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Streusel Wistanton’s regret / シュトロイゼル ウィスタントンの後悔

 王城のローズガーデンでの妻との出会いを、領主は熱く語っていたのだが、リンがお茶をいれ替えたところで、すっと落ち着いたようだ。


「リンも一緒に王都へ向かうと聞いている。王城の庭は本当に素晴らしいので、ライアンと散策すると良い」

「……王城へは、あの、平民では入れないのですよね?」

「いや、リンは、ウィスタントンの庇護下にあるので、同行者として入れるであろう。ああ、精霊術師として登録しなおすかもしれぬと、ライアンが言っておったが、そうなれば全く問題はない」

「はい。あの、まだ登録を迷っているのですけれど」

「……なぜか、と聞いてもいいかね?」


 その質問はリンがずっと考えていたことだ。

 なぜ精霊術師となるのを不安に思うのか、自分でもわからないモヤモヤとしたものがあった。

 ライアンは最近、リンを精霊術師ギルドへ伴い、精霊道具の検証に立ち合わせ、他の術師やその仕事ぶりを見せてくれていた。

 そうしたら、不安の正体が見えてきたのだ。

 

「最初は、話にきいた精霊術師ギルドが嫌だから、迷うのだと思っていたんです。でも多分、賢者と呼ばれることになるのが、落ち着かないのかもしれません」

「ふむ」

「……私は、精霊術のない国で、ごく普通の生活をしてきました。特別な力もなく、本当に普通の」

「ああ」

「新しい商品は、私が開発者のように言われていますけど、本当に作っているのはライアンや職人です」


 リンには、スマホやエアコンの仕組みを説明できない。雷の力だとごまかして、ライアンがその効果に合わせた精霊術を考えているのだ。


「こちらに来て、精霊の加護が、それも国に三人しかいないような力があると言われて、混乱しているんだと思います。この力があるから、私はウィスタントンに保護されました。でも、賢者として期待されても、私が知っているのは少しのお茶ぐらいで、アルドラやライアンのように、すごいわけではないのです」


 精霊術を、そこにあるのが当然のように使えもしないし、適した祝詞を考え出すこともできない。

 誰かが作った便利な道具を使って、明かりをつけ、火を使い、移動をして、情報を得て、と暮らしていたのだ。こちらに身一つで来たら、自分本来の力でできることは本当に少なかった。

 難民との環境の違いに戸惑い、保護されるに見合う価値があるのかと悩み、せめてできる限りのことで役に立とうと思ってきた。


「賢者と称されるのに、力不足だと悩んでおるのか」

「自分より大きな影ができて、その虚像を皆が見ている感じがするんです。でも、知らない人に素性を調べられて、期待されて、それならもう、どちらでも同じじゃないかと思ったら、よけいわからなくなって来て」

「リン、茶を飲んで、少し落ち着くとよい」


 早口になったリンに、領主が息をつかせた。

 カップを持つリンの手は、少し震えている。


「精霊の加護は、そして期待する私達は、リンに重圧を与えてしまったようだな」

「あの、でも、辛いわけではないのです。楽しく過ごせていますから」

「ああ。わかっておる。私はもっと早くに、リンと話して、不安を取り除いてやるべきだったのだ。賢者という立場が何をもたらすか、よく知っていたのだから」


 領主は思い出すように少し遠くを眺めながら、静かに語りはじめた。


「私とカリソンには、ライアンのことで、ひどく後悔していることがある。あの子は、産まれたその瞬間から、私の息子としてより、賢者として扱われたのだよ」


 領主はリンを見て、自嘲気味にふっと笑うと、手の中のカップを見つめた。


「私達は、もちろん息子の誕生を心より喜んだ。でも、私は隣室で待機していて、白銀の髪色だと聞いた時、戸惑ったのだ」

「すべての加護があるという意味だからですね」

「ああ。愛し子の誕生で戸惑うなど、私は今でもあの時の自分が許せぬ。周囲は、新たな賢者の誕生に、おめでとうございますと沸き立っておったが、私はぼうぜんとしていたかもしれぬ」


 リンはコクリとうなずいた。


「私も、カリソンも、上の息子二人も、加護はないのだ。大きな力を持って生まれ、国の賢者となる子に、どのように精霊術を教えるべきかと悩んだ」


 相談しようにも、賢者を育てたことのある者など、どこにもいなかった、と領主は苦笑した。


「周囲に助言されるまま、術師の養育係を雇ってもみた。今、思えば、迷う必要などなかったのだよ。すべての加護を持つ賢者である前に、他の子と変わらぬ、私達の大事な息子なのだから」


