The Summer Solstice / 夏至の日
夏至に向けて、リンは変わらずに忙しかった。
一週間ほど前には、ローロの雇い主としての契約が決まった。見習いを契約するので、ギルド長のオグが親代わりにローロを伴い、挨拶にもやってきていた。
「リンさん、プラムやアプリコットも熟し始めたよ。こっちはライアン様に頼まれたやつだから」
ローロは工房の秤にゴロリとフルーツを載せると、小さな革袋を腰から外し、リンに渡した。
ライアンやブルダルーも依頼を出して、収入になるよう考えてくれている。
ソワソワとして、いつも以上に手早くするローロを見て、リンは笑いをこらえた。これから『金熊亭』のタタンに花束とクッキーを届け、夕方からの祭りに、村へ来て欲しいと誘いに行くのだ。
「ありがと。花は摘んできたの?」
「うん。外の水場に置いてある」
クッキーは、昨日すでに準備ができている。あれから二回練習して、プレゼント分はローロひとりで作ったのだ。
一緒に工房裏へ出て、水場を見ると、白、黄、水色といった森の花がまとめて置いてあった。
リンは花をきれいに束ね、茎の下部分の葉を少し取り払った。外壁に這うツタを一本切り、クルクルと巻きつけて留めると、かわいい、小ぶりの花束になった。
「ありがとう」
「がんばって!」
花束とクッキーの包みを持ち、ローロは『金熊亭』に向かって駆けだした。
「ライアンがローロに注文したもの、ここへ置いておきますよ」
リンはライアンの執務室をのぞき、脇のキャビネットの上に革袋を置いた。
「リンは、またジャムを作るのか?」
リンはここのところ頻繁に、工房でジャムづくりだ。
毎日届く好物のベリーに、リンは大喜びで、舌が真っ赤や真っ青になるほど食べていた。
短い夏の今しか収穫できないから、ドライフルーツを作り、ジャムも煮ている。
果実をたっぷりの砂糖で煮詰めて瓶に詰め、コルク栓の上から封蝋で覆って密封すれば、常温で半年は保管ができるはずだと思っている。
果実の蜂蜜漬けはあっても、輸入物の高価な砂糖を大量に使うジャムは、今までフォルテリアスにはないものだった。これも新商品といえるのだが、高価すぎて、社交で使うか、貴族に売るかぐらいにしかならないだろう。
夏の社交で評判が良ければ、レシピを教えてもいいと思う。どの領地でも秋のフルーツで作るかもしれない。つまり、ヴァルスミア・シュガーがもっと売れるかもしれない。
「ジャムも、もう少しレシピを開発したいんですけど、今日はスペステラに持って行く、フルーツ入りのワインを作るんです。赤ワインをもらいますね」
「サングリア、だったか。わかった」
今夜はリン達も、夏至をスペステラで祝う予定になっている。
大篝火がたかれ、飲み、食べ、踊り、祝うのだ。
スペステラは新村である。住人は元難民ばかりで、フォルテリアスでの夏至の祭りを知らない。今日はヴァルスミアからも、スペステラと関わりのある者達が来て、一緒に祝うことになっていた。
サングリアは、ワインにフルーツやスパイスを足して作る、ワインのカクテルだ。
リモンチェッロを作ったのと同じ、広口の大きな瓶に、収穫されたばかりのアプリコットにプラム、ベリーを適当に切って入れ、サントレナのレモンもスライスして加えた。そこへライアンにもらった赤ワインと、レモン果汁を注ぎ、ヴァルスミア・シロップで甘味を足す。
リンはよくかき混ぜると、香りを確かめた。
「赤ワインだし、シナモンがあったほうがいいかなあ」
少しだけシナモンとクローブを足して、できあがりだ。
赤ワインの中に、オレンジ、黄色、赤、青といった果実がぷかぷかと浮かんでいる。
今日は薬事ギルドから女性も多く来るはずだから、見た目もきれいで、フルーティーで甘い、サングリアがいいと思う。
これで出かけるまで、小型冷室に入れておけば、味が馴染んでおいしくなる。
出発までにまだ十分時間はあった。
「クグロフさんの工房へ行ってきます」
リンは工房の入り口から執務室に声を投げ、アルドラの塔へ向かった。
「リン、待たせた」
ライアンが儀式用の術師のマントをはおり、裏庭へ出てきた。
リンは、ネイビーブルーに白のフォレスト・アネモネのコサージュがついた、精霊術師ギルドへ着て行ったドレスだ。
夏至の祝祭は夕方から始まる。
夕方といっても、この頃は夜遅くまで薄明かりが残っている。
リンは最近、夕食の時間がわからなくなるぐらいだ。まだ早いだろうと思っていると、アマンドに食事だと呼ばれ、慌てることが多い。
仕事を終えてからも昼のように明るいので、誰もが戸外で時間を過ごす。
冬が暗く長かった分、今のうちに日の光を満喫するのだ。
リンも裏庭に小さなテーブルと椅子を出してもらい、昼から夜へゆっくりと変わる境目の時を楽しむことが多かった。いつもはお茶を飲んでいることが多いが、今日は、グラスにほんの少しだけ、サングリアの味見だ。
「夏のこういう時間は、フレッシュで爽やかなサングリアが合うんですよ」
椅子から立ち上がろうとするリンに手を差し伸べ、ライアンは聞いた。
「そのサングリアの瓶は、どうした?」
