第三章 七節 挑む
直後、背後から西城の背中を押す感覚があった。
天手力男命は目の前にいたのだから天宇受売命が押したのだろう。
西城はその感覚を拒否することは無かった。むしろそれを自らの力に変えたのだ。
押し出されたその力と西城自身の両足で大地を蹴る。
まだ先の見えぬ霧の中を突っ切って行く。
そんなに距離は無いはずなのだが体感的には長い廊下を走っているようだった。
そして、ついに視界が開ける。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
「遅い」
西城の全てが逆転する。
背中に衝撃が走ったのを感じ、地面に叩きつけられたのだと理解する。
だが、逆転と理解だけでは終わらない。
矛のような渦巻きが西城へと向かってきたのだ。
「壊れろ!」
世界がブレた。
西城の言葉で渦巻きは水を散らしながらはじけ飛ぶ。
「いやー流石に驚いた。一人で走ってくるとは相当の自信家なのかバカなのか。ただ、動きが単調過ぎて面白味がない」
西城は絶句する。
確実に隙を付いた一撃だった。
それを受け流し、追撃をした上で面白味がないと言う。
これこそが最高神。神の頂点に君臨せし者。
「お前は……お前は一体何がしたいって言うんだ!?」
「簡単なことだよ。私は楽しみたいのさ。やっと、やっっっと自由になれたんだ。好きなことをして何が悪い?」
西城は立ち上がりつつ天照大御神を睨めつける。
しかし、流石に最高神という訳か、たかだか人間の睨みでは動じない。
「それが人間を滅ぼしてもかよ」
「……なるほど。この天使から聞いたのか。そうさ、私は言行録を利用し人類を滅亡させる。これ以上の楽しみがどこにある?」
「狂ってやがる」
吐き捨てるように西城が言うと天照大御神が腹を抱えて笑い始める。
その姿は正に狂人。いや、狂神だった。
「狂ってやがる!?それは君たち人間の方だ!日常を肯定し平和だの正義だのと御託を並べたと思ったら、結局は他人を見捨てて蹴落とし自らの立ち位置を確認して安堵している噓つきで傲慢で臆病で下等な生き物ではないか!!」
「ッッ!!?」
それは神様とは思えない発言だった。
あまりにも人間に固執し非難する天照大御神に何があった西城には到底理解できない。
天手力男命や天宇受売命ならば天照大御神の心情が分かるのかもしれないが。
「故に私は人類を滅ぼす。そして、神代を再興させる。この世から不必要なものを無くした完璧な世界をもう一度取り戻すッ!!」
「……ふっざけんじゃねぇ!!」
天照大御神は西城が言い返したことを淡々と眺めていた。
それこそ、これから西城が言おうとしていることが分かりきっているかのように。
「それは、それはお前の主観だろうが!勝手に人間をゴミ扱いして正当化してんじゃねぇ!確かに人間はお前の言う通りなのかもしれない。だけど、あんたらも同じじゃねぇのか!!」
「なんだと?」
初めて天照大御神が怒りを露わにした。
大地が震え、空気が凍える。
少なくとも西城が死期を悟りかける程である。それでも西城は声を大にして言う。
「神様だって自分勝手に人類を攻撃し、支配下に置いた事実があるっていうのにそれを棚に上げて滅ぼすだと!?神様も同じじゃないか!!」
笑いを堪えるように天照大御神は顔を背ける。
はたして本当にその顔が笑っているのかは定かではない。
しかし、まるで全てを知ったうえで行動している天照大御神を西城は改めて恐ろしいと感じた。
西城は警戒を強めつつ静寂を保つ。
天照大御神が対話を続けるのか。それとも実力行使に移るのか。
じっと耐え忍ぶ。
「……そうかそうか。神も人も同じか。人間、君の考えはそういう事なんだな?ハッ!心底どうでもいい」
天照大御神が腕を振るう。それと共に今までの水柱が複数現れる。
「ッッッッッ!!?」
