表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
102/275

The Summer Solstice / 夏至の日

 夏至に向けて、リンは変わらずに忙しかった。

 一週間ほど前には、ローロの雇い主としての契約が決まった。見習いを契約するので、ギルド長のオグが親代わりにローロを伴い、挨拶にもやってきていた。


「リンさん、プラムやアプリコットも熟し始めたよ。こっちはライアン様に頼まれたやつだから」


 ローロは工房の秤にゴロリとフルーツを載せると、小さな革袋を腰から外し、リンに渡した。

 ライアンやブルダルーも依頼を出して、収入になるよう考えてくれている。

 ソワソワとして、いつも以上に手早くするローロを見て、リンは笑いをこらえた。これから『金熊亭』のタタンに花束とクッキーを届け、夕方からの祭りに、村へ来て欲しいと誘いに行くのだ。


「ありがと。花は摘んできたの?」

「うん。外の水場に置いてある」


 クッキーは、昨日すでに準備ができている。あれから二回練習して、プレゼント分はローロひとりで作ったのだ。

 一緒に工房裏へ出て、水場を見ると、白、黄、水色といった森の花がまとめて置いてあった。

 リンは花をきれいに束ね、茎の下部分の葉を少し取り払った。外壁に這うツタを一本切り、クルクルと巻きつけて留めると、かわいい、小ぶりの花束になった。


「ありがとう」

「がんばって!」


 花束とクッキーの包みを持ち、ローロは『金熊亭』に向かって駆けだした。

 

 



「ライアンがローロに注文したもの、ここへ置いておきますよ」


 リンはライアンの執務室をのぞき、脇のキャビネットの上に革袋を置いた。


「リンは、またジャムを作るのか?」


 リンはここのところ頻繁に、工房でジャムづくりだ。


 毎日届く好物のベリーに、リンは大喜びで、舌が真っ赤や真っ青になるほど食べていた。

 短い夏の今しか収穫できないから、ドライフルーツを作り、ジャムも煮ている。

 果実をたっぷりの砂糖で煮詰めて瓶に詰め、コルク栓の上から封蝋で覆って密封すれば、常温で半年は保管ができるはずだと思っている。

 果実の蜂蜜漬けはあっても、輸入物の高価な砂糖を大量に使うジャムは、今までフォルテリアスにはないものだった。これも新商品といえるのだが、高価すぎて、社交で使うか、貴族に売るかぐらいにしかならないだろう。

 夏の社交で評判が良ければ、レシピを教えてもいいと思う。どの領地でも秋のフルーツで作るかもしれない。つまり、ヴァルスミア・シュガーがもっと売れるかもしれない。


「ジャムも、もう少しレシピを開発したいんですけど、今日はスペステラに持って行く、フルーツ入りのワインを作るんです。赤ワインをもらいますね」

「サングリア、だったか。わかった」


 今夜はリン達も、夏至をスペステラで祝う予定になっている。

 大篝火(オオカガリ)がたかれ、飲み、食べ、踊り、祝うのだ。

 スペステラは新村である。住人は元難民ばかりで、フォルテリアスでの夏至の祭りを知らない。今日はヴァルスミアからも、スペステラと関わりのある者達が来て、一緒に祝うことになっていた。


 サングリアは、ワインにフルーツやスパイスを足して作る、ワインのカクテルだ。

 リモンチェッロを作ったのと同じ、広口の大きな瓶に、収穫されたばかりのアプリコットにプラム、ベリーを適当に切って入れ、サントレナのレモンもスライスして加えた。そこへライアンにもらった赤ワインと、レモン果汁を注ぎ、ヴァルスミア・シロップで甘味を足す。

 リンはよくかき混ぜると、香りを確かめた。


「赤ワインだし、シナモンがあったほうがいいかなあ」


 少しだけシナモンとクローブを足して、できあがりだ。

 赤ワインの中に、オレンジ、黄色、赤、青といった果実がぷかぷかと浮かんでいる。

 今日は薬事ギルドから女性も多く来るはずだから、見た目もきれいで、フルーティーで甘い、サングリアがいいと思う。

 これで出かけるまで、小型冷室に入れておけば、味が馴染んでおいしくなる。

 出発までにまだ十分時間はあった。


「クグロフさんの工房へ行ってきます」


 リンは工房の入り口から執務室に声を投げ、アルドラの塔へ向かった。





「リン、待たせた」


 ライアンが儀式用の術師のマントをはおり、裏庭へ出てきた。

 リンは、ネイビーブルーに白のフォレスト・アネモネのコサージュがついた、精霊術師ギルドへ着て行ったドレスだ。


 夏至の祝祭は夕方から始まる。

 夕方といっても、この頃は夜遅くまで薄明かりが残っている。

 リンは最近、夕食の時間がわからなくなるぐらいだ。まだ早いだろうと思っていると、アマンドに食事だと呼ばれ、慌てることが多い。

 仕事を終えてからも昼のように明るいので、誰もが戸外で時間を過ごす。

 冬が暗く長かった分、今のうちに日の光を満喫するのだ。

 リンも裏庭に小さなテーブルと椅子を出してもらい、昼から夜へゆっくりと変わる境目の時を楽しむことが多かった。いつもはお茶を飲んでいることが多いが、今日は、グラスにほんの少しだけ、サングリアの味見だ。