「シュトレンさん達が、先に持って行ってくれました」
ここに住む三名とシロは、準備のためにすでに村へと向かっていた。
後から行くのは、リンとライアン、シムネルにフログナルドだ。
冬至の儀式の時と同じように、シムネルとフログナルドは、それぞれ緑と赤の精霊術師のマントで参加するようだ。
スペステラへ向かうと、かなり前方に、数名の子供達が村へと歩くのが見える。
「んー、あれ、ローロとタタンちゃんですよね?!ヴァルスミアの祭りじゃなくて、スペステラに来てくれるんですね。ローロ、がんばったなあ」
リンは片手を握って、ガッツポーズだ。
「昼食を『金熊亭』で取っていたら、ローロがちょうど来たのですよ。ダックワーズは無表情で、許可しているんだか、怒っているんだか、わかりませんでしたよ」
フログナルドが責任を持って、ローロと一緒にタタンを『金熊亭』まで送ると約束して、無事に許可をもらったのだそうだ。
「ダックワーズも複雑でしょう。私にも娘がおりますのでわかります。ウチはまだ三つですが、将来誰かにさらわれると思うと、ああっ、考えたくないです」
シムネルは頭を抱えている。
「え!シムネルさん、パパなんですね」
「シムネル、その心配は早すぎるだろう」
「そうだぞ、シムネル。ダックワーズは自分の見習いにつけるぐらいローロをかわいがっているし、内心嬉しいのではないか?」
「フログナルドは男の子が二人だから、わからないんですよ。娘はまた違うのです。嬉しくて、でも、淋しくて、悔しいんです」
「そういえば父上も、シュゼットが婚約した時、長いこと暗くて鬱陶しかった」
「娘を持つ男親にしかわからぬ気持ちですよ」
男親の気持ちを解説されながら村までくると、入り口に馬車が止まっていた。
「珍しいですね」
村を抜け、畑に近い開けた場所にでると、すでに大篝火用の木が組まれていた。周囲にはテーブルや木のベンチが出され、宴の準備も整っている。
そこに護衛騎士を従えて、堂々と立っているのは、領主だった。
到着したばかりのようで、挨拶を受けていたところらしい。全員が跪き、礼をとっている。
リンもすぐに腰を落とした。
村人の先頭にいて、挨拶の口上を述べているのはトライフルだ。突然の、予告なしの領主の訪問に、リンは心からトライフルに同情した。
「……父上。本日こちらにいらっしゃるとは、聞いておりませんでした。ヴァルスミアの祭りはどうなさったのです?」
「心配せずともギモーブが出ておる。其方もリンもこちらだと聞いたから、ついでに新村の様子を見にきたのだ」
そういえば、家にやってきた時に、そんな話をしたような気がする。
「結婚記念日に母上を残してきたのですか」
「すぐ戻るに決まっているではないか。其方たちを待っていたのだ。さあ、始めよう」
大篝火用に積み上げた木の周りを、大きな円になるように、村人たちが囲んだ。
オグとエクレールに、ハンター達、大工や木工細工師、薬事ギルドからマドレーヌと職員達など、リンもよく知る顔が混じっている。子供達が手を振っているのが見えて、リンも小さく手を振り返した。
ライアンは、シムネルから渡されたオークの枝を手に持ち、太陽に向かうように立った。ライアンの前に大篝火があり、その延長に太陽がある。
「太陽は我らの上にあり、大地と海原を照らし、作物を育み、花を開かせる。
光が最も長く空にある日に、我らは太陽を称え、その恵みを感謝して受けよう」
フログナルドが大篝火に、サラマンダーの力で火をつけた。
ライアンが続ける。
「太陽よ、作物を育てる光であり、大地を温める熱である。
命をもたらし、永遠の軌跡を描く希望である。
光が最も長く空にある日に、我らは光を称え、もう一度暗闇への旅を始めよう」
ライアンは手に持ったオークの枝を火に投げ込むと、燃える大篝火から、手に持つ細い棒のようなものに火を移した。
リンの左隣に立つ領主の元へやってくる。
見れば、領主も手に棒を持っている。
「父上、太陽の光が暖かさと健康をもたらしますように」
「ありがとう。ライアン、其方にも」
ライアンの手から領主へと火が移る。
後ろのアマンドから、リンにも棒が渡された。手に持つと、棒ではなく何かの草の茎が、蝋で覆われているように見える。
「リン、これは民が使う、青草のキャンドルスティックだ。それにこの火を移して、隣の人に同じように回してくれ。太陽の光が暖かさと健康を、リンにもたらしますように」
「ライアンにも、太陽の光が暖かさと健康をもたらしますように」
手から手へと、皆に小さな火が回り、互いの健康を祈ると儀式の終了だ。
冬至の闇から、夏至の光へと時の輪が回り、また闇へと続くことになるのだ。
領主が告げた。
「この村の者は、故郷を離れ、長きに渡り大変な苦労があったであろう。この燃える浄化の炎が、大気へと広がり、ここにいるすべての者の幸せと健康、そしてこの村の発展へと繋がるよう願う。さあ、皆、飲んで、食べて、踊って、共にこの夏至の日を祝ってくれ」
拍手と共に、うおー、という声がわき上がった。
夏至の夜はまだ続きますが、ここで一度切ります。





