第三章 六節 覚悟と勇気
「………………一つ提案がある」
黙っていた天手力男命が西城たちの会話に介入する。その顔は非常に真剣で何かしらの覚悟を決めたような顔つきだった。
「何の提案だ?」
「君の異能をあの天使に使うことだ。彼女に術式が掛かっているのであれば、君の異能を持って無力化できるはずだろう?」
西城は合点がいったように頷く。
先ほどの天宇受売命の戦いにおいても西城の異能はその力を存分に発揮した。特に魔法やら術式に対しては効果抜群であった。
「だけど、俺の異能を使うには天照大御神に近づかないと……」
「その役目は我々が引き受けよう」
間髪入れずに天手力男命は言った。
しかし、神様に援護を頼んで自分だけが手柄を取るようなことを西城は受け入れられなかった。
言うなれば、プロのサッカー選手たちを差し置いてど素人がゴールを決めてしまうようなものだ。
それが表情に出ていたのか天手力男命は続けて言う。
「何事も適材適所だ。今回は君が役に立つというだけであって次回がそうとは限らない。ただ少なくとも今だけは君だけが頼りだ」
天手力男命がその言葉を発した数秒後、痺れを切らした天照大御神が渦巻きを放つ。
それを天手力男命は涼しい顔で破壊した。
「準備は出来ているか?天宇受売命」
「言われなくても出来てますよ。まったく、なんであなたはそんなにも博識なんですかね?」
大量の渦巻きが次々に西城たちの視界を埋め尽くす。
「日頃の行いさ。それはそうとなぜ君はそんなにも私を貶めたいのかね。気になって仕方が無い」
「そんなもの自分の胸に手を当てて考えれば分かることでしょう」
冷静になお激しくそれでいて確実に渦巻きを相殺していく。
天手力男命は自らの拳を武器とし、天宇受売命は魔法や草薙剣を駆使していた。
そうやって二柱の神が動くことにより跳ね上がる水で神々しさが増す。まさに『力の神』と『芸能の女神』の名に相応しい戦いであった。
「流石は神と言ったところか……では、これはどうだ?」
ただただ眺めているだけというほど相手もバカではない。
天照大御神にアクションがあった。
渦巻き……いや、矛の部分が龍のような形になる。
「『水神龍』」
ごうッッッ!!!
先ほどまでの渦巻きとは比較にならないほどのスピードで龍が西城たちに突っ込んでいく。
しかし、神々はとてつもなく冷静だった。
二柱は何も言わなくても相手の望んだとおりに行動する。
西城の目にはそう映っていたが、実際二柱たちだけの中ではこのようなやり取りが行われていた。
『天宇受売命。私が力技であの渦巻きを止めている間に業火に関する魔法を頼む。魔法は大きければ大きいほどいい』
『なぜとは問いません。あなたのとる行動はいつも正しいのですから。しかし、そんな魔法を使えばかの人の子を巻き込んでしまうのでは?』
『ふん、私を川に落としてずぶ濡れにした挙句、得点王並みに美味しいところをもぎ取っていくのだからそのぐらいは許容範囲だろう』
『あなたという人は……』
意外と西城に対してのあたりが強い天手力男命だった。案外、彼は根に持つタイプなのかもしれない。
さて、それはともかく。
天手力男命がとった行動は単純だった。
自らの拳を龍に叩きつけるという行為だ。相手を打ちのめしひれ伏させる神の一撃。
それをくらってもなお立ち上がるものなどいない。ただ、生き物であればの話だが。
「『火産霊』」
天宇受売命が聞きなれない単語を発する。
火産霊。
世にも有名なイザナミとイザナギの間に亀裂を生じさせる要因になった神名。
その神の本質は火であり、『産』という字から分かるように産まれついての火の男神なのだ。
そんなことを知らない西城は虚空から現れた業火に呆然と立ち尽くす。
魔法は神話や伝承、世の理などに当てはめて使うものだとラインは言っていたが、ここまでくれば規格外にもほどがある。
「ッッ!!?」
誰かが息を呑んだ。少なくとも西城ではない。
恐らく、天手力男命がやらかそうとしていることに気が付いた天照大御神だろう。
それは起こった。
龍を模した渦巻きと高温の炎がぶつかり合い化学反応を起こしたのだ。
その名は水蒸気爆発。
誰もが一度は聞いたこともあるただただありふれた現象だった。
原理としては水が高温の炎に熱せられ瞬間的な蒸発を起こすことの一言に尽きる。水は水蒸気になると体積が約七千倍になり、それが爆発となって生じるのだ。
神はともかく人間が耐えきれるものではなかった。
西城はその身一身に爆風を受け、転がり転がる。
ただ功を奏したのは大きなクレーターがあったことだろう。地面と一体化する感じで身を縮こませ、何とか乗り切る。
「その身にしみついた行動パターンが無意識に君自身を守ったというところか。そこに関して私が何か言う必要はないだろうし言いたくもない」
視界が白一色で覆われた世界で西城は目の前に立つ声の主が天手力男命だと認識する。
「ひとまず君があの天使を救う道筋は立てたつもりだ。あとは君の力量だろうな」
「…………………」
西城は体を起こし天手力男命を見てこう切り出した。
「一つ聞きたいことがある」
「なんだね?私がこちら側ついた理由ならただ単に私の個人的な感情なのだが」
「違う。そうじゃない」
天手力男命が西城たちに味方する理由など西城にとってどうでもよかった。
いやどうでもよくはないが、彼が味方するという事実に変わりはないのだ。どういう経緯を得て日本の最高神と対峙するに至ったかなど関係ない。
問題はそう。
「天手力男命。あんたはラインを救いたいのか?」
沈黙があった。
「人の子にして神を試すとは言い度胸だ。その心意気に対して答えてやろう。——————愚問だな。私が救いたいのはいつでもただ一人だけだ」
「……そうか」
西城はだれをとは聞かなかった。それこそ愚問である。
たが、少なくともラインではないのだろう。
「ふむ、そろそろあちらも動き出す頃合いか。立ち話しは後の楽しみに置いておくとしよう」
天手力男命が顔を天照大御神がいるであろう方向に向ける。
西城には正確な位置は辺りを包んでいる水蒸気で分からない。
もしかしたら、神には視界などただの付属品でしかないのかもしれない。
「さて、二柱の神に打ち勝った人間よ。君に天使を救う覚悟と最高神に喧嘩を売る勇気があるか?」




