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The night of the summer solstice / 夏至の夜

長いです。

 夏至の儀式の後は、周囲に用意されたテーブルに分かれて座り、祝祭の宴だ。

 

 まさか領主が臨席するとは思わなかったから、特別な準備は何もしていない。領主は全く気にならないようで、どうぞこちらへ、と案内された上席についていた。


「ライアン、リン、こちらだ」


 リンは領主とライアンに挟まれる形で腰を下ろした。


「父上、給仕の者もおりませんが、よろしいですか?」

「もちろんだ。民と一緒に宴にでるのは久しぶりだが、構わなくて良い」


 この時期によく食べられるウィスタントンの料理は、羊のひき肉料理で、洋梨のような形に整えられ、上部には薬草の枝が、果実の葉を模して刺さっていた。

 給仕人はいないと言いつつも、シュトレンが料理を取り分けて領主に出し、リンの前にも置く。

 

「これは初めて食べますね」

「ええ。五、六月は牧草が良いので、羊と牛は、夏が一番おいしいのですよ」


 リンは羊肉が苦手だったが、スグリが入っていて甘酸っぱく、スパイスの香りもあって、全く気にならなかった。


 あちこちから、ドルーと精霊に感謝を捧げる、にぎやかな声が聞こえる。

 皆が交代で飲んで食べ、そのうち笛や弦に合わせて、火の周囲を輪になって踊り始めた。手を繋ぎ、右に左に、前へ後ろへと跳ね上がる。元気のいいフォークダンスだ。

 最初はヴァルスミアの者が多かった輪に、一人、二人と村人が加わり、一緒に踊り始めた。


「あ、ポセッティさんも輪の中にいます」

「こちらの祭りに来ていたのだな」


 村人の中に混じって、ポセッティの笑顔が見える。


 ライアンと話していると、その肩越しに、奥のクリムゾン・ビーの畑の中を、オグとエクレールが歩いているのが見えた。そこから少し離れて、子供達がしゃがみ込み、花の後ろをゆっくりと移動している。

 リンは、首をひねった。

 かくれんぼでもしているのかと思って見ていたが、鬼らしき子供は見つからず、オグとエクレールの移動に合わせて動いているようなのだ。その後ろに、シロまでが背を低くしてついていく。


