第三章 八節 人の子は堕ちゆくのみで
「うまくいったようだな」
前方から天手力男命と天宇受売命が駆け寄ってくる。
天宇受売命はラインの安否を確認し、安堵していた。
「ああ、アンタのおかげだよ」
「はぁ、君はもう少し礼儀というものを習った方がいい」
「???」
西城は訳が分からないという風に首を傾げる。
天手力男命はやれやれとため息を吐きながら、西城に手を差し出した。西城はその手を取って立ち上がる。
周りを見渡すと破壊された木々や地面が目に入る。
たった数分だけ神と対峙しただけでこの有り様。
神の介入時がいかに地獄絵図だったのか想像すらしたくない。
「では、その天使を渡してもらおうか」
天手力男命が手刀を西城の首筋にあてる。
「ッッ!?」
「天手力男命ッ!?なにを……?」
西城だけでなく天宇受売命も驚いていた。
ということは天手力男命の独断で動いているということである。
天手力男命の戦いぶりから分かるように手刀といえども容易く人を殺めるほどの殺傷力を持つのは明らかだ。
それを西城に向けるということはこの場での敵対を表していた。
「どういうつもりだ」
引きつく喉を一生懸命に動かして西城は天手力男命の真意を掴もうとする。
一度戦ったとはいえ共通の敵を相手に協力をしあった身だ。少なくとも何か考えて行動しているはずである。
「君も理解しているだろう?私は神で君は人間。そして、彼女は天使であり我々の回収対象だ。それ以上の理由がいるかね?」
「……さっき協力したのは嘘だったのかよ」
「噓ではない。あれはかつて受けた恩義に対して報いただけのことだ。それに私にとってはその天使より天照大御神様の方が優先度は高い。言っただろう?私が救いたいのはいつでも一人だけだと」
天手力男命が西城の首から手刀を離す。
西城が安心したのはつかの間、西城の腹を抉るような一撃が放たれた。
宙を舞うとまではいかなかったが、西城は後方へと転がる。
「勘違いするなよ?私にとって君の肉体一つを消すことなど容易い。これは慈悲だと思え。今までの勇気と覚悟に対する報酬だ」
「がはッ!…………何が報酬だ。俺はそんなことを欲しいと思った覚えはない!!」
肺から空気を吐き出しながらヨロヨロと西城は立ち上がる。
ただでさえ最高神との戦いがあった後だとというのにこの始末だ。肉体的、精神的にやられているのである。
「君はありがたく受け取っておくべきだ。それとも何か?この天使を救わないことには満足しないのか?だとしたら、君は傲慢以外のなにものでもないと言わざるを得ない」
「なんだと?」
西城はラインを一度たりとも救ってはいない。
その時点で報酬などを受ける権利はないわけであり、そもそも西城は報酬を貰おうと思って動いている
わけでもない。
それにこのままではまた幾度となく味わってきた失敗の苦汁を舐めることになる。それだけはどうしても避けたかった。
西城の握った拳に汗が滲む。
だが、神は等しく答えを人にもたらすものである。天手力男命も例外ではない。
ついに天手力男命から決定的な一言が放たれた。
「では聞くが、この天使が泣いてまで君に救いを求めたか?」
思い返せばそんな事は無かった。
ラインはいつも笑っていた。
天使の話をする時も魔法の話をする時も西城に微笑みかけてたのではないか。
天手力男命の一言により西城の闘志は尽きかけていた。
それこそ地面に膝をついてしまうぐらいに。
何も反論できない反則技だということさえできない真実が西城の心を圧倒していたのである。
「ここから先の後始末は我々が行うべきものだ。君ができることは何もない。大人しく元の日常を過ごしたまえ」
西城の前方で天手力男命たちが離れていく気配がした。
ラインはもちろん天宇受売命も一緒だろう。
「最後に一つ言っておこう。これは客観的な私の立場からでも分かったことだ。……この天使は不運ではなかったよ。君という存在に出会う幸運があったのだからな」
その言葉の直後、本当に天手力男命たちはいなくなった。
恐らく国外逃亡のための準備をするのだろう。
だが、そんなことは今の西城には関係ない。ついさっき戦力外通告を受けたのだから。
西城は耳に残った天手力男命の最後の言葉を噛み締め、固く握った拳を地面へと強く叩きつけた。