ここに天手力男命や天宇受売命はいない。
西城の異能にラインの無事を委ねて西城の背中を押してくれたのだ。だからここにはいない。
西城一人だけなのだ。そして、標的も西城だけなのだ。
「一つ。君に一つ教えておいてあげよう。言葉という一目見ればいかにも最強のように見える君の異能には意外なことに弱点が幾つもある。例えば、タイムラグ。時間をずらして攻撃を行えば君の異能の発動は間に合わない」
まずは一本目。
水柱が西城に突撃を開始する。
それに合わせるように時間をずらした水柱も西城に向かう。二本目、三本目と。
「消えろ」
世界がブレる。
消えたのは最初の何本目かだけだった。
それ以降の水柱は西城の体を狙う。回避に徹する西城を楽しむように天照大御神が笑った。
「まるで道化師のようだな人間!!」
「くそッ!」
西城は回避から攻撃に切り替える。
攻撃は最大の防御なんて言ったりするが真偽は定かではない。
それでもなんとかこの状況を動かしたかった。一直線に天照大御神へと走る。
それを見た天照大御神は笑みを大きくし、水柱が西城を襲う。
「死ね」
直後、西城と水柱の間で爆発が起こる。
正確には異能の力によって爆ぜた水柱のせいなのだが。天照大御神が顔を覆いつつ周りを見渡す。
ごうッッッッ
天照大御神に向かって水蒸気の中から西城が現れる。
しかし、天照大御神は驚いた顔にはならなかった。
むしろその逆。つまらなそうな呆れた顔だった。
「……がはッ!??」
西城の背中に強い衝撃が走り、肺の空気が吐き出される。
先ほどの水柱によって叩きつけられたと分かったのは地面に這いつくばった後だった。
「今、一瞬迷ったな?……君の異能は全て物質に働くものだ。ならば、この天使の身体に影響を与える可能性もあると考えたのだろうな。惨めだな人間。この天使が言行録を持っているのは知っているだろう?私には君の言動など手に取るようにわかるのだよ」
自らの頭を指さしながら天照大御神はあざけ笑う。
「敵の手駒を気に掛けるとは優しいな。たが、それが命取りとなる」
天照大御神は西城の頭上に立ち、魔法を発動させる。
矛のような水の渦巻きをいつでも放てる状況であった。徐々に周りの水蒸気の霧が晴れ、月の光
が差し込む。
「…………ごちゃごちゃうるさいんだよ」
「なに?」
西城は何一つ行動していない。
ただ、言葉を発しただけだ。
それなのに天照大御神の顔色がみるみる悪くなっていく。
この状況下で天照大御神が不利になるはずなど到底あり得ない話だ。
しかし、彼女は未来を見ることができる。言行録という運命を記した書によって。
「御託を並べて自分を正当化して相手を見下して勝った気でいる。だから足元をすくわれるんだ。かつて起こった神の介入みたいにな」
天宇受売命が言っていたことだ。
ある神の裏切りが起こした出来事が神の介入だと。
おそらく、今の天照大御神のような立ち位置があったからこそある神は裏切りを起こせたのだろう。
「俺は自分自身の異能をコントロールできない。それは事実だ。だけど、それがラインを助けれない理由にはならないッ!!」
西城は手を伸ばす。
覚悟と勇気を兼ね備えた一撃が天照大御神を貫く。
「壊れろッ!!」
世界がブレる。
ラインに施される術式を砕くようなイメージで西城は異能を使う。
一瞬、ぐらりとラインの体が揺れた。どうやら、まだ天照大御神の意識は残っているらしい。
「……どうだ神様。この逆転劇は予期できたか?」
「くくッ………流石だ人間…………だが……またすぐに…………………」
天照大御神が意味ありげな言葉を呟いたかと思うとラインの体が発光した。
西城は腕で視界を塞ぎ、目がつぶれることを回避する。
眩しい光が収まると地面にラインが倒れていた。寝息を立てているところを見ると意識を失っているだけのようだった。