「……あの子達は何をしているんでしょうね」


 領主とライアンも気づいたようだ。


「隠れているようであるな」

「あれはハンター見習いか?」

「ですよね。……ちょっと私も行ってきます」


 カモミール畑の端でしゃがむと、リンはじりじりと子供達に近づいた。

 途中でシロがそれに気がつき、鼻でタタンに知らせると、ローロとタタンはリンの側までやってきた。


「リンお姉ちゃん」

「リンさん」

「ねえ、何やっているの?」


 ひそひそ声だ。


「あのね、たぶん、結婚すると思うの」

「え、誰と?」


 こんなに早く結婚の約束をしたら、さすがにダックワーズさんが嘆くかもしれない。

 するとローロが、オグとエクレールを指した。

 リンの目が丸くなる。


「うそでしょ!」

「「しーっ」」


 リンは口を手で覆った。


「……ホントに?」


 二人がうなずく。


「エクレールさんに、ピンを渡してた。ここに着けているの」


 タタンが自分の胸のところを指した。


「オグさんの弟に、義姉として紹介と言ってたよ。……ちょっと間に合わなくて、肝心のプロポーズの言葉が聞こえなかったけど」

「まさか、プロポーズをすると思って、皆で後をつけてたの?」

「うん。ハンターの間で、オグさんが貴石を用意したって噂があったんだよ。そしたら、今日、オグさん、あんな恰好で来たからさ」


 ローロはチラリと二人の方を見た。

 オグは今日、黄色の精霊術師のマントをはおっていた。

 ハンターの噂話も、貴族女性並みじゃないだろうか。


「うわー、すごい情報かも。ちょっとみんな呼びよせて。一度戻ろう」


 エクレールとオグは、さらに花畑の向こう側へ歩いていく。

 リンはドキドキしながら、かがんだまま戻った。

 その恰好に呆れていたライアンと、面白そうに見ている領主に気づくと、リンはすまして立ち上がった。


 大ニュースです、とリンは興奮して話したが、ライアンと領主に驚いた様子はなかった。


「やっと動いたか」

「ほう。とうとうか。これはめでたいな」

「……ご存知だったんですか?あの二人のこと」


 ライアンはヒョイと肩をすくめる。


「有名だ。だから、ハンターの噂にもなるし、子供達まで知っていたわけだ」

「はあ~」

「……長い恋でな。二人が収まるところに収まるなら、本当にめでたいことだ」

「出会ってから十数年はたつ。最初は身分違いだった。その問題はなくなったが、ラグナルのことが気になっていたんだろう。アレが結婚するとわかって、ほっとしたのではないか?」

「ラミントン侯が来た時に、だいぶ兄を急かしたと言っておったぞ」


 領主がおかしそうに笑う。


「十数年って、長すぎる春ですよねえ」

「アルドラから聞いただろう?エクレールに会った時から、オグには、精霊はエクレールの姿をして見えている」


 リンはポカリと口を開けた。


「それ、思春期の頃からって言ってましたよ?そんな昔から?ギルド長になってからの関係じゃなかったんだ……」

「エクレールはよく待てたものだ。……ライアン、この後、結婚式であろう?」

「はい。五組の式になります」


 この二年、難民であったために事実婚となっていて、祝えなかった夫婦の結婚式が予定されている。


「そこにこの二人も入れたらどうだ?」


 領主の突然の無茶ぶりだ。


「ええっ!今日いきなり結婚ですか?」

「これ以上結婚を延ばす理由もあるまい。オグの非公式な喪も、間もなく明ける」

「そうですね。あの二人にはそういう思い切った方法がいいでしょう。下手をすると、このまま事実婚で済ませそうです」


 ライアンも賛成のようだ。


「でも、ラグとか、ご家族が参列したいんじゃないでしょうか」

「エクレールの家族はもうおらぬ。それにラグナルは、公には参列できぬ。後で二人、こっそりと会いに行くぐらいだろう」

「じゃあ、あの、……せめてブーケとか用意したいです」

「手早くな」


 リンはコクリとうなずくと、近くで話が終わるのを待っていた、ハンター見習いの子供達を呼び寄せた。

 こちらに来た時からずっと助けてもらい、世話になっているオグとエクレールだ。少しでも何かしたい。


「この後結婚式をするからね、内緒で準備して欲しい。花冠と花束を作るから、花をできるだけ集めて欲しいの。あと、ユリの花がどこかに咲いてないかな」


 子供達が顔を見合わせる。


「リン、グノームを走らせれば、大丈夫だ。時期もいいだろう」

「はい。じゃあ、まず花を集めてきてね」


 子供達が、パアっと散らばった。


「他に何が必要だ?」

「ええと、大輪のユリの花と、なにか緑の葉っぱがあれば」

「わかった」


 ライアンがグノームに、探せ、と指示を出す。

 リンは、アマンドと薬事ギルドのマドレーヌに、こっそりと相談にいった。


「まあ、あのお二人がとうとう、ご結婚ですか。なんておめでたいのでしょう」

「本当にようございましたね」

「今決まって、すぐ結婚なので、ベールがないんですが、どうしましょう」

「まず、スペステラの女性に聞いてみましょうか。どなたか、レースをお持ちかもしれませんし」


 エストーラ公国では結婚の時にベールはかぶらなかったらしく、それでなくとも元難民ばかりが住むこの村に、必需品ではないレースはなかった。


「残念ですけど、仕方ないですね」

「なにが残念なのだ」


 グノームがユリを見つけたらしいぞ、と報告に来たライアンが聞いた。


「ベールが見つからないんです」

「ふむ。少し待て」


 ライアンはシムネルに近づいて、何かを話すと、戻ってきた。


「恐らく半刻程度で、ベールが届くと思うぞ」

「は?」

「シルフを飛ばした。ヴァルスミアから、普通に歩けば、半刻もかからぬ。……リンの歩くペースでは無理だが」

「ライアン、ひと言余計です。……でも、ありがとうございます。やった!」

「あの二人のことなら、できる限りのことはしたいだろう?」


 ライアンも同じ気持ちだったようだ。


 子供達が花を抱えてすぐに戻り、リンは花冠を編み始めた。他の花嫁の分もできそうなぐらいある。女性陣が作業をしていても、これからの結婚式のためだと思われ、一つ数が多くても誰も気に留めないようだ。