「夏のこういう時間は、フレッシュで爽やかなサングリアが合うんですよ」


 椅子から立ち上がろうとするリンに手を差し伸べ、ライアンは聞いた。


「そのサングリアの瓶は、どうした?」

「シュトレンさん達が、先に持って行ってくれました」


 ここに住む三名とシロは、準備のためにすでに村へと向かっていた。

 後から行くのは、リンとライアン、シムネルにフログナルドだ。

 冬至の儀式の時と同じように、シムネルとフログナルドは、それぞれ緑と赤の精霊術師のマントで参加するようだ。


 スペステラへ向かうと、かなり前方に、数名の子供達が村へと歩くのが見える。


「んー、あれ、ローロとタタンちゃんですよね?!ヴァルスミアの祭りじゃなくて、スペステラに来てくれるんですね。ローロ、がんばったなあ」


 リンは片手を握って、ガッツポーズだ。


「昼食を『金熊亭』で取っていたら、ローロがちょうど来たのですよ。ダックワーズは無表情で、許可しているんだか、怒っているんだか、わかりませんでしたよ」


 フログナルドが責任を持って、ローロと一緒にタタンを『金熊亭』まで送ると約束して、無事に許可をもらったのだそうだ。


「ダックワーズも複雑でしょう。私にも娘がおりますのでわかります。ウチはまだ三つですが、将来誰かにさらわれると思うと、ああっ、考えたくないです」


 シムネルは頭を抱えている。


「え!シムネルさん、パパなんですね」

「シムネル、その心配は早すぎるだろう」

「そうだぞ、シムネル。ダックワーズは自分の見習いにつけるぐらいローロをかわいがっているし、内心嬉しいのではないか?」

「フログナルドは男の子が二人だから、わからないんですよ。娘はまた違うのです。嬉しくて、でも、淋しくて、悔しいんです」

「そういえば父上も、シュゼットが婚約した時、長いこと暗くて鬱陶しかった」

「娘を持つ男親にしかわからぬ気持ちですよ」


 男親の気持ちを解説されながら村までくると、入り口に馬車が止まっていた。


「珍しいですね」


 村を抜け、畑に近い開けた場所にでると、すでに大篝火用の木が組まれていた。周囲にはテーブルや木のベンチが出され、宴の準備も整っている。

 そこに護衛騎士を従えて、堂々と立っているのは、領主だった。

 到着したばかりのようで、挨拶を受けていたところらしい。全員が跪き、礼をとっている。

 リンもすぐに腰を落とした。

 村人の先頭にいて、挨拶の口上を述べているのはトライフルだ。突然の、予告なしの領主の訪問に、リンは心からトライフルに同情した。


「……父上。本日こちらにいらっしゃるとは、聞いておりませんでした。ヴァルスミアの祭りはどうなさったのです?」

「心配せずともギモーブが出ておる。其方もリンもこちらだと聞いたから、ついでに新村の様子を見にきたのだ」


 そういえば、家にやってきた時に、そんな話をしたような気がする。


「結婚記念日に母上を残してきたのですか」

「すぐ戻るに決まっているではないか。其方たちを待っていたのだ。さあ、始めよう」


 大篝火用に積み上げた木の周りを、大きな円になるように、村人たちが囲んだ。

 オグとエクレールに、ハンター達、大工や木工細工師、薬事ギルドからマドレーヌと職員達など、リンもよく知る顔が混じっている。子供達が手を振っているのが見えて、リンも小さく手を振り返した。


 ライアンは、シムネルから渡されたオークの枝を手に持ち、太陽に向かうように立った。ライアンの前に大篝火があり、その延長に太陽がある。


「太陽は我らの上にあり、大地と海原を照らし、作物を育み、花を開かせる。

 光が最も長く空にある日に、我らは太陽を称え、その恵みを感謝して受けよう」


 フログナルドが大篝火に、サラマンダーの力で火をつけた。

 ライアンが続ける。


「太陽よ、作物を育てる光であり、大地を温める熱である。

 命をもたらし、永遠の軌跡を描く希望である。

 光が最も長く空にある日に、我らは光を称え、もう一度暗闇への旅を始めよう」


 ライアンは手に持ったオークの枝を火に投げ込むと、燃える大篝火から、手に持つ細い棒のようなものに火を移した。

 リンの左隣に立つ領主の元へやってくる。

 見れば、領主も手に棒を持っている。


「父上、太陽の光が暖かさと健康をもたらしますように」

「ありがとう。ライアン、其方にも」


 ライアンの手から領主へと火が移る。

 後ろのアマンドから、リンにも棒が渡された。手に持つと、棒ではなく何かの草の茎が、蝋で覆われているように見える。


「リン、これは民が使う、青草のキャンドルスティックだ。それにこの火を移して、隣の人に同じように回してくれ。太陽の光が暖かさと健康を、リンにもたらしますように」

「ライアンにも、太陽の光が暖かさと健康をもたらしますように」


 手から手へと、皆に小さな火が回り、互いの健康を祈ると儀式の終了だ。

 冬至の闇から、夏至の光へと時の輪が回り、また闇へと続くことになるのだ。


 領主が告げた。


「この村の者は、故郷を離れ、長きに渡り大変な苦労があったであろう。この燃える浄化の炎が、大気へと広がり、ここにいるすべての者の幸せと健康、そしてこの村の発展へと繋がるよう願う。さあ、皆、飲んで、食べて、踊って、共にこの夏至の日を祝ってくれ」


 拍手と共に、うおー、という声がわき上がった。


夏至の夜はまだ続きますが、ここで一度切ります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
MFブックス様より「お茶屋さんは賢者見習い 3」が11月25日に発売となります。

お茶屋さんは賢者見習い 3 書影
どうぞよろしくお願いします!

MFブックス様公式
KADOKAWA様公式

巴里の黒猫twitterでも更新などお知らせしています。


― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