第四章 四節 運命に、抗う
「ルークリプト=ガイドライン」
「ッッ!!」
瞬間移動。
そう言うことが正しいほどの圧倒的な高速移動。
やはり最高神だと関心を通り越した恐怖を見せつけられる。
天照大御神はラインと離れた数メートルという距離を歩くことで詰める。
じりじりと近づく畏怖すべし存在にラインは自身の喉が干上がるのを感じた。
そして、ラインの真正面に立った天照大御神はしゃがみ、ラインの顎に手を置く。
「いや、『生命樹糸への鍵』。君がそういう存在であることは既に検討が付いている。言行録自体が君の頭の中ではなくもっと別の……神々さえ届きえない空間に保持されているということもだ」
訳の分からないことを説明しようとする天照大御神にラインは戸惑う。
「私が君に憑依した時に見た数々の生命体の運命。あれは素晴らしかった。人間は運命などに縛られていないと小言をぬかすが実に愚行な発言だと言わざるを得ない。私はもう一度あの整然と並ぶ叡智を閲覧したいのだよ『生命樹糸への鍵』。」
ラインは理解する。
目の前の最高神が何を求めているのかを。
だからこそ、言行録と寄り添い、その力を酷使しないように努めてきた天使は口を開く。
「違う」
「………なに?」
その声は震えていた。
ラインの顎に置かれている天照大御神の手がピクリと動いたからだ。
一つ間違えば殺される。
それでもラインは続けた。
「違う。言行録は運命なんかじゃない。あれは数多の可能性を記してあるだけもの。その可能性の中からたった一つを選び抜くことこそが運命なの。あなたは……………あなたは何一つ言行録を読み取れてない!!」
突如、笑い声があった。
いや、笑い声にしては不気味過ぎるほどに殺気が込められてる。
気が付けばラインから数歩下がった所に立っている天照大御神が発したそれはそのような禍々しさを帯びたものだった。
ラインはその笑いだけで首を触られてもいないのに首が閉まるような感覚に陥る。
一通り笑い終えた天照大御神は自らの額に手を当てて苦痛に顔を歪めているラインに告げる。
「私は先ほど言ったな。君が生命樹糸への鍵だと。鍵ということは君自身の肉体が残っていなければならないが、そこに生死は問われない」
まるで天照大御神の怒りのように複数の水柱が巨大化する。
ラインは死を悟った。
今までとは比較にならない巨大な水柱は防御はおろか、回避すらできない。
ラインはこれで良かったのだと納得する。
自分が死ぬことで事の顛末が終結するのだ。誰も死ぬことは無い。
「………え?」
頬を伝う雫がそこにはあった。
「まさか最後に自らの望みに気が付くとは哀れにもほどがあるな」
ラインは袖で目元を拭きながら、なぜと思考を巡らせる。
安堵からくるものなのか、それとも死の恐怖からくるものなのか。自分自身では分からない感情に混乱する。
だが、敵はそんなことがあったとしても待たない。ただ冷酷に一言を放つ。
「やれ」
世界がブレた。
複数の巨大な水柱がものの見事に霧散し、元の静かな港へと早変わりする。
突然の出来事にラインは涙を流したまま固まってしまう。
無理やり口角を吊り上げ、天照大御神はラインの後方に立つ人物を警戒する。
「あーなんというか、やっぱりお前は不運だな」
ラインの後方に立つ少年は頭を掻きつつ、そう言い放った。
「あと少しの所で追い付かれてそんなボロボロになってるし、こんな局面なのに神様に啖呵切って殺されかかってるし、最後の最後で泣き出すし。全く、つらいなら涙ぐらい流していいんだぞ?」
少年はラインの頭に優しく手をのせた。
彼女の不安や苦しみをまるで最初からなかったように消し去ろうとするその温かさはラインの心に深く深く浸透していく。
「お前の涙ぐらい俺が拭いてやる。もう大丈夫だ」
そして、奈落から這い上がってきた少年は最高神と対峙する。