 グノームに案内されて、ユリを取りにいった薬事ギルドの土の術師が、戸惑った顔で戻った。


「あの、どうやらグノームが何かしたようで、畑の脇を通った際に、オークの枝が落ちてきました……」


 白とピンクのユリの花と共に、オークの枝を差し出した。

 ライアンには、術師の困惑の理由がよくわかった。

 リンならともかく、そうそうオークの枝は落ちてこないのだ。


「リン、それはどうやらオグ用らしい。ドルーからの祝いだそうだ。オグは土の加護が一番強いから、グノームの気持ちなのだろう」

「オグさん、皆に愛されていますねえ。これも冠にしましょうか」


 リンはグノームにサングリアをたくさんあげることにした。

 今この場に、少しでも甘いものはそれしかない。


 ユリのオレンジ色の花粉を切り落とし、ブーケと花冠をせっせと作っていると、村に人がどんどんと入ってくる。

 その中にレーチェがいて、リンに近づくと、ささやいた。


「リン、ベール用のレースを持ってきたわよ」

「ありがとうございます」


 商業ギルドのトゥイル、『金熊亭』の夫婦、ハンターも、染色職人や針子も、とにかくぞろぞろと集まってきているのが見える。

 精霊術師ギルドのギルド長、ブリーニも来ていて、ライアンとリンを見つけると、一礼し、近寄ってきた。


「あの、どうして皆さん……」

「なに、シムネルからシルフをもらって、『拡声』で案内したのですよ。せっかくですから、皆で祝福したいですからな。二人の結婚を、ヴァルスミア中が知っておりますぞ。先ほど結婚したカップルまで、こちらに向かっておりましたからな」


 皆が祝いたいと思って、ここまで出向いてくれているようだ。

 リンはなんだか目が熱くなって、慌てて瞬きをした。


 ようやく夜が近づいたのか、大篝火の炎が、宵闇に浮かびあがるようになった。

 人が輪を描き、いっぱいである。

 領主とライアンが立ち上がり、前に進む。

 衣擦れの音を立てて、皆が一斉に頭を下げた。


「さて、今宵は六組の新しい夫婦が誕生する。皆、祝福で迎えてやってくれ」


 領主の言葉が終わると、皆が頭をあげた。

 

