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Prep work / 下準備

 リンとライアンは、聖域を出たその足で、クグロフの工房へと向かった。

 

 木工細工の工房も、上のタペストリーの織物工房も、人が増えている。そしてどこも大忙しだ。現在は、最上階にも何かの工房を入れようかという話にもなっているようである。


 塔をのぞくと、ガレットとヴァルスミアの職人の姿は見えるが、クグロフの姿がなかった。


「どうぞお入りくださいませ」


 近くにいた職人が気づき、二人を中へといざなった。


「あの、クグロフさんは外出中ですか?」

「いえ、金細工の工房の方にいるかと。すぐに呼んでまいります」


 工房を見回すと、ブラシの柄を削っている者があれば、扇子の骨を薄く仕上げている者もいる。それぞれが分担して作業しているようだ。

 ガレットの前には、コンソールテーブルのようなものが置かれ、ヤスリをかけているようだ。

 ライアンとリンを見ると、立ち上がって、丁寧に頭を下げた。


「あの高さは、リンの注文した、茶のテーブルだと思うぞ」


 近寄ってみると、確かに注文したサイズのテーブルだった。

 横長で、リンが片側に座って工夫茶をいれ、目の前のお客さまに出すのに、丁度いい大きさになっている。

 赤茶色の木を使ったテーブルで、何より目を引くのが、その脚だ。細く、優美なカーブを描いていて、エストーラのデザインだなと、ひと目でわかる。


「だいぶできているな」

「秋の大市には、十分間に合うでごぜえますよ」


 ガレットと話していると、クグロフが早足でやってきた。


「これは、ライアン様、リン様、ようこそお越しくださいました」


 椅子をすすめられ、ガレットのすぐ近くに腰を下ろした。


「あの、ラミントンから扇子用の紙と石が届きました。三段スタンド用の皿も」

「はい。先ほど、シュトレン様がお届けくださいました」


 それで領主夫人の三段スタンド用のデザインを、皿の雰囲気に合わせて修正していたのだそうだ。


「スタンドは間に合いそうですか?」

「はい。装飾を考えるのに、師匠にも助けていただいております。夏の社交までに間に合わせるのは、ご領主夫人とシュゼット様、リン様の三名分だと承っておりますので」

「私のは後で大丈夫ですから」


 ブラシも扇子も、仕上げまでは多くの者で分担して作業しており、ガレットも毎日工房に出ているという。細かい彫刻ができなくなったとはいえ、ガレットがいるのは、工房の要としても、作業の面でも大きかった。

 リンの作ったグラッセの扇子用の石を渡し、他の石の由来を話すと、クグロフは大きくうなずいた。


「お話をうかがって、気持ちが引き締まりました」


 クグロフが請け負って、ライアンとリンは工房を後にした。




 家に戻って着替えると、リンはアイスティーを持ち、ライアンの執務室へ向かった。

 毎日、社交に向けてのテスト中で、今日はプーアル茶のアイスティーだ。

 ライアンはすぐに執務に入ったようで、シムネルから報告を受けているところだった。


「マントはやっぱり暑いですね」

 

 リンは暑い時でも熱い茶を飲むが、外から戻ったこんな時は、さっぱりとしたアイスティーを飲みたくなる。

 赤みのあるプーアル茶は、冷たくしても、少しトロリとして、まろやかだった。


「ライアン、銅板は工房にまだ残っていましたよね?」

「ああ。検証の時に使った残りが保管してあるが」

「使ってもいいですか?いくつか試したい物があるので。あとグノームを使って、形をつくる祝詞を教えてください」

「いろいろやり方はあるが……。設計図を描くのが一番正確にできるが、描けるか?」


 ライアンはリンが描いた、枝を並べたような扇子の絵を思い出すと、疑わしいというような目で見た。


「なにを作るのだ」


 リンは自分で書いたメモを取り出し、見ながら言った。


「ええと、試したいものがけっこうあるんです。製氷皿、クッキー型、絞り出し袋用に星型の口金、アイスクリームスクープは、大小の二個。クレープカップの型も二種」


 ライアンは自分でも書き取りながら聞いていたが、どれもよくわからない物だった。


「リンが製作したい物は、どれも思い浮かばないのだが」

「ですよね。ほとんど製菓道具ですし、こちらに似たようなものが、ないかもしれません。小さな氷を作る皿に、誰でも同じ形のクッキーができる抜き型、ホイップクリームを薔薇の形に絞りだす型、アイスクリームを丸くすくうスプーン、あと、アイスクリームを持ち帰る、食べられるカップです」

「食べられる?」

「ええ。これがあれば、天幕でも販売ができそうなので」


 アイスクリームコーンがあれば、わざわざ別容器やスプーンを用意しなくてもいいし、底を平らにすれば、『凍り石』をいれて、お持ち帰り用、お土産用にもなるかもしれない。

 ライアンが驚いて言う。


「アイスクリームを街でも販売する気なのか」


 ライアンの質問はわかっている。

 貴族にも初めてとなるアイスクリームを天幕で販売するのは、かなり贅沢なことだ。

 

