
数日のうちに、ライアンの来訪は、王都で周知のことになった。
パネトーネ侯爵にも、王都の精霊術師ギルドの長をしているクロスタータから、まずそれが伝えられた。
「王城から出た話だから、確かなことだと思うが。今、ギルド内も騒いでおる」
「そうか……。賢者殿がご婚約となられるか」
周知の過程で、噂や憶測がくっついたようだが、多くの噂がそうであるように、どこまでが事実なのか、誰にもわからなかった。
「兄上、今日お越しいただいたのは、クレマから私のところに、王都に戻りたいという嘆願が、何度か来ておるのだ」
「其方にまでか」
パネトーネ侯はため息をついて、眉間をもんだ。
春の大市での失態の後、クレマを領内の別邸に留めているが、ここの所毎日、同じ件で侍従を本邸に寄越している。往復させられる侍従も、たまったものではあるまい。
「どうしたものか」
間もなく社交シーズンが始まる。
遠くウィスタントンで起こった出来事だとはいえ、クレマの失態が全く知られていないわけではない。
噂はシルフより速いというのは本当なのだ。
これで今年の社交にも出ないとなれば、さらに話が風に乗って広がり、その途中でどのように色がつくかわからない。
「社交に出さぬわけにはいかぬが……」
本人もそのつもりで、王都にでなければ社交の準備が間に合わぬ、と、催促しているのだ。
夏の社交を欠席すれば、まず良縁は結べない。
それでなくとも、貴族間で噂がささやかれ、クレマの縁談は難しくなっていた。下位貴族にさえ、すでに他との縁があるのでと、話を聞いたこともなかった縁を盾に、申し入れを断られている。
成人して一年、今年婚約が決まらなければ、今後はますます難しくなるだろう。
賢者の不興を買い、これ以上の失態は避けたいが、社交に出さないわけにもいかず、なんとも悩ましいことだった。
「兄上がよろしければ、私が王都でクレマの様子を見てもいいが」
頭痛をこらえるようなパネトーネ侯の様子に、クロスタータが申し出た。
「なんと」
「いや、クレマは二つ加護があり、力もある。ウィスタントンから新しい精霊道具の案がまた来ており、広がりそうなのだ。術師の仕事は増え、クレマにできることもあろう」
「ふむ」
縁がうまく結べなければ、クレマもいつまでも、今のようにのんびりとは過ごせぬだろう。
術師の仕事を経験させるのもいいように思えた。クロスタータの元にいれば、うまく使いこなせていない加護の力も、使えるようになるのではないかという目論見もあった。
「クロスタータ、クレマには私から言っておこう。よろしく頼む」
侯爵は、クレマの反応を思い、眉をひそめながらも立ち上がった。
なんとレビューをいただきました。寝起きに目を疑いましたが、紅茶を飲んだら目が覚め、夢ではないと確認しました。
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