「それでは、名を呼ばれた者は、前へ」


 ライアンに名前を呼ばれて、カップルごとに輪の中心へすすむと、花嫁は薬事ギルドのマドレーヌやアマンドから、花冠を被せられていく。

 リンはこっそり、どの花嫁の冠にも、オークの細い枝を一本差し込んでいた。

 幸運のお守りだ。


「……コナーとアガドレナ、最後、オェングス・アーダル・ラミントンとエクレール」


 周囲がどよめいた。


「なんだと?」


 オグの驚いた声が後ろの方で響いた。


「今宵、結婚式を挙げるカップル。オェングス・アーダル・ラミントンとエクレール。……オグ、プロポーズをしたんだろう?」

「なぜ、それを知っている?!」


 オグが少し前にでてきて、炎に照らされた。


「ハンター見習い達は、とても腕がいい。今後が期待できるな。……オグ、準備はできている。エクレールをこれ以上待たせる必要はない」


 オグが後ろを振り返り、エクレールも前にでてきた。


「プロポーズを受けてから、二刻もたっていないのよ」

「エクレールさん、こちらへどうぞ」


 リンはライアンに、オークの枝でできた冠を渡すと、エクレールをレーチェ達のもとへ連れていった。

 背後から、ドルーの祝福だそうだ、とオグに冠を渡すライアンの声が聞こえる。


「まあ、レーチェまで来ているの?」

「後ろにはハンターさん達や、街の人もたくさんお祝いに来てますよ」


 アマンドがさっと化粧を直し、レーチェはレースのベールを被せ、マドレーヌが花冠を頭に載せた。リンは、ユリのブーケをエクレールに渡す。


「エクレールさん、おめでとうございます。エクレールさんは大輪のユリのようだと、オグさんが言っていました。……だから、そのピンもユリなんですね」


 美しく、真白いユリの花が、緑のドレスの胸元に飾られていた。


「リン、本当にありがとう。皆さんも。式を挙げられるなんて、思ってもいなかったわ。……それにしても、なんでも知っているのね」


 エクレールがくすっと笑って言う。


「ハンター見習いの腕がいいんですよ。ギルド長補佐として、誇っていいかもしれません」

「まあ」


 エクレールは笑顔でオグの元へと歩いて行った。


「スペステラの者の立合人は、トライフルが務めるのだな。それでは、オグとエクレールの立合人は、私が務めよう」


 領主がトライフルの横へと並んだ。

 ライアンがオークの枝を手に、一歩前にでた。


「二人で手を繋ぎ、ドルーと精霊に感謝と敬愛を。……今宵、手を取り合い、愛により結ばれるこの結婚に、立ち会う皆からの温かい祝福を」


 前に立つカップルは、お互いに身体を向けて、両手を取り合っている。

 互いに見つめ合う二人を、炎が照らした。

 その様子を見て、ライアンが続ける。


「この光が最も長く空にある日、ドルーと精霊がここに見守り、祝福と加護を与えるであろう。


 風のシルフが、互いを理解する心と身体と魂を。

 火のサラマンダーが、心の光と情熱と、暖かな家を。

 水のオンディーヌが、急流の勢いと、柔らかな雨の優しさと、海のように深い献身を。

 土のグノームが、生活を支える固い基盤と、家の豊かな発展と、一日の終わりに相手と過ごす安定を。


 ここに集うすべての精霊と、皆からの温かい祝福と祈りで、二人は道を一つにし、新しい一歩を踏み出すであろう」


 周囲はシンと静まり返っている。

 光るオーブが、ライアンの言葉にあわせてふわりと舞っているのが、リンには見えた。

 ライアンが右手を前方に伸ばし、オークの枝をかざした。


「ここに六組の結婚と夫婦の誕生を宣言する。……ドルーと精霊の加護を」


 終わった瞬間にうわーという歓声と、あちこちから、おめでとう、という声が響いた。


 領主がライアンとリンに近づいてくる。


「ライアン、少し長居をし過ぎた。カリソンが待ちくたびれているであろう」

「父上、本日は、ありがとうございました」


 オグとエクレールも近寄り、領主の前で礼をとった。


「本日は、私どものためにありがとうございました。今後とも二人で協力して、励んでまいります」

「うむ。頼むぞ。……なに、其方のお父上との約束だったのだ。代わりに立ち会ったまで。ラミントン侯爵の代わりまではできぬから、そこは急な結婚を報告して、怒られてくるが良い」