 領主は続けた。


「事あるごとに、将来は賢者とおなりになるのですから、と周囲から言われてあの子は育ったのだ。賢者となるのだから、我慢せよ。賢者となるのだから、努力せよ、と」

「……賢者であることが、ライアンの価値のように聞こえてしまいますね」


 領主は苦しげにうなずいた。


「ああ。その通りだ。あの子は、子どもらしいわがままも言わなかった。そして将来の賢者には、様々な者が近づいてきた。こういう立場で生まれると、私達にも、似たような経験はあるのだよ。だが、ライアンには本当に色々あって、気が抜けなかった。三つの子に国王になれと言う者、優しく自領に誘う者、逆にあの子を害し、フォルテリアスに混乱をもたらそうとする者」


 リンには何も言えなかった。なんと言葉にだしていいのかわからなかった。

 

「幼子に、人の善意の裏に隠れる悪意を見抜くことはできぬであろう。それを教えることも躊躇われた。世の中の素晴らしさを教える前に、醜さを教えたいとは思わぬであろう?」


 成長するうちに、人にはそういう面もあるのだと、心の痛みと共に学んでいく。それでも、最初は人の心の美しさと、人を信頼する心を教えたかったと、領主は言った。


「四歳のころだ。あの子が雛から育て、かわいがっていた鳥が消えた。それに気づいたわずか数刻後に、お慰めになればと、ライアンの兄の養育係の家の者が、よく似た鳥を届けてきた。まだライアンが庭中を探し回っているような時であったよ」

「それって……」


 領主は小さくうなずいた。


「本当のところはわからぬ。籠からでて、開いた窓から逃げたのかもしれぬ。だが、気を引き、近づくためにやったとするなら、愚かなことであろう。ライアンはそれ以来笑うことが少なくなって、庭で一人、精霊術でつくった鳥や犬とだけ遊ぶようになった。精霊は、真っすぐな感情を向けるからな、心地よかったのであろう。私達は、あの子のためにも、ここに住むアルドラの元へ移ろうと決めたのだよ」


 庭で火の鳥を飛ばしている小さなライアンが思い浮かび、リンは天井を見上げ、目を閉じた。

 

「リンがどのような立場でも、期待に不満、称賛に悪意、様々な意図を持って、人は近づいてくるであろう。表と裏が全く違う者もある」

「ええ。わかります。……人のそういう部分を知っています」


 領主はリンの言葉に、痛そうに笑みをこぼした。


「リンが賢者見習いとして周知されれば、確かにそれは、誰にもわかりやすい、リンを守る頑丈な、身分という盾になる。だからといって、賢者として、ふさわしくあろうとしなくても良いのだ。周囲の押し付ける形に、囚われなくともよいのだ」

「はい」

「それに、私もリンを守ろう。私は領主で、そこに住む善良なる者を守ることは、私の権利であり、義務だ。それはリンが、賢者ではなくとも、だ。ライアンが賢者である前に、私の息子であったように、リンもそうだ。……もう間違えたくはないのでな」


 領主はリンを真っすぐに見た。


「ありがとうございます」




 入り口からカタリと音がして、ライアンが戻った。


「父上」


 ライアンは応接室でリンと向かい合っている領主を、ジロリとにらんだ。


「早かったな、ライアン」

「兄上との話の途中で、父上のご判断を仰ぐべき案件が出たのです。執務室におうかがいしたら、工房へ向かわれたと言うではありませんか」


 ライアンはさっさと椅子の横を回り、リンの隣に腰を下ろした。


「うむ。カリソンに内緒で、リンに話があったのだ」

「母上に内緒で?」


 それは珍しいですね、とリンの顔を見る。


「贈り物に、お茶を選んでいたのです」

「ああ、其方もまだ知らぬ茶だというぞ。大変美味であった」

「ほう、それは私もいただきたいですね。……本当にそれだけですか?」


 いったい何をしているのだと言わんばかりの、すっかり疑り深くなった息子に、領主はニンマリとした笑みを向けた。


「いや、リンを、娘のように大事に思っていると、伝えていたところだ」


 そろって目を瞬かせる二人に、領主は辞去を告げた。



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