第三章 五節 廻りゆく絶望の歯車
まず、前提として最高神というものが何なのかというところから考えなければならない。
神の長。もしくは頂点。最も敬われる存在。
等々、簡単に例をあげようと思えばこのような感じだろう。
これらは間違いではないだろうし、実際、西城も思っていたことである。
しかし、これを目の前にした恐怖と畏怖。
歴史の中に刻まれた何かが西城にブレーキをかけているようだった。考えることを放棄し首を垂れるべきだとつい体が反応してしまう。
天照大御神の威光は正にそれに値するものだった。
「今までの疑問を私が解いてあげよう」
名を名乗った天照大御神がまず放ったのはその言葉だった。
「初めに君が神に勝てた理由。それは私が君に魔法をかけていたからだよ。超人並みになるようにね。次に天宇受売命の荒魂化。これも私が細工した。君がギリギリ勝てる程度に調節するのは骨が折れたよ。最後にこの私について。体はもちろんルークリプト=ガイドラインのものさ。ただ私は意識を子の天使の中に持ってきている。……ああ、今の今まで喋っていたのはこの天使の人格は彼女の人格だよ。安心したまえ。今は私が一時的に子の天使と共有しているだけさ」
次々と明かされる真実に西城は驚くことさえ忘れていた。
これまでの西城の頑張りを完膚なきまでに否定し、その上、追撃というおまけまでついて来ていた。
「ははは……」
西城の口から乾いた笑いが零れる。
手の平の上で踊らされていたということが西城にとってとてつもなく嫌だった。
なにせ、これまでの西城の感情さえも操られていたのではと疑ってしまうからだ。
「どうかな人間クン。真実は残酷だろう?醜いだろう?逃げ出したいだろう?」
西城の心は倒れかけていた。
人間が神に敵うことなど出来ないし及ばない。
それは当然の摂理であり、たかだか異能などという元神の力を持っている人間にどうこう出来るものではなかったのだ。
もし、西城が異能を使いこなせていたならば話は違ったかもしれないが。
「答えなくていいよ。どうせ君はここで死ぬから」
その言葉と同時に薄い霧が発生する。
西城が少し動くと足元でピチャという音が聞こえた。
目線を下に落とすと西城の足首ぐらいまで水が浸かっていた。
「『水竜』」
天照大御神の足元あたりの水が渦巻き始め、先が矛のように尖りくねくねと左右に曲がっている渦巻きが出来上がる。
その渦巻きは西城の思考が追い付く前に放たれた。
「ッッ!??」
電光石火の速さで西城と天照大御神の間に天手力男命が割って入る。
渦巻きと天手力男命の拳がぶつかり、強い衝撃波と激しい水しぶきと音が鳴った。
「ほう、天手力男命。私に歯向かうのか?」
「歯向かうも何も私が恩義を感じているのは天照大御神様ただ一人だ」
「その天照大御神が目の前にいるだろう?わからんのか?」
「………………」
西城には理解が出来ない会話が目の前で繰り広げられる。
しかし、少なくとも天手力男命は天照大御神と敵対していることは分かった。
「答えないならばそれでもいい。まぁ、せいぜい足掻いて見せたまえ」
愉快そうに笑い手を広げた天照大御神の後ろから多数の水柱が迸る。
先ほどのように渦巻き始める。
「『水竜乱舞』」
西城たちに狙いを合わせ放たれた複数の渦巻き。
天手力男命は地面に拳を叩きつける形で水の壁を作り自らを守る。
後ろにいる西城も同じく水の壁に守られていた。
拝殿にいる天宇受売命も魔法を駆使して必死に対抗している。
「ッッ!!本当に何がどうなってるんだよッ!?」
「要は天使の精神を何者かが支配していると考えればいい。問題はどうしてこうなったのかだ」
逃げるように後退する西城と天手力男命。
どうやら過去の戦闘やら因縁やらを水に流さなければこの状況を突破するのは難しいようだった。
西城は足元の水をバシャバシャさせながら渦巻きを回避し続ける。
その横に天手力男命はすたっと降り立つ。
彼は渦巻きから距離を置くために後ろに大きく跳躍したらしかった。
「恐らくはあの子に神降ろしの術式が施されていたのでしょう。私たちが気が付かないように隠蔽系統の魔法も何重にもかかっていたのだと思います」
天宇受売命は苦汁を舐めるような面持ちになる。
自分が気が付けなかったことを悔やんでいるのだろう。
「ふむ、神降ろしの術式か。確かに天使や巫女という記号をもとに考えれば彼女に施すことは簡単だっただろうな。しかしなぜこの段階だ?最初から降ろしておけば良かったのではないか?」
まるで自問自答するかのように天手力男命はぶつぶつと呟く。
その間にも渦巻きたちが狙いを定めているのだが一向に気にする気配はない。
妙に落ち着いている天手力男命に西城は眉を潜めながら天宇受売命に質問する。
「いまいち現状が把握できていないだけど、今って危機的状況なんだよな?」
「そうなんですがこちらは神が二柱もいますし、私たちを倒したもあなたもいる。対して向こうは天使に乗り移った最高神。力量的に考えるとほぼ互角ですね」
だから天照大御神が手を出して来なかったのかと西城は納得する。
しかし、天宇受売命が最後に言った言葉が耳に残る。
「……力量的には?」
「数量でいえば私たちの方が上ですが知識や技術においては天照大御神の方が上でしょう。それに相手の方が目的がはっきりしてます」
「俺たちを殺すってことか」
西城がその結論に至るのは当然だった。
天照大御神が出したのはそのための渦巻きのなのだから。
「………………一つ提案がある」
そう呟いたのは天手力男命だった。