 領主が辞去を告げると、皆が一斉に頭を下げた。


 リンとライアンが馬車を見送って戻ると、オグとエクレールの新婚カップルは、皆にもみくちゃにされている。

 おめでとう!という声の中に、ちくしょう、エクレールさんが!女神が!という声も混じって聞こえる。

 二人で並んで、その様子を少し遠くから眺めていた。


「良かったですね」

「ああ」

「ラグも大喜びするでしょうね。……立ち合いたかったでしょうねえ」

「立ち会っていたぞ」


 ん?と思ったら、ライアンは自分の手首にある、風の石を指した。


「事前に、シルフを飛ばした。あちらには例の道具があるからな。声だけだが、式の様子は届いたはずだ」

「はあ。やっぱり、なんかすごいですね、ライアン」

「兄が大好きな弟だからな。後で恨み言を言われるよりマシだろう?」


 遠くでオグは酒を注がれ、だいぶ飲まされているようである。

 普通、新婚カップルは、さっさと宴から初夜の床へと送り出されるそうだが、完全に捕まって、楽しく飲んでいるようだ。


「リン、オグの酒に、たっぷりシナモンを追加してやれ。ジンジャーでも構わん。そのぐらいしないと、帰る気にならないだろう」

「……いいアイデアですね。官能のスパイス&センシュアル並みに、ヴァルスミア・ベリーの葉も加えましょうか」


 二人で馬鹿なことを話しているうちに、とうとうオグ達は村から追い出されるようである。

 追い出されつつ、こちらを気にして見ている二人に、リンは笑顔で手を振った。


 スペステラではまだまだ祝いの宴、一部やけ酒、が続くようだが、ライアンとリンも先に失礼することにした。

 身近な人間の結婚を、静かに祝いたい気分だった。

 リンでさえそう思うのだから、オグをずっと側で見てきたライアンは、なおさらそうではないかと思う。







「ライアン、裏庭で少し飲みませんか?村では飲まなかったでしょう?」

「結婚式を控えていたからな」


 サングリアを一瓶残してあった。

 工房の明かりをつけると、裏庭まで光がこぼれる。それで十分だったが、足もとのキャンドルにも火をつけた。リンはミントの精油を加えて、虫よけにしている。

 西の空に、まだ一筋、赤色が残っているのが見え、そこからグラデーションで、こちらまで夜が濃くなっていく。

 裏庭の椅子でくつろぐライアンに、サングリアのグラスを差し出した。


「ライアン、エクレールさんのピン、見えました?」

「いや、式の時にはよく見えなかったが」

「金の地に、真っ白な石なんですけど、光るようなユリの花がいくつもあって、花粉が赤で、茎の下に青いリボンでした」

「普段は行かない羊の毛刈りに、自ら出かけたのは、石を探しに行ったか」


 ライアンが、なるほど、と笑う。

 ウィスタントン領の南、岩山辺りで、その白く光る貴石が採れるらしい。

 確か、羊の放牧が盛んな場所でもある。


「グノームの力で、良いものが見つかる。たぶんそのピンも、オグが作ったものだぞ」

「自分で?!クグロフさん作だと思ったのに」

「オグのつくった土人形は、アルドラそっくりだった。造形がうまいのだ」

「土人形と婚約の贈り物を一緒にされても……。婚約には、ピンを贈るのがこちらの慣習ですか?」

「いや、決まりはない。ピンを買えない者もいるだろう?」

「ああ、そうですね。私の世界では、指輪が定番でしたから」

「ほう。ニホンも、自分の髪や目の色の石を贈るのだろうか」

「そうしたら、私の国は、黒とか茶の石ばかりになりますよ。ダイヤモンドという透明な石が有名でしたね」


 婚約者に、自分の目や髪の色に合わせた小物を贈るのが一般的らしい。相手に自分の色を身につけて欲しいと思うようだ。


「金と思った部分は、恐らく土の石だ。どの効果を込めたかわからぬが、オグは三つ加護を使って、思いを石に込めたのだと思う」


 精霊でも人でも、その加護や祝福は、相手を思う気持ちからできていると、リンは今日の結婚式で感じた。その祝福の気持ちは、精霊術を使わなくても、ちゃんと伝わるのだと。

 それでも、精霊も術師もすごいなと、今日は様々な場面で思ったのだ。それに術師は、その温かな気持ちを精霊石に込めて、贈ることができるのだ。


「私、今日、精霊術師っていいなと思いましたよ」

「そうか。そろそろ休め。そのうち皆も戻るだろう」


 サングリアを飲みほして、ライアンが立ち上がった。


「ええ。あ、ちょっと待っててください」


 リンはたたっと家に入り、すぐに木箱を手にして、戻ってきた。

 