「販売時期は、貴族の方が社交で味わってからになりますし、バニラのような高価なものを使用しないアレンジは必要になるんですけど。買いにくるのがお金持ちの人とか、貴族のお使いでもいいと思うんです。同時にウィスタントンの物産や、『凍り石』の宣伝をしたいんですよ」


 それも、今から作る銅板が、うまく加工できるかにもよるのだ。


「ライアン、とりあえず作ってから見せますから、祝詞を教えてください」


 ライアンは立ち上がると、シムネルに指示をだして、リンと工房へ入っていった。


「作りたいものの大きさや形が決まっている場合は、それを絵に起こして、グノームに指示するのが楽だ」


 そういうとライアンは、銅板を取り出し、よく作る『冷し石』を収める小さな銅箱を紙に描き始めた。この辺は四分の一オークの長さ、厚さは五エーコン、とサイズも書き込む。

 エーコンは、どんぐりのことだが、一オークの長さの百分の一ぐらいを表す単位でもある。一エーコンが三ミリぐらいだろうか。


 絵を描き終わると、土の石を握り込み、グノームを呼び、トントンと台に置いた設計図を指し示した。


「グノーム、パラーレ(準備せよ)。……フォルマーレ(形づくれ)


 銅板の周囲でオーブの光がふわりとしているが、見えない手が折り紙をするように、簡単に板が曲がり、ライアンが描いた通りの銅箱ができていく。


「細かいものになると、ここから調整が必要だ。表面を滑らかにしたり、磨いて光らせるのは、絵に描き起こせないので、その都度指示が必要になる」

「わかりました」

「じゃあ、簡単なものからやってみるか」

「アイスクリームスプーンかなあ。普通のスプーンより丸く、膨らませたいんです。ボール型のアイスが出来ます」


 リンが半円で、持ち手の太いスプーンを描くが、ライアンの納得する絵ではないようだった。


「リン、これでは丸くはならぬぞ。線が曲がっている」


 結局ライアンが思った通り、リンの絵だと不十分だということで、ライアン自身が、大きさを聞き取り、図を描いていく。


「グノーム」


 リンは土の石を持ち、絵をトントンと叩いた。


「パラーレ。フォルマーレ オブセクロ」


 目の前の銅板がググっと丸みを帯び、くるりと曲がって、アイスクリームスクープが形づくられた。

 握ってみるが、持ち手の太さも良さそうだ。

 これで試して、良ければ、今度は銅の細工師に注文を出すことになるだろう。


「後で、アイスがちゃんと丸くなるか、使ってみましょう」


 その後、他の道具も主にライアンが描いて作ったが、見たことのない物を、リンの絵と説明で描くのは難しいようだった。

 使い方の説明まで聞き、リンに確認を取りながら仕上げていく。

 実際に厨房で使ってみないと良いのかわからないので、テストの後にまた微調整を入れることにした。


 一番大変だったのはクッキー型だろうか。

 簡単に言えば、リンとライアンの感性の違いが問題だった。

 丸型、花形、リーフ型、スプーン型ぐらいまでは良かったが、クリスマスツリー型、ウサギ型をリンが描いたところで、ライアンの眉根が寄った。


「リン、これはスプルースの木か。これでは木に見えぬ。それに耳の長いのは、ウサギか?ウサギは、そのように手を広げて立たぬ。立つ時は、こう、手が前だ」


 自分の手を前にして、ウサギの立ち方を見せてくれるライアンはかわいいが、もっと細かく木を描き、ウサギは、毛のふさふさ感まで描きこんでしまっている。


「ライアン、こんなに細部までクッキーでは表現できませんよ。シンプルな線じゃないと。それに私の描いた方が、丸くって、かわいいです」

「……このように、大きさのバランスまでが変なものを、かわいいというのは、よくわからぬ」


 なぜリンの絵がおかしいのかが、ライアンにはわかった気がした。デッサンの狂いも含めて、かわいいと思う感性がおかしいのだ。

 結局、リンとライアンの感性が許す、ギリギリのところで形が決まった。

 口を開けたシロが、ちょこんと座っている形だけは、リンは変更しなかった。


「私のシロだから、これでいいんです。私が食べるクッキーになるんですから」




 できたばかりのアイスクリームスクープを使って、リンは執務室でアイスをすくっている。

 柔らかく固まるかが不安で、シルフにお願いして、何度も混ぜながら凍らせたので、滑らかに仕上がっている。

 風の術師の仕事が増えるかもしれないが、館の厨房での手伝いを、味見目当てで術師が取り合っていると聞くので、アイスクリームを作るのにも問題ないだろう。

 台湾の鉄観音茶で風味をつけたアイスは、少し茶色がかっていて、スクープを動かすと、丸くまとまるように削られる。

 

「よさそうですね」


 ライアンは気にいったのか、気になるのか、何度もアイスをすくって、厨房からブルダルーまで呼んで話を聞いている。


「ライアン、溶けちゃいますよ。ライアンの好きな、鉄観音茶のアイスですからね」


 ほんのりと香ばしいアイスを口に入れながら、リンはメモを眺めて、会議までの準備を考えていた。



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