「ライアン、これ、どうぞ。夏至の日は贈り物をする日だと聞いたから」

「私にか?」

「ええ。冬至にコレをいただいて、私は何も用意してなかったから、気になっていたんです」


 リンは自分の手首にある加護石と浄化石のブレスレットを指した。


「それは術師の誰もが持つ加護石だ。気にすることはない」

「でも、嬉しかったんですよ」


 開けてください、とライアンに木箱を押し付けた。


「これは、センスか?できたのだな」

「扇子は、女性の物と決まってないんです。これは男性用に、少し大きめに作ってもらいました」


 ドルーにもらったオークの枝を骨にして、ライアンが使う、Wのウォーターマークが入った紙を使ってもらった。

 装飾は、親骨という扇子の一番外側の骨に、金で、連なる植物模様が描かれているぐらいだ。リンが渡した四色の精霊石が、植物の実のようになっている。


「このタッセルは、今、儀式用マントと同じ紺にしてありますけど、レーチェさんが、金と白銀も用意してくれていて、付け替えられるんですよ」


 こうやって開くんです、と、リンは開いてから、ライアンの手に戻した。

 

「美しくできている。今回は、精霊石にどの祝詞を使ったのだ?」

「わからないんです。風は、争いや困難を吹き飛ばし、幸運を招き入れて欲しいって願いました。火は、破壊と創造で、悪いものを壊して、新しいものを作るイメージです。水は、癒しと浄化です。土は、忍耐強さや力強さでしょうか。加護石のような感じで、思ったことをそのまま口にだして。……あ、加護石になっちゃったんでしょうか」

「考え方は加護石のようだが、できた石は違うようだ。リン、ありがとう」

「この夏に使ってください」


 ライアンもリンの手の上に、ポンと木箱を載せた。


「私からも夏至のプレゼントだ」


 箱の中には、薄いピンク色をした、小さくて、透明な石が入っていた。

 表面は平らにカットされ、滑らかに磨かれている。工房から漏れる明かりに、まるで宝石のように輝いていた。

 白金に光る鎖が付いて、ペンダントヘッドになっているようだ。

 石を取り、明かりに向かって透かしてみる。

 息をのんだ。


「……桜?」


 石の内側に削られた、桜のモチーフが浮かび上がった。花びらの先にV字の切れ込みがあって、桜だとすぐにわかる。


「ローロから、リンの国の花だと聞いた。ピンクの雲のように美しいと。私は、領の南までは行けなかったが、幸いこの石はヴァルスミアの森の奥で採れる。今回はなかなか質の良い、透明なものが見つかった」


 リンはまじまじとライアンを見た。

 一体いつ、そんなところに行ったのだろう。


「ライアンが探しに行ったのですか」

「言っただろう?グノームの加護があれば、見つけるのも加工も、難しくはないのだ。……ハンターや細工師の仕事を取ることになるから、注文をだすことが多いが」


 つけてやろう、と、ライアンはリンの後ろにまわった。


「この花は残念ながら見たことがない。だが、美しいし、精霊も気に入るだろう。もし、どこかで見つかったら、リンの花を変更しても良いぞ」

「ライアン……」

「故郷を思い出すものがあるほうが、いいのではないか?」


 リンはそっと首を振った。


「お茶や食べ物、ちゃんと故郷を思い出すものがあるから大丈夫です。それに、ライアンがこれを作ってくれたので、もう十分ですよ。私、聖域に咲いたフォレスト・アネモネも好きですから」


 胸元に下がったペンダントに触れる。


「そうか」

「ライアン、本当にいつもありがとう」


 ライアンとリンは見つめ合った。

 自分を考えてくれた、相手の気持ちが嬉しい。


 リンがそっと目を伏せ、ライアンはリンに向かって、ゆっくり手を伸ばした。


「え、ちょっと待ってください」


 リンは、突然わたわたと慌て始めた。


「えーと、アチピタ デヴェルヴィス ラグナル……?」


『リン、ライアンにシルフを飛ばしたのですが、忙しいようで受信されないんです。だからまず、リンに送ります。兄上の結婚式の手配をありがとうございました。本当に嬉しかったです。また御礼に伺いますが、ライアンにも、立会人となってくださった公爵にも、どうぞよろしくお伝えください。では、お休みなさい』


 簡単に、夏至の夜の魔法が吹きとばされたようだ。


「ライアン、ラグから御礼のシルフが来ました。……無視はダメですよ?」

「……そうだな」


 肝心なところで邪魔が入り、ライアンはため息をついた。

 シルフなのに、空気を読んではくれなかった。


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